帝王院高等学校
親の心子知らずでございます
ふと気が付いた時、視界には子供が居た。
漸く歩けるかと言うほど小さな子供が纏う小さな胴着、両手には大人が持つ大きな竹刀を携えて、まるで小さな侍の様だった。


夢から醒めた気分だ。


黒髪の子供を見つめながら、色素の殆どを忘れて産まれてきた我が子を思い出す。
頭が良い子供だった。
生後半年で喋り、間もなく立ち上がった可愛らしい息子。


名をカイルーク。

神の威光に怯まない、東西南北を一直線に駆けるルークだ。


もう会う事はないだろう。
伸ばされた小さな手を握り返す事も、物語を語り聞かせる事も。
両親の元へ置き去りにした小さな天使へ子守歌を聞かせる事も、もう出来ない。


心残りは、これからの成長を間近で見られない事だろうか。
竹刀を振るう子供も軈て成人し、今は大きな胴着が、いつかミニチュアの玩具に見える日が訪れるのだろう。


「君の名前は?」

話し掛けた自分に振り返った子供が、不思議げに首を傾げる。

「名前、言えるかい」

まさか話し掛けられるとは思っていなかったのだろうか、ぱちぱち瞬いて、必死に抱えていた竹刀を下ろした。

「とぉの、しゅん。2さい」
「ああ、私の二人目の息子と同じ名前だ」

子供にしては表情少ない少年が、きょとりと首を傾げたまま竹刀を上げる。

「まだ産まれていないけれど、ね」

必死に抱えていた割にはシュッシュッと風を切る刄、

「何故、修行しているんだ。剣道が好きなのか?」
「はは、まもる。ちち、やくそくした」
「お母さんを守る為、か。男らしいな。君のお父さんはお母さんの事が大好きなんだね」
「…」

こくりと頷いて、一頻り竹刀を奮った少年がタオルを片手に近付いてきた。

「どうしてやめるの。もう帰る時間かい?」

何事かと目を細めれば、額に浮かぶ汗をそのままにタオルを差し出してくる。

「何だ」
「いたい」
「怪我をしたのか?」
「とんでけー、する」
「私に?必要ないよ」
「いたそう」

覚えたばかりだろう単語で、渇いたタオルを左胸に押し付けてくる小さな頭を撫でた。

「ああ、成程」
「いたい、いたい、とんでけー」
「心の傷はタオルでは拭えないんだ」
「でも、いたい」
「痛くはない。君のお陰だ、俊」
「なら、イイ」
「有難う」

賢い子供だ。
意志の強い眼差しと、艶やかな黒髪が親友に良く似ている。口数の少なさも似ていると思えば、忽ち笑えた。

「優しいね、私の名前はナイト。君のお母さんは元気かい?」
「うん」
「お母さんとお父さんは仲良くしている?」
「らぶらぶ」
「そうか。じゃあ、君はお母さんの事が好き?」
「ちちも、すき」
「羨ましいな」
「?」
「君に好かれて、お母さんとラブラブなお父さんが」

笑い掛けた。
いつか涙が出るほど愛した人に良く似た笑顔を零す子供へ、無意識に。

「そうだ、内緒話をしよう。皆には秘密のお話を」
「みんな?」
「そう、お父さんにもお母さんにも言ってはいけない」



弱虫。
きっと自分には全てを投げ出す勇気など無かった。
大好きだった親友に良く似た黒髪をもう一度撫でる。愛した人に良く似た笑顔へ、もう一度。


願うなら出会わずに済む事を。
願うならただただ幸せである事を。



「二人だけの内緒話」
「うん」

二人の息子達が、出会わずに生涯を費やす事を。



「小指を出して、約束だ」
「うん」



姿無き神へ祈りを。
二人の天使が傷付け合わず生涯を費やす事を。






神を殺した罪が許されずとも、永遠に。











「あー?朝っぱらから何の用だよ」
『明日ウィーンへ経つ。ロサンゼルス公演が無事終わったからな』
「はいはい、じゃー飛行機事故に気を付けて頑張って、お二人共」
『母さんが気にしている。進学科から落第したそうだが、』
「恥にならない程度には卒業してやるよ。今更親振って説教すんのか、クソ親父」
『…まぁ良い、夏には一度日本へ戻る。弟子達の調律も兼ねて』
「相変わらずお忙しい事で。じーちゃん達の見舞いと墓参り、してけよ」
『お前も休みには家に戻れよ、母さんも楽しみにしている』
「あーあー、気が向いたらな、有り得ねぇだろーけどよ」
『健吾、』
「じゃーな、クソババァに宜しく」

煌びやかな装飾、煌びやかなシャンデリア。


「相変わらずうっせージジイっしょ(´`)」
「電波は届くみたいですね。盗聴の恐れがありますが」
「うひゃひゃ、そら良いや(´∀`) 聞いたら頭が痛くなるだけだろーよ」

窓一つない広い部屋には奥へ続く長い廊下があり、その廊下には不自然なほど扉があった。

「また悲鳴(@_@)」
「叫びたくもなるでしょうね、長時間真っ暗な部屋に監禁されれば」
「それだけかねぇ(´`)」

昨夜から日向の親衛隊達に連れられてやって来た『懲罰棟』は、一転煌びやかな空間だった。
寝るにもひっきりなしに響き渡る悲鳴が邪魔で、健吾は勿論、神経質な要も寝ていない。


「ぎゃー!」
「もうしませんっ、許して下さいっ」
「助けてぇえええええ」
「ひぃいいいいい」
「助けて母ちゃーーーん」


どんな事態になっているのか、と、廊下の向こうを幾度となく見やり、息を吐いた。

「しっかし、ハヤト(´`) ハンバーガー買って来るっつってたけど(´Д`;A)」
「大丈夫でしょ、ハヤトの事ですから」
「確かにそうじゃな(Тωヽ)」

小一時間前に、健吾が座っているソファーで寝ていた隼人が起きるなり見張りの警備員を脅し出ていった。

お腹空いたから買い物行くだけー、止めるならユウさん起こすからねえ。

などと、つい先日懲罰室を絶望に陥らせた低血圧を起こされたら困る警備員達は涙目で隼人を解放し、先程から何度も何度も残った健吾らへ「起こさないで下さいねっ」と要求に来る。
日向から命じられているのか健吾らに与えられているのは一番広いホールだ。通常なら狭い個室に放り込まれるのだが、更正しますと反省文300枚書いたら連れてこられるこのホールには、テレビもドリンクバーもあった。

「ミントティー不味くない?(οдО)」
「ファンタオレンジなんて体に悪そうな色、飲めますか」
「ファイブミニは体に良いじゃん(´`)」

不便ではないが、窓一つ無い空間は息が詰まる。

「うーん、快適っしょ。…総長大丈夫かねぇ(´`)」
「ユウさんを置いて出ていく訳には行かないでしょう?ユウさんが目覚めて、」
「且つ四・五発ずつ殴られて?」
「落ち着いた所で、出ましょう。光王子に義理立てする義務はありません」

四、五発で済みそうな気がしない二人は目を見合わせて息を吐く。
また、悲鳴が響き渡った。


「ユーヤ迎えに来てくんないかなぁ(´;ω;`) こう言う時に役に立たない、あんの木偶の坊め(~皿~)」
「潰すぜケンゴ」

面倒臭そうな裕也が警備員立ち会いの元、別の廊下から姿を現した。

「ユーヤ、貴方も放り込まれましたか」
「噂をすればいらっさい(´艸`)」

ただでさえ迷宮の様な造りになっている懲罰棟は、隼人でもない限り一人では立ち入り出来ない。

「待ってたわよー、お爺ちゃん(∀)」
「誰がジジイだ」
「ユーヤ、ハヤトを見掛けませんでしたか」
「アイツにメールで呼び出されたぜ、副長人質に捕まってっから来いってな。本人はどうしたんだよ」
「ハンバーガー買いに行ったっしょ(TεT;)」
「やりっ放しかよ」
「いつもの事です」
「「確かに」」

張り付く健吾を羽交い締めにした裕也が、ギブギブ腕を叩く健吾のこめかみに拳骨をグリグリさせながら、ホールの奥に置かれた天蓋付きの無駄にデカイベッドを見やる。

「…アレまさか」
「そのまさかです」
「痛ぇ、本気でグリグリしやがって馬鹿ユーヤ(´Д`*)≡(*´Д`)」

肩を竦める要とこめかみを押さえながら転がる健吾を余所に、珍しく真剣な表情だ。

「寝てんのかよ」
「お姫様ならぬ副総長が、ね」
「何でンな所で」
「鉄の扉ブチ破るからっしょ、ユウさん(∩∇`) 止められんの、俺らくれぇだしな」
「一応、耳栓とアイマスクの完全装備ではありますが…」

恐る恐る近付いた裕也が、カルマメンバーお揃いの仮面ダレダーアイマスク着用で微動だにしない佑壱を眺め、また恐る恐る戻って来た。

「起きそうな気配は?(´ω`)」
「今の所、無いぜ」
「まぁ、今の所はね」
「殿、連れて来るべきだったぜ」
「万一遠野君が眠っていたら、」
「蹴り殺されちまってたっしょorz」

寝起きは悪くないが寝相が最強に悪い総長、寝起きは最高に悪いが寝相は宜しい副総長。

「昔アレ食らった奴が入院したからな…」
「寝返り打たない総長は狸寝入り(´`)」
「ハヤトは総長が寝返り打ったのを確認してつまみ食いしますからねぇ、総長のおやつを」

カルマツートップは正反対だが、寝ている時には近付くなと言う点では同じだった。
あの隼人でさえ寝ている俊には何が起きても近付かない。三度ほど肋骨にヒビが入って諦めた様だ。

「然しまさか帝王院に入学するとは」
「ああ、未だに信じらんねーぜ」
「昨日見た総長は夢じゃないぜぇ、だって俺寝てねぇもんよ(∩∇`)」
「朝飯誘いに行く前にハヤトがメール寄越しやがったぜ」
「Sクラスエリアに侵入するつもりだったんですか、勇敢な」

また、佑壱を起こさないで下さいねっと叫びながら去っていった警備員を尻目に、裕也と共に運ばれてきたらしいワゴンを見やる。

「これ、朝飯みたい。徹夜明けで食欲ねぇしorz」
「朝からフレンチフルコースかよ、ビップ待遇だぜ」
「どうせならイタリアンのフルコースが良かったのに」
「ハーブ好きカナメ、中華食ってろ(´∀`)」
「肉無し八宝菜が好きだぜ」
「俺は中華の油っこさが嫌いなんです。知ってるでしょ」
「でも食べないとな(~Д~)」
「1日3膳」
「身体測定で痩せていたら総長が眼鏡を割りそうな気がします」
「「全くだ」」

草食男子裕也と香港産まれの癖に中華嫌いの要をドイツ育ちの健吾が塩っぱい目で眺め、氷入りのパーティークーラーで冷やされたボトルを掴んだ。

「昨日煙草捨てちまったしな、ワインで我慢すっか(´Д`)」
「禁煙ダリーぜ」
「総長に見付かって
『お父さんはお前をそんな子に育てた覚えはありませんよ!』
  …と、涙ながらに説教されたくないなら、禁煙続行しかないでしょう」
「カナメ物真似超うめー。そもそも俺ら未成年だしなー(´∀`)」
「1日2箱吸ってた奴がほざくな」
「ユーヤは1日3箱でしたね」
「カナメも3箱な(*´∇`)」
「ハヤトはずっと吸ってねぇ筈だぜ」
「ハヤトの癖に生意気な」
「あ、ワインじゃねぇっしょ(´`)」

カポン、と弾けたコルクを匂えばノンアルコールのシャンパンらしい。
コルク片手にオレンジ頭をガリガリ掻きながら健吾が深い溜め息一つ、

「うへー、洋梨のシャンメリーかよ。どうせなら養命酒の方が良いのに(Тωヽ)」
「朝は麦茶だぜ、泡の出ない」
「仮眠を取って総長の夢を見る為に、梅酒なら頂きます」
「煩ぇぞ、ジジイ2人(´Д`)」
「「どっちが」」


総長捕獲&禁煙生活2日目、カルマ3人の機嫌は悪い。

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