帝王院高等学校
TPOを弁えりゃテラ萌える大革命
神威。
ほら、これが麻雀牌だよ。数牌には三種類あって、萬、玉、竹の順に並ぶんだ。


馬鹿だな、判る筈が無いだろう?


煩いな、ありとあらゆる娯楽を教えてやるには早い内から仕込むしかないだろ。


神威。
一緒にテレビを見よう。今日は面白い番組があるんだ。


そっちこそまたバラエティーなんじゃないの?教育には向いてないと思うけど。


そっちこそ好きな癖に。嫌ならお前だけ見るな。俺達は見るぞ、なぁ、神威。


あーあ、また彼女に怒られちゃうよ、俺達。ねー、神威。女の子はヒステリックに怒るから、勝てる気がしないよね。


そう言う時は陛下の所為にすれば万事解決だと秀隆君は思います。


確かに。
神威くーん、君のお父さんはとんでもないヘタレだけど、たまには役に立つんだよ。


そうそう、たまには役に立つんだよ。と、秀隆君は思っています。


あ、始まったよ!ちょっと暑苦しいから退いてよ、アホタカ。


聞いたか神威、今のが世に言う苛めだ。お前は好きな子にあっちいけとか言っちゃ、駄目だぞ?


はいはい、少し黙りなさいねー。黙らせても良いけど?


聞いたか神威、アレは人間の皮を被った人非人なんだ。真似したらいけないぞ。



神威。
神威。
神威。
神威。



『何で産まれてきたのよ』
『産まなければ良かった』
『お前はあの男の代わりに私を不幸にする』



神威。
見てごらん、あれがパパの名前と同じ広い広い空だよ。

神威。
見てごらん、ダディはこの塔から眺める学園が大好きなんだ。



『何よその目、髪の色!』
『何で生きてるのよ!』
『何で私を幸せにしてくれないの!』



神威。
いつか本物の空を見ようね。本の挿し絵とは違う、本物の空を。

神威。
いつかあそこに見える並木道を、一緒に歩こうか。



『お前なんか産まなければ良かった!』



おれと、ひろきと、ひでたかと、かい。
みんなで、いっしょに。



『名のないお前に価値なんかないわ!はは、あははははははは、あーっはっはっはっはっはっ!』





皆で、一緒に。
手を繋いで歩こうか、神威。







「カイさん?」

肘を掴む誰かの手に眼鏡を押し上げた。互いに互いを牽制しあう佑壱達と二葉達を認め、緩く目を細める。

「ぇ?何処に、」

首を傾げる桜を横目に立ち上がり、呼び止める声に構わず水の抜けた水槽柱を通り過ぎた。水槽の底に重なる色とりどりの魚。

太陽を追い掛けていったのだろう俊の姿は無い。それぞれ時間に追われている生徒達を横目に時間を見れば、9時を幾分回っていた。

「…半径1km圏内には見付けられない」

防音設備など物ともしない聴覚を頼れば、手繰り寄ってくるのは耳障りな雑音ばかり。寮内では無いと言う事は校舎か。

「賑やかなのは、校舎の方か」

朝から賑やかだった校舎の様子には気付いている。優秀な聴覚で探り寄せた数多の声が、誰かが校舎中庭に巨大な落書きを残したらしい事を知らせた。

犯人の目星も付いている。
二葉や日向が何も言わなかった所を見れば、二人に任せるだけで片付く話だ。そもそもあの優秀な二人に任せられない仕事などそう存在しない。
生徒会長とは名ばかり、気が向いた時に執務室へ赴き、気が向いた仕事だけ熟せば昼寝するだけ。二葉や日向にも授業などあって無い様なものだ。自分にもまた、高校課程の授業など必要無い。



2年前。
抱いていた『普通の学生生活』と言う好奇心は2日で消え果てた。
自分は人間なのだ、と実感する為だけに通い、結局狭い枠組から弾かれてしまう現実を思い知らされただけ。

日向でさえ負けはしないが適わない零人から易々奪った総帥の名も、最早価値はない。


いつか誰かが言った様に、無価値な自分が何かに価値を見出だし依存する事など、生涯有り得ないだろう。

足掻きとも取れる僅かな興味に惨めにも縋り、遠野俊と言う一匹の人間を捕らえてみた。新しいペットだ。
今はまだ愛でるに値する興味深い生き物だが、いつまでその好奇心が保つのか優秀な頭脳にも回答を弾き出す事は不可能である。


「クロノスライン・オープン、マスターの位置を」
『プライベートセキュリティ発動中、コード:萌皇帝は腐ライバシー保護を訴えています』

ずり落ちた眼鏡を押し上げる。新しいパターンに僅かながら狼狽した様だ。
プライバシーの事だろうか。

「萌皇帝?」
『クロノス広辞苑「も行」第二項、萌え。腐女子腐男子を惑わせ、又は奮い立たせる至高の呪文』

通信回線にそんな機能など備わっていない。中央情報部ですら取り扱っていないだろう事柄に耳を澄ます。

『進行形:萌ゆる。最上級:MOE、T.M.Revolution(テラ萌ゆる革命)。
  対義語:萎え。著しく反萌えを掲げる人間、又は行為を示す。お洒落対義語:アンモナイト』
「ほう」
『アンチ萌えをお洒落に形容した腐業界の流行語』

セントラルスクエアにも実装させたい機能だ。例文と称して萌え萌え繰り返す無機質な機械音声は何故かアニメ声で、大胆且つ的確に的確に萌えを用いて沈黙した。

無表情だか単にぼんやりしているのか未だに不明な神威が聞かされた例文を、幾つか書き出してみよう。


例文『あいつ俺様攻めの癖に自分の事を僕って言うんだよ』
回答『うっわ、それかなりアンモナイトじゃない?』
例文『さっき渋谷でちょー平凡な奴とスッゲーイケメンが歩いてんの見た!』
回答『T.M.Revolution!その平凡受け指名手配決定!』


「T.M.Revolution」

無駄に海外生活が長い神威の発音はうっとりするほど素晴らしいものだった。ただ然し、言ってる事は余りに情けない。
TPOでテラパーフェクト面映ゆいになるな、などと生徒会長からオタクに転職した腐男子歴数時間の長身は軽く頷き、

「BLとは何だ」
『クロノス広辞苑「B行」第二項、ボーイズラブ。主に耽美作品や同性愛を示す』

疑問解決に励む。
神にも腐業界は未だミステリアスなのだ。グレーゾーンなのだ。消費者金融の利率より謎に包まれている。

「谷崎潤一郎は有名な耽美作家だ」
『生BLを目にした腐男女は萌えを叫ばずには居られない禁断症状を引き起こす。病名:萌え尽き隊症候群。
  類義語:百合、ML、やおい』
「やおいとは何だ。昨夜読み更けた独裁者に夢中-前編-に度々登場した」
『クロノス広辞苑「や行」第一項、やおい。山無し落ち無し意味無しの略称。主に生産性の無い同性愛を示す』

疑問がすっかりさっぱり晴れた神威が深く頷き、素晴らしいと呟く。実に興味深いシステムだ。

『対義語:ノンケ、健全、完璧にネタ合わせされた漫才』
「深い迷宮から救い出された思いだ。目から鱗とは正にこの事、感謝する」

キラリ、と輝いた眼鏡を押し上げ、もう一度T.M.Revolutionと呟いた神威はその単語が気に入ったらしい。
イマイチ情熱に欠ける無表情さでテラ萌ゆる革命と言われても、棒読み『もえー』では何も伝わらない様に、熱が伝わらないのが残念だ。

「ああ、生徒会長について何か記録されているか」
『クロノス広辞苑「か行」会長攻め、「せ行」生徒会、生徒会室、「K行」キングオブ俺様攻め』
「…順に伝えてくれ」

最後のK行に何処と無く怯えを滲ませた黒縁眼鏡が曇り、

『会長攻め:都合良く美形生徒会長が支配する学園を題材にした作品、又は生徒会長が所謂タチの状態を示す』
「…」

都合良く帝王院を支配はしているものの、特に美形だと言う自覚はない。日向の様に毎回皆から声援を送られたり、二葉の様に陶酔の溜め息を向けられれば別だが、自分が素顔で歩けば大半の人間が無口になるのだ。
曇り曇った眼鏡で微妙に肩を落とした神威を余所に、アニメ声は続く。

『生徒会:美形人気者ばかり集められた楽園。抱かれたい、抱きたいランキング上位陣により構成される場合がBLの一般』

益々神威の眼鏡が曇った。
近場のベンチにふらふら向かった長身が座り込み、リストラされたサラリーマンの様に背中を丸めたらしい。


帝王院学園高等部ランキング。新聞部の人気記事だ。

抱かれたいランキング
1位、高坂日向(現)
2位、嵯峨崎佑壱
3位、神崎隼人
4位、叶二葉
5位、加賀城獅楼・祭美月(同票)

抱きたいランキング
1位、叶二葉
2位、高野健吾・柚子姫(同票)
3位、嵯峨崎佑壱
4位、錦織要
5位、高坂日向(故)

そのどれもに神威の名は無かった筈だ。俊が眼鏡を輝かせて読んでいたので目を通した、学園新聞に生徒会長である自分の名前などこれっぽっちも載っていなかったのだ!
と、リストラサラリーマン風体の神威が心中叫んでいたとかいなかったとかは別にして、神威の名前が無いのは殿堂入りしたからだと追記しておく。


ああ、我が麗しの神帝陛下。
貴方の為なら抱かれても抱いても良い、命と性欲の限り頑張ります。そんなダブルスコアで埋め尽くした為、2年進級時には学園新聞から神威の名は消えた。

「ノーサに命令すれば、上位に名を残す事が出来るか」

が、ンなこと知ったこっちゃねぇ男はのそのそ頭を上げ、ぽつりと呟く。

「然し公平さを欠く…だが都合良く学園を支配してこそ、会長攻めの極意であるのだから致し方あるまい」

眼鏡を外し鬱陶しい前髪を掻き上げ、2位くらいなら不自然じゃないだろうと殿堂入りした美形は卑怯な事を何処までも整った顔で真剣に考えた。


「何て美しい御方…」
「あんなに美しい方が存在したなんて…」
「わぁ、…美人だなぁ」
「すげーよ、白百合を越えてるよ…」

そう、余りに真剣過ぎてチワワ達が注いでくる視線にもジャージ姿のマッスル達の火照った頬にも気付かない。
日向の様に雄々しくも、二葉の様に女々しく…いや、中性的でもなく、一重に神々しい美貌とは声も出ないものらしい。萌え萌え叫べるのは主人公の自覚に欠けたオタクだけだ。

「女は腐るほど寄ってくるが、男に迫られた記憶はとんと無い」

いや、実際何万回と迫られているのだが、何せ神掛かり的に強い神威を押し倒せる雄は残念ながら存在しなかった。
むむむ、と考え込む神威は見た目だけなら憂い顔の超絶美形日本人、ボサボサ黒髪もカラコン黒眼も生まれ付きだと思わせる魔力を秘めている。

大丈夫だろうか。
主人公がアレである現在、コイツくらいまともではないと話が全く進まない。


「む」

悲痛な祈りが伝わったのか悩み事に飽きたのかは不明だが、何かに気付いたらしい神威が顔を上げれば、一瞬で真っ赤に染まった野次馬達が一斉に顔を逸らした。
が、そんな事には全く興味が無いらしい長身がしゅばっと立ち上がり、握り潰した黒縁を放って胸元から星型眼鏡を取り出す。出掛ける間際、俊から貰ったハイセンス眼鏡だ。

掛けたら忽ち涙が溢れて止まらなくなると専らの噂。王道会長攻めをこよなく愛する腐女子が、画面の前でハンカチを握り締めてしまう眼鏡である。


「あれに見えるは、…2年Dクラス中村颯太並びに国際科3年レイシス=ウァンコート」

優秀な頭脳が校庭の隅にある大木の影で見つめあう二人の名前を弾き出し、期待に煌めく星眼鏡がキラランと輝く。
こそっと忍び寄り、帝王院が誇る中央委員会長は植え込みに突っ込む様な状態で耳を澄ました。


「私が留年すればまた一年君と一緒に居られる…」
「駄目だレイシス、君はフランスで家族が待ってるんだから」
「でも!戻ったら、きっとフィアンセと結婚させられてしまう!私には君が居るのに」
「レイシス…」
「離れたくないんだ、ソータ…」
「そんなの、そんなの俺もだよ!」

抱き合う二人に、どちらが攻めだろうと首を傾げた神威はとりあえず携帯を取り出し、今頃カメラ機能が付いていない事に気付いた。何たる失態だ。
後でセキュリティ記録からカメラ映像を掘り出せば済む話だと諦めも早い。


「駈け落ちしよう!」
「ああっ、ソータ!」

盛り上がる二人には悪いが、


「結論を急ぐな」
「「…えっ?」」


駈け落ちされたら萌が減る。

←いやん(*)(#)ばかん→
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