帝王院高等学校
因みにうちの担任は180cmだそうにょ
「ししし神帝陛下、また何と言うお姿を…」
IDカードを恭しく手渡してきた医者を前に、偽りの前髪を掻き上げる。
視力聴力共に問題なし、聴力の良さが飛び抜けている箇所を除けば、黒髪黒目の日本人、だが。
「抜かったか。IDではなくリング反応を見たな、そなた」
「カードに左席委員の記載があった為、リングにもデータ送信致しました所…同一空間にクラウン反応を認めた為、ご無礼を承知で…」
「構わん、他の測定に関わる教師は皆承知の上だ。俺の測定値を同時に送信しておけ」
測り直しは面倒だ、と呟いて立ち上がり、光をも従わせる美貌へ黒縁眼鏡を纏った。
「…陛下とは露知らず、ご無礼を」
「構わん」
嘆かわしい、と言う無言の苦渋を顔一杯に滲ませた医師が拳を握り締め、黒い仕切り一枚向こうを見やった神威が僅かに目元を和ませる。
「些か興味深い話を耳にした」
「はい?」
「プライベートライン・オープン」
制服の乱れを整え、カードを胸元に仕舞い込んだ横顔を見上げた医師が、次瞬言葉もなく硬直する様には目も向けず、長い足を持て余した男はひたすら愉快げに囁いたのだ。
「対象を変える。應翼の前に、株式会社笑食を全て濯え。まずは代表取締役からだ」
『了解しました、マジェスティ』
「昔、理事会記録で見た覚えがあるのを思い出した。…万一、代表取締役社長とそれが同一人物であれば、セカンドの制止など構わず事を進める」
『閣下には内密に進めます』
「悟られ、あれが刃向かえばこの俺自らが手を下す」
酷く愉しげに、酷く冷えた眼差しを真っ直ぐ向けたまま。何の感慨もなく吐き捨てられた言葉を聞いたのは、話し相手と医師だけだ。
「山田大空が万一應翼と繋がりがあれば、諸共消せ」
『了解しました』
「俊の邪魔になるものは全て、…微塵も残さず」
『御意のままに、マジェスティ』
漸く明るい、と暗幕一枚隔てただけの外に出れば、不特定多数の視線が突き刺さった。
全てが呆れ果てるほどに無価値で、何の意味もない。明日地球が崩壊した所で、悔いなど大して存在しないに違いなかった。
「あ、カイちゃん」
眩しいくらいの笑顔が、網膜を。
名を呼ぶ声音が鼓膜を。
「眼鏡、どうしたにょ?」
焼き付ける前までは、確かに。
「きゃーっ、アレ誰ーっ?」
「素敵ーっ」
「ああ、凛々しい御方…っ」
中央委員会勢揃い並みの黄色い悲鳴に何事かと見やり、握力対決中だったカルマ一同が太陽や桜と共に騒ぎの方向を見つめたまま硬直した。
呆然としている日向がよろめき、無意識にそれを支えた二葉がそれも恐らく無意識に、狂気に似た笑みを滲ませたのだ。
「二年振り、ですか。あんなに意思の強い目を見たのは」
「二葉」
「あんなに似ていて、別人の筈が…!」
日向から手を離した二葉が笑みを浮かべたまま人の群れを擦り抜け、真っ直ぐ歩いてくる男に右腕を振り上げる。
誰かの悲鳴が空間を裂き、弾かれた様に駆け出した太陽達が見たのは、仰向けに倒れた二葉の呆然とした表情だけだ。
「は、ははは。間違いない、貴方は…」
「俺が、何だ。貴公子先生」
「本性を現しましたね、カイザー」
「俺は、俺だ。他の誰でもない」
Tシャツにジャージ、上着は脱いだのかただそれだけの俊はクラスが判断出来ない。
狂った様に笑う二葉が立ち上がり、真っ直ぐ見つめてくるのを受けて、珍しく笑みを浮かべた俊に体育館全体が震えた。
「部外者立ち入り禁止らしいな、帝王院は」
「貴方は別でしょう?天皇猊下」
「さァ、誰の事だか?」
助走もなく飛び上がった俊の体は二葉の背後、片腕で西指宿を、もう片腕で川南北斗を。軽々倒し、凶悪過ぎる強さで皆の網膜を従わせた。
「来い、俺の可愛いワンコ共。そんな平凡な少年に戯れて、俺を忘れたのか?」
太陽の背後で呆然としていた全てのカルマが弾かれた様に顔を上げ、その場で片膝を付く。
「イチ」
「はい」
「ハヤ」
「うん」
「カナ」
「総長」
「ケンゴ」
「何、総長(´`)」
「テメーらは何だ?」
誰をも従わせる柔らかな声音で歌い、冷ややかな眼差しで太陽を睨み付けたまま、
「「「「We are king's pet dog.」」」」
「宜しい。だったら、飼い主を間違えんな」
怯み慌てて頭を下げる皆を掻き分けて、佇んだままの日向を緩く見上げた。
健吾が握り締めたままの握力計を奪い、茶の目を瞬きもしない日向へ差し出して、
「本当に、羨ましいくらい育ったな。日向」
「何、やってんだよアンタ。アイツに見付かったらっ、」
「勝負をしよう。お前が俺に勝てれば、無言のおねだりを聞いてやる」
呆気に取られた日向が開いた口を閉ざし、半ば呆然と一歩下がる。意味が判らない皆が沈黙した中、受け取った握力計に目を落とした日向が、目に鋭い光を滲ませた。
「意味、判ってんのか」
「さァ、どうだろう」
「俺はアンタが欲しい。連れて、イギリスに帰る」
「そうか」
驚いた佑壱が立ち上がり掛けたが、俊の目で動きを止める。動くな、と言う威圧感を前に久方ぶりの恐怖で体が動かなかった。
だから、総長なのだ。幾ら姿を偽った所で、俊に適う者などカルマには存在しない。
「だったら、勝負をしよう。お前が勝てば、望みのままに」
「負けるつもりがないみたいだな。相変わらず、アンタは最高だ」
「俺が勝てなかったのは、お前の飼い主だけだよ」
「─────まさか、」
「去年の夏、神様を押し倒した。まァ、それだけだがな」
全ての人間が恐怖で痙き攣り、流石の太陽も口に手を当てる。
呆れ果てたらしいカルマ一同が漸く神帝が俊を探させた理由を知り、ガクリと肩を落とした様だ。
「総長…アンタのデケェ器は知ってる。然し限度があるんじゃないかと…」
「何で神帝なんか押し倒したんだよー!(ノд<。)゜。」
「総長、あれ程ABSOLUTELYには近付くなど言った筈ですよ!」
「ボスの馬鹿ー、ボスの短足ー、でも好きー」
「コラ、折角ちょっと格好イイ所なのに。待てハヤタ、俺はそんなに短足かァ?!」
足に縋り付いてくる佑壱達を慌てて宥めながら、全く格好が付かなくなってきた俊が打ち拉がれた。そんなに短いとは思わなかったのに、座高90cmの現実から眼鏡を逸らした罰か。
「ほら」
日向が投げ付けてきた握力計を佑壱が受け止め、数値を見て目を見開いた。181kg、先程佑壱が叩き出した数値と全く同じ、だ。
「負けた時の条件は聞いてなかったな。ま、負けるつもりは更々ねぇが、」
「俺が勝てば、後で条件をメールする」
「ふん、まだ負けるつもりがねぇのかよ。…良いぜ、呑んだ」
嘲笑とは違う笑みを滲ませた日向の前で、佑壱から奪った握力計を握り締めた俊の左手で、ミシリ、と凄まじい音を発てる。
200kgまで測定可能な握力計が針を限界一杯まで震わせて、パキリ、と砕けた。
息を呑んだ二葉が後退り、目を見開いた日向の前で全ての人間が腰を抜かす。
「…高が人間如きがこの俺を測れると思ってたのかァ?左手で壊れちまったじゃねェか、俺は右利きだぞ」
「俺様の、負け、だ」
「俺が負けると思ったのか、日向」
「まさか。…勝てない勝負だから、受けたんだ」
「相変わらず、負けず嫌いだな」
200kgを越えた握力を前に誰もが口を開けないまま、
「じゃ、お父さんは山に帰る」
「山?!Σ( ̄□ ̄;)」
「修行中だからな。入学式に出れなかった代わりに、保護者参観に来ただけだし」
クネっとターンした背中が『うちの息子達を宜しくね☆』を笑みを撒き散らし、部外者の立ち入りに狼狽えた教師達の中から呆れ果てた村崎が手招く。
「あかんですよ、お兄さん。生徒への面会は担任通して貰わんとー」
「これはどうもすいません、…小豆色ジャージの先生。」
「はっはっは、嫌やなー、握手は優しくお願いしますー」
ダサジャージに怒りの俊が村崎の手を握り締め、笑顔で体育館から出て行った。
呆然としている皆は未だ入り口を見つめたまま、
「のびちゃん!何でトレードマークの眼鏡がなくなってんの!」
「ふぇ、ちょっとしたイメチェンのつもりだったんですっ。まさかあんなにすぐバレるとはっ」
「あかん、見たか叶の笑み!見付かったらほんまに死ぬで!」
「適当に誤魔化したつもりなんですが!副会長に喧嘩売って誤魔化したつもりなんですが!」
「握力勝負って何やの!」
「イチと副会長の馬鹿力でヒビ割れてたのでっ、オタク程度でも何とかなりました!」
直ぐ様業者入り口から体育館の裏手に回り、視聴力スペースの裏側、医師待機スペースに割り込む。
「成程、ゼェゼェ、それがカラクリか…ハァ」
「頑張ればオタクも握力計壊す…ハァハァ、火事場の萌力と申しますっ!柚子姫様にハァハァしてました!」
「おい、こっちだ二人共」
ゼェハァ肩で息をしながら、何事かと見てくる医師達にペコペコ頭を下げつつ、待っていた零人が手にしたジャージを受け取って素早く着替えた。
「派手にやらかしたな遠野、然し前髪上げただけでああも化けるとは…」
「チョコたん、ご協力感謝なりん。後でイチの寝顔写真送るにょ」
「ふ、このくらいお安い御用だ天皇猊下」
「生徒に買収されとるやないか、嵯峨崎先生」
「ほら、早く行かねぇとまた勘ぐられんぞ。相棒に引っ付いときゃ、誰も疑わねぇだろ」
村崎と零人が揃って手を振り、前髪をいつも通りグシャグシャに掻き乱した俊が黒縁メイクアップ。オタクに転職して、暗幕を跳ね退けた。
「参ったな、マジェスティ」
「ほんまやな、マジェスティ」
「失敗したらマジェスティに殺されんぞ、マジ」
二人にしか判らない会話が飛び交い、二人揃って息を吐く。
「それだけならともかく、マスターがニッコニコ包丁研ぎそうやわ」
「やめろ、あの人怒らせたら親父に殺されちまう。あの人、親父のメル友なんだよ」
「参った、誰が味方で誰が敵か判らん。とにかく、マジェスティはスネちゃまの味方で」
自分を指差した村崎に続き、
「マジェスティは弟とのび太の味方」
片手を上げた零人が自分を指差す。どちらもABSOLUTELY総帥だった為、今やABSOLUTELYに唯一対抗するらしいカルマを援護するのは何とも言い難い気分だ。
「然し、あっちのマジェスティはどうだかな」
「うーん、…あ?何か抱き合ってへんか?」
「つか、のび太にキスマーク付いてたな。何処のジャイアンが付けたやら」
「あ、何かチューしとらへんか?のびちゃんが!出来杉と!」
喚く村崎に近付いて、暗幕から少しだけ頭を覗かせて外を見れば、黒髪の長身が眼鏡っ子に吸い付いていた。
「…出来杉」
砂を吐く気分の二人を余所に、太陽が神威を蹴り退かし、縋り付くオタクを背に庇いながら何やら説教中だ。
「元気やなぁ、スネちゃま」
「さっきあんだけ言われといて、やっぱアイツもSクラスか。事情を察してんだな」
「のびちゃんはスネちゃまの友達やからな、初めての」
中等部だった太陽に初めて会った時、凄まじく冷めた目で見つめられた事を思い出した。
ただの気紛れだったのかも知れないが、その時裏庭の花壇にパンジーの種を蒔いていた村崎に、ゲームから目を離して話し掛けてきたのだ。
『何でパンジーなんですか』
あの何事にも無関心無感動だった太陽が、今や毎日怒鳴っている。何を言われても相手にしなかった生徒が、中央委員会相手に喧嘩売るまでに変貌した。
「弱った、な。ほんま」
「…帝王院の万能さに惚れてABSOLUTELYをくれてやったのは、俺の失敗だ」
「万能通り越して村崎先生は生徒会長が怖いのよ!何でのびちゃん狙ってるの、あの子!」
「殆ど気付いてたりしてなぁ、アイツ。判ってて、遊んでんのかもな」
零人の冷めた呟きに嘘泣きをやめた村崎が肩を竦め、暗幕から手を離した。
「どちらにせよ、理事長命令でもない限り灰皇院の処遇はうちのクラスのもんや」
「辛いねぇ、教師も所詮サラリーマンだかんな」
「こんな事になるなら担任なんか引き受けるんやなかった…」
「…御愁傷様。」
揃って溜め息、一つ。
←いやん(*)(#)ばかん→
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