帝王院高等学校
そのワンコ牌ロンでカルマ無双
「また、凄い顔してんじゃない」

そっちこそ凄い顔ではないか、と。胡瓜のスライスを張り付け、カブトムシが好みそうな甘い匂いを漂わせた妻が仁王立ちしている様子を見やり、迂闊にも開いたリビングドアを閉め掛けた。

「蜂蜜と胡瓜の相性は最高だね」
「ただの蜂蜜じゃないわ、コラーゲン入り。アンタもやってみる?その如何に寝てません、って顔。ツルツルになるわよ」
「胡瓜の匂いだけで眠気が吹き飛んだよー」

何の通信販売で仕入れたのか、また新しいヘルスマシンに乗り込み、手慣れた仕草でリモコンを弄る人は振り向きもせずダイニングテーブルを指差し、

「カップ麺は戸棚の上、昨日の残りはテーブルの上。ひじきの煮付けと焼き鯖、チンしたら」
「アキちゃんが喜びそうなメニューだねー。僕はお肉の方が、」
「何か文句あんの?朝帰り亭主が」
「あらら」

胡散臭いものを見る様な、元々目付きのきつい妻のいつもより刺々しい視線に唇を弛める。

「愛されてるねー。浮気とか疑ってたり、」
「馬鹿は死んで」
「言葉の暴力反対」
「太陽を連れてった癖に」

どうやら彼女は違う所で怒っていた様だ。

「僕が送ってかなきゃ、君がバス代もあげなかった所為で歩いて行くつもりだったんだ。20kmはあるのに」
「行きたくないなら辞めれば良いの。いっそ退学させようかしら」
「困ったね。表向きは、君の所為で通わされてる事になってるんだよ」
「アンタのその性格、本当に腹が立つ」

飛んできたリモコンを顔の前で受け止め、ピュッと短い口笛を鳴らす。

「小さい頃は夕陽をあっちこっち連れ回って苛めてたと思や、今度は太陽?」
「可愛い子には旅させろって言うじゃないか」
「アンタの可愛がり方は陰険な苛めだっつってんの」

苛立った様にマシンから飛び下りた人がサイドボードを漁り、長男の成績表をむんずと掴んだ。

「見てみなさい、大学卒業レベルの勉強を覚えさせといて、中学高校の勉強をやらせてないからあの子の成績は平凡中の平凡!」
「10段階オール6って言うのも逆に凄いねー。僕は10しか貰った記憶がないから」
「夕陽には完璧に叩き込んでおいて、何であの子にだけこんな中途半端な事をっ、」
「目立たせない様に、さ」

冷えた煮付けを摘み、睨まれながら茶碗にご飯をよそう。自分用の箸を箸立てから引き抜いて、スーツのまま椅子に腰掛けた。

「俺は昔、簡単に家族を捨てたけどね。家庭を捨てるつもりはない」
「頭が良い癖に馬鹿な所は変わってないのね、アンタって」
「君だって、息子が帝王院の生徒だったら鼻が高いって喜んでたじゃないか」
「可愛い息子にあんな顔させてまで通わせる気はないわよ!」

だんっ、とテーブルを殴り付けた嫁が今にも発狂しそうな表情で睨んでくるのを平然と見返し、箸を片手にネクタイを緩める。

「だったらそう言えば良いのに。君こそ相変わらず、好きなものを素直に好きって言えないの?」
「うっさいわよ、夕陽は良いの。あんな捻くれた息子、いつか何処かで挫折させないと調子に乗ったまんまなんだから」
「可愛がって突き放すつもりかい。君のサディストさには頭が上がらないよ」
「言っておくけど、自分の息子に影武者やらすアンタこそ本物のサディストって言うのよ。
  …あの子がグレたら、本気でアンタ絞め殺すわよ」
「あらら」

苦手な胡瓜を張りつけたまま凄まじい笑みを浮かべる人に痙き攣り笑い一つ、嫌味の様に注がれたグラス一杯の青汁を恐々掴み、一気に飲み干した。
ああ、不味い。こんなもの喜んで飲むのは妻と長男だけだ。

「…もう少し、なんだ」
「その台詞、何回目かしらね。特にこの三年、何百回と聞いたわよ」
「やっと、あの人の代わりが辿り着いた。九蓮宝燈、13面待ち」
「どう言う事?」
「いつか逃げるしか出来なかった場所。…もう、逃げる訳にはいかない」

冷えた煮付けを貪りながら、同じく冷えた魚を箸先で弄る。



「失ったものを取り戻す為に、…太陽には犠牲になって貰うよ」


砂を噛む様に、放り込んだ飯を噛み締めた。

















「ツモ、小三元」
「………うそー」

対局終了、と言う無慈悲な表示を眺めながら渇いた笑いを零す太陽に、青冷めた桜が今にも泣きそうな表情で手を伸ばした。

「太陽君…」
「さ、桜…」
「俺の勝ちだ、アキちゃん」

父親と同じ巫山戯けた呼び名に痙き攣り笑いを耐えきれないまま、肩を竦める隼人と眼鏡を押し上げる神威を泣きそうな目で見やる。

「負けちゃったんだからさー、潔くケツ差し出したらあ?」
「小三元でも役満に入る訳か、面映ゆい」
「………人でなし!」

全く他人事だ。
こんな奴らに救いを求めた自分が馬鹿だったと遠い目をした太陽の手元から、完膚無きまでの敗北を期したばかりのゲーム機が奪われる。

「俊?」
「何だ、往生際が悪ぃな外部生。今度はお前が相手かぁ?」
「この浮気攻めが!さっき言ってた九蓮宝燈は、1から9までのどの牌でも上がる事が出来る麻雀界の強気受けだったのですねィ」
「あ?強気、何だって?誰が浮気だよ、失礼な」
「ささ、スタバって下さい。スタバと言えばキャラメルマキアートでございます!」
「んー、話が噛み合ってない気がすんだけど…ま、いっか」

付き合いが良いのか単に麻雀好きなのか、残るオタクを相手に再び臨戦態勢を整えた西指宿が首の骨をコキリと鳴らし、スタートボタンを押した。

「良いか、天の君。泣いても笑ってもこれがラストだぜ?」

ヒビ割れた眼鏡をしゅばっと取り替え、お洒落度30アップ。
団子三兄弟の長男と三男がレンズと言う、何処に売ってるのか知りたくもない黒縁眼鏡を煌めかせた俊がニヤリと笑う。

「鳴いても萌えてもこれが最後!合点承知にょ」
「おい、誰か翻訳コンニャク持って来い」

誰もが主人公の敗北を確信した。あの団子眼鏡は勝てる気がしない。

「俊が最後の砦かー。…唯一の超初心者に縋らなきゃなんないなんて、面目無さすぎる」
「俊君なら何とかしてくれそうな気がするなぁ、僕ぅ」
「頑張れー、オタ眼鏡ー。負けたら許さないにょー、オタ眼鏡ー」
「面映ゆい」

どうやら相棒である神威すら俊の勝利は無いだろうと油断しまくっている様だ。



「にょん!」

どうでも良くなった太陽が退学と転校を本気で考えている中、奇怪な叫びが響き渡る。

「その一万円、にょん!」
「ニョン?ロンの間違いだろ、然も一万円じゃなくてイーワン、1萬な1萬、─────あ?」

鼻で笑った西指宿の表情から笑みが消え、首を傾げた桜と隼人が俊がぽい捨てした小さなディスプレイを覗き込み、くしゃりと表情を崩す。


「ぅ、そだぁ。しゅ、俊君…」
「あは、一巡目から…九蓮宝燈?」
「ほう、」

唇に笑みを滲ませた神威が手にした機械に、親である西指宿が捨てた牌を奪った俊の14牌が並んでいた。
神威が揃え損ねた『奇跡の役満』を、開始一発目で弾き出したその役の名を、


「子役の地和、…目にする機会があれば死ぬとされる『幻の役満』か」
「は?嘘だよね、皆してさー」

桜に腕を引かれ呆然とした太陽も皆が凝視する画面を見やって、綺麗に同じ『萬』の数牌だけが並ぶ教科書の見本の様な役に息を呑んだ。
20年以上麻雀をやっている両親でさえ、見た事のない奇跡の役満。然も対局開始早々、たった一度牌を捨てただけで負けた西指宿が長い長い息を吐く気配、


「本場ならともかく、対戦ゲームでイカサマなんか出来っこねぇよな」
「ふぇ?ささ、続きしましょ。うちのタイヨーはそう簡単に渡しませんからねィ!」
「続きも何も俺の完敗だ。マイナス三万点、強制終了」
「むむ、逃げるつもりかね浮気攻めめ。腐男子の本気を舐めて、後で萌えても知らないにょ!」
「だから運に愛されたお前の完全勝利だっつってんの、天皇猊下」

やってられっか、とゲームを放り投げた西指宿が背凭れに深く背中を預け、ひらひら片手を振った。
漸く勝ったらしい事に気付いたオタクは団子眼鏡を曇らせ、しょんぼり肩を落とす。

「折角ルール覚えたのに、もう終わり…」
「俊、素晴らしい光景を見せて貰った。礼を言うぞ」
「さっすが幸運の眼鏡君、隼人君の愛人なだけあるねえ」
「俊君っ、愛人になったのぅ?!」

未だ俊の揃えた役満を凝視している太陽だけが沈黙したまま、膝を抱える麻雀Lv1のオタクを余所に晴れ晴れしい一同は、

「ま、それぞれの健闘を祝って乾杯でもすっか」
「あは、乾杯と言えば泡が出る黄色い飲み物ー」
「っつったら、CCレモンだな」
「ふっつー、ビールだろーがあ、あほ指宿アホ飛ー」
「せ、星河の君ぃ、幾ら王呀の君がぉ馬鹿さんだからってぇ、お兄様をそんな風に言ったら…」
「桜ちゃん、フォローがお兄さんの胸に刺さるよ…」

どっちが敗者か判らない西指宿の奢りで泡が出る黄色い飲み物が皆の手元に運ばれようとした時、泡立つ黄色い悲鳴が響いたのだ。


「きゃーっ」
「素敵ぃ!」
「ど、どうしてこんな所に?!」
「いやぁっ、抱いて下さーーーいっ」
「きゃあああああ!!!」
「何事じゃアアア!漸く生徒会が食堂に来てしまったのかァアアアアア!!!」

何事かとテーブルに飛び乗ったデジカメ片手のオタクが団子眼鏡を曇らせ、しゅばっとテーブルから降りる。

「…ぐすっ」
「俊君?」
「桜餅、生徒会なんて嫌いにょ」
「どぅしたのぅ?よしよし」
「もっと撫で撫でして欲しいなりん」
「よしよし、いーこいーこ」
「桜餅ィイイイ、好きじゃアアア!」

しょんぼり肩を落とし椅子に座り直した俊が目元を拭い、甘やかす桜に素早く抱き付く。

「うっせー」
「何処の誰だよ今度は。ったく、執行部は上のロッジ使えよなぁ」
「てめーがゆーな」
「俺は良いの、高等部で一番偉い生徒会長なんだから」
「帝王院で一番偉いのは学園長だろー」
「揚げ足取らないで隼人君」
「隼人様と呼べ」

立ち上がり悲鳴を上げまくる人混みを掻き分けて近づいてくるらしい騒動の源に、CCレモン片手の皆が目を向けた。
弟との会話に手探りな西指宿と、年功序列などと言う言葉は生まれた時から覚えるつもりがない隼人を余所に、下唇を噛んだ何とも不細工な太陽がグリグリ俊の背中に額を擦り付け、桜に抱き付いていたオタクの団子眼鏡がピンクに染まる。

「やだ、タイヨーってば可愛過ぎなりん。余りの可愛さに血尿が出そう!」
「血尿は、危ないなぁ…」
「俊、ありがと」
「むにゅん?あ、貸したBL小説が気に入ったならプレゼントするにょ。一言一句間違えずに、寧ろアレンジして朗読出来るくらい読み直したから!ハァハァ」

グリグリ背中に頬擦りならぬデコ擦りしてくる太陽に鼻を押さえながらハァハァする怪しいオタクの真向かい、神威の背後にぬぅっと長身が現われた。

「ん、一回くらいなら読んでみる。欲しくなるコトはないと思うけど」

呟く太陽だけが恐らく気付いていなかっただろう。隼人がスラックスのポケットに突っ込んでいた左手をスポッと引き抜き、一気飲みしたグラスから右手を離す。

「ごちそー様でしたあ」
「あー、にしても良い天気だな」

緩く目を細めた西指宿は全く別の方向を見つめながら不自然に振り返らず、つまりは表情を明るくした桜だけが神威の背後を見たのだ。明らかに棒読みだが一応御馳走様でした、と怠惰に手を合わせた隼人が肩越しに振り返る。



「わらわら揃ってんな(´艸`)」

片目を細め笑う男の胸元にはタクトを咥えた狼のタトゥー、

「椅子が足りねーぜ」

眠たげに欠伸を発てた、辛うじて結ばれたネクタイが引っ掛かっただけの着崩れまくったブレザー、

「ああ、すみませんが席を譲って頂けませんか。嫌だと言うなら手加減しませんけどね」

真隣のテーブルを脅す鋭利な美貌は、きっちり第一ボタンまで止められたシャツにビシッと結ばれたネクタイ。

「ウゼェ」

第二ボタンまで開いたシャツに苦にならないほど緩めたネクタイ、ベルトだらけの腰元から伸びた嫌味な程長い足。



カルマ勢揃い、だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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