帝王院高等学校
ふわふわミッキー時々うさちゃん
ふわり、ふわふわ。
暖かい何かに包まれて、ふわり・ふわふわ。雲の上。



カチャリと微かな金属音。
頭をヨシヨシ撫でられて、ああ、夢見心地。



「…俊」



ちゅ、と。
オデコでネズミが囁いた。


ちゅ、ちゅ、ちゅ、と。
ほっぺに鼻に額に駆け回る愉快げなネズミ達、擦り寄って来る鼻先に手を伸ばした様な気がしたのは夢だろう。

振り払われなかったから、夢だ。


銀色のにゃんこが見えた気がする。
ワンコより大きくて、にゃんこより甘えん坊な銀色の。駆け回るネズミ達を捕まえに来たのかも知れない。
こんな平凡で地味で根暗な男の元に、可愛いにゃんこは寄って来ないだろうから。きっと、ネズミに呼ばれてきたのだ。



ちゅ、ちゅ、ちゅ。
ちゅ、ちゅ、ちゅ。



なのにミッキーは増えるばかり。
ああ、擽ったい。今度は腕から指先まで駆け回る、姿無きネズミ達。擽ったさに身を攀じると、ネズミ行進が止まった。


ふわふわな何かの上で、暖かい何かが離れる気配に伸ばした腕は、

「ネンネ、ょ」

サラサラな銀色の毛並みを抱き締めた途端、


「…クラウンスクエア、コード:ルークを除籍しろ」


魔法の呪文を子守歌に。



「健やかな眠りを妨げる者が無いよう」













その温もりを閉じ込めたのだ。















凄まじい勢いで掛けていく彼を、頬を染めて見送る少年達が見える。

「あっ、南天姫じゃん」
「うぉ、抱きてぇ!」
「何かに追われてるのかな?」
「ん?…何だ、あの丸っこい奴」

その後ろの追跡者を認め、少年達は一様に首を傾げた。

「か、川南先輩っ、動いたら駄目ですよぅ」
「煩いなお前!トロい癖に付いて来んなよっ」
「でもぅ、脳震盪起こしてたんですよぅ、川南先輩ぃ」
「だからっ、お前には関係ないだろ!」

今にも倒れそうな表情の桜がぽてぽて駆けていく。染め過ぎてミルクティーの様な金髪の北緯が後ろも振り返らず苛々叫び、通り掛かる他人を逐一睨み付けた。

「ったく、情けない!副長を残して何寝てんだよ俺は…!」

ギリギリ、噛み締めた歯が今にも砕けそうな音を発てている。徐々に離れていく背後の気配を振り返えれば、

「川南せんぱ、わぁ!」

ぽてっと転んだまん丸ボディが額を押さえているではないか。
余りの間抜けさに思わず足を止め、拳を握り締める。


「…何なんだよ、本当」


『ダセェな、川南二号』
『兄貴の代わりに殴らせろよ』
『はっ、根暗野郎が。いっつもカメラ握って、兄貴のお手伝いでもしてんのか?あ?』
『じめじめキモい本ばっか読みやがって、ウゼーんだよ!』


中等部時代。
酷い苛めに遭った事がある。進学コースでも落ち零れ生徒だった自分は、何でも軽々こなす双子の兄とは違って人見知りはするは口下手で、大人しくて。
真っ黒で地味な髪型、目立たない様に教室の隅にばかり居た。話し掛けてくれるのは北斗だけ。友達も居ない。

小さい頃から明るくて優しい双子の片割れはそのまま二年Sクラスに進み、それまで控え目だった弟の苛めは加速した。
降格したからだ。Aクラスに。


「─────間抜けな奴…」
「ぁ、川南先輩待って下さぁい」

明るくて優しい自治会役員の兄は皆から慕われていて、風紀委員だったから不良から睨まれていた。彼らの復讐は全て弟に。
真っ直ぐ向けられて、誰も助けてくれないまま、兄にも言えないまま、もういっそ。死んでしまおうかと思った時に、夏。


初めて間近で見た赤髪の帝君が、呻きながら倒れ込む不良達の中心で不敵に笑った。


『川南二号、お前あのノーサの双子だろ。…似てねぇなぁ、弱っちぃし目立たないし』
『何で、助けてくれたの、紅蓮の君』
『弱い者苛めは規則違反なんだよ』

右頬に痛々しい痣、擦り傷だらけの整った顔、勝ち誇った笑み、自信に満ちた眼差し。そのどれもがどうしようもなく格好良かったから、

『強くなりてぇなら、手ぇ貸してやろうか』
『…え?』
『苛めた奴らに何もヤり返せねぇ男なんざ、ただのゴミだかんな』
『何で、俺なんかに…』
『あれだ、償いってあれだ。弱い者苛めしまくって来た罪を償う為に、お前を叩き上げる。っつーかテメー、物理は毎回満点らしいじゃねぇか。俺はこう見えて機械と相性が悪ぃ』
『機械音痴って事…?』
『最近新しいビジネスを始めたんだよ。うちは大半が肉体派だからな、頭脳派が足りねぇ』
『ビジネスって』

ヨロヨロ追い掛けてくる桜が何度も何度も叫んでいた。

「川南先輩ぃ」
『喫茶カルマの従業員だ』
「待って下さぃよぅ」

待って下さい待って下さい、今にも泣きそうな表情で。

『1日三食以上保障、』
「トロ臭いデブ!しつけぇんだよ!」
『成績アップも間違いねぇ。阿呆はカルマに認めねぇからな』
「川南先輩ぃ、待って下さぁい。そんなに走ったらぁ、倒れちゃぃますよぉう」
『お前が今まで見てきた世界の風景が変わるぜ』
「煩い!殴られたいの?!」

打ち付けた額に涙目で、なのに他人の心配ばかりしながら追い掛けてくる。


「川南先輩ぃ、」
「…」
「わぁ、痛ぃ。廊下が濡れてて滑っちゃったぁ」
「………」
「川南先輩ぃ、待って下さぁい。医務室に戻らないとぉ、駄目ですよぅ」
「……………」

結果、佑壱の言葉に従った自分。
強くなって自信を持てる様になった。苛めた奴も見返して、馬鹿にした奴らも見返して、今ではSクラスでも上位に名を連ねる兄と対等になれた。


『初めまして、燃える情熱を内側に閉じ込めた凛々しいキティ』

あの佑壱が無条件に従う男から差し出された手を握った。色んな本の話をした。明らかに素行が悪そうな仲間から、護身術を習った。
ヤリ返して負けたら俺らが仕返ししてやるから、なんて豪快に笑う仲間といつものカフェで。カフェの経理やらカルマの情報処理やら任せられる様になった。

『おいで、キィ。一緒に本を読もう』

弱い者苛めは規則違反、だ。


「ぃたた…」
「…本当、鈍臭いね君」
「ぁ、川南先輩…」
「そんなんだったら、苛められるんじゃない?」
「ぇっと、俊君と太陽君が助けてくれるのでぇ、大丈夫ですぅ」
「ま、総長に勝てる奴なんか居ないけど。少しは自分で努力しなよ、男なら」
「ぁ、はぃ。頑張りまぁす」

手を貸してやり、立ち上がった桜の呑気な笑顔を前に溜め息一つ。

「とにかく、副長を探さなきゃ」
「紅蓮の君ならぁ、俊君にメールすれば見付かるんじゃないですかぁ?」
「総長のメアド変わってんだよ!ったく、ユウさんなんか毎週ケーバン変えてるって言うのに…」
「ぇっとぉ、僕ぅ俊君のメアドも紅蓮の君の電話番号も知ってますよぅ」

きょとん、と首を傾げる桜を前に片眉を跳ね上げた。失踪と同時に繋がらなくなった俊の携帯メールは勿論、女と揉める度に携帯番号を変える佑壱の電話番号を知っているカルマは少ない。
番号変更のメールすら送って来ない佑壱の携帯番号は、カルマ7不思議の一つである。因みにメールでの総長のキャラの違いも7不思議の一つだ。

「は?何でお前なんかが、」
「俊君はぉ友達ですしぃ、紅蓮の君とぉ菓子作りするぉ約束したのでぇ」
「お菓子、作り、って…」
「ぉ菓子の作り方教えろってぇ、言われましたぁ」
「そんな、馬鹿な…」

料理に関しては天才を通り越して怪物クラスの佑壱が、他人に教えを請う筈が無い。
一度食べたものは大体一回で作ってしまう必殺料理人、いや、必殺料理ワンコなのだから。

「ぁ、僕のぉうち和菓子屋さんなんですよぅ。これ僕が作ったぉ饅頭なんですけどぉ、どぅぞー」

ふっくらした手からウサギの形をした饅頭の包みを渡されて、こんなものを今時のヤンキーが食べて堪るかと思いながら、総長ならテンション上がっただろうなと的外れな事を考えた。
無防備に受け取ってしまったそれをやはり無防備に口へ放り込み、


「!」



何だ、この雲の様なふわふわ感にインパクトの強い黒蜜の甘さ、控えめな蜂蜜のハーモニー。舌の上で溶けるウサギの中に隠れた酸味、これはまさか苺?!

内外で奏でる甘味と酸味の紅白コラボレーション、ふわりと溶ける癖に強烈な印象を根付けて不良の心を掴むとわ!


こやつ、侮れないぜ!




…などと、ボスワンコ真っ青な感想を北緯が心の中で絶叫したとかしていないとかにはこの際突っ込まない様にしよう。

「うま」
「本当ですかぁ?」
「嘘なんか言ってどうすんの」
「わぁ、嬉しぃなぁ。紅蓮の君とは葛切りを作るぉ約束なんですよぅ」
「………ああ、うん、そっか」



中々侮れない、ぷに受け。



後日オタクからBLを叩き込まれる事になる川南北緯16歳は、後にそう語るらしい。

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あきゅろす。
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