帝王院高等学校
ハザードレベル3、オタク菌勢力拡大中
「あれ…?」

部屋の扉が見えてきた所で、腰からびろ〜んと飛び出していた鎖を掴んだ男が呟く。
振り返れば真剣な表情の男前が、毛の無い眉間に皺を寄せ携帯を眺めているではないか。



然もラインストーン。



「…デコ電やないか〜い」
「総長からメール来てる」
「早く帰ってこいメールですかー?」
「いや…」

酷く深刻げな表情が正に恐怖。
今すぐ妖怪を鷲掴みにしそうな佑壱は、然し何処か覇気がない。まるで大好きなジャーキーを前に『待て』を命じられた犬の様だ。

「どうしたんですかー?野良猫に引っ掛かれたラブラドールみたいな顔して」
「俺がいつあの淫乱に負けただと?言っておくがなぁ、俺はカルマを立ち上げて以来一度しか負けた事はねぇ!」

いきなり瞳を輝かせた男に、負けた相手は恐らく俊だろうと目星を付ける。
と言う事は、あの副会長とは未だイーブンを保っていると言う事だ。中々に末恐ろしいワンコである。

「え?カルマってイチ先輩が作ったんですか?」
「おう。創設半月で県内制覇したぜ」
「あー…、じゃあ俊さえ居なきゃ今頃先輩が最強皇帝の一人だったんですねー」

現ABSOLUTELY総帥にして神帝名高い生徒会長がABSOLUTELYの一員になったのが2年前。
その頃既に『シーザー』と謳われていたカルマの総長が居た為、二番手の神帝が表立って皇帝と呼ばれる事はなかったと聞いた。

事実上勢力が大きかったのはABSOLUTELYで、カルマは少数精鋭と言う印象が強い。
だからこそABSOLUTELY内部の人間が密かにシーザーを崇拝しながらも、神帝のカリスマ性に従ったのだ。

「シーザーと神帝か…」
「一括りにすんな。うちのシーザー陛下の方が圧倒的に可愛い
「素で親馬鹿ですか。…神帝ってどんな顔してるんでしょーね。俺、一回も見た事ないんですよー」
「そりゃそうだろ」

視線は携帯に釘づけのまま、佑壱は何処となく苦い表情で囁いた。



「あの人が『降りてくる』筈がねぇ」



軽く、瞬きをした。無意識に目を瞠ったのは、純粋な驚きからだ。
この俊にだけ従う自尊心の高い生き物が、『あの人』と呼ぶ人間。それがただの人間ではないのだと、改めて思い知ったのだろう。


世界に名立たる帝王院財閥の次期総帥にして、帝王院学園理事に籍を置く男。
一目彼を目にした生徒は自ら従属する事を望み、人間が作り上げた偶像の『神』へ祈る事をやめるのだ、と。Sクラスに所属する殆どの生徒が、まるで当然の様に言う言葉が頭裏を駆ける。


「…あの人が俺と同じ人間だとは、あんまり信じたくねぇな」
「そんなにアレですか」
「かなりアレだ。あの顔を見たら孕む。俺でさえ孕む」

そんな馬鹿な。

「じゃあ俊なんて三つ子くらい産みそうじゃないですか…。にゃんこ好きみたいだし…」
「猫はポロポロ産むからな…」
「既に手遅れな気もするんですけどね、出来るだけ俊を生徒会に近付けさせない様にします。白百合の親衛隊は幸い大人しい方ですし、被害は少ないでしょ」
「あー、頼む。会計風紀眼鏡は、俺がどうにかして沈めとくから」
「アハハ、…無理だと思いますけど。」
「…出来ればアイツとだけは拳を交えたくねぇ、まだ神帝のがマシだ。毒殺か突き落とすかして気付かれる前に殺る、…総長の名に懸けて!」

卑怯な宣言を堂々とカマした男が、然し未だ携帯に釘づけだと気付き首を傾げた。

「また、凄い長いメールみたいですねー?」
「総長が、デコメ無しで送ってきた。何かの天変地異の前触れだったらどうしよう」
「はぁ?俊ってばデコメしちゃう派なんですか?
  いや、イチ先輩がデコ電だって言う現実の方が大分衝撃的なんですがー」

俊のデコメに想いを馳せ、メアドを聞いてみようと佑壱の携帯から伸びる鎖を掴む。

「先輩の部屋、インターフォンが壊れてるみたいなんですけどー。カード貸して下さい、…って、あれ…?」

言ってから気付いた。
カードを持たない俊が佑壱の部屋に入れる筈がない。


冷や汗が滴れた。
風紀の腹黒王子の問題は解決の方向にある。佑壱の親衛隊は不良ばかりだ、俊に手を出した所で般若と化した獰猛犬に絞め殺されてジエンド。

然し高坂日向はマズい。
彼の親衛隊はヤバイ。カルマの総長に制裁を与える生徒など皆無だが、外見ひ弱そうな外部生にならばどんな残虐的な手で仕掛けてくるか。


「ど、何処行ったんだ?」


いや、万一。
万一、生徒会長に指の一本でも触れてしまったなら。想像しただけでも背筋が凍る。
圧倒的に数が多いあの親衛隊だけは謎めいているからだ。何が起こっても不思議ではない。



それこそ、天変地異が起こっても。



「イチ先輩っ、マズいですよ!」
「ちょい待て、今目が離せない」
「俊が居なくなったんです!またぁっ!!!」
「はいはい、総長はいつも俺の心の中に輝いているからな。総長はいつも俺の心の中に住み着いてるからな。家賃なんて取んねぇぞ」
「あーっ、もう!この駄目犬!」
「駄目犬だってやがて歌舞伎町の夜王に伸し上がるんだ、…あ?」

全く話が噛み合っていない佑壱は、然し突如般若と化した。
漸く事の重大さに気付いたかと太陽が深い息を吐けば、




「16話が抜けてやがる…!」


キラキラ煌びやかな携帯が、ミシミシ悲鳴を上げる。

「…はい?」
「落丁じゃねぇか!お取り替えだお取り替え!畜生、純粋な男心を弄びやがって!」
「先輩のどの辺りが純粋?」
「ああ?!作者急病だと?!仮病の間違いじゃねぇかっ、おい答えろゆーいちはどうなったんだ!
  カマママのエリコさんとどうなった?!
  先輩ホストのピナタさんはまだ目を覚まさねぇのか?!


  答えろやぁあああああ!!!」


気になって夜も眠れない、と吠えるワンコに何が言えただろう。
山田太陽の特技は現実逃避だったりする。しからば、






「…次は溺愛俺様攻めベストエンディング目指そっかな」
「ゆーいちぃいいいいい!!!!!」


眠れない夜は、オタクの入り口。

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あきゅろす。
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