帝王院高等学校
測りたいなら何からナニまで!
「皆の衆おはよーさん」

おはようございます、と軍隊の様に礼儀正しく頭を下げる生徒を横目に、息を吐いた。

「午前中は身体測定、午後まで室外測定やでー。んで、前期のカリキュラム起てたら、一般概論3講義で終了やな。頑張れ!」
「出席確認して下さいよ」
「あ、気付かへんかってん。ほな宜しゅう」

他人任せ甚だしい村崎が、くわ、と欠伸一つ。肩を竦めた零人が出席名簿片手に見回し、

「映えある第二回HR欠席者。遠野、灰皇院、神崎、錦織、安部河、山田、」
「すみませぇん、出席番号18番遅れましたぁ!ほらぁ、錦織君も早くっ」
「遅れました」

後ろのドアが開き、申し訳なさそうに顔を覗かせた桜はともかく、全く悪怯れない要に感嘆の息が注がれた。

「安部河、のびちゃんとスネちゃまはどないしたん?」
「ぁ、俊君は太陽君と一緒ですぅ」

皆の好奇の視線を睨み、ぐいぐい押す桜に不機嫌ながら席へ着く。

「錦織要、遅刻理由は」
「出来の悪い中央委員会に朝食を阻害された為です。よって免責願います」
「もぅ、錦織君ったら…」

零人の言葉にしれっと返す要へ、鞄を置いた桜の呆れ顔が向いた。
揶揄めいた笑みを浮かべた零人が出席簿から手を離し、睨む要を舐める様に見つめたまま口にした言葉で、要に注がれていた視線は全て零人の元へ渡った様だ。


「全員揃ったら席替えだ」
「は?席替えなど不必要でしょう」

唯一反応したのは要だけ。
基本的に出席番号イコール成績で結ばれる為、席順もそのままである。学期間、順位変動がない限り変わらない。

「今までは、な」
「どう言う意味ですか?」
「ええ、それは俺が説明しよかー」

んー、と大きく伸びた村崎がおよそ教師らしくない真空のジャケットを脱ぎながら黒板を叩き、くるんと反転した黒板の裏側から巨大モニタが現れる。

「中等部卒業検定試験、つまり高等部入学考査の点数一覧や。皆、見覚えあるやろ」

教室の脇に設置してあるコーヒーサーバーから注いだブラックコーヒーに、チロルチョコを一つ落とした零人が面白いものを見る表情でモニタを一瞥し、


「一位、遠野俊。…満点」

村崎の台詞にざわり、と教室中が騒めいた。
流石の桜や要も目を見開き、揃いの赤縁眼鏡を光らせるメガネーズが我が事の様に浮かれまくる。その証拠に、4位5位である溝江と宰庄司を見やる6位の生徒が怯んでいた。

「二位神崎隼人、三位錦織要両名、帝君にこそ届かへんかったが、立派なもんや。黄金期には届かへんがな」

黄金期、とは現三年が高等部入学時にを指す。二位叶二葉・祭美月、満点。三位高坂日向、一点差。
であるにも関わらず満点の二人が二位であるのは、満点を越した天才が現れたからだ。

一位、帝王院神威。
神が神である所以、以降その天才は名を文字って神帝と謳われる様になる。


「で、もう気付いた奴も居ると思うねんけど。困った事に、な」

皆の呆然とした眼差しは、真っ直ぐ最後尾の名に注がれていた。
外部生、と言う最前列の帝君とは真逆に最後尾。昇校生と言う表記に記された、名前。

「BK灰皇院、満点。判るか?帝君が二人、は、─────前代未聞や」
「理事会の決定が出るまでは何も言えんが、入学時に帝君認定されたのが遠野俊である事に違いはない。以降、一同は遠野俊をこれまで通り天の君として扱う様に」

零人の台詞に頷いた一同は、然し未だ昇校生の名を呆然と眺めていた。
と、同時に慌ただしい足音が近付き、桜達が入ってきた後ろのドアを蹴り開けたらしい。

「さーせんっ、出席番号21番まさかの寝坊で遅刻しました!」
「痛いー、ネクタイ引っ張っちゃ、いやー」
「うるさい!何度起こしても起きやしなかった癖に!この駄犬がっ」
「お尻痛いー、蹴った癖にー。横暴だー、グレてやるー」
「それ以上どうグレるんだい、駄目犬。ほら、お前さんも早く謝れ!烈火の君が睨んでるよ!」
「ごめんねごめんねー」

ポカン、と皆の目が背後に注がれていた。ズリ、と肩を落とした零人が冷めたコーヒーを垂れ流し、パチパチ瞬いた村崎が頬をつねる。

「本当にすいません、速やかに席に着きます。そらもう、速やかに」
「だからあ、副会チョーなんだからもっと堂々としてなよー。隼人君なんか中学時代一回もHRなんか出なかったよー?」
「お前さんは帝君だったろーが!21番舐めんな、一回でも風邪引いたら間違いなく降格決定だっつーの」
「ふーん、頭が悪いのも大変だねー。痛!」
「悪意のない悪口が人を殺す。」


殴った。
寝癖だらけのデコっぱちが、ヤンキー殴った。

震える要が口元を覆い、ジャンピングパンチを受けた頭を撫でながら腰パンで歩く隼人が要を睨む。

「笑ってじゃないわよ、カナメちゃん。犯すぞ」
「お前を殴る様な人間がこの学園に居たなんて…ぶふっ、くくく」
「絶対ぇ、犯す」
「早く座れ駄目犬!」

席に着いた太陽が和英辞書を投げつけ、後頭部に食らった隼人が半ば涙目で椅子に座る。と、今度はコンパスが飛んできた。

「サブボスー、殺す気ー?」
「そっちは俺じゃない」

呆然とする一同の網膜に、隼人の机に刺さったコンパスが映る。


「一つ、人より夢見がち」
「二つ、奮いたぎる欲求」
「強気平凡受けの尻に敷かれた不良攻め、萌ェエエエ!!!」
「敷かれた尻に攻め返す意気込みが見当たらんとは、嘆かわしい」

どうも、上から聞こえる気がする。
新しいコーヒーを注ぎながら天井を見上げる零人に続き、一同の視線は天井付近のスピーカーを見た。チャラチャー、とアニメソングが流れ出し、巨大モニタに漆黒の羅針盤が映し出される。

『皆さんおはようございます、サセキ委員会より朝のご挨拶でございます』

ぱっ、と映像が擦り代わり、玩具のハンディマイクを握った黒縁眼鏡が巨大な校舎を背景に頭を下げた。目を見開き声も出ない太陽がズッ転ぶ。

『明朗会計サセキ委員会、正々堂々今季役員の報告を申し上げつつ萌えについて語りたいと思います』

何だ、これ。

『実況は私、一年Sクラス遠野俊15歳と、携帯カメラマン一年Sクラスカイちゃんでお送りします。カイちゃん、ご挨拶をっ』
『携帯カメラ初体験に大変興奮している。何卒誼なに』

ひっきりなしに眼鏡を押し上げるキャスターを余所に、全くブレない画面を映し出しているらしいカメラマンは台詞に反し落ち着いている。
今にも灰になりそうなクラスメートが、落ち着きのない帝君のクネっぷりを見た。隼人と要が遠い目で明後日の方向を見つめている。

『今季サセキ委員会執行部三役、副会長:一年Sクラス山田太陽。会計:一年Sクラス錦織要、』

漸く、風化し掛けていた皆の目が要に向けられた。予想していた村崎や零人は肩を竦め、おざなりに拍手しようとして固まる。

『書記:二年Sクラス嵯峨崎佑壱、以上』

きゃー、と言う凄まじい悲鳴は違うクラスからも聞こえてきた。このクラスから近いのはゲート向こうの二年Sクラスだ。
中央委員会書記である筈の佑壱が、左席委員会書記兼任など出来る筈がない。極道と警察を兼任する様なものだ。

『続きまして、三役補佐。会計補佐:一年Sクラス安部河桜。書記補佐:一年Aクラス加賀城獅楼』

また、黄色い悲鳴。
教師は皆、言葉もない。委員会執行部役員に普通科生徒が選ばれるのは珍しい事だ。基本的に役員任命権は会長に委ねられ、何人配置しても構わない。
但し、歴代会長が進学科以外から任命した履歴は皆無だ。村崎は勿論零人も、中央委員会時代役員は全てSクラスから配置した。

『委員会執行部役員、文化技術部長:一年Sクラス神崎隼人。補佐:二年Sクラス川南北緯。
  体育部長:一年Aクラス高野健吾。
  行事実行係:一年Aクラス藤倉裕也。
  庶務:一年SクラスブラックK灰皇院。
  最後に、生徒会長一年Sクラス遠野俊。以上、執行部人事報告を終わりますなり』


恐らく帝王院中が呆然としているだろう。また、アニメソングが響き渡り煌びやかな単行本のコマーシャルを流していたが、それがBL本だと誰も突っ込む余裕が無い。
明朗会計とはまた勇ましい宣言だが、公安役の左席委員会が役員を公にするのも珍しい事だ。
初代左席委員会は会長だけが発表され、役員は闇のままだった。なのに、これは。


「…何か、うちの会長がすいません」

ぽつり、と呟いた太陽が恥ずかしさの余り涙目で天井を見上げ、凄まじく不細工な表情を晒した。換気用のダクトから怪しげに光る黒縁眼鏡が見える。
じーっと見つめながら立ち上がり、上を向いたまま隼人の机に突き刺さったコンパスを引き抜いて、何事かと首を傾げる隼人や要の目の前で天井にコンパスを投げた。


「ぷはーんにょーん」
「む、悟られたか。一時撤退するぞ」
「駄目ですっ、天井裏からご主人公を見守るのがオタクの運命!背を見せたら負けにょ!」

武士みたいな台詞と共に、蹴り開けた換気口からスタっと着地した黒縁眼鏡が眼鏡を押し上げ、続いて団子眼鏡が黒縁眼鏡を抱き上げた。
呆然一色の皆を余所に隼人の前へ腰を下ろし、俊がガマグチから取り出した煌びやかな文庫本を仲良く開く。長閑な読書風景だ、が。

「のびちゃん、…普通にドアから入りなさい」
「ふぇ?あ、ホストパーポー今日のファッションは73点にょ。まだまだフェロモンが足りないなりん」
「あ、はぁ、えらいすんません」

オタクチェックに頭を掻いた村崎の背後で、呆れ果てたらしい零人が切り替わったモニタを叩いて黒板に戻す。

「チョコたん、」
「もう少し悪怯れろ。お陰で席替えする時間がねぇ」
「席替えっ?」

魅惑の単語に食い付く俊の後ろで、神威の背中を凝視する隼人がシャープペンを咥えたまま片手を挙げた。

「ねえ、何で席替えなんかすんのー?」
「一人増えたからだ」

同じ説明が面倒になったらしい零人が手を叩き、

「良し、とにかく一同はこのまま第三体育館に行け。先行した普通科国際科に続いて、身体検査だ」
「カードに検査データを赤外線送信するから、IDカードを携帯せぇよ。忘れた奴おらんよなー?」

言いながら分厚いリーフレットを配る村崎に、文庫本を閉じた俊が眼鏡を輝かせ、直ぐ様曇らせた様だ。

「…第二外国語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、オランダ語、ポルトガル語、スワヒリ語…めそり」

カリキュラム一覧、と書かれた小冊子には、ぎっしり授業内容が書かれてある。全くときめかない、読む気も尽き果てる小冊子だ。

「どうした俊、眼鏡が曇っているな」
「日本人は日本語が喋れたらイイにょ。父ちゃんが言ってたにょ」

ぷいっ、とそっぽ向いた俊が鞄に小冊子を投げ込み、閉じた文庫本を開く。小冊子を配り終えた村崎に午後提出と言われ仕方なく取り出し、小冊子を机の中に仕舞い込んだ。
後で太陽達に相談だ。
外国語だけで何教科あるのか判らない今現在、自己判断は危ない。太陽や桜と離れたら授業を受ける意味が無いからだ。

「カイちゃんはもう何にするか決まったにょ?」
「ああ」
「即決派。男らしいにょ」

即退学してしまうかも知れない。萌が足りな過ぎて。

「俊と同じ授業日程を組む。俺に授業など無意味に等しいからな」
「駄目よ、将来に関わるんだもの。ちゃんと選び抜いた授業を受けなきゃ!」
「将来、か。希望する職業及び年収は幾らだ」

意味不明な台詞に首を傾げた俊が父親の月収を思い出し、サラリーマンではオタク活動に支障を来すと眼鏡を曇らせた。
どうでも良いが、膝抱っこに突っ込むつもりはないのか。皆の目がチラチラ注がれているのに気付け。

「出来たら時間が使える自営業か在宅勤務がイイにょ。お医者さんと残業だらけのサラリーマンは、めー」
「ふむ」
「カイちゃんは?」
「相手に求めるものは、従順だけだ」

無機質に落ちた囁きに瞬き、話が逸れている気がすると首を傾げた。

「後継者を産む体があれば、特に望むものはない」
「?」


体が浮き上がった。
外に出ていくクラスメートを見やり、戸口で待つ太陽達に目を向ける。



「…行くぞ、第三体育館だ」

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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