帝王院高等学校
怖さ0の不良と優しさ0の親友です
「テメーらなんかが気安く話し掛けんなっつってんだよ!
  …今度は聞こえたかなー?」

ぴたり、と動きを止めた三人が痙き攣り笑いを浮かべ、痛みを耐える様な笑いを耐える様な歪んだ表情で、セメントホワイトの作業着の胸元に吊した揃いのストラップを揺らした。

「舐めた口叩きやがって」
「人生勉強が必要みたいだなぁ」
「このちびっこが」

殴れるもんなら殴れば良い、なんて。格好良く目を閉じた訳ではなく、単に条件反射。飛んでくる拳を見つめ続ける様な勇気があれば、逃げたりしない。
そんなに勇者だったら、今頃食堂で踏ん反り返ったまま、愛想笑いを崩さない二葉に嫌味の一つや二つ言った筈だ。桜のキラキラ輝く尊敬の眼差しに万更でもない気分で、俊のフラッシュを浴びながら、


「「「こちょこちょこちょ」」」
「え?わっ、あはは、擽ったい!」
「ご主人公に何を晒しとるかァ!!!」
「痛っ」
「ごふっ」
「ひでぶ」

などと。
思った時に脇腹を擽られて身を捩りながら目を開ければ、団子三兄弟が見えた。

「くぉ、おぉう!脳天に稲妻が走ったー!」
「脛椎を凄まじい稲妻が走ったぁ!」
「こ、この蹴りの重みは間違いねぇ…!」
「うちのタイヨーを軽々しくナンパしくさりやがって!月に代わってお仕置きだコラァ!」

酔っぱらいの様にフラフラ揺れながら、ジャッキーチェンの様に構えるオタクが団子眼鏡を怪しく光らせながら、床を突き抜ける様な鋭い走りで回り込んできた。

「テメェらァ!俺のハニーに手を出した罪を先80年に渡って償って貰おうかァアアア!!!」
「「「総長!」」」

しゅばっと正座した三人は震えながら頭を抱え、ペタッと土下座する。

「ど、どうなってんの?」
「だって、」
「副長と一緒に居たろ、お前」
「なのにンな所でサボってっからさ、」

何だこれ、と瞬きした太陽が首を傾げれば、先程までのヤンキーさは何処へやら、震えるチワワか小柴に変化した三人が涙目で見上げてきた。

「ちょっとは注意しなきゃ駄目だぞって、ぐすっ」
「お兄さん達が教えてやろうと思ってたのに…ぐすっ」
「やっぱりその眼鏡っ子、総長じゃねぇかよぉ!ユウさんの嘘吐きー!」
「最初に掲示板で見付けたのオレなのにー!」
「ありゃ他人の空似だとか!同姓同名だとか!」
「んな訳あるかー!実は俺の従兄弟が應翼通ってて総長が中学生だって知ってたのオレらだけなのにー!」

びぇえええん、と幼児の様に泣き出した三人を前に大体の事情を察した太陽は、隙を狙ってまた蹴ろうとしているオタクの頭を殴り付け、お座りさせる。

「俊、この人達もカルマかい」
「チャラ男トリオです」
「酷いー!」
「覚えてないんだ!総長っ、オレら下っ端の名前なんか覚えてないんだ!」
「酷過ぎるー!北緯の事は可愛がってた癖にー!ぐすっ」

揃い揃って隼人に似た雰囲気の、遊び慣れた感が否めない為に、ゴシゴシ目元を擦りながら悔しげに床やら壁やらを殴り付けられたら言葉もない。

「お、落ち着いて下さい先輩方、」
「ひっく、どーせ俺らなんかデカイし可愛くないし、ぐすっ」
「貰ったストラップ大切にしてるのにっ、ぐすっ」
「ケンゴさんみたいに可愛くないし、カナメさんみたいに美人じゃないし、ぐすっ」
「「「総長の面食いー!」」」
「ぐすぐす煩いにょ、男なら泣くな!」

眼鏡を曇らせて叫ぶ俊の足元で、遂に顔を覆ってしまった美形ワンコ三匹にうっかり同情した太陽が、

「まず蹴ったコトを謝らんか、オタクが!」
「むにょ」

平凡受けを救い出した英雄気分に浸っている俊の尻を蹴り飛ばし、凄まじい笑みを浮かべて腕を組む。

「何が誰がハニーだと?…ドイツもコイツもちょっとデケーからって図に乗りやがって、」
「ぱふ!へにょり、ぷにょ」
「死にたい奴からもう一回言ってみなよ、…誰がチビだって?」

ぺちょん、と膝を崩した俊の思ったより伸びる頬をギリッと抓り上げ、僕はチビなんて言ってませんと震えながら涙に濡れる眼鏡には構わず、

「確かに不注意だった俺が悪い。副会長が脇腹擽られたくらいで、相手の急所を蹴る様な凶暴会長は取り締まる。
  取り締まり方法は、まぁ、…その時のお楽しみさ」

しゅばっと正座したカルマ4人は見た。これぞモナリザ、いや、ドSの微笑だ。

「こ、この子、総長の頭殴っ…恐ろしい子!」
「総長のおケツ蹴り飛ばした…ほっぺ、ンな伸ばしたら取れちまう!」
「総長、泣かないで。ヨシヨシ」
「ひっく、うぇ、ふぇん。僕は手加減して蹴ったのに、タイヨーの蹴りには優しさが見当たらないにょ!バファリンにも優しさは含まれていると言うのにっ」
「総長、ぶっちゃけ喧嘩して骨折した時より脛蹴られた時のが痛かったけど、」
「さっきの踵落とし、死んだばぁちゃんの幻覚が見えたけど、」
「いつでも本気でオレらを叱ってくれる総長には親父の優しさが含まれてるよ!」

青冷めながら太陽を見つめたワンコが、床に『萌』の字を書いて落ち込むオタクを宥めまくり、グリグリ頬擦りしまくり、

「有難にょ、チャラ太郎、チャラ次郎、チャラサンタ」
「全然違うけど、何で三番目だけ横文字?」
「チャラサンタ、何かカッケー」
「総長、シガレットチョコあげる」

咥えていた煙草、ではなく駄菓子を与えた俊が泣き止んだ所で立ち上がり、清々しく晴れやかな笑顔で去っていった。

「じゃーな、ちびっこ。もう無用心にサボるなよ?」
「Sクラスの勉強が大変だからってグレんなよ、グレたらカルマに来いな」
「何かあったら工業科においでー。オレら三年だから、卒業までだけどな」

どうやら完全に良い不良だった様だ。不良に良いも悪いもないだろうが、悪意の欠片も見当たらなかった。

「うーん、カルマは謎だね。イチ先輩と神崎君はヤンキーって気がするけど、高野も藤倉も…昨日はアレともかく、いい奴だからなー」

そう言えば昨日、俊を探しに出掛けた佑壱の親衛隊に今の三人組が居た様な気がする。隊長の獅楼には面識があった為、迂闊にも忘れていた。

「まさか、特殊学科も畏れるって言う三人組じゃ…?確か疾風三重奏、とか呼ばれてた気がする」
「特殊学科ってなーに?」

きょとり、と首を傾げた俊に片手を差し出し立ち上がらせて、どうやら一人抜け出した太陽を心配して追い掛けてきたらしい事に小さく笑う。

「何処のクラスにも落ち零れって生まれるだろ?成績だけじゃなくて、素行が悪いとか家柄の問題で一般クラスには入れられない奴が」
「ふむふむ」
「元は亡命してきた王族とか、御落胤、つまり金持ちの隠し子とかを匿ってた秘密裏のクラスだったみたいだけど、」

いつからかその閉鎖的な環境から、教師や風紀ですら取り締まれない無法地帯と化した。


「2年前までは、大河って言う秦王朝の血を引く生徒が居たんだけど。俺達と同じSクラスでさ、これまた凄いヤンチャな奴」
「不良さん?」
「家柄の凄さで一匹狼って感じだったなー。で、風紀…白百合に喧嘩売って返り討ち、全治半年とか何とか、今は無期限停学中」
「ヒィ」

今では自ら望んで入りたがる生徒も居るほどだが、元来の創設理由である超良家子息が多い為、中央委員会ですら迂闊には介入出来ない。Sクラス以下、Eクラスまでしか存在しない帝王院に存在する汚点が『Fクラス』だ。

「ソイツが今はFクラスの裏番、みたくなってる。表向きは祭美月先輩。大河は停学を理由に行方不明だから」
「因みに美形だったり?」
「無愛想だけど、文句なく美形」
「何たる神の仕打ち!萌の女神はこのオタクを見放したにょ!」

海外の表向きには出来ない企業の隠し子や、王族、貴族、理由は様々だが所属する生徒の大半が一筋縄では行かない。

「今の三年には元々Sクラスで光王子と成績を争ってた祭美月先輩が居るんだけど、何か神帝陛下と仲が悪いみたいで、2年前に陛下が来日して以降Fクラスに降りたんだ」
「ジエ、メーユエ。不思議なお名前なりん」
「香港最大の銀行を経営してる、総裁の息子なんだって」

ぴくっと耳をダンボにさせた俊が、親指と人差し指で丸を作る。

「…お友達になったら、新刊原稿を担保に融資して貰えるかも…く、くぇっくぇっくぇ、あわよくば印刷料も!」

激貧左席委員会運営費を稼ぐ為なら、眼鏡も¥マークに輝くと言うものだ。中学時代年齢を誤魔化してアルバイトに明け暮れていたオタクは団子眼鏡を押し上げ、チャームポイントにはならない奇妙な笑い声を忍ばせる。

「然も錦織君のお兄さんらしいけど…さっきの話、聞いてたろ?」
「あっあっ、さっきの黒い会長さん!」
「黒い会長?…ああ、確かに背の高さとか髪の長さは神帝陛下と似てるよねー」
「キラキラ輝いてたにょ。あと、忍者がいっぱい!」
「あれは皆、祭先輩の取り巻き…って言うか、祭先輩は中国最大マフィアの跡取りだって噂だよ」

声を潜めた太陽に倣い息を呑んだ俊は、開きっぱなしの鉄の扉を見上げ、閉まれゴマと意味不明な呪文を唱えた。

「RPGでも今時言わない、…って、閉まるんかよ」
「オープンザセサミ、魔法の呪文は生まれ育った土地の穀物の名前を付けるにょ」
「へぇ、じゃ、トウモロコシが主食の国じゃオープンザコーンになるって訳かー。日本じゃライスだねー」

当然だが、IDではなくリング反応で認証したゲートは「閉まれ」の部分に反応して、開いた時と同様にスライドする。プチトリビアを披露したオタクの拍手が響いた。

「とにかく、工業科は採用試験が違うから、勉強出来なくても入れたりするし体格の良い奴らが殆どだから別世界、っつーか不良世界」
「少年漫画に出てくる、ホモっ気皆無の男子校体制ですか…。何とお痛わしい!」
「痛わしくない痛わしくない。それで、特殊学科は頭がいい奴も交ざってるから問題なんだ。本当、Fクラスには関わらない方が無難だよ。覚えといて」
「むむむ」

然し円滑な左席委員会運営には資金が必要だ。漫画で読み漁ってきた生徒会モノには、必ず部活動の活動費やら経費やらが絡んでくる。
折角会長になったのだから、一度くらいはそう言うお金の話を格好良く片付けてみたい。不登校が長かった引きこもりは、学園生活に期待一杯だ。


「それより、HR始まるまで時間あるからちょっと秘密会議しよう」
「秘密?!」
「はい、興奮しない。第一回左席執行部会議。誰も居ないからこそ、今」

キョロキョロ辺りを見回した太陽が俊を手招き、特別教室に続く人気の無い廊下を小走りに進んだ。途中、廊下の液晶掲示板で何かを入力し、首を傾げた俊に鼻を鳴らす。

「着替え、忘れてたから新しい制服買った。10分で届くみたい」
「ふぇ、お高いお買い物…タイヨーってば素敵、太っ腹」
「クロノスカード、どうせタダだったら目一杯遣わせて貰うコトにしただけだよー」

手近の視聴覚室前でもう一度キョロキョロ辺りを確認し、カードリーダーの下にある昨日までは理由を知らなかった窪みに指輪を当てる。

『サブクロノス確認、施錠解放』

難なく開いた小さなホールに入り素早く扉を閉めれば、カチンコチン機械人形の様なぎこちない動きで両手両足を揃えて歩く俊が壁際に張り付いた。


「座りなよ」
「あにょ」

何だか警戒されている様な気がする。殴り過ぎた所為だろうか。

「俊?」
「ふぇ、ふぇぇぇん」
「ちょ、どしたん?!」

その場に屈み込み曇った眼鏡を両手で覆った俊を認め飛び上がり、滑り転びながら近付いてプルプル震える猫背な背中を叩く。

「もう叩かないから、落ち着いて!ごめん、もうしない!」
「ひっく、童貞に何を期待なさるおつもりですかァアアア!!!」
「…はい?」
「俺の体でまだ見ぬ俺様攻めの代わりにするなんて未来の恋人に申し訳ないと思わねェのかァアアア」
「あの、」

口調が変わってしまっている俊の団子眼鏡を奪えば、凄まじい睨み、いや今なら判る、期待に満ちた眼差しに沈黙した。


「初めてなので優しくお願いしますっ」
「因みに、…何をかなー」
「そんな、恥ずかしいっ」

照れる極道の睨みに笑い掛け、とりあえず拳骨用意。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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