帝王院高等学校
低血圧も歩けば三人張り付ける
「世界中の人間を殺してぇ。…一本一本関節外してやる。………心臓掴み出して目の前で握り潰してやるのも、良いな」

物騒な囁きを漏らした佑壱がガリガリ頭を掻きながら携帯をチェックしたのか、ピタリと動きを止めた。


(うひゃ、起きちゃった起きちゃった起きちゃったじょー!Σ( ̄□ ̄;))
(声を出すな、うまく気を逸らすしかないぜ)
(弱りましたね、凄まじい威圧感です。機嫌最悪には違いない)

ビクッと肩を震わせた健吾だけが涙目で、裕也も要も血の気が引いた表情で顔を見合わせる。
どちらが先に殴られるか相談している様だ。


「………爪を一枚一枚剥いでやる。毛穴一個一個にベニヤの刺を刺してやる」

ブツブツ痛々しい呟きばかり零す佑壱を前に、痙き攣った裕也がまず俺が行くぜ、と男らしく親指を立て、青白い要がコクリと頷いた瞬間、


「要ぇ、裕也ぃ、健吾ぉ」
「ヒィΣ( ̄□ ̄;)」
「は、はいっ」
「何スか副長」

気付いていたらしい佑壱に名指しされ、背筋を伸ばした三人が三者三様返事を返した。

「後でテメーら、皆殺しにする」

昨夜要が緩めたシャツから無駄の無い腹筋を惜しげもなく晒し、もそっと起き上がった男がボリボリ腹を掻く。三人は揃ってゴクリと息を呑んだ。
寝起きの佑壱はとにかく魔神だ。
逆らわず殺され掛けようが犯され掛けようが息を潜め、下がりに下がった血圧が平常に整うのを待つしかない。

「総長命令だ、…食堂行くぞ」
「食堂?( ̄□ ̄;)」
「ユウさん、それよりも体は大丈夫なんですか?」
「副長、怪我してるってハヤトから聞いたっス」
「─────あ?」

低血圧でも総長命令には従うらしい狂犬、寝乱れたエロいフェロモンを垂れ流す佑壱から目を逸らしつつ宣えば、怪訝げに唸った佑壱が首を傾げ、

「何の話だコラァ、目玉穿り出すぞテメー」
「光王子から骨を折られたんじゃないんですか?昨日山田君が真っ青な表情で言ってましたよ!」
「うっそ?!マジっスか?Σ( ̄□ ̄;)」
「良く寝てられたっスね、副長」
「あー…ンな事もあったか?もう治った」

んな馬鹿な、と言う三人には最早興味が無いらしい佑壱が、スタスタ勝手に歩いていく。無駄に整った長髪の美貌が目を細めて顎を傾けると、傲慢な女王の様だ。
つい先日半日閉じ込められた懲罰棟を迷いなく進む背中を追い掛ければ、すぐに青冷めた警備員達と対峙する佑壱の背中に出会った。

「どどどうして起こしたんですか〜!」
「さささ嵯峨崎君っ、此処で暴れたら今度こそ退学処分ですよ〜!副会長呼びますよ〜!」
「煩ぇ、死にてぇ奴から来な。…一人残らず塵にしてやんぜコラァ」

右拳で石の壁を粉砕した佑壱の邪悪な笑みに、屈強な警備員達も涙目だ。御愁傷様、と手を合わせる三人の目前で精神的に追い詰められた警備員達はついに外へのゲートを解放した。

「退け、下等生物共が」
「きゃっ」
「内臓抉り出して噛み潰すぞコラァ」
「ぐ、紅蓮の君?!」
「退け、退いても殺す」
「うわっ」

手当たり次第、通り過ぎる生徒達を蹴り殴り飛ばす赤鬼の後ろを、恐る恐る歩く三人は揃って頭を下げる。普段不良をしているからと言って、此処までカルマを貶める様な行動は宜しくない。
然も総長が左席会長に収まってしまった今、細心の注意が必要だ。

「申し訳ありません、少し機嫌が悪いだけなので容赦願えませんか?」
「あ、あっ、錦織様っ」
「ごめんな、湿布貼って貰うんなら無臭の奴が良いっしょ(´∀`)」
「こここ高野君っ!俺は大丈夫だよっ、柔道部だからっ」
「悪かったぜ、大丈夫かよ」
「きゃっ、藤倉様!勿体ないお言葉をっ」

この時間帯に寮内を徘徊しているのは進学クラス生徒だけだ。然しその美貌や家柄で有名な三人は、内二人がAクラス降格していようが崇拝されているには違いない。
無表情で無差別暴力を奮いまくっていた佑壱も、数分で目が醒めてきたのか首の骨を鳴らし、


「何処だ此処は。ん?何やってんだお前ら」
「ユウさーん!。・゚・(*ノД`*)・゚・。」
「お、おはようございます!」
「はよっス、ユウさん」
「おう、腹減ったな。何か軽く喰うか。ダリィは8時過ぎてっは、今から朝飯準備したら9時過ぎちまう」

完全に目覚めたらしい佑壱には、起きてから数分の記憶が綺麗さっぱりない。半開きだった切れ長の瞳もぱっちり、いつもの偉そうだが面倒見が良い佑壱だ。

「カナメ、血圧計!(´Д`)」
「ユウさん、何も聞かず腕出して欲しいっス」
「血圧、95/51。大丈夫、いつものユウさんです」

それでもまだ標準よりは低いが、寝起きの佑壱は下手をしたら50/30と言う有り得ない数値を叩き出す。
家庭用の簡易血圧計を持ち歩く要が半ば涙目で呟き、佑壱の左腕から手を離した裕也が息を吐けば、

「喉が渇いた。ビール…は、駄目だ。総長が欲しがる」
「総長が酒呑むって言ったん?(*´∀`*)」
「総長には呑ますなよ。命が惜しいならな」
「当然っしょ。カルマ裏教訓その2、総長には食べさせても呑ませるな(∩∇`)」

要の血圧チェックに慣れた佑壱がボリボリ襟足を掻き、その腰に健吾が抱き付いた。
一度、俊に酒を飲ませたカルマ一同は以来一度も俊にはアルコールを飲ませない。とにかく、寝起きの佑壱など目にならない訳だ。話せば長くなるからやめておくが、ブチ切れた俊の恐ろしさも相当だが酔った俊の恐ろしさもまた相当だ。

「ビールは禁止です。購買エリアのビールは全て買い取り、ユウさんの部屋に運び込みましょう」
「ユウさんのビール消費量は総長のコーラ消費量と同レベルだかんな」
「ラジャー(´Д`*)」

思い出して震え上がる三人が目を見合わせ、

「久々、素麺喰いてぇ」

然し寝起き同然の低血圧野郎はンな三人には興味が無いらしい。
遂にはボリボリ尻を掻きながら、ふわんと欠伸一つ。コキッと首の骨を鳴らし、

「やっぱ冷麦だな。出汁が不味かったら暴れ回んぞ」
「俺、ハンバーグカレー(*´∇`)」
「バジルチキンプレートにしましょうかね」
「サラダだけで良いぜ」

なので俊からのメールもさっぱり忘れているらしいが、本能的に食堂へ行く必要があると感じたのだろう。
普段なら滅多に外食をしない佑壱の足は、真っ直ぐ食堂を目指している。

「しょぼい飯食ってっから、お前はンなヘロっちいんだよ裕也」
「副長を基準にしたら、日本人の八割はモヤシっスよ」
「男ならターミネーター目指せや、最終的にゃ握力300kgだ」
「ユウさんっ、握力300って絶対可笑しいっしょ!Σ( ̄□ ̄;) 俺は利き手78kg、野球選手並みー」
「非力な野郎だ、ヘボ健吾。ちったぁ鍛えろ、ペラペラな体しやがって」

佑壱の右腕一本で持ち上げられた健吾がムスっと頬を膨らまし、空いた佑壱の左手を掴む。空中腕相撲らしいが、佑壱の左腕はびくともしない。

「ユウさん、握力何kg?(´ω`)」
「左は、180くれぇじゃねぇか」
「つくづく規格外ですね、ユウさん…。俺は63ですよ」
「どれ、…あー、要も健吾も駄目だ、軽過ぎる。俺がまともに喰わせてねぇみてぇじゃねーか」

ぶつぶつ母親の様に呟く佑壱に、揃って息を吐いた要と健吾はそれぞれ佑壱の腕一本で抱き上げられていた。
子供が父親の腕にブラ下がっている様にしか見えない。

「副長ー、おんぶー(*´∀`*)」
「好い加減下ろして下さい副長」
「文句抜かす前に飯を食え飯を」
「ユウさんより食べてるよ!(~Д~)」
「実は少食なユウさんに言われたくありません」

ヨジヨジ佑壱の腰を這って背中に回った健吾が両手両足で佑壱に抱き付き、不満げな要がジタバタ足掻く。
余った右腕をぐるっと回した佑壱と言えば、背後の健吾にも暴れる要にも構わず隣を歩いていた裕也を捕まえ、要と同じくヒョイっと抱き上げた。

「あん?お前も栄養不足じゃねぇか、裕也ぃ。肉食え肉をよぉ」
「胃に凭れるんス。つか、何の辱めっスかこれ」
「餓鬼は黙って年上の言う事ぁ聞くもんだ。弱っちぃ奴らはカルマに要らねぇ」
「高校生三人張り付けて平然としているユウさんが規格外なだけです!」
「うひゃひゃ、高ぇ!凄ぇっしょ180cmの視界!超怖ぇ!(´艸`*)」

うひゃひゃ笑いまくる健吾を要の足が蹴り上げ、足が付きそうで付かない裕也が長身を折り曲げながら周囲を睨み付ける。
何だその微笑ましげな表情は、殴るぞ畜生と言う無言の威嚇だが、生憎今の状況では効果はない。

「着いたぞ。何だ、人が多いな…あ、総………遠野」

人混みが好きではない佑壱がなけなしの眉を寄せ掛けて、優秀過ぎる視力で俊を見つけた様だ。
寧ろ東京タワーの展望台からお台場フジテレビ屋上に居る黒縁眼鏡を肉眼で見つける自信が、残念ながらこのボスワンコにはある。佑壱の視力は7.0、今の所黒縁眼鏡のお世話にはなれない健康優良児だった。

「いや、ご主人を偉そうに呼ぶな俺。と、遠野君…遠野さん…遠野ちゃん?」
「副長、年下を呼び捨てすんのは当然っしょ(´`)」
「そうですよ、ユウさんは二年帝君でもありますし」
「左席の敵とは言え、中央書記だしな」
「俊殿、俊君…くそ、やっぱ遠野のが無難か?」

流石に人前で総長と呼ぶ訳には行かないが、だからと言って呼び捨てるのも慣れないらしい。
苦渋の表情で三人を引っ付けたまま忍び寄っていく佑壱は、俊のテーブルに揃ったメンツを見やって舌打ち一つ、

「何だー、生きてたのお?しぶといねえ、皆の者ー」
「隼人、テメーは昨日の反省してんのかコラァ」
「イチ先輩?!あっ、高野も藤倉も…錦織君まで、何つー格好」
「ぉはよぅござぃますぅ、皆さん」
「おう師匠、顔色が悪ぃな」

太陽を綺麗さっぱり無視した佑壱が、桜から今の状況の説明を受けている間、強烈な視線が注がれていた。
気付きながら無視する佑壱を余所に、要達の目が鋭く尖る。隼人もヘラヘラ笑いながら、佑壱を凝視する視線の主を見た。

「本当、しぶてぇ奴だな嵯峨崎」
「あ?誰かと思や、西指宿じゃねぇか。相変わらずナヨナヨした面してやがる」
「女々しく伸びた髪、いっそ丸刈りにしたらどーだ?暑苦しくて適わん」
「心頭滅却出来る有能さを教わって来たらどうだ、自治会長殿」

双方、笑顔の毒舌戦だ。
なまじ西指宿の力量を知っている為に迂闊な行動を取れない要達が青筋を発て、鼻で笑った佑壱を横目に隼人が西指宿の右腕を鷲掴む。
ピシッと固まった西指宿の額に脂汗、

「ごめんねえ、ユウさん。出来の悪い兄貴でー」
「ああ、全くだ」
「「「兄貴?!」」」

ぺっと要と裕也を離した佑壱が、背後の健吾を片腕で掴み放り投げる。三人の運動神経が人並み以上だから良いものの、他の人間だったら大惨事だ。

「そー、この変態やろー、隼人君の兄ちゃんだったりすんのー」
「ハァハァ、衝撃の事実にデジカメを持つ手が震えます…!今夜のブログネタはこれだァ!!!」

飲んでいたお茶を吹き出した桜や太陽、健吾達に限らず西指宿まで目を見開き、オタクのフラッシュが瞬く。

「ししし知ってたんか、隼人…」
「勝手に呼び捨てすんな、隼人様と呼べー」
「お前ら兄弟は名前だけだな、共通点」

知っていたらしい佑壱と何事にも無関心な神威だけが平然としているが、要や健吾は空いた口が塞がらない。
裕也も無愛想ながら驚いている様だ。

「名前が共通点?」

佑壱の台詞に首を傾げたのはほぼ全ての人間だった。
隼人や西指宿すら怪訝げな中、光速で打ちまくった携帯を閉じご満悦げな黒縁眼鏡だけが、全く空気を読まないまま口を開いたのだ。

「隼人と麻飛、どっちもお空を飛べそ〜なお名前にょ!嵯峨崎先輩っ、おはよーございますっ!」
「おう、はよう、ととと………とぉの」

しゅばっと抱き付いてきた俊をガッシリキャッチしたワンコの吃りっぷりには、誰一人突っ込まなかった。神威以外の誰もが、奇妙な表情を晒す二人に視線を奪われていたからだ。

その他に変わった所と言えば、俊を奪われた神威の眼鏡が無機質に光っていたとか、



「隼、と、飛。確かに、飛べそうだ」
「…冗談は顔だけにしなよお、お兄ちゃん」


二人が初めて睨み合う以外で目を見合わせたくらいで。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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