帝王院高等学校
駆け落ちはとっても大変そうです
駆け落ちを覚悟するまで追い詰められた恋人達は、抱き合ったまま突如現われたデカイ人を見た。

「あの、どなたですか?」
「ソータ、こっちにおいで」
「若気の至りで過ちを犯すには余りに若い」

ズボっと植え込みから生えてきた男はあんまりお洒落とは思えない黒縁星眼鏡を押し上げ、ビシッと指を突き付けてくる。
見つめあう三人、体格の割りには何処か幼い体育会系の少年が刈り上げた黒髪をポリポリ掻けば、気の強そうな眼差しを眇めた金髪の青年が庇う様に身を乗り出した。身長は日本人少年の方が幾分高い、と星眼鏡のチェックが入る。見た所、どっちが攻めだか判らなかった。

帝王院神威、18歳にして解けない謎が誕生。これは神帝陛下初の試練ではなかろうかとか何とか。
因みに遠野俊15歳ならば悩まず金髪の方が攻めだと見抜いただろう。体育会系受け、とハァハァしながら。

「良いか、中村颯太並びにレイシス=ウァンコート」
「な、何故私の名を…」
「君は誰なんだ?」
「ただの腐男子だ、気に病むな」

と言われても気にするなと言う方が土台無理な話だ。

見つめあう三人、中略。

いい加減ポーズを付けるのに飽きた神威が鬱陶しい前髪を掻き上げ、抱き合う恋人達が真っ赤に染まるのを横目に今日は好い天気だと目を上げる。

「ご両親が悲しむだろう」

取り調べする刑事が泣き落としに入る瞬間だ。

「それは…」
「私達の愛は私達だけのもの。家族が障害になるなら、」
「万一駆け落ちしたとしよう。その若さでは満足に就職する事も適わず、日々肩身狭く暮らさねばなるまい」
「確かに…」
「然し私は本気でソータを愛しているんだ!どんな苦労も厭わないっ」
「俺もだよ!」

再びガシッと抱き合う二人に、ありとあらゆる本を読んできた男はふるふる頭を振った。
甘いな兄ちゃん達、甘過ぎるぜと言った仕草だ。

「考えてみるが良い。怯え暮らす生活で、生まれ落ちた子供はどうなる」
「え?」
「いや、私もソータも今の所妊娠の予定は…」

そりゃ、愛し合う男女ならばともかく、女の子が居ない帝王院で出産の危険性は限りなく低い。
然し我らがスター、中央委員会生徒会長は、今や黒縁のスター眼鏡姿で長々息を吐き、

「最低水準の生活で、生まれた5人の子供に満足な食事も与えず着るものにも困る日々」


5人?


「軈て諍いが絶えなくなり、長期に渡る離婚調停」
「「…」」
「泥沼の争いの果てには更なる艱難辛苦が待ち侘びているだけだ」

すらすら宣うボケ眼鏡に突っ込む勇者は居ない。我らがツッコミ、左席副会長はただいま会議中だ。
どうやら神威の思考回路も某オタクと大差ないらしい。神威の頭の中で、お腹空いたと訴える黒縁眼鏡の5つ子が泣いている。

『お腹空いたよぅ、お父さん』
『ふぇ、おっきい明太子食べたいなぁ』
『駄目だよ、ワラショクの明太子は高級なんだから…』
『お母さん、余所のオジサンと出て行っちゃったね』
『お父さんの年収が2億ぽっちだから、嫌になっちゃったんだね』

何処からまずどう突っ込むべきか、全く以てちっとも判らない。神威の年収が円かドルかで大分話が変わってくる様な気がするが、


「やはり2億ユーロ程度の稼ぎでは足らんか…」

主人公、今すぐ嫁げ。楽して食えるぞ、ワラショクの明太子。

「む」

余所の男と家出した黒縁眼鏡の嫁と醜い離婚調停を想像の中で終えた神威が、いつの間にか居なくなっている二人に星眼鏡を曇らせる。

「駆け落ちはいかん、萌えが減る」

呟いた男は凄まじい威圧感を漂わせながら星眼鏡を押し上げ、

「クラウンスクエア起動、システム再構成」
『スクエア起動、コード:ルークを確認。同時に凍結中のコード:ファーストを解放します』
「全ゲートの解放権限を役員に限定、2年Dクラス中村颯太並びに国際学科3年レイシス=ウァンコートの施設外逃亡を制限しろ」
『了解』

佑壱の権限解放に僅かながら躊躇いつつ、先程の恋人達を優先した。
昨夜夜食に盗み食いした俊の部屋の冷蔵庫から発掘した重箱。煌びやかなおかずがぎっしり詰まっていた重箱には、仮面ダレダーを模したデカイお握りがぎっしり詰まっていた。

然もベッドで元気にクネクネダンス(寝相が悪いだけ)を披露していた俊が、事あるごとに寝言で呟いたのだ。(そして蹴り落とされた)


『唐揚げ乗っけた玉子丼…食べたいにょ』

へら、と頬を弛ませ尻をボリボリ掻きながら、嵯峨崎先輩大好きーと呑気に宣う俊を一晩中見ていた男は、俊の分に取っておいた仮面ダレダーお握りを貪った。
それがジェラシーからなる事には、とりあえず突っ込まずにおこう。

「さて、ウァンコート家と言えば然したる家柄でもない。フランスのホテル王だったな」

充分に一般的ではない金持ちだが、年収2億ユーロ疑惑がある男はどうしたものかと首を傾げ、面倒臭くなったのか否か、放っておく事にした。

「試練とは己で乗り越えてこそ、真の愛を勝ち取る事が出来るものだ」

格好良くほざいているが、神威の初恋は今の所まだだ。愛の「あ」の字も知らん癖に、言う事だけは格好良い。

『ステルシリーライン・オープン、コード:男爵へ通信要請です』
「いかん、次からは萌男爵と呼んで貰おう。俺は昨日までの無知な俺ではない」
『システム再構成完了。コード:萌男爵へ通信要請です』
「繋げるが良い」

満足げに頷いた神威が優雅に植え込みを越え、キョロキョロ辺りを見回し近場の桜の木を見上げる。
ひらひら桃色の花びらを舞わせる雅な光景を前に然し無表情、

『おはようございます陛下、残念ながら生きてらっしゃいますか?』
「セカンドか、誠健やかに見回り中だ」
『見回りとはまた、如何な?』
「ふ、敢えて言うならT.M.Revolutionだろうか」

鼓膜を震わす二葉の声が珍しく沈黙し、今頃優秀な頭で意味を考えているだろうと星眼鏡が怪しく光る。

ふ、この俺が今日知った新しい言葉をそなたが知る筈がなかろう。
神威の性格が捻曲がっていたらそんな台詞がぴったりだっただろうが、二葉の沈黙などでは全く興味が湧かない男は素早く萌え要素を探し、見付からない事に肩を落とした。
折角気合い充分だと言うにも関わらずこの体たらく、やる気が徐々に萎れていく。

『こほん。まずは陛下、円卓会議の事後報告を申し上げます』
「高坂の旨はどうだ」
『恙無く』
「中央情報部に命じた旨は」

僅かに口籠もった二葉に息を吐き、校舎目指して真っ直ぐ進む。地下を通るか渡り廊下を使えば早いが、萌えは神出鬼没、何処で見付かるか判らない。


『恐れながら、應翼学園に猊下の履歴はございません』
「何?」
『我々はまんまと騙されていた様です。先日調べた際、別の情報を掴まされていた』
「どう言う事だ」
『トオノシュン、と言う生徒記録は確かに先日存在しました。が、今回は存在しない。お判りになりますか?』

情報を消された、と言うならグレアムに調べられない筈がない。あったものを消すのは酷く時間が懸かり、存在したものを0には出来ないからだ。何処かに痕跡が残る。

『つまり、前に掴まされた情報が既に偽物だったのです。ハッキングした際、何者かの妨害を受け別回線に繋がされていました。その痕跡も残っています』
「解せんな。杜撰なのか計算されたものなのか、判断が付かん」
『ええ、より完全を求めるなら転送履歴を消すべきでしょう?然しまるで敢えて見せ付けるかの様に残されていた』
「で、以前食わされた情報は誰のものだ?」
『遠野舜、韻は同姓同名の全くの別人です。証明写真もありましたが、似ても似つかない全くの』

内心の苛立ちを全く表に出さない二葉の声を耳に、無人の並木道を歩きながら何ともなく空を見た。

いい天気だ。抜ける様に青い空、
雨が近い。
湿った匂いと低気圧特有の唸りが遠くからゆったり近付いてくる。

「遠野舜の身元を濯え。應翼の現経営者は」
『実状は株式形式ですね。対象についても調査済みです。遠野総合病院院長、遠野直江医師の次男。現在は区立中学三年生です』
「遠野総合病院だと?帝王院が所有する株式に、その銘柄があった筈だ」
『ええ。また、遠野一族についても調査済みですが、猊下の名はありません』

手回しの良い事だと目を細め、見上げていた空から目を離す。眼鏡越しに見た太陽の陰影が、いつまでも網膜を瞬いた。

『直江医師には姉が一人、遠野俊江と言う女性に結婚履歴はありませんでした』
「同姓の他人か。俊の入学申請に両親の名が記入されているだろうが、」
『猊下は父子家庭の様ですね。保護者欄には父親の名だけが記載されています。遠野秀隆と、』



鼓膜が、沈黙した。
世界から全ての音が掻き消えて、爪先から髪の先まで姿無き何かが駆け抜ける。



「ひで、たか」


ヒデタカ。
秀皇。
帝王院秀皇。


居なくなった現理事長の弟。
違う。居なくなった父親。本物の、父親だ。


気が狂った様に笑う女が精神病院で一人死んだと聞いた。あの女が死ぬまで固執した神は、早々に日本へ渡り音沙汰などなかった。
日本へ戻った理由は単純明快だ。無理矢理連れていかれたアメリカになど、何の未練もなかったからだ。


それでも我慢した。
天才だと騒ぎ立てられ、耳障りな人間の声を聞こえない振りで我慢した。
幼過ぎる自覚があったからだ。もう少し、後少し。それを繰り返し繰り返し唱えて、漸く日本に舞い戻った。監視の目を盗み、七歳になった夏。



探しに。
誰にも言っていない。二葉にも。
探しに来たのだ。
連れていって貰いたかっただけだ。

爵位も名声も名誉も金も何一つ要らないから、連れていって貰いたかった。
何故置いていったのか、二歳の赤子が足手纏いだったならもう連れていって貰えるだろうと、懇願する為だけに。



会いたかった。
父親に会いたかった。
偽物の父親ではなく、本物の父親に。



『─────陛下?』


二葉の声に世界の音が戻ってきた。サワサワと風と共に歌う木々、カサカサ擦れる花や葉、踊る草に蝶。

長閑な春の朝。


「いや、…應翼を攻め切れぬならば、俊から攻めれば良い」
『然しそれにも少し問題が』
「何がだ」
『先程申し上げた通り、應翼には筆頭株主として嵯峨崎財閥、株式会社笑食が関わっています』
「ほう、クライスト卿か…」

自分にとっては形ばかり叔父に当たる男を思い出し、二葉の話を全く聞いていなかった事に愕然とする。先程二葉から呆れ混じりに呼ばれた事を思い出した。

「クライスト卿はともかく、株式会社笑食とはまた、そなたの贔屓も極まったな」
『数年前から急速に成長を遂げた新進企業なので、大した懸念はありませんが気になる箇所が一つ』

意趣返しのつもりで宣えば、機嫌を損ねたらしい二葉は聞こえない振りをした様だ。

『猊下の父親の勤務先ですが、同じ株式会社笑食の本社になっています。これは今朝得た情報ですので、追ってご連絡致しますが…』
「ならば接点があった、と言う事か。つまり山田太陽を絞め上げれば、俊に関する全情報を聞き出せるな」
『回り諄い事をなさらず、猊下を詰問すれば宜しいかと思いますが』

声だけで人を殺せるなら、今頃言葉の刄で心臓を切り刻まれていたに違いない。

七歳の夏。
埃臭い公園で、初めて他人を何の契約もなく守ろうとした暗殺者を見た。
何度殺され掛けたかもう覚えていないが、適わないと知って尚、虎視眈々と狙っていた二葉が敵に背を向けてまで、契約で縛られた雇用主を見殺しにしてまで守ろうとした、小さな・小さな。

「名乗れば良かろう?そなたの唇を奪った勇敢な少年は、ネイちゃんを姉ちゃんだと思い込んでいるやも知れんぞ」
『…ご冗談を』

揶揄いを込めた台詞に沈黙した二葉には構わず、その公園で出会った青年を思い浮べた。

「ネイキッド=ヴォルフ、そなたは私より気付くのが遅かった。我が手にあるノアの称号など、何の価値もない」

そうだ、あの時初めて他人から口付けを受けたのだ。



「今更、棄てられるものでもないがな」


口移し、と言う名の口付けを。

←いやん(*)(#)ばかん→
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