帝王院高等学校
ワラショクの提供でお送りしました。
「はーるは、うらーらーだ〜♪春うーらら〜♪」

階段を弾む様に降りてくる足音を聞いた。
伸びやかな歌声に伏せていた顔をゆるゆる起こし、リビングの万年炬燵で夜通しボーッとしていたらしい自分に目を閉じる。


カーテンを透ける陽光が暗いフローリングを照らした。
庭先にやって来る鳩や雀が鳴く声、いつもの朝だ。


長閑で平和で暖かい場所。
まだ肌寒い春先のリビングにはストーブが鎮座している。近付いてくる足音はまずストーブを灯して、大きなヤカンを乗せる筈だ。



嘲笑いたかったのだろうか。
後悔だとでも言うのだろうか。


今更?



「リーマン、オフィ〜スで〜♪襲わァれェたァ♪」

ガチャっと蹴り開けられたリビングドアが壁に当たり、凄まじい音を発てた。夏祭りには余りに早い甚平姿でクイッと老眼鏡を押し上げた人が、大きな瞳をパチパチ瞬かせる。

「あらん?シューちゃん、居たの?」
「おはよう、シエ」
「おう、おぱよーさん!」

今にも崩れそうな音を発てるドアは、自らパタリと小さく鳴いて閉まった。
長い茶髪をバンダナで隠した姿は中学生男子だ。晴れやかに笑ってキッチンに向かう小柄な妻を目で追い、カウンターシンクで向かい合わせたバンダナ頭に息を吐く。

「ヤカンは?」
「今日は暖かいし、コーヒーより冷たい麦茶気分なのよ!ハァハァ、萌ゆり過ぎて喉が痛いわ!」
「また俊の部屋か」
「専務と若社長の二者択一、おばちゃん的には紳士でさり気なく鬼畜な専務と結ばれてしまえば良いと思いますァ!」

息子の本棚は見事なまでに漫画だらけだ。空っぽだった倉庫も近年溜りに溜まった週刊漫画で賑わってきた。

「シューちゃんの会社の専務さんはお幾つでしたっけ?」
「俺の一つ上だった筈だ」
「眼鏡掛けてる?基本敬語?たまに意地悪?エッチ上手そう?」
「眼鏡でオールバックで敬語で、確かに時折部下を怒っているな。そしてこの世で一番上手なのはパパだと思います浮気反対」
「リーマンウケ」
「?」
「…オフィスラブってのは案外身近にあるものよ。惜しむらくシューちゃん美形だから平凡なのは性格だけ…王道め、中々難しいぜ」

青春時代を勉強で費やした妻は成人してから漫画の素晴らしさに気付き、ゲームの面白さを知ったらしい。
今や最新ゲームも流行漫画もドンと来い、近頃は息子の部屋に閉じ籠もって丸一日出て来ない。

「ぷよぷよは飽きたのか?」
「ファイヤーアイスストームダイアキュートブレインダムド!
  …で、連鎖が止まっちゃうのよ。スランプだわ、ドクタースランプ俊江ちゃんよ!」

きぃ、っと悔しげに唇を噛んだ嫁が凄まじい勢いで切り刻むキャベツが宙に舞う。


「アチャチャチャチャチャ、フォーアチャーっ!ふっ、峰打ちだ。」

ザルを片手にキュピンと光ったハンターの瞳、舞った千切りがクルッとターンを決めた嫁のザルに収まった様だ。
峰打ちの割には見事な千切りである。

「昨日の晩ご飯は、お肉の煮物とお肉の炒め物とお肉の揚げ物に菜の花のおひたしだったのよ」
「そうか」
「牛肉ばっかりじゃ栄養偏るし、鶏肉にしか反応しないチキン息子も居ないし、朝ご飯はトンカツよ!」

朝からトンカツなのかと突っ込む前に一言、

「シエ、老眼鏡がズレてる」
「あらん、一番小さいサイズにして貰ったのに。やっぱ100均じゃ駄目ね」
「シエ」
「はいはい、キャベツ山盛りトンカツ定食ですよー。炬燵空けてねー、菜の花のおひたし持って来るから待っててちょーだい。
  あっ、食後のデザートに御手洗団子があるわよっ。1パック50円だったのよねー、ブラボーワラショク!」

絶え間なく喋りまくる妻はコホンと咳払い一つ、


今日もお空で太陽が〜レシート片手にニコニコ♪
  泣いた夕陽もニッコニコ〜♪
  ニコニコ♪24時間いらっしゃい〜♪
  新鮮激安・ニコニコフィーバー♪
  貴方と私のみ・か・たァ♪
  笑顔溢れる〜♪
  わ〜ら〜しょ〜くぅ♪

  いらっしゃいませいらっしゃいませ、いーらっしゃいませぇ!本日もスーパーワラショク、ご利用ご来館頂きまして誠に有難うございまァす」
「シエ」
「ただいま生鮮食品フロアではー、社長が選んだ産地直送のお肉をよりどり5パック999円にてご奉仕しておりまァす。

  社長良くやったァアアア!!!


アルバイトに憧れを抱いている嫁は、スーパーやらパチンコやらの場内アナウンスが異様に上手い。
たまたま付いていたテレビがワラショクのコマーシャルを映し出し、御手洗団子を頬張ったまま妻はテレビに張り付いた。


『この放送は、【美容改革】株式会社カメボウ、笑顔溢れる食卓を応援する、』
ワラショクグループ株式会社笑食の提供でお送りしました!」

提供アナウンスとハモった妻は満足げにチャンネルを変え、朝ドラに目を奪われながらドンドンと大雑把に大皿を炬燵へ放り、跳ねながら冷蔵庫を覗く。
甚平姿の背中が振り返った。

「おソースにする?お醤油よりゆずぽん派でございます」
「シエ」
「なァに、シューちゃん。ママは調味料じゃないわよー?」

晴れやかに笑う唇、聞き慣れた呼び声が鼓膜を震わせたのだ。


「俺、は」
「なァに、もしかして今日も出張だったりするの?やーよ、シューちゃんも俊も居ないと寂しくて死にそうになるんだもの。どっちか1人は居なさい、ママはうさちゃんなんだからねィ!」
「まだ、
  ─────此処に居ても良いのか」

大きなしゃもじで丼に山の様なご飯をよそいながら、パチパチ瞬いた人が笑みを消した。


「何かほざいたかァ、テメェ」
「…シエ」
「俺がイイっつったら、イイんだよ。ったく、朝方こそっと帰って来たかと思えばグダグダと。おやつ抜きにされてェのかァ、お主」

低く唸りながら、ドンっと叩きつける様に丼を置かれて。

「何考えてやがった、腐れポンチ」

なのに至極優しい手が頭を撫でて、恐る恐る抱き寄せた手を阻む者は誰も居ない。

「吐けば楽になんぞコラァ」
「友、達が。二人共、死、死んでたかも知れなかったん、だ」
「だから守ったんでしょ」
「ぁ、あの男をあのまま生かして置けば、殺し、殺してたかも知れない」
「あ、ビデオ録画するの忘れてんなァ」
「自分もっ、あ、あんな小さな子供も…!」
「ひでたか」

頬を挟まれて、噛み付く様な口付けが言葉を奪う。
本能のまま掻き抱いて貪る様に何度も何度も、横たわる小さな体躯を囲い込めば、罪悪感が身を焦がした。


「良い男が台無しだねィ、秀隆」
「ひ、でたか。俺を庇わなかった、ら。生きてた筈なんだ」
「もう良いから」
「映画も行けただろう。俺が居なければ、」
「バチ回すわよ」
「俊、俊は誰の子だ?違う、俺の子供だ。俺が父親なんだ、なぁ、そうだろう?」
「DNA鑑定がしたいならすれば良い。浮気を疑うなら疑えば良い。
  …17年も!一緒に居て、ンな台詞良く言ったなァ!」

大粒の瞳から零れる大粒の涙、17年振りに見た。二度目だ。


「シ、エ。シエ、シエシエ」
「こんのバカチンが!死ねっ、死んだらメス握って絶対生き返らせっからなァ!バカチンが!」

真っ直ぐに落ちていく黒、真っ赤な時計台、助けてくれと伸ばされた手を握り返す事はない。



『何故、私を裏切るんだ!』


真っ直ぐに、真っ直ぐに。
叫びながら落ちていく金、黒髪が振り向く事はなかった。
ひたすら真っ直ぐに、真っ直ぐに。


真っ赤な塔から、真っ直ぐに。



「あ」


落ちていく、金と、黒。
珍しく泣き喚く白を抱いた親友、赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い世界、


『父上、父上』


泣きながら手を伸ばした白。
行かないでと涙を零した赤、



『見てごらん、秀隆』
「あ」
『可愛いだろう?』
「ぁ、あ」
『この子は神威』
「やめ、ろ」
『私の息子だ』
「やめてくれ」
『この子を守ってくれ、秀隆』
「やめろーーーーーっっっ!!!!!」





『私の大切なナイト、秀隆。』




駄目だ、頭が狂ってしまう。
あの子はきっと自分を恨んでいる筈だ。あの小さな瞳は父親を奪った男を覚えている。


『帝王院はもう、グレアムの支配下だ。僕だけじゃどうしようもない。それでも?』

賢い子供だったから、きっと。
驚愕に赤い瞳を見開いて泣き喚きながら、憎悪した筈だ。

『勝手に受験したんだ。二次募集の〆切も間に合わなかった』
『浪人させる訳には、…行かないか。うちの長男も何の因果か在校生だからねー、嫁のお陰で』
『我が子ながら目立たない性格だし、何も知らない。…大丈夫、だろう』
『困ったね、理事兼生徒会長が若き男爵だ。IQ500、つまり測定不能の超天才らしいよ』



駄目だ。
出会ってはいけない。

あの子はきっと今も自分を恨んでいる。あの子はきっと、知ってしまえば躊躇いなく傷付けようとするだろう。


大切な宝物を。
自分の父親と同じ様に、奈落へ突き落とそうとするだろう。


『サー・ルーク=フェイン、四月には18歳、かな』
『…俊は、何も知らない』
『君ね、幾ら僕らが應翼を脅してるからと言ったって、何処から漏れるか判らないんだよ?』
『………』
『うちの息子達にも見習わせたいもんだけど、目立ち過ぎるのも考えものだ』



「い、やだ。俺の宝物を壊さないでくれ」


頬に凄まじい痛みを覚えた。
無意識で荒げていたらしい息遣いに喉を押さえながら、睨み付けてくる妻を呆然と見つめる。


「落ち着きなさい」
「シ、エ」
「ほら、朝ご飯が冷めるわよ。ドラマも良い所なんだから」
「…シエ」
「このリーマンウケが、ゴーインセメなんて3ヶ月早いのよ!」

起き上がった人が乱れた甚平を片手で掻き寄せながら、困った様に微笑む。

「そんな顔されたら怒れないでしょーよ」
「シエ」
「捨てられたワンちゃんみたいな顔しないの。ささ、早くお箸持って」

あと何年、何ヵ月、何日、何時間。
この暖かい場所で暮らせるのだろうかと目を伏せた。


殺しておけば良かった、などと。
残虐な事を考える思考回路をぐちゃぐちゃにしてしまいたい。

今にも消えてなくなりそうな白い肌、
薔薇の蜜を固めた様な赤い瞳、
ふにゃりと笑う小さな頬、─────何度も。



「後で俊に電話しよっか。さっき見たらメール着てたのよねー。お弁当食べたのかしら」


見てきた筈だろう。
大切な親友と共に、何度も何度も何度も、



『小学校入学の時に遊びで受けさせた全国模試。…未だに一位の名前は変わっていないそうだよ』
『…俺の所為か』
『子供の成長を知りたいのは親心だけど、ね。うちの双子が2000番台でホクホクしてたのに、君の所は0点なんだもんなー』



嘲笑いたかったのだろうか。
後悔だとでも言うのだろうか。



今更、どうなるものでもないのに。




『今はもう存在しない言語なんかで書かなければ、





…満点1位だったのにねー』


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