帝王院高等学校
主人公、夜王にチューを奪われる
自称副会長と言う男を撒いて、本能のまま走った結果。




俊は何度目かのプチ迷子に陥った。



「…あの城は何だ、建設費幾らですか」

見上げれば人が造り上げたとは到底思えないヨーロピアンな城。
俊の月3300円と言うお小遣いでは建てられないだろう事だけは辛うじて判る。
恐らく高等部校舎だろうが、1人で探険するのは憚られる雰囲気だ。



「入場料幾らかしら?学割的なサービスはあるのかしら?!」


『田舎者お断り』と言う看板の幻覚が見える。



帝王院は山奥だ。
言わば敷地内全域がド田舎だと明記して置こう。



「ポッケに120円入ってたにょ」

手近な休憩エリアでジュースを買い、全く人気の無い芝生に腰を下ろす。
副会長『高坂日向』を思い浮かべ、俊は眼鏡を曇らせた。切ない溜め息で。

「副会長は腹黒王子だって、信じてたのに…」

あれは最早完全な『俺様攻め』だった。
王子と言うより皇子、あれで生徒会長だったら何の不満もなかったと言うのに。


何か色々殴られたりしたよ〜な気もするが、それ所ではなかった。

「危なかったにょ。もうちょいで僕の期待を踏み躙った俺様攻めの首を締める所だったァ…」

ぽつり、呟かれたオタクの発言はとんでもなく危険だ。
不良、早い話がヤが付く夜の王様みたいな生活をしていた時は自分から人に挑んだ事はない。

殴られようが蹴られようがひらりひらり避けて、面倒臭さの余りに『背負い投げる』まで何をされようが頭にきた事などなかったのに。

「…俺様攻めは、生徒会長だけにょ」

駆け出し腐男子として、そこは譲れないのだ。全国各地に棲息するフの付く仲間と、連夜チャットで語り合った学園話にどれだけ夢見ただろう。

俺様攻め、腹黒攻め、たまにロマンスグレーな理事長。そしてホストな担任。


主人公は否が応にも皆から愛されてしまうのだ。


「総受けはあんまり好きくないなり…」

ぷしゅっと開けたジュースのプルタブを胸ポケットに仕舞い、膝を抱えた。
思い通りに行かない学園生活は、初日で壁にブチ当たったらしい。切ない溜め息で眼鏡も心も曇る。

「これでもし会長が『受け』だったら、…明日から何を目標に生きればいーにょ」

そうなったら太陽と佑壱を睡眠薬で眠らせ、違う学園に転校するしかない。

「あ、ちょーちょ。」

まともなものが一切入っていない胸ポケットから携帯を取り出し、紋白蝶のデート風景をパチリ。
続いてヨーロピアンなお城、そして人目を忍び抱き合うチワワな美少年二人



「ハァハァ」

どっちが攻めだろう。
興奮で眼鏡とうっかりフラッシュが光り、チワワなカップルは去っていった。



切ない。



「編入試験、落ちたら僕は死にます」

芝生に書いた遺書で蝶が逃げた。
膝を抱えたオタクは、携帯に入っている数少ないメモリから呼び出した佑壱のアドレスに悪戯メールする事で気分転換を図る。



タイトルは『今日から王』。

普通のヤンキーゆーいちが、仲間に裏切られオカマに裏切られ人間不審になりつつも挫けず、歌舞伎町でホストになる小話を全20話にしたためて、順次送信。


「感想はshunshun@junkpot.comeに送って下さいっと、…あ。」


ポチポチ携帯を連打していたオタクは、山場の16話目が未送信だと気付いた。


山無し落ち無し悪戯メール。
おや、正にヤオイ


「…えっと、『落丁・乱丁の場合はお取り替え致します』で、イイかなァ」

ついでに、この作品はハクションですと追記。実在の人物・団体・名称とは関係していませんヘックション、あー風邪引いたァ。



作者急病の為、クレームにはお応え出来ません。



「暇にょ」

白いブレザー、金糸で装飾された白いネクタイ、シークレットストライプが入った黒いシャツに同じく黒いスラックス。
帝王院の制服はお洒落過ぎて、オタクにはちょっぴりハードルが高い。

副会長はかなり着こなしていた気がする。
シャツはほぼボタン全開、腰にはチェーンがじゃらじゃら巻き付けられていて、耳には大量のピアスとかピアスとかピアスとか。


首輪まで装備の佑壱には適わないが。


「お耳に穴空けたら、耳たぶが腐って死んじゃうにょ…」

腐るのは豆腐とオタクだけで十分だと言うカルマ総長は、童貞も耳の処女も尻の処女も守り抜いていた。
友達を作るのもいっぱいいっぱいだと言うのに、彼女を作れて堪るか畜生。

ちょっとイイなと思っていた近所のヨーコさんは、先週お母さんになっていたし。

「ハァハァ、まさかヨーコさんが五児の母になるなんて…ハァハァ」

たれ耳が可愛いスコティッシュフォールド、ヨーコさんは美人なにゃんこだ。




「にゃんこ飼いたいにょ…」

何度となく母親にアピっている俊は、その度に『イチ君で我慢しなさい』と言われ憤ったものだ。
一度だけ買い物中に佑壱を見た母は、初めましてより早くほざいた。


『まぁ、ワンちゃんみたい』


母は息子以上にマイペースである。


「ワンコよりにゃんこのほ〜が、ちっちゃくて柔らかいんだろうなァ…」

誰だってそうだろう。
自分よりデカいヤンキーなワンコより、ツンデレなにゃんこの方が可愛い筈だ。
佑壱を可愛いとは大分言えない。言うなら明らかに格好良い、これに限る。


「…」

佑壱からの返信はない。
太陽のメアドはまだ知らない。
酷く懐かしい顔は以前よりずっと大人びて、以前よりずっと光に満ちていて。


『えへへ、シュンシュンだ〜い好きだよ〜』

もう、あの笑顔に出会う事はないのだと、思い知った。



「俺が皇帝に働いた無礼を鑑みれば、…当然か」

随分高い位置から見下してきた瞳を思い浮かべ、小さく笑う。
可愛い可愛い、金色のにゃんこ。

「大きくなったなァ、ピナタ」

きっともう、話す事もないだろう。膝の上に座らせて旋毛を撫でる事もないだろう。
判っていた筈だ。あの猫は、皇帝のもの。



「王様になりたい」

皇帝は無理でも、ヤが付く帝王にならなれそうな気がする。
ヤオイの帝王、腐男子の夢だ。

「随分際どい独り言を言う奴っちゃなぁ」
「ぅわァ!」

いきなり背後から肩を抱かれ、零し掛けたジュースが長い指に奪われる。

「おっと、悪いなぁ。脅かしてもうたか?」
「ふぇ」
「妖しいモンと違うさかい、安心しぃや」

振り向けば眼鏡の向こうに、ホスト。





ホ ス ト




「ホ、ホストォオオオォオ!!!」
「わっ、何やのお前っ、いきなり叫ぶなや!」
「ハァハァ、ホスト、ハァハァ、ホストォオオオォオ!!!」

フラッシュが瞬いた。
切れ長の瞳を細めた男は呆然と頭を掻き、無意識にピースサインを出して『サインが古いわ!』とセルフ突っ込みをカマす。

「つか誰がホストやねん、何処からどう見ても爽やかなスポーツマンやん」
「ジャージ…」

よくよく見れば男の衣装はジャージ、然も上下色違い。
上が小豆色で下が桃色なんて有り得ない筈だ。オタクでも流石に辛口ファッションチェックをしたくなる。
俊がヤオイの帝王なら、向こうは明らかに夜の帝王だ。夜王、なのに小豆色プラス桃色なんて。足し算なのにマイナスにしかならない、ああ無常。


似合ってなかったら殴らせて頂いた所だ。

「お前、迷子の迷子の子猫ちゃんやろ」
「何で判ったにょ?はっ、まさかタイヨーに横恋慕してるホスト担任ですか?!お待ちしてましたっ!」
「おおう、担任やて知っとったんか?何か理解不可能な台詞が聞こえた気ぃもするけど、ま、ええか」

立ち上がり腰に手を当て、俊の飲み掛けのジュースを遠慮なく飲み干した男は気障にウインク一つ。

「男はダイエットコーラなんか飲んだらあかんで」
「せやかて僕のオカンそれしか買うてくれへんもんにょ」
「うわ、半端ないわ。コイツ関西弁使いよった!」

腹を抱えてゲラゲラ笑うホストにオタクの眼鏡が曇った様だ。
関西弁のホストなんて、見たくなかった。

「改めて宜しゅう、俺が1年S組の東雲村パチ先生やで〜」
「初めまして東雲村崎せんせー」
「うんうん、宜しゅうなぁボケ殺しの遠野俊くん」

缶をバスケのシュートフォームでごみ箱へ放り投げ、缶の行方を見守る事なく彼は手を差し出してくる。

「さ、ほな行こか」
「ふにゅん?」
「間接チューした仲やろ、お手て繋いで仲良く始業式出よか〜?」
「かっ、間接?!」



カタン、と。





「なぁ、新入生代表の遠野くん」


缶が目的地に収まる、音。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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