帝王院高等学校
高い所が好きでもアガり症なのね
「ファーストにディアブロ、それに青蘭まで…」

取り巻きによって結い上げられていく黒髪、整った眉を寄せた美貌が刺々しく上の階を睨み、片腕である李上香が戻ってくる微かな気配に鼻を鳴らす。

「ロシアの若君に釘を刺して来た様ですね、李」
「所詮、あちらも目的は同じ。…ウエストの姿が見えない様だが」
「あんな小物、居ても居なくても同じ事」

強気に微笑を滲ませる美月の目は真っ直ぐ要を捕らえ、ブレザーを着ていないだけの長身が顔の殆どを覆い隠す黒い布を押さえる。

「然し些細な要素も残さず滅してこそ、より確実に遂行するに適う」
「吾に口答えするつもりか、汝は」
「…滅相もない。我が忠誠を疑いか、王よ」
「ならば黙りなさい」

沈黙した背後に振り向く事なく立ち上がり、姿を見せない宿敵をもう一度睨んで背を向けた時だ。
全ての人間が息を呑む気配に振り返り、弾かれた様に上を見上げる。



「陛下、如何なさいましたか?」

二葉の声だけが響き渡り、皆の視線が向かう先には長い銀糸と同じ仮面で顔の大部分を隠す長身があるのだろう。
無言で片手を上げ、二葉や日向を手招いただけでまた姿を消した男に、ほぅ、と感嘆の息が重なった。

「時間の様です。残念ですが失礼させて頂きますね、嵯峨崎君」
「好い加減、目を覚ましやがれ」

立ち上がる二葉に続いて、膝の上の佑壱に殴り掛かった日向が立ち上がる。今の今まで潤んだ瞳で可愛らしくドラ焼きを齧っていた佑壱の赤い髪が舞い、いつもの不遜な眼差しで目を細めた。


「…ちぃっとでも油断したら、喉に噛み付いてやるつもりだったのによぉ」
「ほざけ駄犬が」

嘲笑う日向から目を逸らした佑壱がテーブルに飛び乗り、助走一発飛び上がる。
痙き攣る二葉や日向を余所に唖然一色の皆の視線が、手摺りを掴み跳ね上がる赤を見たのだ。


「よぉ、神帝陛下」


手摺りに乗り上がって腰に手を当てる男が、目を見開く川南北斗と振り返る銀糸を見やる。

「無口なもんだな」

背後で要の呼ぶ声が背中に突き刺さり、唇に浮かぶのは日向を上回る嘲笑だ。

「テメーが要の前で喋れば、誰だかすぐに判る。伝えとけ、影武者」

思い出すのは煌めく長い銀。
記憶とは少し違うくすんだ白銀を網膜に、手摺りから降りれば自分と大して変わらないだろう身長の『偽物』を前に首を傾げ、

「レッドスクリプトは届いてんだろ。我が皇帝陛下からの伝言だ」

カルマの『宰相』は嗤う。
存在理由を手探る様に、生存理由に縋る様に、だから足掻く様に。

「見付けてぇなら見付けやがれ。但し、俺が全力で邪魔してやる」

右薬指から外したプラチナリングを放る。中央委員会役員に与えられた指輪が重力に添い、膝辺りまで落ちてくると容赦なくそれを蹴った。
手摺りの上で、だ。乗り上げるだけでも奇跡的な場所で片足を振り回せば、普通バランスを崩す。


「ステルシリーライン・オープン」

真っ直ぐレーザーの様に飛んだリングが、川南北斗の前を通り過ぎ、生徒会長の前に置かれたグラスを貫いた。

『ファースト元老を確認、ご命令を』

カラン、と踊る氷、呆然と無言で佑壱を見つめる複数の役員達を前に、普通の高校生では有り得ない威圧感を漂わせた男が目を伏せる。


「消すなら存在ごと消せと、陛下に伝えとけ」

手から離れた指輪を取り戻すつもりはない。使えなくなった呪文に未練もない。
面倒なだけだった書記の肩書きなど、こっちから願い下げだ。

一か八かの勝負に出よう。
セントラルスクエアはもう、自分の言葉では反応しない。ならば自分の居場所は何処に在るのだろう、身内など産まれた時から赤の他人だ。

「消すなら徹底的に潰しゃ良い。…中途半端が一番面倒だかんな」

性根が曲がった母親は、性根が曲がった父親とその息子が愛しくて堪らないらしい。
何にも無関心な神は、言葉にこそ出さないが目障りで鬱陶しくて堪らなかった事だろう。懐き回る一つ下の従兄弟が、頭の悪い出来損ないが、邪魔でならなかった事だろう。


一か八かの勝負だ。
予想が外れたらもう、自分に居場所など何処にも存在しない。



「クロノスライン・オープン」


反応しなければ、もう。帰る場所など何処にも存在しない。
男らしく花火の様に弾けて消えてやる。マーメイドの様な最期はくそ食らえだ、やるなら派手に。



『コード:ワンコ攻めを確認』


聞き慣れない機械音声が食堂全体に響き渡った。
階段を駆け上がってきた日向が睨んだまま宙を見上げ、背後の二葉が本性を丸出しの冷笑を浮かべる。

『ご用の際はおやつ持参で、臨戦態勢を整えて下さい。合い言葉はMOE』

パチパチ瞬いて、予想を遥かに外れた事態にバランスを崩す。

「うぉ」
「ユウさん?!」
「きゃっ、紅蓮の君ぃ!」

落ちていく体に狼狽え、叫ぶ要と桜の声に手摺りを掴んでぶら下がったまま下を見た。

「紅蓮の君っ、受け止めますからぁ、ゆっくり降りてきて下さぁい」
「退きなさいっ、ユウさん、合図したら手を離して下さい!」
「阿呆、こんくらいの高さ普通に降りれるわ」

ぱっと手を離し、スタンと着地して頬を赤らめる野次馬達を睨みながら嵯峨崎佑壱は顎に手を当てた。

「それより、さっきの聞いたか要」
「はぁ、危険な事は慎んで下さいよ…」
「おやつ持参で臨戦態勢、って、どう言う意味だ?」
「さぁ」

首を傾げる要と佑壱の上から、キレた日向の罵詈雑言が落ちてくる。聞いている皆が震え上がる声だが、慣れた二人には効果がない。

「とりあえず、飴ちゃんがある」
「飴にちゃんを付けないで下さい」

いつ如何なる時でも駄菓子を装備している佑壱がポケットから桃味の飴を取り出し、ポロンと出てきた指輪に瞬いた。

「何だこれ。煙草と一緒に突っ込みやがったのか、隼人め」
「それは確か、」

恐らく隼人愛用の指輪だろうが、眉を寄せた要が内ポケットに手を入れ取り出した指輪と同じ髑髏リングだ。

「ペアリングだねぇ」
「何で要なんかと」
「こっちの台詞ですよ、ユウさん」

付き合いは長いがどちらも総長アイラブユーのノンケであるので、バチっと絡み合う視線の火花が散る。

「っつー事は、まさか」
「成程、そう言う事ですか」

と、同時に何かに気付いたらしい佑壱がアイコンタクト、頷いた要が息を吸い込む。

「クロノスライン・オープン」
『コード:健気受け候補鬼畜攻めを確認』
「…はい?」
『ご用の際は乱れた服装で上目遣い、又はツンとつれない表情でこのオタクめが!とお叫び下さい。合い言葉はMOE』

沈黙した要の肩を笑いを耐える佑壱が叩いた。オロオロ二人を見やる桜が、携帯を取り出しピポパ、


「あ、もしもし太陽君?今ねぇ、」

桜の話し相手は太陽らしい。
電話の向こうで、初めて友達から私用の電話を受けた太陽が涙目で膝をバシバシ叩いている事など知らぬまま、ピっと電話を切った桜が眉を八の字に歪め、

「えっとぉ、俊君からの伝言ですぅ。
  紅蓮の君はとっとと中央委員会に辞表を叩きつけて左席書記にぃ、錦織君は悩まず左席会計として頑張って下さぁい…」

顔を見合わせた佑壱と要がプルプル震え、恐怖に痙き攣った桜の前で拳と拳を合わせる。
珍しくにこにこ笑う要、ニマニマだらしない笑みを浮かべる佑壱が背中を合わせ、

「聞いたか中央委員会め!今から俺は左席委員会生徒書記として全力で職務に励む!」
「聞きましたかFクラスのならず者共!今から俺は左席委員会生徒会計として、無駄が多過ぎる貴方達の破壊行為を徹底的に取り締まります!」

眉間を抑えた日向が、だったら中央委員会の仕事も励めと呟き、腹を抱える二葉の笑い声が響く中、目を丸くした祭美月一行が茫然自失と化していた。

「何か良く判らんが、左席委員会ワンコ攻め嵯峨崎佑壱だ。テメーら中央委員会なんざこれっぽっちも怖くねぇから、覚悟しやがれ!」
「判った、判ったから叫ぶな馬鹿犬。聞いてる俺様が恥ずかしい…」
「左席委員会鬼畜攻め錦織要、鬼畜攻めと言う響きに俄然燃えています。覚悟なさい、帝王院のゴミ共!」
「アハハハハハ」

ひらり、と。
佑壱が乗り上がった手摺りに舞い上がった二葉が、皆を見下しながら笑みを消す。



「凡俗が図に乗るのも大概にしとけよ」


煌めく風紀のバッジ、それに並んだ月のバッジ。そのどちらもが普通の生徒ではない事を知らしめるのに充分で、

「弱い犬ほど良く吠える。…貴様ら全員だ」

底冷えする目で皆を見回し、眼鏡を押し上げながら飛び降りると、誰もを排他する拒絶を纏いながら背を向けた。


「ユエ、戯れは一度限りですよ」

胸元から取り出したフォークが、一瞬後に祭美月の足元に突き刺さる。
その素早い動きを目で追えなかった全ての人間が恐怖に痙き攣り、庇う様に進み出た李には興味がない二葉が優雅に眼鏡を押し上げた。緩く目を眇めた長身が見事に結い上げた黒髪を靡かせ腕を組み、

「洋蘭、汝をグレアムに潜り込ませたのはユエの失態だと、そう言う事ですか?」
「おや、この私を手駒だと思っていたのですか?おめでたい頭ですねぇ、貴方如きが」
「おやおや、飼い犬に手を噛まれるとは正にこの事。まぁ良いでしょう、元より汝を引き受けたのは契約を結ぶ為の条件でしかない」
「それはそれは、兄さん達に足元を見られたのでしょう。お可哀想に」
「随分、世間ずれしたものです。昔の汝は、研ぎ澄まされた刃の様でしたがねぇ」

二葉と同じ種類の微笑を浮かべた祭美月が優雅に手を振り、くるりと背を向けた。

「精々、神のご機嫌を窺いながら可愛がって貰いなさい」
「ええ、そうします」

二人の底知れないやり取りに固まった桜が佑壱の袖を掴み、首を傾げる佑壱を恐る恐る見上げる。

「ぁの二人、ぉ知り合ぃだったんですかぁ?」
「いや、初耳だ。叶は俺が餓鬼の頃…っつっても物心付くか付かねぇかの頃からの付き合いだがな」
「祭先輩って、…ですよねぇ?」

裏社会の噂に要をチラチラ気にしながら窺えば、息を吐いた要が頷く。何故だか桜が祭美月と要の関係を知っている事に気付いたからだ。

「ユエ、と言う組織…まぁ、詳しくは知らない方が君の為ですが。彼は現統領の嫡男なので、次期トップとして中国を牛耳る事になりますね」
「ぅわぁ…小説の中のぉ話みたいだぁ」
「つまり、だから祭美月は会長を憎んでいる訳です。…と、言っても十年前までは然程劣悪ではなかった様ですが」

現会長が貴族だと言う話は全校生徒が知っている。大きな家は裏社会に介入し易い、と頷いた桜がそれ以上尋ねる事はない。

「何であそこまで嫌う様になったんだっけな」
「ユウさんが知らない事を俺が知る筈ないでしょう?彼らに保護されるまで俺は施設暮らしだったんですから、…安部河君、そんな顔しないで下さいませんか」

浮き彫りになったクラスメートの過去に一瞬で涙ぐんだ桜に、呆れた要の睨み一つ。

「だ、だってぇ、」
「過去の話です。美月が帝王院に入学したお陰で俺も此処に入る事が出来ましたし」
「でもぅ、」
「今は完全に自分の力だけで生活していますから。主に投資ですが」
「ぐすっ、錦織君って凄ぃんだねぇ。僕も見習わなきゃ…ぐすっ」
「君ねぇ」

居なくなった二葉と祭美月によって僅かながら賑わいを取り戻した食堂で、いつまでも突っ立っている訳にはいかない。

「俺だって自活してんぞ。バイト掛け持ちだし」
「えぇ?!紅蓮の君がアルバイト?」
「まぁ、デパートの筆頭株主だったりカフェオーナーだったり、バイク専門誌にコラム書いていたり絵本の翻訳していたり…確かに、掛け持ちと言えなくもないですか」

要の台詞に目を輝かせた桜が凄過ぎますぅと拍手喝采、万更でもない佑壱が頭を掻いた。

「星河の君はモデルさん、錦織君は投資家さん、紅蓮の君は実業家…凄いなぁ」
「ユウさんの場合、人前に立てれば芸能人も出来るんですけどね、歌も上手ですし」
「ぁ、成程…」

突き刺さる二人の視線に本人はポソリと一言、



「…放っとけ」


嵯峨崎佑壱、欠点、アガり症。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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