帝王院高等学校
御三家って何ですか萌えますか
「頬、どうしたんですか?」

左頬を撫でる指の冷たさに意味もなく肩が震えた。
甘くとろけた眼差しは酷く見知ったもので、随分懐かしい様な気がする。

もう二度とこの手に戻ってくる事などないのだと、一度覚悟した懐かしい場所が微笑んでいた。

「赤くなってる」
「…」
「誰かに殴られたんですか?

  山田太陽?
  それとも東雲村崎?

  大丈夫です、俺がちゃんと仕返ししておきますからね」

甘い甘い囁きが耳に掛かる。
ぎゅむっと抱き付いてきた僅かに大きい体躯を無意識に抱き締め返し、





「愚か者が!」



一本背負いした。



「っ、そ、総長…?」
「相手を間違えるとは何事だたわけ者、攻めの風上にも置けん!」

辛うじて身を翻した男は、地を這う声音と壮絶な眼光に怯む。
無駄のない仕草で制服の乱れを直した無表情と言えば、愛想の欠片もない表情で睨め付けていた。

佑壱が居たなら即座に正座しただろう。今のオタクはただのオタクではなく極道に近い。

「間違えるって、何の話ですか?」
「抱き締める相手を、だ。幾らこの場にタイヨーが居ないからと言って、俺を代役に仕立てるなど正に愚の境地」
「は?」
「平凡受けの何たるかを知らない素人め、後程俺の部屋に足を運ぶが良い。コレクションから数冊貸し出そう」
「え?え?総長…?」
「案じるな、お前はまだ若い。この先腹黒攻めを志そうが鬼畜攻めを志そうが、俺は心から応援している」
「…」
「だが然し、選択肢を攻めに限る必要はないと俺は考える。お前の未来には数多の可能性が待っているぞ、例えば健気受けとか…」

無意識に正座し背を正していたらしい彼はハッと我に返り、とにかく何か反論をしなければと口を開いたが、


「カナタ、返事は?」


閻魔大王さえ裸足で逃げ出していく様な眼差しに、純日本美人から血の気が引いていった様だ。
今にも消えてなくなりそうな儚い表情が哀れでならない。


「ラ、ラジャー、総長」
「うん、イイ子だな」



ああ、神が舞い降りた。



眩しい笑顔が無人の廊下に光を撒き散らす。
腐男子レベル1の太陽が見たなら、『ツンデレ攻めだ』と呟いた事だろう。残念だ。

よしよしと正座する中型犬の頭を撫でた俊は表情を戻し、仕草だけなら随分可愛らしく両手を差し出した。

「え…?」
「眼鏡返して欲しいにょ」
「眼鏡返して欲しい…にょ?」
「駄目なり…?」

こてん、と小首を傾げる極悪顔がとんでもなく可愛らしく見える彼はただの阿呆かも知れない。
どうして性格平凡極悪顔に美男子ばかり集まるのは全く判らない。判らないが、だからこそカルマは目立っていたのだろう。

「だっ、駄目じゃありません!」
「じゃ、眼鏡ちょーだい?」
「はいっ、どうぞ!」
「ありがと、錦鯉きゅん」

オタクに戻った途端、先程までの威圧感が鳴りを潜め、錦鯉要は目に見えて落ち込んだ。
その姿、主人に叱られた犬の如し。

「総長、お願いがあります」
「僕はもぅ総長じゃないにょ。総長はもぅイチに決まったんですっ!そして総長なイチは平凡なタイヨーに一目惚れ、授業中に呼び付けて不器用な愛の告白っ!」
「あの?」
「ハァハァ、二人きりの屋上でタイヨーはガタガタ震えてて、ハァハァ、イチは無表情ながら興奮してるみたいっ!危険!

『好きだ。俺と付き合え』
『ひぃぃっ、おっ、お断りしま、』
『あ?因みに返事は「はい」か「YES」か「俺も愛してます」しかねぇぜ』
『そ、そんな…』
『で、…返事は?』




『ょ、ろしく、ぉ願いします…』

  きゃーっっっっっ!!!!!」

佑壱が居たなら笑顔で太陽を殴ったかも知れない。太陽は俊と友人になる事を考え直しただろう。

「ハァハァ、不良×平凡じゃなきゃ王道は語れない!ハァハァ、僕が童貞じゃなかったら今頃タイヨーを襲っていたかもっ!」
「えっと、総長、山田太陽君が好みなんですか…?」
「大好きです」
「付き合ってたり、とか…?
  だから年齢を誤魔化してまでこんな所に潜り込んだんですか?!」
「はふん」

激昂するイケメンに萌えてしまったオタクが足を滑らせる。
無意識に抱き留めた男は安堵の息を吐き、眉を下げた。

「何で、よりによってこんな所に来てしまったんですか…」
「あにょ」
「今は言い訳など聞きたくないので、愚痴らせて下さい」
「イイけど、僕こう見えて15歳なんです」
「総長…。幾ら俺でもそんな作り話信じる筈がないでしょ?ああもう、俺の胸ポケットには何も入ってませんよ総長…」

喉が渇いたついでに腹まで渇いてきたらしい食欲魔神は、しょんぼりと肩を落とす。
胸ポケットに飴玉を常備し尻ポケットにラムネを常備し、且つ冷蔵庫の中にスポンジケーキを常備している高校生男児など某ボスワンコだけだ。

「お腹空いたにょ…」
「朝食を採っていないんですか?なら、食堂へ案内します」
「食堂っ!!!」

刹那眼鏡を輝かせた俊は、然しすぐ様俯きふるふると首を振る。

「駄目じゃァ、食堂は俺様会長と再会する為の神聖な場所なのょ。タイヨーが居ない今、ただのオタクが足を踏み入れてはいけない場所ですのよー!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!」

叫んだオタクがぽてっと倒れた。

「腹ペコりんにょ…きっと僕は今日この瞬間に俺様会長をデジカメるコトなく死んでいくにょ…」
「総長、やはり誰かに殴られたんですね?!誰ですかっ、嬲り殺してやる…!」
「きゃーっっっっっ!!!!!」

狼に変貌した鬼畜ワンコに飛び上がり、くねくね悶える。

「錦鯉くん!君は僕の鬼畜攻め候補第二位にランクインしましたっ!」
「総長、錦鯉じゃなくてカナタです。良く判りませんが、俺が二位なら一位は誰ですか」
「二葉先生しか居ないに決まってるにょ!
  ハァハァ、近年稀に見る腹黒さ!
  嫌味さ!
  僕の鬼畜センサーが赤信号でタイヨーがいきなり強気受けでっ、ハァハァ、暫く興奮でご飯も喉を通らないと思いますっ!」

カルマの作戦指揮として優秀過ぎる頭を以てしても、話の半分も理解出来なかった要は見えない尻尾を凹ませたらしい。

「やっぱり山田太陽君と付き合ってるんですね…」
「タイヨーは皆から愛されるべきにょ。僕が独り占めしたら全国各地の攻め男子から剃刀レターが連日百通二百通!うちのポストが赤信号!」
「では白百合と?!あんの腐れ二重人格野郎…っ、うちの総長に手を出しやがって…!自分の総長で我慢しとけや!」
「白百合ってな〜に?タイヨーもそんなコト言ってたにょ」
「…三年御三家、叶二葉の別称です。副会長の高坂日向が『光王子』、会長のあの人は文字通り『神帝』と呼ばれています」
「ピナタ、さっき会った。僕には気付いてないみたい。会長には早くお会いしたいとタイヨーが言ってました!僕の妄想の中で!」
「ああ、全くもう、何故こんな事に…。よりによって帝王院に貴方が足を踏み入れるなんて…」
「萌の為です。密やかに密やかに生BLを見ながらハァハァする為です。ああっ!
  余所様の恋愛事情が気になって興奮が絶え間ない!!!このまま一生独身を貫くのかしら?いっそ出家して一日中妄想と言う名の瞑想に勤しむべき?!」
「つまり、総長は誰とも付き合っていないと?」
「だから僕の事は気にせずタイヨーにどんどんアピってって下さい!」

己の欲の為だけに叫びながら要の手を握り、ワンコは頬を染めた。

「は、はい。敬愛する総長が仰る事なら、何でも聞きます」
「何でも…?」

眼鏡が怪しく輝く。こくりと頷いた美形はがしりと肩を掴まれ、目に見えて狼狽えた。

「そ、総長、幾ら何でも白昼堂々不純同性交遊は…!」
「僕と友達になって下さい!」
「いや、ご命令ならば今すぐにでも体力と知力の限界に挑んで………は?」
「そして総長じゃなくてこの糞オタクめがァ!と踏み躙って下さいっ!ハァハァ」



ドMか。



「と、友達…?総長と、…俺が?」
「ぃ、嫌ならイイにょ。ぐす、独りぼっちは、めそ、な、慣れてるしィ。ふぇ、タイヨーが居ればい〜もん。うぇ」
「なっ、なります!いやっ、友達になって下さい!」

ああ、弾ける笑顔が判る。
職務に忠実な黒縁4号が邪魔でならない。

「じゃあ、もぅ総長呼ばない?鬼畜っぽく踏み躙って下さる?」
「ど、努力します」
「えへへ、じゃーパン買いに行くの付いてきてくれるかしら?!ついでに男子校のアレコレを教えて下さる?!僕の情報偏ってるから!」
「喜んでお供します!」

パタパタ尻尾を振りまくるシェパードの幻覚が見える。
どさくさに紛れてオタクに抱き付いたワンコは、




「あと、お金貸して欲しいにょ。お財布忘れてきたにょ、めそり」

購買丸ごと買い取ってしまうかも知れない。

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