帝王院高等学校
Wジャイアン対決、のび姫ご傷心!
それはまるでミュージカルを見ている様だった。
初めて見た印象は、そんなものだったと思う。その時はまだ、名前すら知らなかった筈だ。

「おい、向こうで喧嘩してんぞ!」
「マジかよ!見に行くか?」
「やめとけ!」

毎年毎年繰り返される、長い様で短い夏休み。コツコツ貯めた小遣いは半日並んで真新しいゲームソフトへと変身した。

「何処のチームだ?」
「ABSOLUTELYじゃねぇのか?不味いぞ、4区でウロボロスが暴れたらしいからな!」
「巻き込まれる前に逃げんぞ!」

地元の不良達が足早に反対方向へ走って行くのと擦れ違った。何度も。
真っ暗な空に浮かぶ綺麗な満月、キラキラ煌めく星の光、晴れた夜空。暫く会っていない双子の弟は何をしているだろう、などとつまらない事を考えながらメインストリートへ続く十字路を曲がった時に、それを見たのだ。



「─────」

真新しいゲームソフトが足元に落ちる。まるでミュージカルの様だった。
一般離れした美形集団が、まるでスポットライトを浴びる様に月光の下、明るいメインストリートを背後に群れの中央に立っていたのだ。

「あーあ、また増えた(´Д`*)」
「キリがねーな、人間っつーのは」
「カナメ、楽しそうにすんな。ケンゴもだぜ」
「ようこそお、地獄の出口へー」

見知ったクラスメート達の中で帝君が、満面の笑みを浮かべながら長身を屈めお辞儀する。


「無駄に増える人間共が、…全員俺の前に平伏せ」

見知った綺麗な優等生が、然し見慣れない獰猛な表情で唸った。

「Close your eyes、現れた月と引き換えに目を閉じろ」

何の感慨もなく囁くクラスメートが目を閉じ手を合わせ、

「We are king's pet dog, do you know?(俺らが皇帝の犬だって判ってんだろ?)」

にっこり、笑うアイドルが己らを囲む人の群れに駆け出す。



「ちゃんと聞かなきゃ、駄目だよ」

擽る様に嗤う紅。
背筋を凄まじい勢いで駆けた恐怖が、翼を広げる様に両腕を広げた男の背後から姿を覗かせた銀の前に霧散する。

「かてないくせに、ばかだね」

見掛けた事なら何回か。
まるで神を見るように皆、その紅を見ていた筈だ。けれど、それすら霞む程の銀が、

「ねぇ、兄様。馬鹿が沢山居るよ。…消し炭になれば良い」
「愚かにも脆弱な生き物」

囁く声音、月の光を真っ直ぐに浴びた底知れない何かが、ゆったり・ゆったり、

「許しを乞えば慈悲を与えて差し上げましょう。弱い者苛めは好まないのでねェ」

優雅に膝を付く『犬』の中央を、まるで指揮者の様に歩いてくる。
まともな人間など存在しなかったに違いない。いつもはメインストリートでふんぞり返っている不良達が青冷め、ガタガタ惨めに震えながら劇団の様な群れを見つめていた。

「今宵は静かなオーケストラを」

人間ではない何か。
そう形容する以外、誰がその銀に名を付けられただろうか。
追い詰められたネズミは、適わないと知りながら刃向かうより他無い。それが例えばライオン相手だろうが、


例えば、死神相手だろうが。




「嘆 き 喚 け」


サングラスの下で、その唇は笑みを刻みながら両腕を広げた。


「交響曲第壱番、殲滅の子守歌」

それはまるで指揮者の様に、ナイフや鉄パイプを握り締め狂った様に向かっていく雄を見つめながら、だ。
人間には到底見えなかった。
狂った様に吠える『犬』が、主人を前に人間達を凪ぎ払う。誰もその中央で腕を振る銀には近寄れはしない。


ああ、それでもやはり、数には適わなかった様だ。
20人余りの人間が真っ直ぐ、狂った叫びを上げながら地上の月へ飛び込んだ。



「朝へ祈り魂の安らぎを求めるがイイ」


柔らかく、笑う唇。舞う様に宙を躍る銀、


「Close your world.(お休み)」

まるでミュージカルを観ている様だった。
瞬きを許す間もなく崩れ落ちた人間の山に、ただ一人佇む銀の化身が振り返る。


何事も無かったかの様に。


「お怪我はありませんか、少年」

優雅に優雅にお辞儀を一つ、サングラスを押し上げたその銀が近付いて、落ちたままのゲームソフトを拾い上げるのを。



「ご静聴有難うございました」


だから、ミュージカルを観るかの様に。
  ─────視ていたのだ。









「タイヨーちゃん?」

体当たり同然に向かった扉がスライドした。昨日までは外開きだった筈の扉が、自動ドアの様に。

「どうちたのタイヨーちゃん、パパのおっぱいが恋しかったんでちゅかー?合言葉は」
「眼鏡」
「萌え」
「う」

飛び込んだ決して筋肉質とは言えない自分より僅かだけ広い胸の中、微動だにせず抱き留めた親友が覗き込んでくるのを認め、涙腺がまた、壊れたのだろうか。

「はふん」
「ぅ、うー」
「ぷはーんにょーん!どうしたにょ?!はっ、まさか何処ぞの肉の骨に襲われちゃったりしたのかしら?!僕と言うジャーマネを通さずに!」
「う、」
「誰にヤられちゃったんですかっ!今すぐ殴り込みに行きますっ、オタクも怒るんですよ!磨き上げたデジカメは何の為にあると思ってんだァ骨がァアアア!!!」
「うっさい!」
「はい、すいません」

抜け目なくぎゅむっと抱き付いてきた親友が、くんくんふんふん匂いを嗅いでくる。

「馬の骨だろ、朝からセクハラやめろ」
「ぷにょ」

躊躇いなく足を踏み付け、眼鏡を曇らせ声もなく悶えている所をグイグイ押して部屋に入った。あのままでは惨めな泣き顔を背後の野次馬に晒していたからだ。

「タイヨータイヨータイヨー、くんくんふんふん」
「嗅ぐな」
「タイヨータイヨータイヨー、」
「うっさい、黙れ」
「…」
「黙ってないで、何か言うコトないの?」

先に帰ってごめん、とか。
助けに行かなくてごめん、とか。
とにかくもう、謝れば許してやると言う意味不明な嗜虐心が我儘だ。
黙れ黙るなと言われ困り果てている俊が挙動不審にたじろいで、どうしたものか、恐る恐る頭を撫でてきた。


「えっと、おはにょ、タイヨー」

ああ、もう。
何て出来た人間だろう。いきなり怒鳴られて足を踏まれて八つ当たりされて、責める所か宥めようとしている。

「ネンネしてないにょ?怖い夢見たにょ?あ、お腹空いたなり?カラムーチョお食べになる?」
「…誰かに追い掛けられる夢、見たんだ」

人間に最も大切な朝の挨拶を。然も帝君が、格下の相手に。有り得ない話だ。聞いた事もない。

「黒くて赤い奴から追い掛けられる、ずっと。だから、」
「恐かったなりん、僕なら泣いてるにょ。ヨシヨシ」

久し振り、と言うより物心付いて初めてではないだろうか。頭を撫でる他人の手に、どうしようもなく安堵してしまう。

「何回も呼んだのに、無視したろ」

もう一度張り付く様に近付いて、僅かに高い位置にある眼鏡を覗き込む。何も悪くないのに責めても怒る所か、頬をほんのり赤く染めて眼鏡を煌めかせる俊は怪しい息遣いだ。

「ハァハァ」
「普通さ、ヒロインとか親友がピンチの時に現れるもんじゃないの、仮面ダレダーって」
「ヒィ、テレパシーの授業は絶対受けますっ」
「何それ」
「あにょ、15個もあるってお勉強」
「ああ、普通じゃん?俺は中等部の時は250取ったけど、多い奴は特別講習も皆勤で280とかさー」

ピシリ、と眼鏡に走った亀裂。いつまでも抱きついている訳には行かない、と離れれば、ドロッと溶けた俊が床に崩れた。

「ドロリッチ」
「ちょ、俊?!溶けてる、溶けてるからー!」

ゼリー状のオタクを前に叫んだ。今にも床に染み込みそうなヒビ眼鏡が何とか起き上がり、カクカク骸骨の様に顎を鳴らして言うには、

「ふぇふぇふぇ、10時から20時まで、70分ぎっしり…」
「うん?ああ、数学は90分だよ」
「さささ算数!」
「数学」
「お昼休みが2時間あるとか?」
「40分しかない」
「ぷはーんにょーん」

駄目だ。
溶けた。ドロッとオタクはとろけた。オタクゼリーを塩っぱい顔で見つめた大陽が、クネクネ悶絶ダンスを披露する俊を掴み、

「俊、おはよー。ほら、何か良く判んないけど、起きてー」
「お勉強嫌いお勉強嫌いお勉強嫌い」
「俊は授業受けなくても大丈夫だろ。帝君と委員会役員は授業免除になるんだから」
「男子校的お約束…!ふぇ、でもそしたらタイヨーとラブラブ生活が!」

曇った眼鏡が鼻水と共に近付いて来る。

帰りマック行かない?とか、帰りコンビニでガリガリ君コーラ味食べない?とか!」
「マック無いし、ガリガリ君も売ってないし」
「テストのお勉強教えて貰ったり教科書の影でうたた寝してるタイヨーをパパラッチしたり、」
「どっちかって言うと、教えて貰いたい。寝てる暇があったらゲームするし」
「僕のラブラブライフがーっ!!!」

思わず避けそうになりつつ耐えたA型、帝君の歴史を塗り替えるオタクに半ば感心していた。

「ラブラブってねー…」
「あ、タイヨーも授業免除にょ。副会長だからサボるにょ。会長命令なり!」
「無理、サボったら来年所か後期にはAクラス落ち決定だよー。ギリギリなんだから、21番」
「じゃ、僕もお勉強するにょ。…ぐすっ、しっかりお勉強して、しがないオタリーマンを目指すなりん」
「アハハ、オタリーマンって何ー?」

久し振りに笑った様な気がする。久し振りも何も、一昨日までは笑い方すら忘れていた癖に。

「おっと、あそこの黒い巨人はもしかしなくてもカイ君かい?」
「くんくんふんふん、ずびっ。カイちゃん(改)です」
「カイ庶務(改)かい」
「カイカイ庶務、タイヨー副会長に朝の挨拶と愛の挨拶を」

俊の意味不明な台詞に首を傾げた黒髪眼鏡長身が、大陽と目が合った瞬間判り易く顔を背けた。
ぷいっと言うアレだ。

「具体的に言えばチューとかプロポーズとかになります」
「…」
「俊、カイ庶務は眼鏡っ子にしかチューしたくないんだよ、きっと」
「メガネーズはチワワっぽくないにょ」

黒髪に眼鏡を掛けていても美男子オーラが消えない神威に呆れ混じりに溜め息一つ。
良く見れば下顎に米粒をひっつけている俊に手を伸ばし、つまんだ米粒を舐めた。

鼻血を吹いたオタクが下駄箱を殴り付ける。

「メガネーズって、もしかして武蔵野達のコト?」
「げほっごほっ、ハァハァハァハァハァハァ、きっ、昨日の夜、げほっごほっ、た、助けて貰ったなり…」
「ふーん、後で聞かせてよ。お腹空いたから、食堂行きたい」
「お供しますっ、ご主人公様!」

ビトっと張り付いて来そうな俊が、然し抱き付いて来ないのに瞬けば、巨人が眼鏡を曇らせて見つめてくる。オタクを姫様抱っこ、ギラギラ睨んできた。

「おはよー、カイ庶務。セクハラ役員はリストラするからねー」
「会長に抱き付き、米粒まで奪うとは何事か。リコール問題ではないか、時の君」
「ハァハァ、見つめあうと素直にお喋り出来ない眼鏡攻め平凡受け!」

素早く眼鏡を外した神威に太陽の塩っぱい目が注がれる。誰がこんなデコッパチ攻めるか、と言う無言の圧力を感じるが、


「ハァハァ、カイちゃん、そんなに熱い眼差しでタイヨーを見たら赤ちゃん出来ちゃうにょ!」
「出来ねーよ!」
「俊、朝食に行くぞ」

突っ込む太陽の横を通り過ぎる眼鏡巨人は、食堂に辿り着いても暫く平凡受けの方は見なかったらしい。
終始お姫様抱っこで運ばれたオタクは、明太子軍艦巻き50貫食べた過去を忘れ涎まみれだったと言う。


「俊、注文は決まったか」
「はふん、悩むので和食にします」
「空気みたいに扱われるのは慣れてるけどさー、明らかに敵意を持ってシカトしてるよねー」
「タイヨー?」
「俊。放課後は校内を探索しよう。睦み合うアベック観察だ」
「アハハ、アベックなんて言い方古いなー。俊、放課後はあのゲームしよっか」

「「俊は俺と遊ぶんだ」」

「あにょ、喧嘩はめーにょ。僕はつるつるお素麺にしましょ。ささ、二人共メニュー見て、」
「茶蕎麦といなり寿司、食後は抹茶パフェ!」
「ざるうどん二人前に天むす、食後は無糖コーヒーゼリーだ」
「あにょ、」
「ほう、無糖コーヒーゼリーなんて味覚オンチなんじゃないかい」
「ふ、随分と早い成長期だった様だな。最早体は養分を必要としていないらしい」
「さーせぇんっ、茶蕎麦やっぱ二人前お願いします!」
「ざるうどん三人前に追加だ」
「…あにょ、」
「「中々やるな」」

僕の為に争わないでェ!


キッと睨まれたオタクが、食堂の椅子の上で膝を抱える姿が目撃されたとか何とか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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