帝王院高等学校
本物の悪魔は愛を語ると聞く
人混みに消えた背中を視界の端に認め、いつでも不機嫌そうな日向の隣、にこにこ食えない笑みを浮かべる二葉を見た。
鉄錆びの匂い、飛んでくるナイフからわざわざ二葉を庇った日向で予想は付く。

「テメーがやられるたぁ、珍しい事もあるもんだ、ヴォルフ」

隣の要が僅かに息を呑む気配、だから人間不審の自分が傍らに置けるのかも知れない。嘘吐きは狼狽してはいけないのだから。

「クライム=クライスト枢機卿が不在の今、ファースト宰相殿下に頼らざる得ないのですがねぇ」
「抜かせ、厄介払いが出来たって喜んだクチだろーが、ネイキッド=ヴォルフ=ディアブロ」

聞き慣れない単語に皆が沈黙したまま、

「【悪魔】は俺様の代名詞だ」

嘲笑を滲ませた日向を横目に隼人が居なくなっている事に気付いた桜が身動いだ。自分だけが蚊帳の外、このメンバーに自分だけが浮いている気がしてならない。

「あ、あのぅ、紅蓮の君…」

だから挨拶して退席しようとした訳だが、

「どうした師匠、飯食ったんか?足りねぇなら冷麦半分やんぞ」
「ぇ?ぁ、あの、」
「葱わんさか突っ込んで食えや、中々食える出汁つゆだぜ」

俊は素麺、佑壱は冷麦。
打ち合わせした筈もないが、この二人の思考回路はかなり似通っている気がした。
つゆ差しから出汁を注いだ硝子器と箸を渡され、睨んでいるのか単に生まれ付きなのか、目付きの悪い佑壱が緑色の葱を半ば嫌がらせの様に放り込む。
が、佑壱の器にも汁より葱の方が多い為、純粋な好意だろう。

「ぃ、頂きますぅ」

俊から佃煮も赤飯も奪われた桜が両手を合わせ、実はあんまり好きではない葱に痙き攣った。
ちゅるん、と一口啜れば逆隣の健吾が笑う。

「さくらんぼ、オムライス半分こしよーぜ(´Д`*) そん代わりその冷麦ちょーだい(´∇`)」
「ぇ、あ、はい、ケンちゃんぉ素麺好きなんですねぇ」
「俺さー、日本じゃ、じっちゃんばっちゃんの家で育ったからさぁ、和食好きだったりすんの(*´∀`*)」
「最初からオムライスすんな、阿呆ケンゴ」
「昨日から何も食ってねかったじゃんよ、がっつり食いたかったの(`´)」

争う裕也と健吾を微笑ましく眺めながら、もしかしたら健吾が桜の葱嫌いに気付いたから言い出したのかも知れないと思う。

「はいユウさん、そんなに物惜し気な顔をなさるなら一人で食べて下さいね」
「お前も梅酒ばっか飲んでんじゃねぇよ、要」

目が合った要が肩を竦め、残った葱を甲斐甲斐しく佑壱の器に放り込むのを認め擽ったくなった。

「食い意地張ってんな、健吾。師匠、奢ってやっから好きなモン食えや」
「ぁ、僕ぁんまり朝ご飯食べないので、大丈夫ですぅ」
「このメンツじゃ飯が不味くなるだろーからな、嫌なら追い返して良いんだぜ?特に副会長とか高坂とかハゲとか」
「誰がハゲだテメェ」

睨み付けてくる日向を綺麗さっぱり無視した佑壱が晴れやかな笑みを浮かべ、桜の肩を叩いた。何でこんなに仲が悪いのだろうと首を傾げ、ほんの好奇心で聞いたのだ。

「あのぅ、ネイキッド=ヴォルフ=ディアブロってどう言う意味なんですかぁ?」

佑壱以外の皆が目に見えて硬直する。益々麗しい笑みを滲ませた二葉に背筋が凍る思いだ。
何故、俊はこのメンバーで平気なのだろう。太陽が中等部時代から二葉に悪態吐いていた事も知っている。太陽はSクラスでも有名な『劣等生』だったからだ。


「叶二葉の本名、つかイギリス名だ。そこの二人がイギリス分校に留学してたっつーのは、」
「あ、はい。知ってますぅ」
「ダブルスタンダード、二枚舌の閣下は文字通りハーフなんだよ」
「二枚舌とは失敬な、嫁に来なさい嵯峨崎君」
「断る。俺は既にシーザーの嫁だ」

照れる佑壱が桜の肩を掴み、こっちは姑だと紹介する。カルマ一同が塩っぱい表情をする中、余りに大袈裟に驚いた表情をした二葉が左手を差し出してきた。

「それはそれは知らぬとは言え失礼致しました。私は嵯峨崎君の愛人、側室とでも言いますか、叶二葉です。気軽にふーちゃんとお呼び下さい」
「ぇ、あ、あの、」
「やめとけ、イギリス人とフランス人の左手を受けたら決闘だ」
「決闘?!」

面倒臭そうな日向がソーセージを咥え、未だ差し出したままの二葉の左手に鷲掴んだ健吾の左手を掴ませた。

「おや、高野君。この私に挑むとは好い度胸ですねぇ」
「ヒィイイイ(((´`)))」
「光王子、ケンゴを揶揄わないで下さいませんか」
「ただでさえ煩いのに、迷惑だぜ」
「ンな睨むなや、親父そっくりな面で」

嘲笑めいた笑みを浮かべる日向が無愛想と言うよりは眠たげな裕也を見つめ、片眉を上げた裕也が右拳を振り上げた。
ニヤニヤ笑う二葉に真っ直ぐ、要の伸ばした手より早く未だ健吾の左手を掴む白い手を弾き、

「いつまで握ってんだ、オメーは」
「ヒロニャリちゃん!健吾君はもうお嫁に行けない体に!(ノД`)」
「安心しろ、お前は生まれ付き嫁に行けない体だぜ。婿に行け」
「彼女持ちだからって勝った気になんな!(`´)」

ばひゅん、と飛び掛かった健吾を張り付けた裕也が面倒臭げにサラダの残りのプチトマトを頬張り、コアラと化した健吾を張り付けたまま立ち上がる。

「じゃ、先に行かせて貰うぜ。こちとら遅刻確定だかんな」
「食らえユーヤ!(´Д`*) 耳に息吹き掛け攻撃じゃー!」
「判った判った、ベルト触んな。脱げる」

眉間を押さえる要を余所に、黄色い悲鳴が漏れる食堂を横切る背中が、くるりと振り返る。
首に抱き付いて両足を絡める健吾を張り付けたまま、やはり面倒臭そうな眼差しで、一言。


「野菜も食った方が良いんじゃねっスか、ベルハーツ先輩」

また、くるりと向き直って今度こそ見えなくなった。


「アハハハハハ、高坂君が言い負かされるなんて大変愉快!」
「煩ぇ、変態眼鏡。黙らせんぞテメェ」
「うふふ、ねっとり熱烈なベーゼで黙らせて御覧なさい」

腹を抱えて笑う二葉の手が痙き攣る日向をバシバシ叩き、堂々と煙草を取り出した佑壱を驚いた桜の手が止める。

「だだだ駄目ですよぅ!未成年は禁煙禁止、と言うか白百合閣下の前ですよぅ!」
「あ、無意識だった。何で俺のポケットにンなモンが…」

恐らく隼人の悪戯だろう。佑壱が愛飲している銘柄ではなく、隼人が昔吸っていた銘柄の煙草に眉無しの眉間に皺が寄った。

「一本だけなら、…どうだろう」
「絶対駄目、捨てなきゃ駄目ですっ!背が伸びなくなっちゃぃますぅ!」
「おや、勿体ない」

お母さんと化した桜が、それ以上伸びてどうすると言う佑壱から煙草を奪い、その煙草を二葉が奪う。


「高坂君と同じ煙草ですねぇ」


すっと取り出した煙草を慣れた手つきで咥え、黄色い悲鳴が轟くのにも構わず日向が差し出してきたジッポーで火を灯した。
風紀のバッジ煌めくブレザーで、ふーっと紫煙を吐き出す様はどう見ても優等生ではない。

「ふむ、やはり日本製」

従業員が持ってきた灰皿を手に、

「香りが宜しくありませんねぇ」
「だったら吸うな」
「高坂君にあげます」

指に挟んだ煙草を日向の唇に突っ込み、ロイヤルミルクティーを傾ける。

「な、な、な、」
「くそ、だったら呑むしかねぇ。要、枝豆とビールだ」
「了解」
「駄目ですぅ!」

マイペースな一連の流れに開いた口が塞がらない桜がパクパク喘ぎ、羨ましげな佑壱と要がビールを頼もうとして桜から睨まれた。

「未成年の飲酒は駄目ですっ!煙草も、百害あって一利なしぃ!」
「余計なお世話ですよ、安部河君。黙らせましょうか、いい加減」
「やめろ、要。手を出すな」

今にも人を殺しそうな佑壱がプルプル震えながらアイスコーヒーを頼み、苛立たしげな要がテーブルを叩きつける。

「何故ですかユウさん!ただでさえ山田君にも苛立っているんですよ、俺は!」
「山田は良い、山田は良いが師匠は駄目だ。忘れたのかテメーは」


カルマ家訓
  お母さんには優しく、彼女にも優しく。ご飯を作ってくれる人には愛を。


「あ」
「判ったら、逆らうな」
「りょ、了解」

肩を落とすワンコ二匹に首を傾げた桜は、足元の鞄からおやつ用に持ってきたドラ焼きを2つ取り出し、喫煙も飲酒も我慢している二人の手元に差し出した。

「こっちが粒あんでぇ、こっちが白あんですぅ。どーぞ」
「…甘いものは余り、いや、頂きます」
「ブランデー入りのプリンが喰いてぇ」

貰ったものを返すのも悪い要と、往生際悪くアルコールを求める二匹がドラ焼きを一口、雷に打たれた様な表情で沈黙する。

「お二人も良かったら、どぅぞ」
「いえ、和菓子は私の迸る美しさには合わないのでねぇ」
「迸る変態さの間違いじゃねぇのか。…おい、嵯峨崎。何だその汚ぇ面は」

ぶわっ、と潤んだ赤い瞳がふるふる潤みまくる。気持ち悪さの余り痙き攣る日向に、半分齧ったドラ焼きを震えながら差し出してくる佑壱の瞳がまた潤んだ。


「幸せになるのだと思います。人類皆平等、皆が幸せになれば良いのだと思います…」
「はぁ?」
「今まで意地悪してごめんなさい、高坂先輩。ボクは反省しています」
「ど、どうしたんだ?おい、テメェ嵯峨崎に何しやがった?!」
「ぇ?ぇ?えぇ?!」

胸ぐらを掴まれた桜が涙目で辺りを見回す。デフォルメされた佑壱が潤みまくった瞳で半分齧ったドラ焼きを半分に割り、震えながら二葉の口に放り込んでいる。
何がどうなっているのか知りたいのは桜も同じだが、良く見たら要の方もデフォルメされているではないか。

「お金が全てではないのだと思います。総長は仰いました。幸せとは身近に存在するものだと」

妖雅なアジアンビューティーが今やマスコットキャラの如く円らな瞳で、チーズを齧るネズミの様に愛らしくドラ焼きを齧り続けている。

「ユウさん、ボクは気付いてしまいました。幸せとは白あんに詰まっているのですね」
「粒あんには平和が詰まってるよ」
「甘さ控え目、私のセクシーボディを損ねない和菓子です。もきゅ、お代わり下さい」
「どうなってやがる…」

佑壱に無理矢理放り込まれたドラ焼きの甘さに、甘味嫌いの日向が顔を顰め、ビトッと張り付いてきた佑壱に半ば青冷めた。

「何、」
「幸せになった?ラブ2010、愛は不滅だと思います」
「嵯峨崎、頼む元に戻ってくれ」
「美味しくないの?半分あげたのに、美味しくないの」

うるん、と潤んだ赤い瞳が折角半分あげたのに、と繰り返し呟き、何で佑壱が膝に乗っているのか全く理解出来ない日向が財布から一万円取り出す。

「おい、さっきの奴あるだけコイツに食わせろ!」
「ぇ?えぇ、わ、判りましたぁ。お金は要りませぇん」

高がドラ焼きでそんな大金貰えないと頭を振った桜が、俊達の分に取っておいたドラ焼きをテーブルの上に置いた。
揃って手を伸ばした要と佑壱がウグイス餡に目を輝かせ、幸せそうにチーズを齧るネズミと化したらしい。

「愛ですね、ユウさん」
「幸せだね、要ちゃん」
「粒餡がもうありませんねぇ、こし餡で我慢します」

ぶつぶつ文句を言いながら一番食ってるのは二葉だ。太陽の為に皮に抹茶を練り込んだ特別製を躊躇わず一口で食べ切り、追加で運ばれてきたフレンチトーストを優雅に切り分けている。
俊や神威と同じ生き物だ。二葉はブラックホール胃袋だ。

「栗が出て来たよ要ちゃん、幸せだね」
「マロングラッセ、愛ですねユウさん」
「高坂先輩、あーん」
「…」
「美味しいね」
「ソウデスネ」

放心状態の日向が素直に口を開き、佑壱からウグイス餡を放り込まれた。アルタ前に並んでいそうな若者と化している。

「さっきのデカイ人も食べれば良かったのにね」
「さっきの無口な人も愛が足りないお顔でしたね」
「あ、そうだ。高坂先輩、さっきのデカイ人は先輩のお友達ですか?」
「ソウデ………は?」
「知らない人と一緒にご飯食べるの嫌いでしょ」

優雅にカップを傾ける二葉の視線が日向に刺さる。完食したクロワッサンプレートは片付けられて、今やアイスティーのグラスだけだ。



「愛ですね」


全く笑っていない赤い瞳が、細まった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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