帝王院高等学校
姿無き者の懺悔
親愛なる神様へ。



もしもそこにいらっしゃるなら、秘めてきた懺悔を聞いて下さい。






大好きだった人が居ました。
大好きだった筈の王子様みたいな人、でした。




そう、そんな人が目の前に現れたら幸せだと思う。



幼い頃に短い期間一緒に居ただけの、大好きだった人。まるで夢の様な夏休みだった。



交わした小指と小指の指切り、
ずっと忘れなかった約束、



月日は流れてあの頃より大きくなった自分に、彼は優しく手を伸ばした。








「久し振りだね、秀皇。会いたかったよ」




本当に、夢の様な幸せだったのだ。
まるで夢の様な再会だったから、大好きだった人。






『秀皇』
『お前に名を与えよう』
『私が子を残す事は生涯ない』
『秀皇』





親愛なる神様へ。





『私の小さな、ナイト』



背徳を罪だと呼ぶなら、裏切ったのはどちらが先だったでしょう。





『馬を持たぬ騎士に、翼を』




親愛なる神様。
大好きだった神様。









「何故、私を裏切るんだ。










…下等生物が」











貴方を憎んでしまった自分が、嫌だったのです。



















遠くに行きたかった。
誰も知らない夢の様な世界へ、一人。消えてなくなってしまいたかったのだ。


ひらひら、ひらひら。


際限無く散っていく今年最後の桜を眺めていた。来年また、この桜は花弁を散らすのだろうか。


風に誘われた花弁が、丘の下へ下へ流されていく。
羨ましさに西日の眩しさに目を細め息を吐けば、乾いた風。


「…」


何処へも逃げる事など出来ない癖に。
15歳の子供に出来る事など何一つ存在していない癖に。


毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、何かから首を絞められている様だった。
見えない何かが確実に迫って来る。
狂った悪夢ばかり日毎夜毎、繰り返されて息の仕方も判らなくなっていく。



助けて欲しいと。
縋れる神など何処にも居ない。




「よっ、少年!」


背後から誰かの声が呼んだ。
振り返る必要性を感じられず、静かに見つめていた高台からの町並みに息を吐けば、背中に強烈な痛み。

「コラ、何シカトしてくれてんだこの野郎。この俺が呼んでんだろーがァ、返事くらいしやがれ!」

ゲシゲシ蹴られる感覚に苛立ちながら振り返えれば、自分の胸元辺りに跳ねた茶色の髪が見えた。

「…」
「やっと振り返ったかァ、サボり少年。昼前からぼーっと座り込みやがって、悩みか?!」

偉そうに胸を張り不敵な笑みを浮かべる、中学生、いや、下手をすれば小学生の姿。
想定外の事態に暫し呆けていると、白衣を翻した少年がもう一度足を振り上げた。

「コラ、このボケナス!」
「何をするんだ、坊や」
「だから返事くらいしやがれっつって…って、誰が坊やだ誰が!」

寝癖か天然か跳ねた茶色の小さな頭を撫でようとすれば、目を吊り上げてじたばた暴れ出す子供に困惑するよりない。

「良いから少し落ち着きなさい、保護者はどうしたんだ。交番の場所が判らないなら、俺が一緒に行ってあげよう」
「あったま来た!」

宥めるつもりで、親友から毎日毎日押し付けられている駄菓子を取り出せば、菓子を掴んだ手をパシンと振り払われてしまった。

「何をするんだ、酷いじゃないか」
「お主っ、黙って聞いてりゃア、俺の事を中学生扱いしてやがるだろ!」
「いや、小学生…」
「何だとぉう?!これを見やがれっ、この野郎ッ!!!」

癇癪を起したらしい子供が己の胸元に親指を突き立て、もう一方の手を細い腰に当てる。


「…胸部外科インターン実習生?」
「こちとら今年の春に医学部卒業した、列記とした24歳だっつんだよ!」
「─────え?」
「朝っぱらから夕方になるまでぼーっと座り込みやがって、此処はうちの病院の敷地内だ!」

今更になって周囲を見渡せば、確かに離れた所に大学病院がある。あれは確か自分の家が出資している病院の一つだと思い当たり、患者らしき人達が不安げにこちらを見ている様に気付いた。

「警備が話してっからどんな不審者かと思や、その格好からすっとお主高校生だろ!」
「あ、ああ、はい。何か、すみませんでした」
「学校はどうした学校はァ」
「今日は、生徒会しか無かったので…」
「ふーん、生徒会?お主、ちゃんと学校に貢献してるじゃないかィ。立派だねェ、見直した」
「有難う、ございます」

うんうん納得げに頷く姿はやはり何処からどう見ても中学生、いや、小学生だ。ブカブカの白衣は他の人間にとっては小さいのかも知れない。
痙き攣る口元を押さえながら、確かにいつまでも座り込んでいたら不審がられるだろうと置いていた鞄を掴む。

「ご迷惑をお掛けしました。速やかに退散しますので、」
「まァ、待ちやがれ」
「うわ」

がしっとブレザーの裾を捕まれた。見た目に似合わない強靱な力に瞬いて、片手で手招く医者の卵に目を向ける。

「茶ァくらい出してやるからョ、ちょいと付き合えー」
「はい?」
「小言ばっか煩ェ院長から逃げて来たトコなんだ、絶好の鴨…」
「鴨って…」
「何か悩んでんだったら聞いてやっから、遊ぼうぜ!」

グイグイグイグイ引っ張られていく間にも僅かながら抵抗するが、本気になって怪我でもさせたらと、その小さな旋毛を見つめながら半ば諦める。
短く息を吐けば、くるっと振り向いた大きな瞳が睨んできた。

「ジジ臭い溜め息ばっかしなさんな。老けるぞ」
「…すみません」
「で、お主名前は?」

こんな風に何の屈託無く話し掛けてくる相手など、家族か親友くらいだった。その家族が最早頼れない自分は、マイペースでしっかりした親友と、抱き付く度に困った様に首を傾げる物静かで優しい親友だけが心の支え。

「帝王い、…いや」
「何だって?」

やりたくもない生徒会長も、天皇の名前も全部、投げ捨ててしまいたい。その肩書きのお陰で親友と肩を並べる事も出来ないのだから。
もう、戯れる事も出来ないのだから。

「名前、は」
「ん?」

抱き付く度に困った様に首を傾げる物静かで優しい親友を思い出した。色んな愚痴を迷惑がらず聞いてくれて、守る様に寄り添ってくれる大切な、友達を。



ただ、それだけ。
嘘を吐いた事への罪悪感など、微塵も感じなかった。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、狂った悪夢ばかり日毎夜毎繰り返し、神の様に他人から畏まられて。
人間らしい感情を失ったのだろうか。



「ひで、たか」


大好きな親友の名前を。
まるで魔法の呪文の様に呟いただけ。


「どんな字だィ?」
「眉目秀麗の秀に、永年隆盛の隆」
「偉そうな名前貰った奴っちゃな。まァ良いか、じゃ、今度はこっちが名乗ってやらァ」
「名札に、載ってるから。判ります」
「煩いな、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろー」


小高い丘の上の楽園。
舞い落ちる桃色の下で、その人は誰よりも快活に不敵に笑った。汚いものなど何も知らない顔で、とても晴れやかに、



「遠野俊江だ。宜しくな、ボーヤ」
「とし、え?」
「だから言ったんだ、誰が坊やだってよォ。後で土下座しろよ、お主」



誰よりも清々しく。

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