帝王院高等学校
独り言はこっそり言うもんにょ
ボクは貴方が大好きで、
ボクの世界は貴方から始まった。

『また傷付けたのか』

赤、噛み切った指に滲む赤い何かを見ていたら、いつもその声が零される。
貴方と同じ『赤』が好き。貴方以外は全てが無意味だから、早く帰って下さいと繰り返し繰り返し祈りながら眠って待ったのに。




『兄様が、手術…?どうして?』


何故東の果てなどに行ってしまったの。
何故ボクを置いていったの。
傍に居たなら傷付けたりしなかった。引き換えにこの身を差し出したのに。
破壊神サマエルが貴方の命を求めようが、この体が守ったのに。

『何で、光の当たる場所なんかに…』

此処で一緒に暮らしていれば、大好きな貴方が傷付く事も、大好きな貴方が変わってしまう事も無かったのだ。

『ボクの傷は、すぐ治るのに』


何故。
何故。
何故。

綺麗な兄様、キラキラ煌めく地中の星、貴方はこの世の神成るべき最高の存在で在るべきなのだ。


『兄様を迎えに行こう』

ほら、黙って行くから罰が当たったんだよ。ほら、置いていくから罰が当たったんだよ。
大切な神様、ボクだけの神様、迎えに行くからまた、その手を差し伸べて名前を呼んで。





『俺は兄様だけのヘブンだから』


ほら、愛しいファーストって。













『しゅ〜ん、またニャンちゃん恐がらせてんの?』


呆れた様な揶揄めいた声音が背中を叩いた。ビクリと振り返れば、雑誌から抜け出た様なコギャルが腕を組んでいる。

『弱い者苛め、最低』
『ぇ?違、撫で撫で…』
『あらら、逃げちゃったじゃない。めーよ、自分より小さいものを苛めたら』
『…ぐす』

何処から見ても息子から見ても女子高生、クルクル巻いた髪をわしわし掻きながらビシッと指を突き付けられて、デリカシーと言う言葉を産まれる前に無くしたのだろう母親を見上げた。
座っているから見上げられたのだ。小3であっと言う間に160cm越え、今や父親に並ぶ。

『ワンちゃんの方が良いわよォ、いっつも傍に居てくれるし呼んだら返事するもの』
『で、でも、にゃんこ飼いたい。ご飯代、アルバイトするから…』
『アンタに懐くニャンちゃんが居たら良いわよォ、小学生のアルバイトなんか新聞配達か年誤魔化したお水くらいでしょーけども』
『ぐす』
『マダムを口説くなんて出来るの?何ならやってみなさい、ほら、ほらー』
『ぐす、ぐすっ』

自転車にも乗れない息子に新聞配達など無理だと判っていて、父親に似て口数が少ない内向的な息子に水商売を勧める母親は鬼だ。
受けて立つぜチェリーボーイ、と髪を掻き上げる母親を見上げるチェリーボーイの意味を知らない息子。
母親は挑戦的に見つめた。

『大体、ヨーコさんしか撫でさせてくれないじゃない。ワンちゃんにしなさいよ』
『でももし噛まれたら』
『血が出るぜっ。ドバッと!』
『!』

ニヤリ、と笑った母親を悪魔だと思う。夜のトイレが怖いと言ったら昼間のトイレの方が怖いのよと至極真剣に言った母親、昼間のトイレにはチョッキンガーが出るのだと言う。
悪い子のチンチンをチョン切ると言う空恐ろしい怪人、オカルト嫌いな当時6歳の息子は以降昼間のトイレに1人で入れなくなった。

つまり某主人公が、東雲村崎に話し掛けながらまさかの小説内トイレシーンを果たした理由だ。

まだまだ数え上げたらキリがない。
父親からは様々な武道を仕込まれ肉体的には些か強くなったものの、母親のお陰でメンタル面に裂傷があるのだ。

『シエ、俊が怯えてる』
『だってシューちゃん、絶対ワンちゃんの方が可愛いわよねェ。赤い首輪付けた、大きなワンちゃん』

普段余り喋らない、と言うか母親が喋りまくるので口を開く暇が無いらしい存在感皆無な父親が、珍しく助け船を出す。
後で肩揉みしてあげようと孝行を考えながら、懐かしそうに首を傾げた母親を見やった。

『赤い首輪?』
『そーよ、俊。とっても素敵な、騎士様』
『シエ』

妬いたのか、父親に呼ばれて笑った母親は意味ありげな眼差しで父親の喉に手を伸ばし、父親は父親でそんな母の腰をさり気なく抱いた。

『でも本当に、格好良かったのよ。色んな話をしたわ。ママを守ってくれたの。ああ、シューちゃんも…パパも守られたのよねェ』

いつもの事だとイチャイチャっ振りをスルーし、ケラケラ笑う母親を見つめればやはり母だ。聞かずとも話の続きを言葉に乗せた。

『懐かしい』
『シエ』
『あの映画、結局見に行けなかったのよねぇ。折角チケットを持って来てくれたのに』
『…』

父親が物言いたげに息を吐く。

『今頃どうしてるのかしら』
『会って、』
『ずっと会ってないわ、アンタが生まれる前からもう。シューちゃんの次に大好きだった、騎士様よ。黒髪がサラサラ風に靡いてね、








赤い首輪が似合う騎士様だったの』











きゅぴーん、と煌めいた黒縁眼鏡ニュー1号が見える。ツン、とツンデレ真っ青に尖った爪楊子を見つめ、ニィっとベストオタスマイル賞。

「しーしー、ゲフ」

ぷりぷり尻を振りながら爪楊子で歯の掃除。
煙草もお酒もやらない元不良(現アキバ系昇進)のエナメルな歯を横目に、先程まで板前姿だった美形が、今度はバーテン姿でシェイカーをシャカシャカ振った。

オタクと言えば最早見慣れた美貌にハァハァする事もなく、クネっとソファーに座り直し、しーしーした爪楊子をゴミ箱へ。

「お腹いっぱいにょ、ゲフ。マスター、うんめー棒30本とブラックマトリックス一杯ちょーだい」
「御意」
「愚か者がァ!注文を受けたマスターの台詞は『飲み過ぎですよ』か『今夜はもう店仕舞いです』にょ!」

しゅばっとソファーの上に立ち、クネっと悶えたオタクが曇った眼鏡をザマス的に押し上げた。

「然しまだ何も飲んでいないだろう。それにまだ夜ではない」

尤もな意見だ。
が、然しオタクは既に出掛けていた。


妄想旅行に。


「美形バーテンが見た、サラリーマン風味な平凡中年!ハァハァ、強そうじゃないのに自棄酒する姿についつい眼鏡が行ってしまう!」
「眼鏡バーテン設定か」
「『マスター、さっきのカクテル強めでもう一杯』
『駄目ですよ、飲み過ぎです』
『俺は客だぞ!俺に飲ませる酒がないってのかっ』
『違います。私は貴方を心配して、』
『余計なお世話だ…っ!リストラされた情けねぇ野郎って馬鹿にしやがって!おぇ』
『…今夜はもう店仕舞いです』
『うぇっぷ、巫山戯けんな!まだまだ飲めるぞっ、酒寄越せ!おぇ』
『出来ませんね、今夜は別の用事がありますから。大切な仕事が』
『仕事、仕事仕事仕事!良いよなぁっ、仕事がある奴は!』
『だったら貴方も再就職したらどうですか?』
『あぁん?!』
『私の恋人に。…そうしたら、私もより一層仕事意欲が湧く』
『な、何言って、』
『貴方を幸せにすると言う永久就職の意欲が、ね』



  萌ェエエエエエ!!!



朝っぱらから拳を握り締め叫ぶオタクの前に、シャープな眼鏡を掛けた銀髪バーテンがブラックマトリックス、コーラにグレープジュースとジンジャーエールを混ぜただけのカクテルを置く。
先程まで振っていたシェイカーは何だったのか。


「む、電話だ。少し席を外す」
「いってらっさ〜い」

ハァハァ中のオタクが引き止めもせず手を振るのを眺めたバーテンは、バルコニーに向かいながらちょこちょこ振り返る。
誰からの電話なの、とか、行っちゃやだ、とか。読み更けたBLの台詞がオタクの口から出る事はない。

「…やはり俺が美形では無いからか」

呟かれた台詞を聞いた人間が居たなら、口を揃えて「巫山戯けんな」と言っただろう。
と、オタクがソファーの上でクネクネダンスのまま振り向いた。

「あ、カイちゃん」
「何だ電話の相手はただの偵察だ、すぐに戻るから気に病まずとも、」
「チワワとか健気受けにナンパされたらおメールちょーだいっ!」
「…」
「押し倒す前に!走ってパパラッチ行きますから!」

グレアムが誇る中央情報部をただの偵察だとほざく男は、期待に煌めく眼鏡を前に沈黙する。バルコニーに出るだけで、どうやってナンパされるのだろうかの前に、神威が押し倒す姿を撮影するつもりらしい。
何だかしっくりこないままとぼとぼバルコニーに出た長身の背中が、何だか廃れて見える。オタクの腐った眼鏡にはそんなもん映っちゃいない。

「はふん、ご馳走様でした…」

妄想旅行から帰ったオタクが涎を佑壱から奪ったハンカチで拭い、懸賞で当たったパソコンを起動させる。
アキバ系真っ青なブラインドタッチでカタカタ連打、サイト更新メール返信をほんの数分で終わらせ、ネサフの旅に出ようとして耐えた。

「はっ、遅刻しちゃうにょ!」

パソコンの隅にある時間表示で我に還り、すっ転びながらまともなものが一切入る予定のない鞄にデジカメやらBL漫画やら詰め込んで、プリキュアの変身シーン真っ青な早着替え、きゅっとネクタイを絞めたら準備万端だ。
キリン柄の姿見の前でオタクターン、略してオターンを決めほくそ笑む。

「萌えを仮想空間で探すより他無かった昨日までの僕にグッバイ、ようこそ生BL帝王院☆」

スペア眼鏡を愛用の眼鏡ボックス(煎餅の空き缶)からしゅばっと取り出し、今頃賑わっているだろう巨大な校舎を窓の向こうに眺めて息を吐く。

「何故着替えているんだ」
「だってもう8時過ぎてるにょ、遅刻しちゃうなり」

電話を終えたらしいバーテンがバルコニードアから姿を現し、首を傾げた。

「講義は10時からだ」
「ふぇ?」
「昨日説明があっただろう?」

どうやらHRの事を言っているらしいが、HR中ずっと太陽や桜と乳繰りあっていたオタクにそんな説明を受けた記憶はない。
あるのはチワワに二度絡まれた記憶だけだ。じゅるり。

「通常、普通科並びに特殊学部である工業・体育・国際の講義が8時半始業、進学科は10時始業。終業は普通科が4時半、体育・国際科が5時、工業科が6時、進学科は8時だ」
「8時?!はふん、真っ暗になってもお勉強するにょ?!」
「カリキュラムの違いだ」

無表情で小難しい単語しか口にしない神威の説明を受ければ、9科目の普通科は一般の高校と同じ時間割で、特殊授業の工業・体育・国際科は日々終業時間が違うらしい。平均的に普通科より僅かに遅れて放課となり、9時までには寮点呼を取られるそうだ。

「でも僕、点呼なんて…」
「セキュリティゲート通過で在寮確認が取れる進学科生徒は、点呼確認の必要が無い」

然し進学科、つまりSクラスは通常授業に加え選択科目がある。その数、30科目。
それらを三年間で組み合わせ、210単位取らねば卒業資格を与えられず、留年確定した時点でAクラス落第決定。因みに一般大学教職過程で180単位が平均的だが、三年間で210単位は実質不可能な数値だ。

「210単位って、えっと、30科目で割れば良いにょ?」
「違う、1教科単位だ。必須授業数は15、内の選択科目は6以上。つまり210単位を15科目分取得する必要がある。例外はあるが」

帝君や委員会役員には授業免除特権が許されるが、以外の生徒は日々1教科70分を8科目以上受ける必要があると言う。

「210×15…眩暈がするにょ。電卓ちゃん、3150ってそれをまた70倍するのかしら…」
「220500分、24時間受講しておよそ160日必要だ。勿論だが特例措置がある為全教科、」
「ゲフ」

聞いているだけで貧血を覚えた俊を横目に、胸元のシャープな眼鏡を掛けた神威が何処からか手にした黒髪を素早く取り付けた。


「来客らしい」
「ふぇ?」
「先程から足音が聞こえていたが、山田太陽だ」
「タイヨーが?」
「…呼んでいる」

囁く様な声音に静かな玄関を見つめ、首を傾げながら廊下をトテトテ跳ねた。

「むにゅん?」

何の音も聞こえない。
呼び声は勿論、ノックもだ。

「カイちゃ、」

振り返れば黒髪の長身が髪を乱雑に掻き乱している。
変装美人主人公を狙うつもりだろうかとハァハァしながら瞬いて、ドアノブに手を掛けた。



「開けろーっ!」
「ふにょん!」

だから腕の中に飛び込んできた他人の体温を抱き留めるのに必死で、



「…やはり、完全防音は不可能か」


囁く様な声音が零れた事には気付かなかったのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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