帝王院高等学校
トイレの前でこんにちは。
「ほら、早う入りぃ」

小豆と桃のフルーツポンチな教師が手招いている。
然し、彼はそれ所ではなかった。


撮影が忙し過ぎて。



「ハァハァ、パスポートがなくても海外旅行に行けるなんてぇえええ!!!ハァハァ、王様になったみたいですっ!」
「判った判った、ただの校舎やねんけどなぁ、暫し海外旅行気分味あわせたろーか」

天高くそびえるヨーロッパ建築の入り口でオタクを抱えた男は、小脇に携帯を握り眼鏡とフラッシュを光らせまくる生徒を抱えつつ、空いた片手を持ち上げた。

「左に見えますは〜ぁ、帝王院高等学校校舎本館〜、生徒昇降口でございま〜ぁす」
「ヒューヒュー、ガイドさん今日のストッキング何色ー?!」
「素足でございま〜ぁす」
「セクシー!」

中学時代の修学旅行でクラスメートが囃し立てていたセクハラトーク。ノリに全く付いていけなかった俊は今感動の初体験をした。
相手がガイドさんではなくホストなのが残念でならない。

「続きましてぇ、右に見えますが職員室に続く無駄に長い廊下でございま〜ぁす。
  全長300メートルぅ、うっかり寝過ごしたら会議に間に合いませ〜ぇん」
「ホストパーポーっ、二度寝は萌を逃がしてしまいますっ!」
「東雲村崎の村崎は紫じゃなく村崎で〜ぇす」
「ホストパーポーっ、アレ何ですかっ!」

職員室へ続く廊下を小走りで進むホストの腕の中から、オタクは叫んだ。

「イケメンが見えますっ!アレは彼氏を待ってる攻めさんでしょーかっ、それともご主人様に捨てられた健気受けでしょーかっ!ハァハァ、どっちなのかしら!」
「何処にそんな奴居んねん?何も見えへんで?」
「あっちあっち!んもぅっ、老眼なんだから!」

二十代半ばにして老眼扱いを受けてしまった教師は然し気に留めた風でもなく、俊が指差す廊下の向こう側を振り返る。

「…あ、確かに誰か居るな。良う見えるなぁ、眼鏡っ子の癖に」
「早く早く、もっと近くに忍び寄って下さいな!運が良かったら写真撮らしてくれるかも知れないにょ!ハァハァ、興奮の余り下半身がっ」

廊下中に響いたオタクの悲鳴で、向こう側に居た生徒も至近距離で聞いた教師も硬直する。

「はいぃいいい?!ンなトコでそれはほんまマズイで遠野!」
「うぇ、東雲せんせー…」

曇った眼鏡が見上げてくる。

「ちょ、…俺にどうしろと」

高校まで帝王院だった根っからのボンボンは頬を赤らめた。
大学四年関西で過ごしたくらいでは、エセ大阪人も良い所である。
然しながら今でこそホスト風味な公務員だが、その昔中高等部6年間帝君として君臨し、中央委員会生徒会長でもあったのだ。



会長。
俊が知ったら眼鏡を割るだろう。


「もじもじするにょ」
「あかんあかん、生徒に手ぇ出してもうたらクビやでクビ!」
「でもっ、もぅ我慢出来ないにょ」
「まっ、待っとけ!今からダッシュで保健室連れてったるさかいにな!ええ子は我慢出来るな?!」

半泣きの元会長はくるりと路線変更、

「保健室!保険医を見なきゃ萌は始まらない!でもっ、



  おしっこ漏れちゃうにょ…」
「トイレかい」

ターンした長身はガクリと脱力し、目の前の無駄に豪華な職員トイレへオタクを放り込んだ。

「きゃー!此処は何処ォ!!!」
「ただのトイレ」
「あわわわ、便器が大理石かしら御影石かしら?!じいちゃんのお墓より豪華ですっ!」
「はいはい、叫ばんと早う終わらせぇ」
「ホストパーポーっ、おしっこが止まらないにょ!」
「どんだけ水分取ってんねん」
「コーラ2杯とお茶8杯と冷蔵庫に閉じ込められてたカルピスの原液3本くらい」
「原液?!水で薄めて飲まんと糖尿になるで!」
「高級なお酒は水割りじゃなくロックで呑むものにょ。カルピスなんて半年振りに見ましたっ!美味しかったですっ!」
「ウイスキーとカルピスは違うて」

因みに佑壱の冷蔵庫に鎮座していたものである。

「イチのものは僕のものなり」
「ジャイアン、まだかい」
「ホストパーポーっ、おしっこしたら喉乾いたァ」

濡れた手をぷらぷらさせながら出てきた外見優等生に、ホストは嘆息しながらジャージのポケットを漁る。

「ったく、ハンカチくらい携帯せぇや」
「だっていつもイチのシャツで拭いてたし…」
「何か良く判らんけど、そのイチっつーのはえらい苦労してそうやなぁ………あ?ハンカチがなくなっとる」
「さっきホストパーポーの小豆色から落ちたハイビスカス柄の布をチワワが猫ババしたのを見ましたっ!」
「おぉい、何で見逃したんや!」
「写メ撮るのが忙しかったにょ」
「あぁ、お気に入りのハイビスカスちゃんが…」

仕方なく嘆く教師のダサいジャージで手を拭こうとしたオタクは、真横から差し出された青いハンカチを受け取り、何気なく上へ目を上げた。


「東雲教諭、彼が外部生ですか?」

光が当たると深海の様なディープブルーに煌めく、濃紺の髪。
無関心そうな眼差しに、聞き慣れた丁寧な言葉遣い。後数年もすればホストに育ちそうな美形は、然し俊には関心が無いらしい。


(…帝王院は不良だらけなのか?)


驚愕の余り硬直する俊を余所に、ダブルホストが何やら話し込む姿。

「ああ、今日からうちのクラスの遠野俊やわ。もう知っとるやろ、錦織」
「にしきごい?」

東雲の言葉にうっかり口を滑らせれば、青冷めるジャージ男が見えた。

「まっ、待て錦織!外部生にいきなりキレたらあかんっ」

俊の真横から何とも言い難い痛烈な視線と、色が付いているなら真っ黒だろうオーラが注がれてくる。

「錦織、要です。…宜しく」
「ひぃ」

差し出された手が恐ろしい。
誰か、今すぐ目の前の狼にチワワな羊を与えてくれ。


健気受けでも良い。
攻めを誑かす小悪魔受けでも良い。
逆に溺愛攻めでも良い。好物です。


短い握手の間に色々想像したオタクは鼻血を吹いた。

「ちーん!…ふぅ、小豆色だと目立たないなり」
「コラコラ、先生の一張羅に何すんねん」

流石に不良のハンカチで鼻血を拭う訳にはいかないので、とりあえず小豆色で鼻を噛む。

「ホストならホストらしくスーツかタキシードを着なさいと言わせて貰うにょ!このセンス0ホストめェエ!!!」
「セ、センス0…」
「だからハニーにも愛想尽かされるにょ!」
「なっ、何でそれ知ってんねん!」

モテてもすぐに振られる夜王は目を見開く。

「ふ。彼氏に逃げられるなんて浮気攻めかホストパーポーだけにょ。恋がしたいなら東大に行け!」
「んなっ!俺、間違えて京大行ってもうたがな!!!」
「ふ。仕方ない、萌えの極意たるものを1から教え込んでくれるわ、エセホストめ」
「宜しくご指導下さい師匠っ!」
「所で、遠野俊さんでしたか?」

テンションMAXな二人が、笑顔で黒オーラを放つ美男子を見た。

「鼻血は止まったみたいですね」
「は、はい、平凡以下のウジ虫が錦鯉さんが受けでもイイなァなんて考えてすいませんすいません」
「錦織、です」
「ひぃっ、鬼畜攻めキタァアアア!!!!!ハァハァ」

携帯が光りまくる。
微笑ましく見守る東雲はさり気なくジャージを脱いでいた。

「今すぐ購買でスーツを仕立てたいなぁ、ほんでも似合うやろか…」
「東雲教諭、彼は式典の準備がありますよね。宜しかったら俺が彼に手順を説明しますが、どうしますか?」
「めっちゃ助かる。そうしてくれたら今すぐ購買でスーツ仕立てて華麗な変身したるでな」
「いや、別にそれはどうでも構いませんが。では彼を借りていきます」
「おぉ、宜しゅうなぁ、錦織」

ダッシュで校舎を飛び出していく桃ジャージを見送り、フラッシュ攻撃を浴びながら彼は妖しく笑う。

「俺は撮るに値しますか、遠野君」
「タイヨーと並んでたらもっと萌えると思いますァア!!!」
「山田太陽君の事ですか」
「ハァハァ、タイヨーは生きる萌宝箱なんですっ!ハァハァ」
「俺は貴方を酷く知っている気がするんです、遠野君」
「ふにょん。あっ、あっ、そこで首を右45度に傾げてくれると涎が出ますっ!ハァハァ」
「実は俺、幼い頃から音楽を学んでいましてね。一度聞いた曲ならすぐに弾く事が出来るんです」
「はふん。あっ、あっ、今度は腕を組んでくれると………ハァハァ、萌えぇえええ!!!!!」
「貴方の声は、ビオラ」


俊の携帯画面一杯に、笑顔。


「あ、ツンデレ攻め…」
「知ってますか?犬は鼻だけではなく耳も良いんですよ。ねぇ、」

外された黒縁が見えた。
ああ、良く奪われるなァ、なんてほざいている場合ではないだろう。




「ご主人様。」


目前には、尻尾を振るワンコ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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