帝王院高等学校
あ、置いてかないでご主人公様ァ!
「うわっ!!!」

誰かの悲鳴と共に落ちてきた人影がテーブルを叩きつけ、凄まじい音を発てた。
何事かと皆の視線が音の発生源を見やる中、佑壱を筆頭にカルマ一同や西指宿は真っ直ぐ上を見る。

「見舞いに百合の花なんて馬鹿の極み系〜。失せろ、目障り」

見れば中二階の手摺りから身を乗り出した川南北斗が大きなガーゼを頬に張りつけ、ひらひら手を振っていた。

「親衛隊でもない癖に、次上がって来たら殺すよ〜?」

中二階の上は役員専用席の筈だ。どうやら不躾者を突き落とした様だが、落とされた方は堪らない。奇怪な悲鳴を上げながら走り去っていった背中を余所に、

「だからって叩き落とすか普通」
「あ、ウエストじゃん。ハヨ」
「上、揃ってんのか?」
「概ね、ね」

肩を竦めた西指宿が口笛を吹き、片眉を上げた川南の視線が落ちてくる。

「へー、しっかし珍しい事もある系。君が黄昏の君と一緒なんて」
「は?俺はずっと此処に居たし。コイツが後から来ただけだし」
「おっはよ系、嵯峨崎帝君」
「よう、ナミオ兄」
「こんな奴に挨拶すんな!」

キーキー喚く西指宿を余所に、佑壱と北斗の仲は概ね良好な様だ。苛立たしげな西指宿に満面の笑みを浮かべた北斗が、急に振り返って手摺りから離れる。


「ドイツもコイツも、勝手に出て来やがって」

代わりに顔を覗かせたのは不機嫌な日向だった。不遜に見下す長身の登場で凄まじい悲鳴が轟き、一気に不機嫌になった佑壱があからさまに顔を逸らす。

「淫乱の癖に朝飯なんざ食いやがって」
「嵯峨崎先輩、淫乱受けもお腹空くのだと思いますなり」

神威の膝の上からデジカメを光らせまくる団子眼鏡は、一通り日向や悲鳴を上げる周囲をパパラッチしてキョロキョロ辺りを見つめ、しょぼんと肩を落とした。

「俊、どうした」
「二葉先生が居ないにょ。タイヨー恋しさに生死の境を彷徨ってるかも、」
「おや、これはこれは天皇猊下。ご機嫌よう」

トン、と。
羽根の様に舞い降りてきた白い革靴が俊達のテーブルの上で優雅にお辞儀、眉間を押さえる日向を余所に周囲の黄色い悲鳴に茶色い怒号が混じった。
硬直した太陽には誰も気付かぬまま、


「陛下がお見えです、黙りなさい」

凛とした声音で皆を黙らせた男が、視線一つで西指宿を退かせ空いた椅子に腰掛ける。

「まぁ、座ったら如何ですか嵯峨崎君以下二名」
「だから錦織を含めてやれっつってんだろ。中央役員が一般フロアに降りんな」
「高坂君、貴方も降りていらっしゃいな。陛下は何より静寂を愛されているので、お一人にした方が宜しいでしょう?」
「…ちっ」

舌打ち一つ、肩越しに背後を振り返った日向の視界には川南を含めた役員が数人控えているだけだ。

「俺様は下で食ってくるから、そこで待ってろ」

面倒臭いとばかりに吐き捨て、階段から降りていく日向を不思議そうに見ている役員達は皆顔を見合わせた。
引き替えに上の様子が気になる一般生徒達は、息を潜めて上を見つめたままだ。殺意にも似た目で睨み据えるのは、祭美月一同だけ。

「高坂君の椅子が足りませんね。と言ってもこれ以上大きなテーブルもありませんし…」

二葉の分の朝食をメニューパネルで打ち込む西指宿がテーブルを見たが、元々は6人掛けのゆったりしたテーブルに俊以下左席委員会が太陽、桜、神威の4人。それに佑壱を含めたカルマが5人無理矢理割り込み、二葉まで座っている現在完全な定員オーバーだ。
少しでも身動ぎすれば肩が当たる、と言う饅頭状態で日向の割り込む余地はない。

「二葉先生、おはよーございますっ。そしてあっちに生徒会長がいやがるのですかっ?!」
「しゅしゅしゅ俊君っ?」

びしっと指を上に突き付けた俊の無邪気な暴言に桜が青冷め、忌々しげなカルマ一同が上を凝視しつつ近付いてくる日向や二葉に警戒を隠さない。

「ええ、先程まで委員会議が執り行われていましてねぇ。今し方終えたばかりなんですよ」
「そーですか。あらん?カイちゃん、そんなにぎゅってしたらさっき食べたふにゃふにゃお素麺ちゃんがホームシックで戻って来ちゃうにょ、ゲフ」

ぎゅむっと抱き締めてくる神威に興奮を収めたオタクは、自分のテーブルの不良人口に肩身を狭くさせて、ボサボサ頭を撫でた。
そしてこう考える。神威は不良にビビっているのではないか、と。単純明快にして一生有り得ないだろう結論だ。
ならば無碍に押し退ける訳にもいかない。同じチキン同士、チキンカツにされても唐揚げにされても耐え抜かねばならいのだから。

「不良だからって差別しちゃ、めー。カツアゲされてもひたすら我慢するのがチキンに与えられた戦い、試練なり」
「俺らカツアゲなんかしないし(´Д`)」
「殿、今日もソイツと一緒かよ」
「大丈夫ですよ遠野君、そこの女男が目障りなら追い払って差し上げますからね」
「ふふ、弱い犬ほど何とやら。先人は巧い言葉を残したものです。ねぇ、セイラン」

言い募る健吾らに続いて底冷えする冷笑を浮かべた要を余所に、相変わらず麗しい微笑を滲ませた二葉が日本語の発音ではないスペルを声に乗せる。

「我上睡不着党、洋蘭」
「寝不足は美の敵ですよ青蘭、優しいお義兄様に膝枕でもして貰いなさい」

冷笑を消した要が恐らく汚い台詞を中国語で短く吐き捨て、

「雉も鳴かずば撃たれまい。…その減らず口が命取りにならない様に気を付けなさい、カトレア」
「おやおや、我が子から注意されるとは。お父さんは悲しみの余り笑いを耐えられません、あははははは」

二人の会話が全く理解出来ない一同を余所に、腹を抱える二葉が振り向きもせず頭を僅かに動かせば、ストっとテーブルにフォークが刺さる。

「きゃっ」
「はふん、フォークさんがストレートで飛んできたにょ!フォークなのに160kmインコース一杯ストレートだったにょ!」
「野球かよ!Σ( ̄□ ̄;)」

佑壱や要が同じ方向を振り向かないまま見やり、声も無く驚く一同が刺さった銀を前に身動いだ。

「丁度良いもんが飛んできたじゃねぇか、フレンチトーストを食うにゃよぉ」
「惜しむらく、ナイフが足りませんねぇ」

佑壱と睨み合う日向が恐怖の余り裕也に張り付いた健吾の椅子を奪い、刺さったフォークを引き抜いて二葉の背後に振りかざす。
カキン、と小気味良く響いた金属の音、宙を舞った銀を鼻で笑った日向の手が掴み、くるんとペン回しの要領で弄んだ。

「ほらよ、お望みのナイフも飛んできた」
「おや、助かりますねぇ。では頂きます」
「挨拶程度にトリカブトでも塗られてんじゃねぇか、どっちも」
「トリカブトじゃ高坂君すら殺せませんねぇ」
「お前は核ミサイルでも殺せねぇだろーがな」

淡々と進められる会話に入れない一同を余所に、ふらりと立ち上がった太陽が口元を押さえたまま背中を向けた。

「おい、挨拶もなく何処行くつもりだ平凡」

呼び止めたのは日向だ。
見るからに倒れそうな顔色の太陽は無言で頭を下げて、心配げに立ち上がった桜を余所にふらふら歩いていく。

「カイちゃん、お手て離しなさい」
「俊」
「ちょっと僕は不倫して来ますから、離してちょーだい」
「不倫とは誓った貞淑を一方が蔑ろにし、不義を行う夫婦間の裏切り。俊、駄目だ」
「離さないと離婚するにょ」
「知らん相手には付いていくな」

ぱっと手を離した神威からしゅばっと抜け出した俊がテーブルを掻き分け掻き分け、光の速さで居なくなる。


「は、早ぇ」
「太陽君…俊君…」

ぽかん、と口を開けて見送った西指宿や桜を余所にカルマ一同は誇らしげだ。何をそんなに誇らしげなのかは理解出来ないが。

「物騒なもん、飛んでくんだねえ。よっぽど恨まれてんの?」
「おや、これは美し過ぎる私への愛の貢ぎ物ですよ神崎君」
「毒入りだがな」
「入ってないみたいですけどねぇ。はい、高坂君、あーん」

グラニュー糖たっぷりの小さく切り分けられたフレンチトーストを差し出され、日向の眉間に皺が寄る。話の流れを汲んだ健吾が痙き攣り笑いを零し、

「つか、本気で塗られてたら即死モンっしょ(`´;)」
「死にませんよ、青酸カリも効きませんからねぇ私には」
「冗談、」
「おや、疑われますか神崎君。君達の大好きな嵯峨崎君にも、200種類以上の毒薬が効きませんよ」

にっこり宣う二葉に皆の視線が佑壱に集まり、フライドポテトを齧りながら鳩尾を撫でていた佑壱が何事かと眉を寄せた。

「んだ、その目は。死なん程度に毒食って免疫付けんのはどの家でもやってるこったろーが」
「やんないやんない!( ̄□ ̄;)」
「ンな事やんのは、歴史小説の貴族くらいだぜ」
「幾ら治癒力が高くとも、下手をすれば死にますよ!」
「どうなってんのお、頭の中ー」
「ぐたぐだ抜かすならテメーも食ってみやがれ隼人、昨日の罰だ」

二葉から奪ったフォークをブスッと隼人の口の中に突き刺し、悲鳴を飲み込んだ健吾らを余所に痙き攣った日向が隼人に突っ込まれたフォークを引き抜く。

「一般人に何してやがるテメェは!」
「青酸カリは匂いがすっからな。無味無臭、トリカブトくらいじゃ死にゃしねぇ」
「死ぬんだよ、普通は!」
「─────マジか?」
「この馬鹿犬が!」

余りの早業に反応出来なかった西指宿が水を求めて駆け出し、何が何やら判らないものの硬直した隼人の背中を叩きまくる佑壱に気圧されて涙目の桜、腹を抱える二葉に青冷めた要達が携帯であらゆる医者を呼び付けていた。

「吐き出しやがれ隼人!死ぬらしいんだよ!畜生、出せっつってんだろ!」
「嵯峨崎、手加減してやれ。ヒョロ犬が折れんぞ!」

バシバシ隼人の背中やら尻を叩いていた佑壱の右手を日向が掴み、

「の、…んじゃった」
「んだと?!」
「あは、飲み込んじゃったー」

へら、と痙き攣り笑いを浮かべた隼人に佑壱の目が見開かれ、要と健吾が青冷めたまま両手を合わせた。

「その食器は間違いなく美月が仕向けたもの。つまり、間違いなく猛毒入りですよハヤト」
「惜しい奴を亡くした(Тωヽ)」
「要、健吾!縁起でもねぇ事を、」
「あははははは、何を狼狽えてますか嵯峨崎君」

笑った二葉が食堂の入り口をいつまでも見つめたまま、片手のナイフを弄ぶ。日向が見せた手遊びをクルクル、繰り返し。

「スコーピオに毒が効く筈ないでしょう?蠍には自らの猛毒があるんですよ」
「どう言う意味だ、叶」
「隼人君の誕生日知ってるなんて、きもい。眼鏡のひと、隼人君の処女狙ってるなら諦めてー」
「おや、致し方ありませんねぇ。涙を呑んで諦めます私には高坂君と言う可愛いハニーも居ますし」
「寝言はあの世で抜かせ」

日向の指でむにゅっと頬を掴まれた二葉は満面の笑みを滲ませたながら、弄んでいたナイフを真っ直ぐ、入り口付近に立てられた硝子柱に投げた。
皆の視線を貫き真っ直ぐ飛行していく銀の放物線が、矢の様に硝子を突き破る。


「いきなり何だ?」
「判らない、とにかく水を止めるぞ!」
「ポンプを切って循環を止め、…あれ?」

熱帯魚がたゆたうオブジェクトの柱から水が漏れ出し、狼狽えたスタッフが慌てて柱を押さえたが何かに気付いたのか一様に呆然と中を覗き込む。

「あーあ、罪の無い生き物を…」
「熱帯魚が欲しいなら陛下におねだりしたら如何ですか、高坂君」
「死んでも断る」
「然し、殺し損ねておいて執拗い事この上ありません。無理だからこそでしょうが」
「白百合閣下、ぉ怪我は大丈夫なんですかぁ?」

頬を膨らませた二葉が仰々しく溜め息を零して、恐る恐る口を開いた桜を見やる。

「おや、ご心配どうも。大丈夫ですよ、君が愛する私の美しい顔にも体にも傷一つありません」
「ぁ、それは…良かったですぅ」

特に誰のファンでもない桜が愛想笑いを滲ませた。
佑壱に無理矢理口の中に手を突っ込まれた隼人がジタバタ足掻くのを、他のカルマ三人掛かりで押さえ付ける。

「然し、猊下をお一人にして宜しいのですか?」

擽る声音に揶揄を滲ませ、優雅にミルクティーを傾ける美貌が柔らかく綻んだ。


「狙われている頻度で言えば、猊下が一番でしょう?左席会長ですからねぇ」

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!