帝王院高等学校
たまには過去を振り返ってみましょう
「なぁに、貴方。いや、もしかしてボクチャン、かな?」

綺麗な服を着た、濃い化粧の女性が華の匂いを撒き散らしていた。
人工のそれは、夜のこの町に酷く似合う気がした。

「素敵なスーツね。アルマーニだわ、お金持ちなのねぇ」
「いや、あの…」
「お客なら、歓迎するよ?同伴したい?」
「俺は、」

擦り寄ってくる女が、クラスメートの様に怯えを滲ませる事もなく、こんな風に気軽に話し掛けられて混乱する12歳、なんて何処までも子供だ。
一人じゃ歩けない夜の街は、けれどそこに居る大人達にはまだまだ昼間の時間帯なのだと。知ったのはまだ後。


「わしの連れに何の用だ、女狐」

捕まれた腕を振り払う事も、だからと言って無碍に断る事も出来なければ、低い低い、少しの狼狽も窺えない声音が落ちる。
鼈甲飾りが煌めくステッキ、宵闇に溶けるチョコレートブラックのスーツ。オペラ座から流れてくる人波に、然しその男は流される事も逆らう事もなく佇んでいた。

「おじ様も素敵。サービスするから、どう?」
「…愚か者が」
「きゃ!」

煌めく杖で女の太股を叩いた長身が帽子を押し上げ、意志の強い眼差しに光を宿す。


「貴様の様なアバズレがこの遠野龍一郎に話し掛けるなど言語道断。
  仏に祈り己が親不孝を悔い改めるがイイ」
「きゃあっ、痛い!痛ぁいっ」
「じいちゃん!」

呆然と眺めていた青年、いや、当時小6の少年が振り回される杖を難なく掴み、自分より頭半分高い位置にある眼光を覗き込んだ。

「何さ説教親父!うちが光華会の傘下だって知らないのっ?!馬ぁ鹿!」
「ふん、負け犬の遠吠えか。高坂の若造ならオムツ付けとる時から知っとるわ!」
「きゃーっ、クソ親父!」

泣きながら悪態吐いた女が逃げていき、周囲の視線を集めている事に気付いた男が帽子の下から鋭く睨む。

「何を見とるか!見世物ではないぞ!」
「じいちゃん、女の子に暴力は駄目だよ」
「何が女の子だ。ありゃオカマだ」
「オカマ?」
「知らんのか、おぉ、純粋無垢な我が孫。オペラ公演はどうだった?」
「ソプラノの人が、上手だった。アメイジングレース」
「そうかそうか」

無表情で感想を語る孫に、鋭い眼差しを和らげ彼は頷いた。
見た目は間違いなく親子だ。12歳の少年は何処からどう見ようが高校生、片や杖を振り回した男も40歳半ばにしか見えない。

「そろそろ帰らないと、ばあちゃんが心配する」
「何を言うか、車を回してある。飯を食いに行くぞシュンシュン」

杖を差す先にロールスロイス、未だ慣れない孫はやはり無愛想な表情で頭を下げる運転手を見やり、隣の祖父を見上げる。

「母さんが今日はすき焼きだって言ってた」
「鳥料理の旨い店がある。肉汁滴る唐揚げが人気だ」
「じゅるり」
「おぉ、シュンシュン。涎が…」

甲斐甲斐しく孫の口元を拭った男は、医療界の神と謳われる手でハンカチを握りながらご満悦げだ。手術中の真剣さも、普段の厳格さも鳴りを潜めていた。

「じいちゃん、父ちゃんも唐揚げ好き」
「む。…そうだな、秀隆にも土産を持って行ってやろう。この間の将棋も決着が着かんまんまだし」
「じいちゃん、父ちゃんは鳥のたたきも好き」
「む。むぅ」
「院長、俊坊っちゃん。お帰りなさいませ」

恭しく開かれたロールスロイスの扉にビクッと肩を震わす俊が祖父の背後に隠れ、むぅむぅ唸りながら乗り込んだ龍一郎が続けて乗り込んでくる孫を横目に息を吐いた。

「…致し方あるまい、秀隆を迎えに行くぞ」
「ふぇ」
「こら、そんな可愛い顔をしてはならん!この界隈はならず者ばかりだからな」
「じいちゃん、父ちゃん迎えに行くって本当?」
「本来ならばジジイと孫のデェトだが、婿養子の秀隆も可愛いと言えば吝かではない」
「じいちゃん大好き」
「む、そうかそうか」

運転手に行き先を告げた祖父の横顔を満面の笑みで見つめた孫が、上機嫌で先程聞いてきたばかりのオペラを披露し、運転手が耳栓を満面の笑みで取り付け、祖父の拍手が響いたと言う。





そんな思い出を思い出したオタクははっと我に返り、睨み合う金髪メッシュ二人に首を傾げる。

「邪魔すんなら殴るよー、18番君」
「だから桜ちゃん、これはその、」
「大人気ないなぁ、一年二年御三家の二人が喧嘩ですかぁ?入学したばかりの俊君にジュース掛けるだなんてぇ」
「あにょ、」
「さ、桜?」
「あーぁ、伸びちゃったぉ素麺勿体ないよねぇ、俊君には僕の朝ご飯あげるから良ぃですょ。えぇ、王呀の君や星河の君が召し上がって下さるんですよねぇ、勿論」

どうやらずぶ濡れの俊に気付いた桜からネチネチ嫌味を浴びせられたらしい二人は無言、流石の太陽も恐縮し青冷め、もしかしなくても普段のほほんとしたルームメートは腹黒いのではないかとか考える。

「俊君を苛めたらぁ、僕ぉ二人の靴箱に毎日粒餡詰めますからねぇ」

画鋲より効果的だと太陽が悲痛な眼差しで息を呑んだ。
ぷに受け天然腹黒、とオタク心のメモに記した俊と言えば眼鏡を輝かせ、

「桜餅、おはにょー!イイ匂いがするなり」
「おはよぅ俊君。早く起きすぎちゃったからぁ、佃煮作ったんだぁ。お赤飯もあるょ、どぅぞー」
「いただきま。」

重箱一杯詰まった佃煮と赤飯をガツガツ貪る俊の隣、ちゅるんとざるうどんを啜る神威の曇った眼鏡が重箱を見つめている。

「がつがつ、むしゃむしゃ。はふん。…むにょ?カイちゃん、お赤飯欲し〜にょ?」

コクりと頷くオタク(大)に、仕方ないわねと呟いた主人公、その場で赤飯をニギニギ、お握りにした赤飯に佃煮を突っ込み、大雑把にざるうどんの上へ置いた。

「ささ、召し上がれ」
「俊、幾ら何でもそれはないじゃないかなーとか、思ったり」
「ぁ、ぁはは、俊君は男らしいねぇ」

呆然と眺めていた太陽も曖昧に笑う桜も、じーっと赤飯お握りを見つめている神威を見やったが、

「もきゅもきゅ」

デリカシーの無さには定評がある神威と言えば、躊躇いなく貪っている。心配した意味が無い太陽がいっそ清々しいほど神威から目を離し、桶一杯伸びた素麺を何ともなく眺めた。

「にしても、勿体ないなー…あ?」
「生姜が足りねぇぞー」
「茗荷が足んないよー」
「食べてる…」

が、金髪紫メッシュの先輩も金髪灰メッシュのクラスメートも、割り箸握ってチュルチュル素麺を啜っているではないか。
然も二人揃って美味そうに。

「リーダーさん、佃煮お食べになられますにょ?」
「生姜入ってんなら食う」
「モテキングさん、お赤飯いかが?」
「お稲荷さんがよいのー、隼人君はお稲荷さんが好きなのー。あとエビフライー」

葱は仲良く半分こ、片や生姜山盛りのつゆ、片や茗荷山盛りのつゆ。それぞれ風味の違う麺つゆで伸び切った素麺をズルズルと。
狐顔だから稲荷好き、などと失礼な事を考えた太陽が咳払い一つ、

「神崎君、良かったらあげるよー」
「君、よいひとなんだねえ。誰かに苛められたら、一回だけそいつぶっ殺してあげるー」
「…ありがと」

見ているだけで元々食が細い太陽の胃が痛み始め、茶蕎麦半分を桜に寄越していなり寿司を隼人の前に寄せた。
満面の笑みで殺人予告をほざく隼人に痙き攣りつつ、あっという間に重箱を空にした俊が桜から茶蕎麦をあーんして貰っている様子を見やる。

「俊、胃袋どうなってんの」
「ふぇ?」
「カイさん、ぉうどん足りないならお代わりしますぅ?」
「カイ君の胃袋は体サイズだねー」
「アキ、デザートにお前が食べたい」

コーヒーゼリーをチマチマ貪る神威を横目に、伸び切った素麺二人前で満腹になったらしい自治会長が詰め寄って来るのを無意識に殴る。

「きゃーっ」
「いやーっ」

悲鳴が轟いた。どうやら親衛隊やらファンやらの悲鳴らしい。ついでにオタクフラッシュも瞬いたが、そこはもう無視しよう。

「あ、ついうっかり。すいません、王呀の君」
「ナイスパンチだぜハニー、益々惚れた」
「アンタ変態か!いや、味覚音痴…」

味覚音痴と言えば隼人もその気配がある。伸び切った素麺六人前を律儀に食べ切り、いなり寿司をパクっと2口。

「全然足んないよー、お腹すいたー。天むす食べよっかなー、エビフライの天むすないかなー」
「モテキングさん、カイちゃんが食べてた天むすさん美味しかったですにょ。半分貰いました」
「俊、米粒が目尻に付いてるぞ。大変面映ゆい」

どうしたらそんな所に食べカスが付くのか、オタクに今にも吸い付きそうな神威を満面の笑みで殴ろうとした太陽より早く、満面の笑みでオタクを奪った男が膝に乗せる。
また、黄色い悲鳴が轟いた。

「あは。もっさい眼鏡が曇ってるよー、拭いてあげよっかー」
「ふぇ?あにょ、」
「一年Sクラス神崎隼人、速やかに俊を離せ」
「何か言ったあ?隼人君はねえ、ご主人様の命令しか聞かないのー。ねえ、オタ君」
「ふぇ?」


チュ。

黒縁ニュー3号に口付けたワンコのお陰で食堂内が地割れを起こし、微笑ましげに眺めていた西指宿が太陽のデコに吸い付いて、火山噴火級の悲鳴が響き渡る。

「ちょ、皆さん!駄目ですよぅ、大変ですよぅ」

狼狽える桜を余所に低気圧を巻き起こす神威がゆらりと立ち上がり、今正に隼人が危険な瞬間、



「騒がしい事この上無いですね、愚民共」

黒装束の人間達を従え、優雅に優雅にやってきた長身の声で静寂が訪れた。
隼人の膝の上で眼鏡に亀裂を走らせたオタクが、胸元のガマグチレッドから取り出したデジカメを光らせまくる。

とんでもない美形だ。何処かで見た様な気がするオタク、首を傾げながらフラッシュは止まらない。

「おや、そこに見えるは西指宿麻飛。吾が宿敵、神帝の飼い猫ではないですか」
「どーも、祭先輩。相変わらずお美しい」
「ふ、聞き飽きた賛辞。…おや、そこに見えるは天皇猊下」

忍者の様な人間達を引き連れ、ザカザカやって来る長身を前に鼻血を吹いたオタクが、素早く神威の腕に抱き上げられた。

「あにょ、遠野俊15歳ですっ!恋人はいらっしゃいますかァ!」
「俊、浮気か」

不機嫌な隼人が舌打ち一つ、近付いてくる長身を前に立ち上がる。

「おはよー、祭美月先輩。待ってたよお」
「誰ぞ、汝は。吾が支配下に汝など思い当たりません」
「カナメちゃんの彼氏、神崎隼人君ですー。宜しくねえ」
「成程、青蘭が世話になりますねぇ。で、吾が弟は何処に?」
「「弟?!」」

部外者だった太陽と桜が異口同音、この場に居ないクラスメートを思い起こしつつ、Fクラス最強の男を凝視した。
煩いな、と二人を睨んだ隼人が神威を横目に肩を竦め、

「カナメちゃんは懲罰室に居るよー、あと、うちの副総長もねえ」
「ふ、ふふふ、成程、あの忌まわしきファーストがまた。昨夜の下らない騒ぎ、首謀者は奴ですか」

黒服達が持ってきた椅子に腰掛け、長い黒髪を掻き上げた男を前に隼人が曖昧に手を振る。

「いーや、うちのボスだよお。ボスってばお祭り大好きだからー、よい年して高校に忍び込んだのお」
「おや、ならば彼は何処に?」

要に良く似た美貌の男は何かを探る様な目で隼人を見やり、太陽が無意識に俊へ目を向ける。
面倒臭そうな西指宿が指輪を弄びながら襟足を掻き、

「さーね、うざい奴がストーカーしてるからさあ、もう会えないかもー」
「神帝ならば吾が潰すと伝えなさい」
「すぐにでも宜しくー」
「王、食事の用意が整った」

黒服の一人が美月の耳元で囁き、俊と太陽が揃って弾かれた様に顔を上げる。

「李上香か。相変わらず祭にべったりだな、野郎」
「どーでもよいけど、右腕痛いなら病院行けばー?」
「痛くないぞ、俺は自治会長だからな神崎君」
「ふーん、よかったねオーガ先輩」
「気軽に麻飛先輩と呼んでくれ」
「絶対いや」

横柄に立ち上がった美月が己らの席に向かい、青冷めた太陽を桜が覗き込む。

「太陽君?」
「今の、声…」
「思い出したにょ。昨日僕を誘拐した忍者さんっ。イケメン保健室!」

ハァハァ騒がしい俊の手を無意識に掴んだ太陽が口元を押さえ、カタカタ肩を震わせた。

「タイヨー?」
「あ、アイツ、昨日俺を殺そうとしたんだ。花瓶みたいな奴が割れ、割れて、血がいっぱい…」
「太陽君?落ち着いて、大丈夫だから」
「そう言えば、昨日うちの上司が運ばれて来たなぁ」

何の前触れもなく、太陽が携帯しているゲーム機の色違いを弄びながら西指宿が言った。

「珍しく頭から血ぃダバダバ流しててな、もう駄目かも知れねぇんだと。さ、アキ。麻雀勝負すっか」
「それ、白百合のことー?」

隼人の問い掛けに益々青冷めた太陽を余所に、桜が目を見開く。

「それじゃ、中央委員会は大変ですねぇ」
「おー、朝っぱらから緊急会議中。陛下の機嫌一つで犯人の生死が決まんな。白百合閣下は陛下のお気に入りだ」

神威に目を向けた西指宿は何処までも愉快げに、抹茶パフェを貪る俊の口元を指で拭ってやる無表情な唇を見つめている様だ。

「駄目かも知れない、って、本当ですか、先輩」
「どうしたアキ。さぁ、麻雀すんぞ」

酷く愉快げな笑みを滲ませた西指宿を呆然と眺めながら、



「先輩一人死んだくらいじゃ変わんねぇだろ、何も」


思い出すのは、

←いやん(*)(#)ばかん→
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