帝王院高等学校
はふん、爽やかな朝ですわよー!
ベッドに二つ分の人影が見える。
ベッド脇に大きなウサギのぬいぐるみ、ベッドの下にバナナクッションやらワンコ抱き枕やら巨大ハンバーガークッションやらが敷き詰められていた。


「…いかん、今ラグナザードに戻れば、中央議会から始末されてしまうぞアルザーク」

グースカピー、と言うBGMに混ざって緊迫した囁き。

「駄目だ、最早皇太子を倒すしか道はない…いかん、ピヨンが危ないぞアルザーク」
「グースカピー、はふん」
「む」

使い古された穴空き毛布が跳ね上がり、ぼてっと転げ落ちた銀髪が見える。
両手で嫌に煌びやかな文庫本を掴んだままクッションの山でむくりと起き上がった銀髪は、ウサギを抱き締め涎を垂れ流し大きく足を広げている我らが主人公(忘れられがちだが帝君)を一瞥した。

「うひ」

ボリボリ臍を掻いて、むにゅむにゅ唸りながらウサギの股に顔を埋める高校生。

「面映ゆい」

その一言で昨夜から30回以上蹴り落とされている男は懲りずベッドへ戻り、再び手にした文庫本へ目を戻す。

「むにゅ、ふぇ、ふぇっふぇっふぇ」

グースカピー、と言う呑気な寝息を発てる主人公は、愛用の黒いアイマスク(仮面ダレダー変身グッズ)を付けてベッド中を縦横無尽。昨夜から20分置きに中央委員会会長を蹴り落としている事態には全く気付いていない。

「うひ」

所か頻繁に怪しい笑みを浮かべては、

「あっ、もうちょっと。…だめ、もっと優しくしなきゃ…、あっ、出ちゃうにょ」
「…」
「ゃ、もぅ、やめ…あっ、そんなに握り締めたら…っ、生クリームちゃんが!クレープから飛び出ちゃったにょ」
「…」
「勿体ないにょ、むにゅ、舐め舐めするにょ、くしゅん!」

とんでもない寝言で、静かに夜通し読書中の男を硬直させている。寝相が宜しい為に神威諸共ボロ毛布を蹴り落としては、くしゃみ。普通の人間なら既に意識不明の重体だろうオタキックだが、喜ぶべきか今すぐ臨戦態勢を整えるべきか「あ、しゅんしゅん後ろ後ろ!」と指を差して教えてやるべきかetc、蹴り落とされているのは普通と言う言葉が全く似合わない男であるからにして、


「あのぅ、恐れ入りますが神帝陛下」
「少々宜しいでしょうか陛下」

リビングへ続く扉やバルコニーの向こうから恐々覗き込んでくる人影に、ハート型眼鏡を押し上げトーンカス掃除用の羽根箒をくるりと回した男が文庫本から目を離す。

「速やかに用を済ませろ、俊が起きる」

執務室にある象牙の万年筆より使い易いGペン、絹の様な手触りの羽根筆。まさかそれらが漫画道具だとは、

「B4原稿用紙は投稿用か。覚えておこう」

いや、知ってた。
夜通し読み更けた本に漫画の書き方講座もあったのだ。
取り敢えず執務室で練習してみようと一人頷き、生徒会長はハート眼鏡をもう一度押し上げた。頭が小さい神威にはサイズが合わなかった様だ。

「ご命令通り割れた窓の入れ替え、セキュリティ強化、キングサイズのベッド搬入が済みました」
「そうか」
「差し出がましいとは思いましたが、陛下用のお眼鏡とお髪も取り揃えております。天の君と睦まじくご利用下さい」
「大儀だ」
「何と勿体ないお言葉!」

清々しい朝に全く不似合いな作業着姿の集団、ざっと40人以上居るだろう彼らは、日が昇る寸前から二時間近く一年帝君部屋をリフォームしていた。
クレーン車まであるが、工業科の生徒や教師など、バルコニーの下で騒がしい。

「オーライオーライ、強化硝子だからって気を抜くなよ!」
「陛下に尽くし抜く人生こそ我らの喜び」
「中央委員会から睨まれてる工業科の汚名返上なんだからなー、よし、右に寄せろー」
「キリストさえ色褪せる我らが天地神明の帝!」
「オーライ、火薬班!天皇猊下が起きない様に爆破イケそうかー?」
「いやー、やっぱ無理っすわ先生。下手したら中央委員会所か、カルマまで敵に回すっすよ。紅蓮の君のお気に入りなんでしょ、天皇って」

何せ彼らは帝王院が誇る神帝陛下親衛隊であり、今朝まではその存在すら不明瞭な集団だったのだ。
一部違う人間も含まれているが、まぁ、良い。

「諸君ら、突然の召集を快諾願えた事を感謝する。芳香剤は桃の香りを用意せよ」
「ばっちりですっ!床下にコーラZEROの補充も済んでおります!キッチンに設置したドリンクバーの蛇口を捻れば、いつでも飲み放題!」
「ふむ」
「食堂に新規採用のシェフを20人配置致しております!全国各地の旬の食材も間もなく届くでしょう!」
「ほう」
「空輸ついでに陛下がご指定なさいました書籍も運ばせております!」
「この部屋の書籍は全て読破してしまったからな」

何せ帝王院の八割が神帝陛下を崇拝していると言うにも関わらず、今まで当の会長から呼び出された事も無ければ公に認められた事もない。

「会長ぉ、あ、天皇も会長なんだよな、紛らわし。神帝陛下ぁ、本当にこれで俺ら工業科を大目に見てくれるんすかー?」
「俺は大目に見る。不良攻めの衰退は望む所ではない」
「白百合をちょっとどうにかして欲しいんすよ」
「易い」
「マジっすかー?白百合っすよ?下手したら陛下、殺されるっすよー」

因みに不良が多い工業科は、マフィア極道揃いのFクラスに次ぐ治安の悪さだ。日々叶二葉から睨まれている為、神帝より魔王の方が怖い。なので中央委員会には逆らわない、これが白百合恐怖政治である。

「ふん、この俺に不可能は無い」
「ヒュー、流石っす陛下!」
「マジェスティ!一生付いていきますっす」

クレーン車から覗いてくる作業着の不良達に、ハート眼鏡は眼鏡を怪しく光らせた。調子に乗っている気がするのは、俺様攻めの何たるかをちょっぴり勉強したからだろう。
コイツが言うと洒落にならない。

「諸君ら、誠大儀だ」
「陛下直々の御用とあらば地獄までも!」
「我が身朽ち果てようとも!」
「唯一神の微笑ましい同棲生活を須く知らしめんが為に!」

日陰の身、絶対神を崇拝し思うだけの神帝親衛隊。
なのに彼らは、今朝呼び起こされた。夜通し読み更けたBL漫画によって新たな知識を得た、神に。

「ふむ。親衛隊とは一般に主人公を呼び出し暴行に及び、性的道具として主人に仕えると書いてあるが」
「大丈夫です、自分は光王子親衛隊副隊長なのでッ、満足していますッ!」
「天皇猊下を危険な目に遭わせる訳には行きません!何故ならば猊下は陛下の…!」

何やら頬を染めて頷き合っている彼らは、始業式で目立ちまくったオタクを軽く崇拝している少数派らしい。
朝方の緊急召集でミーティングした彼らは、結論として『陛下☆祝初恋』を弾き出した。


それも仕方ない話ではある。

叩き起こされて開口一番「今日から俺は人間として新たな人生を歩む」などと、もう全く意味不明な台詞をほざかれたのだ。
天皇の部屋に荷物を運び入れろやら、割れた窓を直せやら、改装しろやら、この二時間に色々有り過ぎて睡眠不足な彼らの頭はパンク寸前である。

「此度の働きは見事だが、以降は俺が私である時以外には話し掛けぬよう」
「勿論でございます陛下。万一陛下が神帝であると露見すれば、猊下は眼鏡を曇らせ悲しまれます」
「あっちいけと言われた時は、スコーピオから飛び降りる覚悟だ」

昨夜飛び降りて無傷だった男の台詞とは思えないが、ハート型眼鏡を曇らせ囁く神威は真剣らしい。

無表情だが。


「ああっ、何と無慈悲な愛の女神!」
「惹かれ合う二人に左席と中央と言う障害をお与えになるなんて!」

因みに、オタクを左席委員会に仕立てあげたのも神威である。なのでハート型眼鏡は益々曇った様だ。

「むにゅ、ふぇ、くしゅん!」

パジャマのズボンの中に手を突っ込み、恐らく太股をボリボリ掻きまくる仮面ダレダーに皆が沈黙する。

「ゃ、浮気は、めー…。でも、君も好きですっ、むにゅむにゅ」
「………」
「僕は、僕は…っ!ゃ、八つ橋ちゃん…僕は明太子ちゃんがお家で待ってる、にょ」

くしゃみと同時に蹴り落とされた神威が毛布を掛け直してやると、空気を読んだのか否か、ニヤニヤしながら作業着の親衛隊達は居なくなった。

「失礼します、神帝陛下」
「ご機嫌よう、天皇猊下」

まるでお見合いの仲人の様な表情だ。後はお若い方同士で、みたいなアレだ。

「むにゅむにゅ、まだネンネ。あと、五時間…」
「む?」

ゴロン、と寝返りを打った俊のパジャマから半分ケツが見えているが、それを見る前に神威の目は何気なくクローゼットに向かう。
不自然なカラーボックスの位置、確かアレは漫画道具が入って居た筈だが、奥行きを考えればもっとクローゼットの奥に埋もれてしまっても可笑しくない筈だ。

ジャケットやらスーツやらが吊されたハンガーストックを見上げ、片手でカラーボックスの真上に吊された服を掻き分ける。
カラーボックスの天井が見えた。


その向こう側に、段ボールの山。


「…Junkpot Drive御中?」


宅配伝票が貼りついたままの、段ボール。
神掛かり的な腕力でひょいひょい取り出して遠慮なく中を覗き込めば、煌びやかな、普通の文庫本より大きく薄い書籍が詰まっているではないか。

「王子様は奴隷がお好き?その膝で獅子が眠る、スコゼル?忍ばない教育実習…カカイル」

全知全能な筈の神威にも全く判らない本達。取り敢えず読んでみようと脇に寄せる。別の箱には紙の束、情報ペーパーと書いてあった。

「Junkpot Drive、しゅんしゅん?」

レインボー印刷で、新刊『紅き黎明の花嫁(カイピナ)』とある。どうやら黒騎士×金騎士カプらしく、イラストが煌びやかだ。
奥付にはしゅんしゅんとあるが、チラリとベッドを見やった神威は沈黙する。


「ぷはーんにょーん、お腹空いたなりん…んんん?」

腹と尻を出した俊がアイマスクを外し目元を擦りながら、クローゼットの前で段ボールに囲まれているハート眼鏡を見やるなり沈黙した。

「「…」」

寝起き一発、カーテンから差し込む光に目を細め眉を寄せた極道、いやオタクが右手だけをわさわさ動かし、親衛隊らが置いていった眼鏡の山から虎柄眼鏡を手に取る。


睨み合う、カルマとABSOLUTELY。

と書いたら何だか不良漫画の様だが、実際は見つめ合うオタクとオタク候補だ。
いや、既に今まで俊が集めてきた300冊にも及ぶBL漫画や小説を読破した、列記とした腐男神である。

「合い言葉は」
「もえー」
「何でカイちゃん、家捜ししてるにょ?家捜しは浮気疑惑がある亭主に怒った奥様がするものにょ!」
「Junkpot Driveとは何だ」
「きゃー」

虎柄のお洒落眼鏡では気合いが入らなかったらしいオタクが顔を覆ってウサギに頭を埋め、半ケツをぷりぷり振りまくる。

「きゃーきゃーきゃーきゃーきゃー」

首を傾げた神威と言えば、ハート型眼鏡に飽きたらしく今度は林檎型眼鏡に手を伸ばしながら、半ケツをチラチラ気に掛けつつ新聞広告サイズの情報ペーパーを手に取った。

「同人、とは、主に純文学を愛する作家同志が徒党を組み、自費出版で作品を発表するものだったと記憶しているが…」
「きゃー」

呟いてから、部屋中を轟かせる凄まじい音に身構える。
敵襲か隕石か、一瞬神帝の表情で辺りを見据えた神威は、ベッドの上でムクリと起き上がった凄まじい威圧感の塊を視た。



「腹ァ、減ったっつってんだろ…」

ゴゴゴ、と言う効果音がぴったりな威圧感。

「腹の音か、今のは」
「グダグダ煩ェ…」

虎柄眼鏡を片手で握り潰した眼光が、静かに鋭く神威を見据えた。無表情で正座した神威に罪はない、かも、知れない。




「…カイ、明太子お握り寄越せ」

どっかの王子様を思い起こさせる超俺様発言に、神帝は生まれて初めて台所へ向かう事になる。




「がつがつ、むしゃむしゃ、ぷはんっ、お代わりィ!もきゅ、美味し〜にょ!カイちゃん、この不思議なお握り美味し〜にょ!」
「明太子をネタに握った、明太子軍艦巻きだ」
「いくらのお寿司みたいにょ!」



爽やかな朝だ。

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