帝王院高等学校
何を躊躇う愚かな人間共が
何を躊躇うか人間共。
見よ、健やかに煩わしい朝の始まりだ。







BEGIN INSPIRE
After Black: 漆黒の名残







さァ、眠れ。










「おやおや、やられましたねぇ」



壁一面に映し出された校庭の映像を見上げた男が優雅に微笑み、微笑みとは真逆の粗雑さで頭に巻かれていた包帯をもぎ取った。

「白壁を見ると創作意欲を刺激されてしまう、それは不変の欲望と言えます」
「呑気な事抜かしてんじゃねぇぞ、テメェ怪我人だろうが」
「然し光炎の君。貴方が甘ちゃんなのは重々承知していますが、幾ら何でもこの有様を『犯人不明』で片付ける訳には行かないでしょう?」

ポイっと足元に放り捨てられた包帯を律儀に拾い上げ、流石に頭は殴る事が出来ないので偉そうに組まれた足を蹴った。
当然だが手加減無しだ。痛かった筈だがまるで構わない二葉には神経が通っていないのだろうか、などと諦めに似た溜め息一つ、

「部外者の仕業をアイツらに被せる訳にゃ、いかねぇだろーが」
「飼い主の不手際は飼い犬の責任、いっそ退学処分にしてしまいなさいカルマを。私には決定権がありませんからねぇ、ただの美しい会計役員ですから」

舌打ちを噛み殺し、包帯を巻き直してやろうなどと近寄ったのが運の尽き。

「ふふ、優しいひなちゃん。そんなに私が愛しいんですね、知ってますよええ」
「一遍殺すぞ」

満面の笑みで腹元に頬擦りしてくる男の頭を鷲掴み、冷えた笑みを浮かべた。
唇を尖らせて頬を膨らませる二葉は大変愛らしい。その仕草が如何に効果を秘めているかを承知した上で、わざわざやって見せているのだ。んなもんに欲情するほど暇ではない。性格の悪さを知らなければ間違いを起こしていただろう、が。

哀しきかな。

「はぁ。昔はあんなに可愛かったのに私のひなちゃん。余りの可愛さに大層世話を焼いたものです幼い二葉君は」
「誰がひなちゃんだコルァ。初対面で殺され掛けた覚えがあんだがなぁ、テメェに…」
「嫌ですねぇダーリン、好きな子を苛めてしまうのは若気の至りですよ」
「ほうハニー。ほぼ毎日心身共に痛め付けられた記憶は、何だろうなぁ」

バチコン、とウィンクなど寄越す二葉の頭にきつく包帯を巻き付け、やはり痛みを感じていないらしい男がケラケラ笑い飛ばすのに脱力感。

「幼い私の一生懸命なアイラブユーが届いていなかったなんて、悲しみの余り自殺してしまいそうですよ」
「是非ともそうしてくれ」
「そして高坂君の枕元に毎晩佇みます。うっかり道連れ、独りぼっちの天国は寂しいでしょうし」

10年前の二葉と言えば、鬼や悪魔を通り越して『神』だった。正し悪い意味で、だが。

「天国はお前には遠い世界だ。諦めろ」
「君は好きな子を大切に大切に死ぬまで大切にしてあげたいドM気質でしたね」
「誰がドMだ。俺様ぁ普通だ、この変態ドSが」
「誰かさんは初恋の君に平手打ちされて、二週間くらい落ち込んでましたよねぇ10年ほど前」

ぐうの音もない、とは。この事だ。だから何も彼も知っている相手は嫌なんだ。
二葉だけではなく、神威も。興味が無いから口にしないだけで、十中八九知っているだろう汚点。

「平手打ちされて膝抱えてましたよねぇ、ああ愉快。めそめそ泣いていた様な記憶もある様な」
「泣いてねぇ!」
「いやー、然しアイツ可愛い絶対可愛い煩かったですよねぇ、自分こそ可愛いかったひなちゃん」
「テメェ…」

口数の多さではまず勝てない。これは昔からだ。インプリティング、言いたい台詞の一割も言わせて貰えない苛立ちから極めた舌打ち、なんて切ない。

「お嫁さんに貰うんだ!と、夜中に1人で気合い入れてましたね、毎晩。そっちこそ幼妻みたいな風体で」
「殺す、いつか絶対ぇ殺す!」
「あははははは」

昔、ホームステイと言う名目で高坂家に居候した二葉は天井裏やら縁の下やらに隠れ住んでいた。とにかく変わった子供だったのだ。
高坂家の裏事情を随分見聞きしたらしい。父や母が望む通りの居候を演じ切った二葉は、未だに父母から『第二の息子』と呼ばれている。

「逃げんなテメェ!!!」
「追い掛けて御覧なさい、あ・な・た」

プライベートなど皆無に等しかったあの頃、それを知らなかったとは言え、自分しか知らない筈のネタを今更掘り返す二葉が憎い。


「オーマイガ、」

羞恥の余り殴り掛かれば、頭に血が回っている自分に為す術などなかった。


「貴様はいつから俺に歯向かえる様になったんだ?えぇ、─────日向よぉ」
「ぐ」
「悲しい、ああ、ああ、ほんに悲しい事どすえ。こない野蛮な雄に育てた覚えなんとありゃしません、ああ、あては悲しい」


一瞬後には地面に熱烈キス、だ。
ぽんっと背中に乗った二葉の楽しそうな笑顔が見なくとも判る。


「あての躾が悪うて、万一日向はんが馬鹿にされでもしたら…高坂の組長に面目がない」
「降りろ」
「いっそ犯しやすかねぇ。日向はんが善い子になってくれはるんどしたら、あては鬼にも悪魔にもなるんどすえ?」
「すいませんでした」

プライドもへったくれもない。
刻み込まれた、いや、刷り込まれたと言えば余りに情けない条件反射。京訛りの二葉に逆らってはならない。
こうなった二葉に勝てるのは、神威か二葉の実兄くらいだ。何度かしか面識は無いが、日向の父親と張る横柄俺様さの次男も、笑みを浮かべながら凄まじい恐怖心を与えてくる未知数な長男もまともではない。

「ふふ、偉いお早いギブアップどすなぁ。遠慮せんはってええんどすえ?」
「本当に反省してます。俺様が間違ってました」
「─────つまらん。
  自分よりデケェ奴を喘がせんのは、チェスの次に愉快だっつーのに」
「…の野郎」
「ああ?」
「すいませんでした」

尻を鷲掴まれ些細な反抗も然程続かない。二葉でこうだと言うのに、未だ二葉の裏を知らない父親は二葉の身内である兄二人を顎で使っている。まぁ、本来は契約で結ばれているだけではあるのだが。
18になろうかと言う己よりデカイ息子にちゃん付けし、あわよくば風呂を同衾しようとする大馬鹿親父の凄さが身に染みる。

「然し張りの良いお尻ですねぇ、ハニー」
「ダーリン、君は確かに美人だと思うぞ。だからって男に目覚めちゃいけないぜ…」

ただ単に鈍いだけなら余りに切ない。反抗期も何も世間一般で言うヤンキー街道の頂点に立ってしまった今、これ以上グレるにはヤクザになるくらいしかないが。

「それにしても、アレをどうしたものか」
「いつまで逆騎乗位やってんだテメェは」

既に極道の頂点に居る自分はどうなる。最終的にはマフィアか。
マフィアなら頂点を極めるのは難しいだろう。



Could you looking for something special…お探しのものは見付かったか、ですか」

校庭一面に描かれた赤一色の文字、レッドスクリプトだ。
カルマが自らターゲットに送り付けると言う、宣戦布告。つまりは果たし状。

「Please found me, Sir Grahamms.(私を見付けて下さい、グレアム陛下)」
「ペンキだったら弱りますね。我が純白のティアーズキャノンに赤は目立ち過ぎていけない」

酷く流暢な文字で書かれた果たし状を、役員総出で消している光景を眺めながら息を吐く。

「重い」
「おや」

背筋だけで起き上がり、弾き落ちた二葉の尻を蹴って腕を組んだ。

「お尻を打ちました。高坂君、抱っこして下さい」
「地獄へ落ちろ」
「貴方ねぇ、嵯峨崎君やら神崎君やら高野君を庇う癖に、こんなに可愛くて綺麗でセクシーなふーちゃんを虐げるおつもりですか?」
「羊被んな、鬼畜生が。錦織を付け加えろ、里親」
「ふーちゃんは見た目通りの性格なのに、酷いです。フレンチトーストとロイヤルミルクティーが好きなだけの控えめな17歳なのに」

クスンクスン、見た目だけなら何処までも愛らしく泣き真似るド畜生に冷めた目を向け、

「誰かコイツに食パンとレモンティー持って来い、甘さ控えめで」
「震えるほど愉快!」

パチンと指を鳴らし、ワイングラスを手に取る。ぐいっと煽れば幾分マシだ。やはりビールよりワインの方が合っているらしい。

「陛下が見たら泣いてしまうでしょうねぇ、酷い苛めですよカイザー。愉快山の如し」
「アレが泣くかよ」
「少しは総帥の身を案じて下さいねサブマジェスティ、カルマ贔屓ばかりすると陛下がグレてしまいますよ」
「マフィアの頂点に立つ大魔王がこれ以上どうグレんだ」
「ああ、流石我が君。陛下になら抱かれても良いです。死ぬ前くらいに」
「テメェにも寿命があるのか。それこそ帝王院の奴が泣いて嫌がりそうじゃねぇか」
「おや、陛下は一度私を押し倒されましたよ」
「─────は?」

鳩が豆鉄砲食った様な表情を晒す日向に二葉の怪しい笑みが一つ、

「生憎、気が向かなかったので遠慮頂きましたがねぇ」
「…半ば殺し掛けたんじゃねぇのか?」
「まさか。私が陛下に適う筈がありません」

また、いつもの微笑を浮かべた男に舌打ちを零す。接触嫌悪、他人に触れるのが何よりも嫌いなこの男は、喧嘩の時も女を抱く時ですら手袋を付けている筈だ。
校内でのみ、中央委員会を示す指輪を誇示する為に素手だが、放課後はまず手袋を嵌める事から始まる。

原因は明らか。


「インプリティングっつーのは厄介なもんだ。…まぁ、3歳で貞操狙われりゃ当然か」
「未遂です。過去の話ですよ、もう忘れました」
「ふん、どうだかな」

表情こそ変わらないものの、雰囲気で判る。二葉は思うより気が長い男だが、この話題に関しては短気に尽きるのだ。
その二葉を曲がりなりにも押し倒した神威に呆れを感じながら、恐らく全力で抵抗しただろう男の横顔に手を伸ばした。



素早い事だ。


叩き落とされた左手を横目に、痙き攣った笑みを隠しもしない相手へ皮肉めいた笑みを浮かべ、

「接触嫌悪症。抱きたくもねぇ女抱いて興味もねぇ学生生活に付き合って、満足かよ」
「我が身は、主の為に」
「よう、…俺様の従兄弟殿。ヴィーゼンバーグを手に入れりゃ、グレアムを潰す格好の駒になんな」

僅かだけ目を細めた二葉から目を逸らさずに、

「帝王院に付き合う風体装って、俺様もアイツも消すつもりだったんだよなぁ、ネイキッド宰相閣下」
「おやおや、何を言い出すかと思えば阿呆らしい」
「阿呆と馬鹿の違い、判るか」


トン、トン。
一定のリズムで太股を弾く白い指に駄目押しの溜め息、


「嘘を吐く時にテメェが使う台詞ベスト3だ。後は、考え事しやがる時に同じ動作を繰り返すっつー所か」
「驚きましたねぇ、君も私のアナリストでしたか」
「いつもお空に太陽が、電卓片手にニッコニコ」

君も、と言う珍しい失言に嘲笑いながら鼻歌えば、感情の一切を失った鋭利な美貌が獰猛な雄を思わせる目を向け、指の骨を鳴らした。
懐かしい、本物の『叶二葉』だ。

「俺様の愛車にオータムなんざ名付けた何処かの誰かさんは、秋生まれにゃ1日早い8月31日生まれ」
「…」
「寒がりの春好き、秋は好きじゃなかった筈だよなぁ」
「…」
「口数減ってんじゃねぇよ、視線だけで殺人を犯すつもりか」
「ふぅ、お腹が空きました」

運ばれてきたワゴンに目を向けた二葉がわざとらしく腹を撫で、相変わらず身に合わない食欲で食パンを貪った。

「殺したい奴の命を守るたぁ、中々健気な奴だ。今度抱いてやる」
「もきゅ。私は貴方に出会うより前に、陛下を殺し損ねましてね」
「へぇ、やろうとした訳か。あの人格崩壊者相手に」
「貴方を守るのは殆ど意地です。お気になさらず、プリンスベルハーツ」
「ほう、俺様を傷物にした責任っつー訳かプリンスヴァーゴ」
「私にヴィーゼンバーグは無関係ですよ」
「テメェの父親はお袋の兄貴だ。つまり俺様にとって伯父貴、」
「顔も知らない父親になど、興味はありません」
「捻くれてんな」
「まぁね」

頑固さでは人間界最強ではないかと思わせる横顔に肩を竦めてみる。呆れ混じりだ。

「そもそも何故三男に二葉と名付けたのか意味不明、私はきっと貰われっ子なんです」
「龍神にそっくりじゃねぇか、テメェ」
「龍神は冬臣兄さんですよ。全く似ていません」

この男には何を言っても効果はない。

「とことん捻くれてんな」
「まぁね」

この男を言葉で傷つけられて、この男に触れる人間が居たら見てみたいものだ。


「じゃ、行きましょうか副会長」
「はいはい」









さァ。






何を躊躇うか人間共。
見よ、健やかに煩わしい朝の始まりだ。
幾度かの白日と宵闇を繰り返し、満ちるまで平穏を抱け。

そして今度こそ本物を見付けるが良い。



弱い生き物共よ、





満月の夜に、また会おう。


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