帝王院高等学校
時代劇はポテチ持参でゴロゴロ観るにょ
気付いた時、タンタン心地好い音を響かせる小さな道場の前に立っていた。

夜間の肌寒さが嘘の様に穏やかな春の午後。
ハイヤーの姿も秘書の姿も見えないと言う事は、誰にも知らせず一人でやって来た筈だった。それに気付いたのは、随分後になってからの話だが。


殆ど衝動的だったのかも知れない。
半ば無意識だったと言えば良いだろうか、とにかく普段の自分ならば絶対にこんな所へは足を運ばなかった筈なのだ。


「ああっ」
「あーっ、外に飛んで行っちゃうー!」

柵の向こうで子供達の声が響いた。

「先生ぇ、あっちに飛んで行っちゃったよー!」
「皆さん静かに待っていて下さい、あっ、君!」
「何、容易いご用だ。俺が行って来るから、速やかに進めるが良かろう」

直後柵の向こう側から放物線を描き飛んできた弓矢が、アスファルトを跳ねて道端に落ちる。

「待て、そんなに急いだら転ぶ」
「構わん、俺に任せろ。父は母の傍に」

賑やかな柵の向こう側で受講者を宥める講師の声、佇んでいた道場の入り口が慌しく開き、子供が駆けてきた。その後ろからその子供に良く似た、大人の男。父親だろうか。



桜が舞う。
昇段試験日、と書かれた看板を通り過ぎ真横を飛び出していった少年の黒髪が、落ちていた弓矢に伸びていく。



「俊!」


父親らしき男が悲痛な声で叫んだ。真っ直ぐ掛けてくるセダンが悲鳴に似たブレーキ音を響かせる。
飛ぶ様にガードレールへ手を掛けようとする父親らしき男、真っ直ぐ向かってくる車を見つめたままの小さな黒髪の頭。


嫌に甲高い耳障りなブレーキ音。
凄まじい衝突の波動。


間に合わないのは一目瞭然だった。



「…大儀無いか、少年」

但し普通一般の人間ならば、の、話だ。
父親らしき男のすぐ隣のガードレールに衝突したセダン、腕の中の子供が矢を握り締めたまま微かに震えている。

「光陰矢の如し、と言う諺があるが、矢を追い掛け天へ召されるには余りに早い」
「ぁ、」
「肝に命じよ。親を悲しませるものではない」

飛び出してきた運転手は幸い無傷だったのか、頻りに頭を下げながら自ら通報していたと記憶している。

「しゅ、俊!無事か?!よか、良かった…!」
「父」

呆然としていた父親らしき男が転びながら近寄ってくれば、安堵したのか腕の中の子供が表情を歪めた。

「あの、有難うございました!本当に何と言えば良いか…」

小さい息子を小脇に抱え、日本一般のサラリーマンが纏うスーツを乱しながら頭を下げる男をただ、見ていただけ。

「私はこう言う者です。後日改めてご挨拶に伺いたいのですが、」
「遠野、秀隆さん」
「宜しければお名前とご連絡先を」

子供を抱くのとは違う腕で胸元から名刺を取り出し、愛想笑いでも営業スマイルでもなく、心の底から安心した時の笑みを滲ませ差し出してくる。

「…大した事ではない」
「大した事です!おい俊、お前もお礼を言いなさい」
「恩に着る、金の髪の人」
「子供らしく言いなさい」
「有難う、おじちゃん」

良く似た父子を前に気にするなと笑い掛け、日本の名を口にするのは簡単だった筈だ。
然し微睡んだ思考回路は殆ど機能していなかったに違いない。

「おじちゃんじゃないだろ、お兄さん」
「然し父、」
「ナイン=ハーヴィスト、だ」

呟いてから驚いた己を覚えている。遥か昔に忘れた筈の名を、無意識に囁いた自分が、笑えた。


「気に病む必要は無い。…俊、だったな、そなたは」
「然し父が礼をしたがっている。恩を仇で返せば、母の怒りを買う」
「父親が子を救いたいと願うのは、全国共通の意志だ。私にも未だ幼い子供が居る」
「だが子が親を守りたいと願うのも、共通の意志ではないか?」
「賢い子供だな、カイの様だ」

真っ直ぐに見つめてくる黒曜石の眼差し、

「ほう、ナインの息子だからカイか?」
「ああ」
「アラビア数字なら、Xだな」
「本当に、賢い」

かもすれば傲慢な程の自信に満ちた眼差し、真一文字に引き結ばれた唇を眺めながら、

「何を偉そうに言うか高が4歳の息子、土下座して詫びるシーンだぞ」
「父よ、命を救われた義理を高が土下座で済ませるつもりか。母ならば腹を切れと言ったシーンだぞ」
「お前に時代劇を見せた父ちゃんの失敗か」
「救われた命を自ら断つのは忍びない。謝礼を支払うにも我が家は質素の極み。…どうしたものか」
「五歳の発言か。しがないリーマンでも、我が家は幸福の極み」
「父、弓道場には通う必要が無いと考える。今日の見学で充分モノにしたぞ」

父親の腰より下にある目で必死に父親を見上げながら、腕を組む父親を真似ている。
何をするにも一挙手一投足全て父親を真似る少年は、表情こそ無愛想だが楽しげだ。

「つまりは浮いた月謝でお礼をするのは如何なものか」
「お前は天才か、マイエンジェル!」

顔を見合わせてハイタッチを交わす微笑ましい家族の風景。
その隣の父親には最早目を向けなかった。






「いつかまた会おう、…幼き騎士。」



時間を巻き戻せるものなら、巻き戻してしまいたかった癖に。















「エピローグ1、『ダークエルフの子供』」



豊かなブロンドを櫛で整えながら、幼さを残した彼女は鏡台に映る己を見つめたまま歌う様に口ずさむ。

「そこは大地の奥深く、巨大なアンダーラインで地球を掌握する天才一族が暮らす闇の街」

オーデコロンの詰まったアンティークの小瓶を片手に、優雅なダンスステップを踏むもう一人の少女は硝子玉の様な眼差しに妖艶な笑みを滲ませた。

「その名もセントラル。地球の奥深くに広がる、不可侵の街」
「統治するのは最強一族」
「彼らは一昔前に迫害されたのです。祖国であるフランスの全てから壊滅寸前まで追い詰められ、」
「時のイギリス女王さえ掌を返し、美しい男爵家の人間全てを殺害してしまいました」
「ただ、誰よりも頭が良かっただけで」
「ただ、誰よりも美しかっただけで」


「ああ、なんて可哀想な運命」
「ああ、なんて無慈悲な運命」


「然し神は男爵家を見捨てませんでした」
「誰よりも月の女神に寵愛された寵児、その名をノア・グレアム」
「一人、幼かった当時の男爵の次男だけが僅かばかりの従者と共に逃れ、海を渡った自由の国に辿り着きました」


遠くから足音が近付いてくる。
恐らく気付いているであろう双子は、然し微動だにしない。


「彼の名はレヴィ=グレアム。たった8歳の少年は、たった十年で自由の国を支配しました」
「たった60年の人生で世界の半分を掌握しました」
「彼が命尽きる間際に残した新たな命、それこそが我らの神」
「覇王を名乗っていたレヴィ=グレアムから譲り受けた名は、キング」
「豊穣の覇王、キング=ノアグレアム」


扉が開いた。
冷え渡る表情で静かに見つめてくる絶世の美女を前に、二人は王女の様な美貌に満面の笑みを浮かべ、ドレスの端を掴む。


「何をしている、貴様ら」
「ご機嫌よう、シスター・テレジア」
「マリア・テレジアの血を引く、クリス皇女殿下」
「麟、藍。…どう言うつもりだ」

凍える声音で囁く女性に、二人は揃って首を傾げた。

「どうなされたの、クリス様」
「ああ、またあの野蛮なレッドローズがクリス様を傷付けたのね」
「─────黙れ!貴様らが私の夫を侮辱するのは許さない!」

激昂したクリスを前にクスクス笑い、リン…麟と呼ばれた少女は握ったままの櫛へ目を落とす。

「お可哀想なクリス様、どうしてあんな男の為にそんな事を仰るのかしら」
「やはりあの男も動かなくなってしまうまで遊んであげないと駄目なのね」

もう一人、藍と呼ばれた少女がコロンの小瓶をサイドボードの上に並べ、可愛らしい溜め息を吐く。

「だってファーストが出来損ないなのも、あの男に似たからよ、ラン」
「あの燃える様な紅い髪、本当に燃えてしまえば良いのに、父親と二人」
「プリンスヴァーゴはお怒りよ」
「ヴァーゴこそ、男爵一族を掌握し得る最強の王子」
「乙女座の女神より寵愛を独占する、真実の皇帝」
「…私を怒らせるな、餓鬼共」

「「まぁ、怖い」」


重なった2つの声が笑う。
忌々しいものを睨むクリスの美しく短い金髪が乱れ、彼女の眉に益々皺が刻まれていく。

「図に乗らない事ね、高が男爵の分際で」
「私達は公爵の姫、貴方とは違うのよ小母様?」
「優しくして欲しいなら怒らせないで?ねぇ、クリス様」
「もう1つの血が狂ってしまうわ、大好きなクリス様を食べてしまいたいって…」
「そう、プリンスヴァーゴと同じ血が」
「この身に宿る光と闇が」

硝子玉の様な瞳から、二人揃ってコンタクトを取り出した。現れた闇色の双眸が真っ直ぐクリスを刺し、


「私は麟K=ヴィーゼンバーグ」
「私は藍K=ヴィーゼンバーグ」

ゆったりと笑った二人が掻き消える。

「ブラックシープ、クリス様はマリア・テレジアの不義」
「レヴィの血は、キングとロードに半分こ」
「な、」
「「ご機嫌よう、シスター・テレジア」」

怯んだクリスが舌打ちし周囲を見回したが、最早二人の姿は何処にも存在していない。

「何なんだ、あの二人は…。何処まで知ってる?」

いつからか勝手に住み着いた双子。表向きには親戚扱いだが、その素性は誰も知らない。来客を歓迎する嶺一を前に、この1ヶ月ずっと疑問を口にしなかった。
密かに調べさせようと招き入れた調査員は悉く入院し、喋れる状態ではない。


「…佑壱は、零人は無事だろうか」

ざわざわざわざわ、嫌な予感ばかり皮膚を這い回る。己の子供でありながら未だ抱き締めてやる事も出来ない長男は、自分に似ていない。父親にそっくりな、誰からも愛されるであろう顔立ち、愛した男と同じ赤い髪、黒い瞳。

なのに何故、こんなにも不安なのだろう。二度と帰るつもりのない家が、いつか息子に吐き捨てた台詞が襲い掛かる。

「逃げるのか、と。いつか私は言った。…可愛いファースト、出来るなら生涯光の元で笑いなさい」

胸元で素早く切った十字、握り締めたクロス。


「神よ。忌まわしき我が身を救い給え、アーメン」

神など何処に存在するのだ。

「せめて、この身と引き換えに我が最愛の薔薇を三輪。…最期の眠り訪れし刻まで、健やかに」

光の下に生きる事を許されない自分を救ってくれる神など、何処に。


「─────クリス様?」
「…ん?あら、嫌だ。そんな物置部屋で何をしているのハニー?」

開けたままだった扉の向こうから、信頼する夫の部下と、普段そう口にこそしないが愛してやまない男の声を聞いた。

「佑壱の部屋なんて、有って無い様なものなのに。お片付け?手伝おうか?アタシお掃除大好きだし!」
「だからと言ってこんな幼女趣味の部屋にしてしまえば、益々お帰りにならないでしょうね」
「コバック、佑壱はあれで中々お姫様趣味の変態なのよ。一度だけテディベア抱いて寝てる姿を見た事があるわ、鼻血噴くかと!」
「小林です。…確かに、ゴスロリはお好きそうですがね、誰かに似て」

震えそうになる体を必死に押し殺しながら振り返り、図体に似合わない可愛らしいパジャマを纏う男に手を伸ばす。

「あわっ、と、…ハニー?」
「クリス様、やはり何かございましたか?」

この男と息子を守る為なら、何でも捨てられるのに。

「ちょ、コバック!嵯峨崎嶺一、今夜頑張りフラグ?!娘が欲しいのよ!」
「さて仕事しましょうか、社長。誠心誠意お仕えしますから、私が」
「アタシはお掃除と空飛ぶ鉄の塊が好きな健全男子なのよー!」
「…秘書小林、執務室から外に出さない様に頼みます」
「承知しましたクリス様、どうせ向こう3ヶ月は休み無しです」
「嫌ぁあああっ、ハニー!」

この暮らしがいつまでも続くなら、

「アタシも行くー!離しやがれヤッシー!」
「小林です」
「レイ。私も明日から仕事で出るから、Mr.小林を困らせない様に。





I luv you, dear my rose.(愛しているよ)」


他に何も、要らない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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