帝王院高等学校
そして少年は密かに嗤らう
「好い加減死ねや雑魚が!」
「冗談は顔と頭の中身だけにしとけや、淫乱が!」

彼らは人集りの中、互いに睨み合っていた。



その距離、5cm。



マジでキスする五秒前だが、どう間違っても彼らが愛を語り合っている様には見えない。

「テメェ、それが目上の俺様に対する態度か?ああ?」
「ひっ、光王子閣下!」
「お心お諌め下さいませ!相手は紅蓮の君!お二人共無事では済みませんっ」
「はん、ちょっとデカくなったからって意気がるな。一昨年まで164cmだった癖になぁ、副会長サマ」
「紅蓮の君!」
「あわわわわわ、マズイですよ閣下ぁ、相手は副会長っスよー…」

片や俊が見たら興奮の余り鼻血を吹いただろうチワワな美少年が群がる金髪美青年。
片や俊が見たら興奮の余り眼鏡を割っただろうワンコなイケメンが群がるヤンキー犬。

二人はそれぞれの親衛隊に囲まれながら、然しショボい言い合いを続けている。

「チッ、俺様にはテメェなんざ構ってる暇はねぇ。おい、さっきのガリ勉どっち行った」
「知るかハゲ、何だセフレにでも逃げられたか王子様よぉ。そら可哀想に…」
「女に『私とバイクどっちが好きなの』ほざかれて、馬鹿正直にバイク答えた振られ男が良く抜かす」
「はっ、バイクと総長なら悩まず総長答えたぜ!俺はあの人になら抱かれても良い!」

佑壱の爆弾発言に周囲が凍り付いた。純粋な忠誠心から出た台詞であるとフォローしておこう。

「…テメェ、俺のシュンを何処に隠しやがった」
「テメーの顔が見たくなくて風になったんだろ。あーあ、男の片恋は醜くて嫌だね」
「不細工の僻みたぁ、醜いじゃねぇかヘタレ犬」
「んだと…?あの人と風呂に入った事もねぇ阿呆猫が喚くなや」

追記するなら、大雪の日に雪合戦☆ポロリもあるよ!を延々半日も堪能したカルマ幹部で貸し切った、近所の銭湯だが。

「チッ、万一俺様が留年したらテメェなんざ即『帝君』降格だっつーの!」
「わぁ、万年三番の副会長大人気なーい。総長とデコメった事もない光王子様うざーい」

片手を口元に当てて勝ち誇った表情の佑壱は、太陽の冷ややかな視線には全く気付いていない様だ。

「ああ、そうかそうか。…シュンは猫好きだもんなぁ」
「!」
「膝抱っこも一つのジュースにストロー二本のカップル飲みもして貰った事ねぇんだっけ?あーらら、可哀想に…」

低レベルな言い合いは最終曲面に到達したらしい。


やはり男は拳で語れ。


睨み合ったまま無言で上着を脱いでいく二人は侍だ。視線だけで鉄が焼き切れそう。

然し、終始無言で壁の一部と化している太陽こそ、真の侍なのかも知れない。

「やんのかコルァ!」
「当然だ!俺様に対する態度を躾けてやるよ!」
「上等だコラァ!叩き潰してまたドちびに返り咲かせてやらぁ!」
「掛かって来いや、シュンの居ないカルマなんざ噛み砕いてやるわ!」

親衛隊の制止も虚しく二人の侍は同時に殴り掛かった。


ああ、ベルサイユ宮殿に血が降る。



そして少年はゲームを仕舞い、瞼を閉じた。
彼は何も見ていない、聞いていない。高校三年生と高校二年生がホモの痴話喧嘩を繰り広げている訳が無いのだ。

「さて、と。んじゃ行きますかー」

さしもの今の彼は勇者だろうか。
囚われの姫を助けだす旅を前にした緊張感がある。

中央棟に続く渡り廊下の前だと言う事実に今頃ながら気付いた太陽は、廊下に湧いた野次馬の殆どが一般校舎の生徒である事に片眉を上げた。
佑壱や日向が霞む様な不良ファッションの生徒達が、県下五本指に入る不良らの成り行きを眺めている。


「あれ…?」


一般校舎の生徒のほぼ半数が不良であるからには、中には変わった連中も居るらしい。


酷く見知った二人が、北寮と中央棟の境に並んでいる。

「うっひょー!ユウさん発見(^O^)」
「ケンゴうっさい。副長の気が散ったらテメーの所為だからな」
「ちぇー。総長居なくなってから集会も少なくなっちまって、ユウさん見るのも久々なんだぜ?
  彼女持ちはいいよなー、毎日楽しくて!」
「僻むなや。カナメに見つかる前に行くぜ、折角うまくオレらA組に潜り込んだんだ。今頃ブチ切れてそうじゃね?」
「ユーヤ正解、ユウさんと副会長の勝負も気になるけどカナメに殺されるのはヤなこった」

つい先日までクラスメイトだった二人が背を向け、仲良く中央棟へ消えていく。

「高野と藤倉、…降格した?」

中等部時代常に学年次席だった錦織要と、今の二人は常に一緒だった。
確か幼馴染みだと聞いた事がある。どちらもそう悪くない順位を保っていた筈だ。

少なくても太陽より上に位置していた、優等生。それがまた、何故。


「態とらしーよねー、あの二人ー」

揶揄めいた声音に顔を上げる。
渡り廊下とは反対側にあるエレベーターの前に佇む長身が、緩く首を傾げた。

「手抜きバレバレじゃんねえ、ばっかじゃん」
「え」
「ま、向こう側の方が楽しそーだけどー。カナメを置き去りにするなんて酷いと思わないー?」

元クラスメイトにして、当時学年首席だった端麗な顔が笑む。
全く話した記憶のない男から話し掛けられているらしい事実に、太陽は曖昧な笑顔を作った。

「えっと、神崎君、久し振り」
「久し振りー20番くん」
「今年は21番、なんだ」
「へぇー、また降格に近付いたんだあ。ご愁傷さまー」

へらへら人を傷つけるこの男は、余り近付きたくない部類だ。
常に笑っている唇も瞳も苦手。けれどあの腹黒と比べたら可愛いものかも知れない、などと小さく息を吐く。

「ねえねえ、外部生もう見たー?」
「ああ、うん、見た、よ」
「あ、そ」

いつの間にか喧嘩が止んでいるのを見つめた灰色の瞳が、一瞬だけ無機質に光を失った。

「なーんだ、結局引き分けかあ。どっちが入院するか賭けてたのになー」
「賭け…?」
「うちのサブボスがやられるか、副会長がやられるかー。まあ、どっちでもよいんだけどさー」

思い出した。
この男はカルマの人間だ。佑壱以上に登校しない男だから、忘れていた。

「ボスを繋いどけない駄犬も、しつこくボスのケツ追い掛ける馬鹿猫も、みーんな食べちゃおーかなー」
「な、」
「やっぱ、腹壊しそーだからあ、やめたにょー」

今日出来たばかりの友人と同じ、舌足らずな語尾が鼓膜を揺らす。
じわじわと嫌悪感が下腹を襲った。

「それよりー、折角ガッコ来たのになー。代表挨拶しなくていーならあ、サボって寝てたって話だしい」

クスクス耳障りな笑い声が降ってくる。頭一つ以上高い所から、文字通り見下してくる双眸が酷く不愉快だ。

「じゃーねー、21番くん。今年一年頑張って?」
「…どーも」
「あと、幾ら駄犬でも一応アレうちの上司だからー。あんまり君みたいな普通くんはあ、近寄らないでねえ?」

まるで汚いものでも見る様な眼差しが、殺気を帯びた。
だが然し、それが何だと言うんだろう。無言を貫いたのは別に足が竦んだからとか、相手が不良だからとか、自分より上位の生徒だからと言う理由からではない。


言い捨てて遠ざかっていく背中を何ともなく見つめ、不機嫌な足取りでやってきた佑壱を見上げる。

「くそ、叶二葉の手下が水差しやがった…」
「校内で喧嘩したらダメに決まってるでしょ。然も生徒会の役員閣下が」

笑いたかったのかも知れない。

「何ニヤニヤしてやがる、山田め」
「いや、神崎君よりイチ先輩の方がやっぱ怖いなーと、思ったり」
「神崎ぃ?隼人の阿呆、来てんのか」

どんな不良に睨まれても、きっと今なら平気。

ただの強がりじゃなくて、





「肝に銘じておきますなり、…微腹黒攻めさん」

凄まじい威圧感を与えてくる友人以上に『失う事が怖い』ものなど、存在しないからだ。

「はあ?」
「さ、早く戻って俊を捕獲しましょーよ。誰かのお陰で時間が無くなりました、始業式始まっちまいます。急がないとねー」
「お、おう」


今はまだ、何一つ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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