帝王院高等学校
縁側でお膝にワンコとくればネンネです
「あーあ、やっちゃった」

佑壱二号、と呟き掛けた太陽が窓枠を必死に掴みながら階下を覗き込み、眩暈を覚えて後退った。高所恐怖症とか言う問題ではなく、高い。
7階から見る景色は長閑な春、白とも桃色とも付かない桜並木を走る黒を見失って、うんめー棒を咥えていても美貌に遜色ない長身を見やった。

「ほんと、アレで隠れてるつもりなのかねー」
「人間のアイデンティティーは見た目、第一印象ってのは中々翻らないもんでしょ」
「うーん、確かに…」

俊が齧った駄菓子の残りを放り、ぱくっと頬張った隼人が眉を寄せて笑うのを認め、握りっぱなしだった携帯で新規メールを一つ。


subject: いつ気付いたの


本文は真っ白な、面白味のないメールを送信すると、だらしなくずり落ちた隼人のスラックスから初期設定甚だしい電子音が漏れた。

「そっちこそ初期設定ってどうなの」
「フォルダ毎に着音変えてんの。優先順位高めな奴は着うたー」
「俺のメールは見る必要もないってか。いいけどねー、返信なくても恨んだりしないしねー」

手際よく携帯を弄んだ隼人が肩を竦め、パタンと携帯を閉じて欠伸を発てる。眠い、と投げ遣りに呟いて腕を引かれ、床に尻餅を着けば膝の上に転がる金髪。
混じった黒に近い灰色のメッシュが太陽のスラックスに散っている。

「膝枕って、ちょい神崎君。セクハラではないかい?」
「眠たいんだもん。いつもはふかふかな枕とタオルケットでー、窓の下に寝るのー」
「コラコラ、腹を匂わないで」

腰に巻き付いた腕に困り果て、グリグリ腹に擦り付いてくる鼻先に遠い目をしながら、仕方ないかと頭を撫でてやる。コテン、と向きを変えた綺麗な顔が口の端に引っ付けたままの菓子クズを摘んでやれば、指先ごとパクりと食べられてしまった。

「それ、誰にでもやってない?」
「隼人君がこうすると、みんな喜ぶよー。ねえ、嬉し?」
「大きい赤ちゃん拾った気分ー…。あのねー、好きでもない相手に思わせ振りなコトしないの」
「何で?」
「本当に好きな子が出来た時に、信じて貰えなくなるよ」
「ふーん」

興味なげに鼻を鳴らした隼人が目を閉じる。己の腹の上で組まれた両手が白雪姫の様で、笑っていいやら似合い過ぎだと呆れるべきか、もう一回携帯を開いた。
ポチポチ弄べば、長い指から邪魔される。

「誰にメールしてんの」
「可愛いハヤハヤ君に」
「だったら、許す」
「電話しよっかと」

ぱち、と開いた目が見開かれていて、軽く怯んだ瞬間がばっと起き上がった長身が至近距離から覗き込んできた。傍から見たらカップルに見間違われそうだ、と狼狽えまくれば、首筋を凝視したカラーコンタクト入りの双眸が刺々しく歪む。

「サブボスー、変な虫に触ったでしょ」
「は?」
「電話代高いんだから、メールしか駄目。はい、携帯寄越せ」
「え?ちょ、」

そのまままた、太陽の膝の上に転がった隼人が持ち主より手際よく携帯を操作しながら、

「何、眼鏡君と安部河しか入ってないじゃん。あと、…誰、このヤスアキって奴」
「勝手に電話帳見んな!双子の弟だけど、何で睨むのさ」
「18番君は、嫌い」

呟かれた台詞に瞬いた。

「何で?」
「アイツ、俺と西指宿が兄弟だって始めから知ってた」

口調の変わった隼人が太陽の飾りっ気0な携帯に自分の携帯から外したストラップを一つ、付けてやりながら囁いて、そう言えば、佑壱達が来る前に桜がさり気なくそんな事を言っていた様な気がした太陽が目を開いた。

「桜が清廉の君と幼馴染みだから、とか」
「有り得るねえ、だから嫌い。アイツがそんな事を18番にチクる筈がねーかんな」

誰も突っ込まなかったのは、太陽以外が知っていたからだろうか。いや、でも俊やカイが知っていた様には思えない。

「アイツ、って、清廉の君と神崎君は知り合い?」

隼人が呟いた台詞に違和感を覚えて、携帯を胸ポケットに直してくれる隼人へストラップのお礼を呟きながら、首を傾げた。

「副代理、って奴かな。東條にも勿論何か目的があんだろーねえ」
「さ、左席委員だった訳?清廉の君が?!」

大声を出し掛けた口を押さえつけ、カルマから見れば敵になる筈の男の名前に息を吐く。俊が桜を警戒する一番の理由は東條清志郎、つまりイーストと言う神帝の飼い猫だ。
それが、中央委員会の敵。

「イーストは、カルマに入りたかったんだ。そもそも、うちのボス命令でスパイやってんだし、」
「はい?え、ちょ、待って、どう言うコト?」
「知りたければ、眼鏡会長に聞けば」

吐き捨てられた言葉の冷たさに瞬いて、無意識に手触りの良い髪を撫でた。擽ったそうに目を細めた隼人を横目に、本物の犬みたいだと思う。

「染めてる割には、綺麗な髪だねー」
「染めてないもん。メッシュだけ」
「じゃ、神崎君もハーフな訳?イチ先輩のお母さんはハリウッド女優なんだよね、有名だし」
「クリスティー=ブライアン。隼人君を産んだ人が、アカデミー賞の会場で会った事あるんだって。馬鹿な女だねえ、不細工がハリウッド相手に対等なつもりなんだからさー」
「お母さん、女優なの?」
「そ。神谷江梨子って言う偽名で、今頃AVでもやってんじゃない」

聞き覚えが有り過ぎる有名女優の名に痙き攣って、慌てて意味もなく隼人の腹を叩いた。痛くもなさげな隼人が片眉を跳ね上げ、目だけで何だと尋ねてくる。

「羨まし!だから神崎君はこんなに格好良い訳かー。いいなー、有名人なご両親、平凡なうちの馬鹿親に真似させたい」
「全然凄くないし」
「いいじゃん、神崎だってモデルの癖にCMとか出てるしさ、プライベート殆ど公表してないんだからお母さんの力借りないで成功してんだから!」
「唾、飛んできた」

不機嫌、には些か奇妙な表情で頬を拭った隼人が身体ごとゴロリと寝返りを打ち、太陽の腹に巻き付く。

「痩せ過ぎ、もっと太れ。枕としてやってけないよー」
「枕人生には興味ないからー」
「隼人君はねえ、おじーちゃんとおばーちゃんを殺しちゃったんだあ」

今にも眠りに就きそうな声音が囁く台詞に動きを止めた。

「じいちゃんはねえ、白髪だらけで顔も皺くちゃで、なのに手とか凄い綺麗なの。ばあちゃんは昔、女学校のマドンナだったんだって。だからじいちゃんはねえ、婿養子でもよいからプロポーズしたんだってえ」
「情熱的だね」
「じいちゃんはねえ、裏山で取ってきた山菜料理を隼人君にだけ食べさせてくれるの。ばあちゃんには一口もあげないで、隼人君にだけ。
  たまに舌が痺れたり、お腹痛くて眠れなかったり、耳が聞こえなくなったり、足が震えて歩けなくなったりするんだけどねえ、」

話の内容に付いていけない太陽を余所に、笑いを含んだ声音が擽る様に囁く様に、

「美味しい、って言ったらじいちゃん、凄く嬉しそうな顔するから、熱が出ても吐きまくっても、誰にも言わなかったんだー」
「男だね、神崎君」
「二人共ねえ、隼人君を抱っこしたり頭撫でたりしないの。娘から押し付けられた孫なんか、面倒だもんねえ。よく育てようと思ったよねえ」
「可愛かったからだろ。可愛くて可愛くて触れないくらい、可愛かっただけだろ」

ガシガシ頭を撫でてやれば、腹に鼻先をグリグリ擦り付けてくる隼人の指が脇腹をこちょこちょ、

「あ、あはは、擽ったい、タンマ、」
「慰めてるつもり」
「照れない照れない、あ、神崎はアレだ」
「何」
「目で見たモンとか自分が納得したコトしか、信じないタイプだ」

脇腹を擽った指が離れ、擦り付けてくる鼻先が止まる。図星か、と目を細め、

「サングラスで見る世界はモノクロさ。白も黒も、灰色だ」
「…」
「だから俊に気付けなかったんだろ?言ってたよね、素直に吐いとけば面倒臭い事しなかった、って」
「初めから」

ブレザー越しに吐息、唸る様な声音がポツリと、

「まだ雪が降ってた時。いつもは聞きもしない癖に、男子校ってどんな所だとか、楽しいかとか、苛められたりしてないかとか、聞いてくる」
「俊が?…いや、カルマの総長が、か」
「成績表。毎回帝君の俺もユウさんも、そんなに褒めて貰えない。皆は何処を頑張った、次はこれを頑張れって、いっぱい褒めて貰えるのに」
「うん」
「掲示板。理事会サーバーにハックしたら、証明写真もあった。真っ黒な髪の毛銀色にして、眼鏡を塗り潰したらご主人様にそっくり」
「うん」
「メールしたのに。いっぱいメールしたのに。居なくなってからずっと、毎日。電話もしたのに」
「うん」
「じいちゃんがねえ、言ってたんだ。死ぬ前に、いっつも。他人を簡単に信じるな、自分以外の人間を簡単に信じるな。初めて、抱っこして貰ったのは死んじゃう前」

箱に詰めた松茸、孫が裏山で育てた松茸を車一杯詰め込んだ朝、初めて抱き上げてくれた祖父が、皺くちゃの笑顔を見せてくれた朝。
昼過ぎには冷たくなって、皺くちゃの顔に白い布を掛けられた二人が霊暗室に横たわっていた。

通夜や葬儀の記憶など殆どない。
気付いたら差し押さえられた家の仏間に並ぶ、二人の写真。皆で行った温泉旅行で映して貰った、写真。

「見たんだ。一番初めに、屋上から」
「何を」
「アイツと一緒に居た」
「誰が?」
「抱っこされてた」
「だから、誰が?」
「何でアイツなんだよ。可笑しいだろ、何でアイツなんだよ」

ぎゅ、と込められた両腕の力が腰を抱き締め、誰ともなく何度も尋ね返す。
自分自身に問い掛けている様だ、と嘆息し、無言で頭を撫で続ける。

「アイツは駄目。嫌な匂いしかしない。生きるのも死ぬのも一緒な俺とは違う、アイツは生きてもないし死んでもない」
「うん」
「何で、あんな奴と一緒に居たんだ。あんなの、双子より質が悪い」
「双子?」
「生きるのも死ぬのも面倒なユウさんが、生きるのも死ぬのも面倒なカナメとユーヤとケンゴを集めて、生きるのも死ぬのも一生懸命なボスに従ったみたいに」
「うん」
「アイツも、引き付けたの」
「神崎」
「帝王院神威」

ぱちり、と。
瞬いて、もしかしたら隼人の頭の中を渦巻く疑問は、自分が昨日から繰り返してきた違和感と同じなのかも知れないと思った。


似て非なる二人。
全てを従わせる声音。
全てを従わせる威圧感。

違いは、全てを受け入れる所。
神帝は何も彼もを受け入れない。何一つ、見ていない。



「帝王院神威。カイ、なんて。早計過ぎやしないかい。あっちは三年生、うちの庶務は一年生だよ」
「帝君で神帝のアイツは授業なんか受ける必要がない。帝王院で一番頭が良いんだから」
「気紛れで一年生なんて、すると思う?」
「アイツの考える事なんか知らない。アイツは、何かが狂ってる」
「ルーク=フェイン、ノア、グレアム、だっけ。貴族で帝王院の次期総帥で理事の一人で生徒会長、ってだけでも手一杯だと思うんだけど」
「普通の人間だったら、ねえ」
「…だよねー」

そろそろ始業時間だ、と見上げた時計の秒針が12を差している光景を何ともなく見た。左席委員を示すクロノスは、時計。

「そう言えば、うちの親父が昔なくした指輪、これに似てた気がする」

呟いて、己の中指を見た。サイズが大き過ぎて中指でもやや持て余している、銀色。何処にでもある様な、銀に黒いラインが二本引かれたものだ。
父親の指輪には三本引いてあった様な気がするが、3年近く前になくしたと言っていた気がする。


「そろそろ教室、」

行こう、と見やった隼人の瞼は長い睫毛と共に眼差しを隠し、規則正しく上下する喉元が健やかな眠りを教えていた。
こんなに無防備な姿を晒されてしまえば悪い気はしない。昨日までは恐ろしい不良として近付きもしなかった横顔を眺め、どうしたものかと首を傾げた時に欠伸が出た。

「そう言えば、寝てない」

一つ放てばもうどうする事も出来ない眠気、HRだけサボろう、と顧問にして担任には悪いが目を閉じて、無意識に首筋を覆う。


「ハヤハヤ、身体測定は行かなきゃ駄目だよー」
「んー…うっさい」
「右手のブレスレット、似合ってるねー…ふわぁ」


変な虫に刺された赤い証には、未だ気付かぬまま。

←いやん(*)(#)ばかん→
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