帝王院高等学校
第一回★執行部会議をお伝えします
ゴクリ、と息を呑んだ男が眼鏡を押し上げ、薄暗いホールの教壇に立った男を静かに見つめる。


「それではただいまより、第一回左席委員執行部会議を執り行います。一同、礼」
「宜しくお願いしますっ!」

本来ならば会長が立つべき教壇に立った太陽がネクタイを締め直し、大きな黒板にチョークで文字を書いていく。
真ん前の席を確保した俊がときめく胸を抑えながら抑えきれなかったフラッシュを瞬かせ、振り向いた太陽を慌てさせた。

「ちょ、こら!無断で特別室使ってんだから、目立つ様な事しないの!」
「すいませんでした」
「全く…。幾ら防音だからって、いつ誰が通り掛かるか判んないだろー」

黒板横の液晶掲示板で、今日の視聴覚室利用予定が午後に組まれている事を調べた太陽が溜め息一つ、イマイチ緊張感に欠ける俊を嗜める。
然し二人共、執行部役員の自覚はない。中央委員会左席委員会共に全施設利用が自由であり、授業免除も保証されている。
が、成績には自信がない二人共、授業までには終わらせるつもりだ。

「9時前か。良し、まずは新役員人事からだ」
「ふぇ?」
「昨日、俊が登録したの。俺とカイ庶務だけだろ?」

呆れた様に息を吐いた太陽が目を細め、首を傾げた俊に肩を竦める。どうやら太陽は全部気付いていた様だ。

「ま、昨日はまだ俺も桜に警戒心?みたいなの、あったし。それはそれでいいんだけどねー」
「…」
「実際のトコ、どう思ってんの?」
「危険な役職にわざわざ就かせる必要はない、と。考えただけなんけどなァ」

団子眼鏡を外し、素顔を晒した俊にチョークをくるりと回した太陽が片眉を上げた。

「へぇ、警戒したんじゃなくて、お優しい気遣いだったワケ?」
「警戒する必要があるのか?降り掛かる火の粉は払うが、俺は弱いもの苛めが嫌いだ」

とん、と飛び上がった俊が机に立ち、その場で屈み込む。コンビニ前に屯ろするヤンキーの様だ。

「そうゆーの、ただ単に相手にしてないだけって言うんじゃないかなー」
「まァ、桜餅はイイ奴だ。出来れば庶務か会計補佐に欲しい」
「会計じゃなくて?」
「補佐にしとけば、話し忘れても不便じゃないからな。今回の会議の事も、それ以外も」

つまり役員にはするが、重要な情報を伝えるつもりがない、と言う事だ。
やっぱり警戒してんじゃないか、と曖昧な笑みを滲ませた太陽が黒板に桜の名前を書いて『会計補佐』と添える。

「ホント、猫被りって俊のコトを言うんじゃないかって思うよ」
「うん?」
「ま、口調が違うだけで言ってるコトは同じだけどさー」
「にゃんこ程度なら、かわゆいもんにょ」

笑う太陽が沈黙し、机の上でヤンキー座りしていた俊が溜め息一つ、諦めたのか開き直ったのか背後を振り返り、いつの間に居るのかホールの最後尾に座っているもう一人を見やった。


「秘密会議にスパイはお断りにょ、モテキングさん」
「自己紹介した筈だよねー、オタ眼鏡君。俺は神崎隼人君15歳、まだそっちから自己紹介受けた覚えはないんだけどお?」

かたり、と立ち上がった長身がゆったり近付いてくる。頭を掻いた俊がもう一度息を吐き、

「遠野俊15歳独身です。昨日、教室でご挨拶しましたなり」
「知らなーい。だって隼人君ってば誘拐されてたんだもん」
「あァ、またイチに怒られる」
「素直に吐いとけばあ、隼人君だってこんな面倒なことしなかったんだけどー?」
「内緒にしておいて欲しいにょ」
「条件次第にょ」

満面の笑みで俊を覗き込む隼人に、痙き攣った太陽がチョークを投げる。

「ハヤタを苛めないでちょーだい、タイヨー」
「だってさー」

パシッと受け止めたのは俊だ。
俊からチョークを奪った隼人が構えもせず投げ返し、太陽の頬スレスレを通過したチョークが黒板で弾けた。

「21番の癖に、生意気ー」
「こ、怖っ」
「コラァ」

パシン、と隼人の頭を殴った俊がついでに隼人の腹を蹴り飛ばし、ふらついた所を畳み掛ける様に回し蹴りする。
呆然とした太陽の網膜に吹き飛んだ長身と、すたっと着地した人相悪い男が映った。

ズボンに手を突っ込み、目付きの悪い双眸を眇め宣うには、


「副会長に何たる暴言だ、反省しやがれ愚か者がァ」
「いたた、…だからってここまでするフッツー?」
「タイヨー副会長、すいませんでした。うちの子をどうか怒らないでやって下さいな!」
「え?」

吹き飛んだ隼人には構わず、しゅばっと拳を握った俊がいつの間に掛けたのか団子眼鏡で詰め寄ってきた。

「あんなんでもカルマでは一番機械に詳しいテクノワンコなんですっ!」
「へぇ、そうなんだ」
「一家に一匹居たらとっても助かると思うんですっ!なァ、ハヤタ!」

どうやら俊が隼人を役員に推薦しているらしい事に気付いたのは、太陽だけではなかったらしい。
吹き飛んだ際、打ち付けたらしい頭を擦りながら立ち上がった長身がブンブン頷き、太陽の前で正座する俊の横にちょこんと座る。ヤンキー座りだが、それはまぁ、良しとしよう。

「とっても役に立つ隼人君、今ならお一人様一匹限りで39800円ですー」
「あ、予算オーバーだから要らないや」
「ヒィ、もうちょっとお安くならないのモテキングさん!」
「タダでいーから、貰ってー。ねーねー副会長ー、このままじゃ隼人君死んじゃうよー」

どう言う意味だと片眉を跳ね上げた太陽に、よよよと態とらしく崩れ落ちた隼人がほざくには、

「天涯孤独の隼人君は、おじーちゃんとおばーちゃんが死んでから帝王院に入学しました。六歳の春です…」
「え、そうなの…?」
「一番になったら生活費全額負担してくれるから頑張りました。なのに15歳の春、そう、昨日の話です…」

凡そ理解した太陽が俊を見やり、痛ましげに目を伏せる。帝君だった隼人は、俊にその立場を奪われたのだ。

「もう一番じゃない隼人君には食べるご飯も住むお部屋もありません。副会長が飼ってくれないと死んじゃうよー」
「うっうっ、可哀想な子!副会長、こんなに可愛いワンコを見捨てると仰いますかっ!」
「可愛いはともかく、格好良いのは間違いないけど…」
(もうちょいでイケるにょ!)
(ラジャー、ボス)

顔を見合わせた二人がもう一押しだとアイコンタクト、気付いていない太陽の同情を誘うべく気合いを入れた。
何故普通にお願い出来ないのだろう。会長は太陽ではなく俊だが、決定権は太陽にある様だ。

「ちょっと待って、神崎君はモデルやってたよねー?然も次席だから個室だし、」
「ご主人様にも見捨てられ、カルマの意地悪な継母にドーナツも食べさせて貰えず、意地悪なお姉様3人にいびり回されて。うっうっ、隼人君は胃潰瘍で死んじゃうんだー」
「うっうっ、可哀想な子!」
「継母ってまさかイチ先…お姉様って…」

抱き合って泣き崩れる二人にいい加減呆れ果てた太陽が新しいチョークを掴み、桜の隣に隼人の名前を書き込む。

「あーはいはい、判ったから行き当たりばったりの三文芝居はやめなさい」
「ハヤハヤ、ぐすっ、いつかお金持ちになったら唐揚げ定食特盛り食べましょ〜ね」
「うん、ぐす、とんこつラーメン定食特盛り食べようねえ」
「じゃ、神崎君はメカニック担当と言う事で文化部長に決定」

嘘泣き二匹がチラりと黒板を盗み見て、密かにガッツポーズ。振り向いた太陽が塩っぱい表情を浮かべたのは、今の今まで緊迫した表情だった二人がもう真ん前の席を陣取り、うんめー棒片手に乾杯していたからだ。

「どうせ騙すなら騙し抜いて欲しいなーとか、思ったり」
「タイヨー副会長、うんめー棒はいつ食べても美味しいにょ」
「サブボスー、メンタイ味あるよー」
「…クロノススクエア・オープン」

おやつを勧めてくる二人から目を逸らし、遠い目でIDカードを取り出した。
役に立たない会長に代わって桜と隼人を登録すれば、パクっと駄菓子を飲み込んだ隼人が俊のIDカードを掴む。

「面倒臭い使い方してんだねえ、初期設定なんてちょーダサいー」
「初期設定って、システムを改造したり出来るの?」
「当然」
「へー、俺そう言うの詳しくないから純粋に尊敬するよー」

俊のカードから放たれた光が黒板にキーボードを映し出し、邪魔だろうと退いた太陽が素直に褒めれば、何とも言えない表情の隼人が口籠もる。

「どうしたんだろ?」
「照れてるだけでしょ」
「照れてる?!まさか、あの神崎君がー」

黒板を凄まじい早さで叩きまくる隼人の背中を横目に、俊の隣に座った太陽が渋い目で首を振った。あの傲慢不遜な星河の君が、自分みたいな平凡野郎に誉められたくらいで照れるとは思えない。

「何でも出来て当然になると、誉めてくれる人が居なくなるなり」
「ま、確かに。帝君は何でも出来て当然、って思い込む節があるかんなー」
「サブボスー、指定ないなら適当にカスタムするけどー?」
「あー、うん、任せるよー」

また、何とも言えない表情を晒した隼人が無言で背を向け、凄まじい早さで黒板を叩く。俊が団子眼鏡の下で、笑みを滲ませた。

「任せる、なんて。言われた覚えがねェなァ」
「何が?」
「中学の時は、体育祭も文化祭も修学旅行の打ち合わせも、皆、他人事だったから」
「ああ、俺もそんなもんだったな」
「班決めじゃ絶対あぶれるし」
「そうそう、他の奴らが嫌がって譲り合いすんの。こっちだってお前らなんか嫌だって言う話」

何とも自虐的な過去話で、二人同時に吹き出した。部活動も委員会も今までなら他人事、テスト期間だけ登校した不登校と授業だけ熟せばゲームばかりしていた無関心、揃って顔を見合わせる。

「プロセッサーモテキング、」
「神崎文化部長、」
「なーに」

一心不乱に黒板キーボードを叩く背中が振り向かず声を出した。BL漫画片手に眼鏡を煌めかせたオタクと、ノックされた戸口に近寄り注文していた制服を受け取った太陽が同時に叫んだのだ。

「「是非ともお願いしたい事が!」」

ぴたり、と動きを止めた隼人が丸々見開いた目で振り返り、真ん前の席でBL漫画を突き付けてくる俊と、戸口で男らしく着替える太陽を交互に見た。

「腐男子初心者にも判り易いBL用語集を作って欲しいですっ」
「定期的に活動報告みたいなの発行して、全校生徒宛てにDMを送るつもりだから手伝ってくんないかなー?」

「「因みに」」

「会長」
「副会長」

「「命令だから、拒否権はない」」

「なり!」
「からー」

何とも言えない表情を晒した隼人が神妙に頷き、どうやらあの無愛想さが本来の隼人らしい事に気付いた太陽が笑った。
何を笑われているのか判らない隼人が眉を寄せ、眼鏡をずらして笑う俊を見るなり一瞬で赤く染まる。

「ねね、可愛いでしょハヤタ」
「成程、こりゃ確かに可愛い」
「ちょっと、隼人君は格好良いの。巫山戯けてっと殴るからねえ」
「やだ、お父さん。ハヤちゃんが反抗期ですにょ」
「困ったねー。どうしよっか母さん、ハヤちゃんが家出したら父さん泣いちゃうよねー」
「あーもー、うっさい!」

だんっ、と黒板を叩いた隼人が真っ赤な顔で振り返り、太陽が注文したDMシステムが出来たと吠えた。

「使い方は後でメールすっから、覚悟しとけや!」
「あ、うん。じゃ、後でメアド交換しよ。ありがと」

全く怖くないから不思議だ、と瞬いた太陽が礼を述べれば、益々何とも言えない表情を加速させる隼人が半ば泣きそうな顔をした。


「何、コイツ。意味判んない」
「これが清く正しい学生生活でございます。『あ行』第一項、愛のないエッチは反対」
「…」
「対義語:総受け、浮気攻め」

やはり何とも言えない表情だが、今度はどうも分が悪そうな隼人に太陽が首を傾げ、何かに気付いたのか呆れ混じりの息を吐く。

「母さん、うちの子はモデルだからたまにはそう言う事もあるんじゃない?」
「『う行』第一項、浮気攻め。健気受けとの相性最高。但し大半が受けに見捨てられ、後悔する」
「俊、執拗い男は嫌いだなー。あはは、俺も根に持つけどー」

今にも泣きそうな隼人がしょんぼり落とす肩を横目に、陰険な光を放つ団子眼鏡を殴れば、恐ろしいものを見るワンコの目が突き刺さった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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