帝王院高等学校
あ、そんな所に潜り込んだら駄目れす
「─────仰向け。」

喉の奥がコトリと音を発てる

「…腹を晒すのは服従の証だと知っていますか?」

  (仮面越しに見る世界は芸術的だ

「急所を晒すものですからねぇ」

    (怯えた瞳に暗い欲が湧く



「無様な姿だ」
「う、ぁ」
「…自尊心の高い貴方には、不似合い過ぎて滑稽な程に」



無尽蔵に



「人間とは面倒な生き物ですよ。己の生み出したつまらない感情などに支配され、秩序を乱す」


貪り尽くせるものなら今すぐに
  (誰にも邪魔されず密やかに
    (何せ世界に二人きり
      (食らい尽くせるものなら歓んで

「しゅ、ん」
「感情は電磁パルスとして大脳から発生し、血液を巡る。電力は水分を伝いますから」
「ゃ、めっ」
「静脈を駆け巡り、軈て動脈から心臓へ忍び込み…バァン。小さい胸は感電してしまう。可哀想に」
「─────俊!」
「…可哀想に。」


どうせ世界に二人きり


「私は貴方を好きでも嫌いでもないのです。貴方は私を嫌ってらっしゃるでしょうが、ね」


所詮、世界に二人きり
  (神は手の届かぬ昂みで
    (人間には見向きもしない



どうせ世界に二人きり



「なので、」


まるで燃え盛る地獄の業火の様だ、と。





「飽きれば、解放して差し上げますよ。」







(心の中で吐き捨てた台詞は)
(何処に消えたのだろう。)










ゆらり、ゆらゆら。
僕は深い深い海の底を漂っている。


ふわり、ふわふわ。
僕は暖かい雲の上を漂っている。





世界は真っ暗だ。











「…やってらんねぇ。」


呟いた彼は野性的なブロンドを掻きながら、シガレットケースから取り出した煙草を咥えた。

「毎回尻拭いは俺様じゃねぇかよ、あの我儘野郎共が」

乱れ一つない制服のネクタイを緩め、星を覆い隠した闇空をゆるやかに見上げながら火を点ける。

「勝負は何事も冷静に冷静に。…判っちゃいても、面倒臭ぇ」

ぐったりとした四人分の人影を横目に、吐き出した紫煙を手で払う。
惨め過ぎだ。
年下相手に何をしているのだろう。
腹が立つ。


主に、─────自分に。


「…ダセェな、本当」

まず手近の要を黙らせた。
怒り狂った隼人と健吾を庇う佑壱に苛立って、見せ付ける様に二人を組み伏せれば一対一。



懐かしい記憶を揺り起こされた。
生意気な赤い眼差しが高い位置から睨んで来た、近い昔話。


「二葉より強いんだよマジで、俺は。俺様を恐がらせやがった銀髪野郎をいつかブッ潰すつもりで、無駄に努力したからな」

呟いた台詞は恐らく届いていないだろう。二葉の本気を知らない自分は、それでも二葉に勝っているのが判る。負ける気がしない。腕力だけなら二葉を上回る佑壱ですら、組み合いに負けたのが敗因だ。
例えそれが負傷した為だとしても。


「…だから、カラコン付けたまま寝てんじゃねぇっつーんだよ馬鹿犬」

折り重なる要達を庇う様に伏せ込んだ背中へ眼を落とす。敵に背中を向ける様な男ではなかった筈だ。
初めて見た時は神威に生き写しの空虚な眼をしていた。何かに依存する為だけに誰彼構わず喧嘩を売っていた。

初めて負けた時のあの眼。
珍しいものを見た様なあの眼。知っている。自分もそうだった。今なら良く判る。



『この界隈は俺の縄張りなんだよね〜、お兄さん』

初めて負けた日を思い出した。
完膚無きまでに敗北した日を。


『どうして、イチを苛めるんだ』


傷だらけの佑壱を庇う様に佇んだ長身。その声を聞いた次の瞬間にはアスファルトとキスしていたと思う。


『…子猫は戯れるものだ。可愛らしい引っ掻き傷なら、甘んじて受けよう』

全てを従わせる圧倒的な力量。
勝者にしては無機質な声音は静かに鋭く世界をらせる。

あの圧倒的な生き物に従う佑壱の理由はすぐ理解出来た。
遥か昔、二葉が褒めた佑壱はそれでも適わない神威から逃げ出して、結局は逃げ出した飼い主に似た人間に従っているだけだ。


「………」

右手に紫煙を昇らせるシガレット。左手人差し指の先に、赤いレンズ。
屈み込んで覗き込んだ赤い髪を払い避けて、現れた美貌の瞼を辿る。

「マジで、二葉と同じ色か」

深い海色のダークブルー。サファイアの眼を前に痙き攣る笑いを零して、短くなった煙草をリノリウムに落とし踏む。

「フェインが無条件に可愛がる筈だ。…自分には無いものだからなぁ」

適当に嵌め直してやったコンタクトがどうなったかは知った事ではない。
無理矢理開かせていた瞼から指を離し、小さく息を吐いた。とりあえず、校内で暴れ回った生徒への処分、と言う体裁は保たれた筈だ。後になって二葉が何かをしようとも、表向き副会長の決定に否を唱える事は出来ないだろう。

グチグチねちねち嫌味を浴びせられた所で、十年以上一緒に暮らしている仲だ。今更どうだと言う事もない。


「…このまま放っとくのは面倒だな」

今にも起き上がりそうな隼人と健吾に呆れ混じりの舌打ち一つ、携帯を取り出して素早くコールする。
徘徊しているだろう神威の居場所を探るよりも、見つかる前に逃げる方がずっと賢い選択だ。何からも無関心、つまりは何にも躊躇わない男は敵味方無差別で凪ぎ払おうとするだろう。

佑壱の背中に躊躇わず手を伸ばした男から、赤い髪を引っ張り逃したのは自分だ。
曲がりなりにも会長が生徒を殺してはならない。

寝覚めが悪過ぎる。


「─────俺だ。…今すぐキャノンに来い。出来るだけ人手集めてな」

甲高い声で了解を示した相手に眉を寄せ、遊び相手の指名以外では滅多に掛ける事が無い親衛隊気取りの曰く『姫』を思い浮かべ、シガレットケースからもう一本取り出した。
目を開いた隼人が倒れた佑壱を認めクシャリと情けない表情を浮かべる。辛うじて持ち上げた指に嵌められた指輪に舌打ちし、煙草を咥えたままその手首を掴んだ。

「…気安く触んな、病原菌やろー」
「嵯峨崎の腕を折るのと、大人しく寝た振りしとく。どっちが良いか選ばせてやるよ、糞餓鬼」
「なに、脅してるつもり?ばっかじゃないの、隼人君はこんなロン毛副長なんかどーでもいいんだよねえ」
「素直な奴だ」

右手で隼人の手首、左手で佑壱の襟足を掴めば、人を舐めた笑みを浮かべた2つ下の男は凍える様な殺意を滲ませた。


「命が惜しいなら従いやがれ」
「汚い手を離せ、…くそったれ!」

笑う唇はそのままに、眼だけが凍っている。

「死んだがマシな目に遭わせてやる…!」
「ヘラヘラしてるかと思えば、テメェも飼い馴らされた犬っつー事かよ」
「てめぇの左手、圧し折ってやんよ!」

もう数年経てば辛うじて残った幼さも消え、格段に成長するだろうと思わせる美貌。自分と大差ない長身、世界を舐めた態度、負けを負けと認めないポジティブさ。
眩しいくらいの若さだ、などと年寄り染みた事を考えた自分に吐き気がする。

「テメェらが何処まで知ってんのか知らんが、別に俺様はテメェらの敵じゃねぇ」
「ぶっ殺すぞ、タコ」
「やめなさ、い。…ハヤト」

眉間を押さえながら目を開いた要が上に覆い被さっている隼人を押し返し、皮肉げに笑った。

「あ、カナメちゃんいたの」
「良くもまぁ、美月の人間だった俺は勿論、この人数相手に余裕ですね…ベルハーツ殿下」
「やっぱテメェ、昔見たあの餓鬼か。二葉が直々に育てたっつー、祭家の次男」
「妾の子供にその呼び名は相応しくありませんよ」

諦めた様に吐き捨てた要が漸く起き上がり、寝息を発てる健吾を横目に隼人を睨む。


「愛人の息子っていろいろ大変だよねー」
「何も彼も知っていた的な顔、しないで下さいませんか」
「だってさー、祭美月とカナメちゃん、そっくりなんだもん。特にウェストのラインとか」
「死ね」

要から殴られそうだった隼人が素早く避け、寝転がる健吾を蹴り転がした。

「うひょ?!Σ( ̄□ ̄;)」
「ぐーすか寝てんじゃねー、猿」
「あ、メンゴメンゴ僕ケンゴ(´Д`*) …って、うひゃー!光王子が出たー!」

呆れている日向を前に飛び起きた健吾と言えば拳を固めファイティングポーズ、肩を竦める隼人にも眉間を押さえる要の溜め息にも気付かず、大の字に転がされた佑壱へ張り付いた。

「ユウさんユウさんユウさーん!超危機!光王子が居るっス!(ノд<。)゜。」
「やめておきなさい、ケンゴ」
「ムダに決まってんじゃんか、ばか猿ー」
「ユウ様ぁあああ!!!(;´∩`)」
「あー………だから朝飯は、冷蔵庫の後ろの棚の一番奥の段ボールの中の発泡スチロールで隠した鍋の中だっつってんだろ…」
「副長ぉ!(´;ω;`)」
「歯ぁ磨いて来い…ぐー」
「副長ぉ!!!!!( /Д`)」

ボリボリ腹を掻きながら眉間に皺を寄せるワンコは完全に役に立たない。


「…諦めろ、餓鬼共。何か知らんが、お前らも苦労すんな」
「うっさいよ、金髪ジジイ」

日向の呆れが滲んだ台詞に、満面の笑みで毒を吐いたのは隼人だけらしい。

嵯峨崎佑壱は超低血圧だ。

すぐ喧嘩を売る短気な割りに、寝起き30分の機嫌がどうしようもなく悪かった。と言うよりは、佑壱が喧嘩を売る時は大抵朝から昼に掛けてが多いのだ。授業に出ない不良生徒なので、知っているのはカルマの中でも極一部である。


因みに一昔前、寝起きの佑壱14歳は、週刊漫画を抱えてスキップしていた俊に殴り掛かり、敢えなく返り討ちに遭った。
以降、寝起きの彼はベッドの上で目が醒めるまで『待て』する事を覚えたらしい。

「起きてよユウさーん(Тωヽ)」
「ぐー。…あ、総長…そんな所に潜り込んだら…駄目れす…。そこには小豆ミルフィーユが…ぐー」
「だめだこりゃ。ユウさんったらお腹丸見えー、わんわん、踏み潰しちゃおっかなー」
「ハヤト、命が惜しいならユウさんに性的嫌がらせはやめておきなさい。寝起きのユウさんは本能の塊ですよ」
「…ん?そう言えばタイヨウ君どうしたんだっけ?┌|∵|┘」

漸く太陽の存在を思い出したらしいカルマ一同は揃って首を傾げ、まぁいっかと丸投げした。

「眼鏡のひとに捕まってそーだけどお、ちょーどうでもよい感じー」
「まぁ、彼なら自力で逃げ延びるでしょ。あれで中々、瞬発力はありそうですし」
「足もケッコー早いっしょ。逃げ足なら確実早そうじゃぞb(・∇・●)」

今は目の前の何様野郎を倒し、且つ佑壱を起さない様にゆっくり運ぶ必要がある。こんな所に佑壱クラスの美形を放置すれば、明日には貞操と言う貞操が奪われてしまうだろう。
ホモの親玉が居るではないか。目の前に。

「うちのママの処女はあげないからー」
「あ?何の話だテメェ」
「総長に副会長から苛められたとつい零してしまうかも知れませんね…」
「…おい」
「見逃してくれるなら許してやっても良いっしょ(*´∇`)」
「卑怯の風上みてぇな奴らだな、テメェら」

こう見えて卑怯嫌いな日向が塩っぱい顔で燃え尽きていた煙草を放り投げ、近付いてくる足音に顎を向けた。


「だから言ってんだろ、馬鹿犬共が。命が惜しいなら俺様に従いやがれ」
「隼人君を性奴隷にして毎晩セクハラするつもりなんだー、ボスー怖いよお」
「隼人や健吾だけに飽き足らず俺まで?貴方は本物の変態ですか!」
ホモ撲滅!(´;ω;`)」


大の字で転がる佑壱を盾にその背中へ潜り込んだワンコを、凄まじい笑顔で黙らせる副会長が見られたらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!