帝王院高等学校
それはとても暑い夏の日でした。
「きゃはは、きゃははは」
「リン、待って〜。もう、新しいお洋服が汚れちゃった!」

小さな少女が二人、楽しげに駆け回っている。
揃いの真っ赤なワンピースを翻し、豊かなブロンドを片やポニーテール、片や三つ編みにした二人は人形の様に同じ顔をしていた。

「ラン、遅いよ!早くクリス様の所に行こう!」

顔こそ似ているものの、先方を走る少女は全身で快活さを物語っており、やや遅れて走る少女は知的な風合いを漂わせている様に思える。
リンと呼ばれたポニーテールの少女は満面の笑みで両腕を上げ、後方のランと呼ばれた三つ編みの少女は胸元で手を組んだ。

「行こう!行こう!二人で悪者をやっつけたって報告しよう!」

硝子細工の様な甘いラムネ色の双眸を煌めかせ、少女らは笑い合う。

「冬臣伯父様にも教えてあげようよ!きゃはは、本当に日本人って弱いんだねぇ!」
「うふふ、ちょっと追い掛けっこしただけで動かなくなっちゃった!新しい玩具探さなきゃねっ」
「レイにおねだりしようよ!クリス様を奪ったアイツに!ロード様を裏切ったアイツに!」
「うふ、伯父様に褒めて貰えるかな?クリス様のボディーガード、みーんな動かなくなっちゃったんだからっ」

駆け回わりながらクスクス囁く様に笑う双子はサファイアの瞳を輝かせた。

「プリンスヴァーゴは足手纏いのお守りでお疲れだって。アイツさえ居なくなったら、リンとラン、大好きな人と暮らせるよ!」
「ヴァーゴが可哀想。アイツなんか野蛮人の癖に。あんな奴、居なくなっちゃえばいいのに!」
「大丈夫、アイツは伯父様がやっつけてくれるよ!だってアイツは伯父様からヴァーゴを盗った悪者だから!」
「そうだよ、リンはお金も玩具も要らない。プリンスヴァーゴと一緒にイギリスで暮らすのっ」

見えてきた扉を前に、二人は笑う。

「あんな奴、身内だなんて認めない」
「日本人なんか皆、居なくなっちゃえばいいのよ。レイも、アイツも」
「アイツが居なくなったら、プリンスヴァーゴはきっと喜ぶ!」
「クリス様を連れて帰って、枢機卿のお嫁さんにして貰うの!」

小さな手が二つ、扉の取っ手に伸びていった。

「きゃはは、ベルハーツが婚約者だなんて認めない!リンはプリンスヴァーゴのお嫁さんになるんだもの!」
「うふふっ、見た事もない相手が婚約者だなんて認めない!ランはプリンスルークのお嫁さんになるんだもの!」
「陛下にお願いしよう!」
「クリス様を連れてお願いしよう!」

「だってリンは知ってるんだもの!」
「だってランは知ってるんだもの!」

「枢機卿は黒羊!」
「名前もお顔も一緒なのに、枢機卿は天涯孤独!」
「誰から産まれたの、どうやって産まれたの、真っ白羊の群れに混ざった黒い羊!」
「可哀想な枢機卿!爵位継承権なんて産まれた時からないのに!」

お菓子とぬいぐるみだらけの可愛らしい部屋の中で、真っ赤なワンピースを脱いだ二人は同じデザインの白いワンピースに手を伸ばす。


汚れなき白を。
他人の血で染まったワンピースを暖炉に放り込み、今朝着替えたのと同じ服に着替え直せば、少女らは揃って鏡の前に並んだ。



「だってクリス様も気付いていない!」
「何で皆気付かない!」






「「道化師は陛下を妬んでいたのに!」」
























ねえ、君は覚えているかい?



初めて見掛けた君はとても冷めた表情で、何も彼も悟り切った目で空を眺めていたよ。



なのに酷く寂しそうだった。
凄く羨ましそうに、笑い転げる子供達を見つめていたのを知っている。


ねえ、君は知らないだろう?
君だけが周りの世界から切り取られて見えた事に。いや、君はきっと周りの世界を切り取っていたんだろう。
自ら全てを放棄して、自ら孤独を手に入れて。なのに本能はきっと、とてつもなく寂しかったんだ。


だから、割り込む事にした。
強引に忘れられない様に強烈に、だけど怯えさせない様に慎重に、君の前へ。



現れた僕を君の赤い紅い眼差しが真っ直ぐ射抜いた時、






There are Black Sheep in every flock
『仲間外れは何処にでも居る』










僕は漸く、人になれたんだ。











「うぅ、あちゅいよー…」
「ねぇ、にーちゃん。今日は何味のアイスにするの?」

蝉が鳴いていた。
酷く近くで。とてつもなく遠くで。

「ないしょっ」
「何で?」
「ヤスちゃんすぐマネっこするから、やだっ」
「どうせまた抹茶味にするんでしょ、アキちゃん」
「オトートのくせに、よびすていけないんだよっ!」

郊外の国立公園はいつも賑わっている。
国道添いの立地条件、エンジン音と排気ガス舞い踊る長閑な昼間に不似合いな初夏の日差しは刺す様に痛々しい。

「あのね、呼び捨てって言うのは敬称を付けない呼び方なの。僕はちゃんとアキちゃんって言ったでしょ。馬鹿だね」
「バカじゃないもん!バカってゆったほーがバカだもん!ヤスちゃんとはもうブランコしてあげないっ、ばかちん!」
「待って、そんなに急いだら転んじゃうよ。にーちゃん、またオデコにタンコブ出来るよ」

何処となく似た二人の子供が言い争いながら井戸端会議中の母親の元へ駆けていく。
すぐ間近に停車しているライトバンには氷の文字が入ったペナント、かき氷やアイスクリームを移動販売しているのか女性客に囲まれていた。

「ねーねー、かーちゃん、アイスかってー。ジャングルジムもシーソーもあっつくて、あそべないよー」
「はいはい、お金あげるから二人で買ってらっしゃい。夕陽はともかく太陽、知らない人に付いて行っちゃ…って、オデコどうしたの?」
「さっき転んだんだ。もう手洗い場で洗ってあげた。アキちゃんは僕が面倒見るから大丈夫だよ、母さん」
「はやくはやく!どうしようっ、まっちゃ味うりきれてたら!そしたら、チョコミントにしよー」
「…本当に、どっちが弟なんだかね」

照りつける太陽に綿の様な入道雲、湿った灼熱の風が木々を揺らし、蝉の鳴き声を遠くへ遠くへ運んでいった。


「もう、付いて来ないでっつってんでしょ!」
「然し坊っちゃん、こんな得体の知れねぇ奴らに若を任せっきりにしたら、ワシらの指が飛びまさぁ」
「殿下、この様な埃臭い場へ斯様な蛮族とお出掛けになってはいけません。至急本国へ参りましょう」
「蛮族ったぁ、ワシらの事かメリケン野郎っ!」
「イギリスだかアメリカだか知らねぇがなぁ、光華会舐めたら痛い目見んぞワレェ!」
「ふん、口を開くなアジアの害虫が。聞くに耐えん能無しめ、まともな会話をしろ」
「だーっ、もう、全員うるっせぇんですよ!」

照りつける陽光を纏い、眩しいばかりの輝きを帯びたブロンドを掻き毟る子供。

「ですが日向坊っちゃん、」
「殿下は何処の蛮族に言葉を習われたのでしょう?…やはり低俗な父親を持つと、」
「Hold your tangue, fuck! Don't speak to me more what the my dad!(黙れ糞野郎!それ以上うちの親父を冒涜すんじゃねぇ!)」

黒服の異国人、人相の悪い派手な服装の日本人、引き連れる様に先を歩く小さな子供は酷く不機嫌そうだ。

「ああ、嘆かわしい。公爵閣下が見たら何と仰るか…」
「組長の言葉遣いを覚えそうになった若が姐さんに殺され掛けてから、丁寧になったんだ!」
「坊っちゃん、ワシらどうせ英語喋れません。日本語が一番ですぁ」
「だーっ、もうあっちいきやがれですっ!私はサッカーで遊ぶんだです!」

酷く拙い日本語で喚いているかと思えば、流暢な英語で卑猥な悪口を喚き散らしている。


「くっくっく、下がれシルドレート。我儘な餓鬼相手は、俺の役目だ」
「然し、ベルハーツ殿下はヴィーゼンバーグの、」
「貴様はいつから俺に逆らえる様になったんだ?」
「も、申し訳ありません、ディアブロ閣下」

暑さを感じていない様な涼しい表情で歩み寄ってきた少年が、白い頬に掛かる黒髪を優雅に掻き上げた。

「平和ボケした甘えん坊。ブロンドで下手な日本語なら、誰からも許して貰えるだろ?」

不機嫌そうな金髪の子供が眉を寄せ、黒服を黙らせた同年代の少年を睨む。

「何だテメェ、見掛けねぇ奴ですね。私は甘えん坊じゃねぇですよ」
「ディアブロ。枢機卿から枝分かれした、セカンドシンフォニアだ」
「あ?」
「初めまして、ちっぽけな島国で意気がる糞餓鬼。まずは自己紹介代わりに躾直してやろう」

浴衣を着ていた金髪の子供が宙に飛んだ。
何が起きたのか理解出来ていない派手な服装の男達が目を見開き、アスファルトの上に弾き飛んだ金髪へ悲鳴を発てる。

「ひ、日向坊っちゃん!」
「て、てめぇ糞餓鬼ぁ!」

黒一色の服で身を包む子供が黒髪を掻き上げ、詰め寄ってきた全ての男達を易々組み伏せれば、周囲の子供や親達は直ぐ様居なくなっていった。


「ぅ、」
「あー、痛そうだな。痛ぇか?…だったらもう少し痛がれよ、ベルハーツ殿下。」
「若ぁ!」
「離しやがれ、糞がぁ!坊っちゃん、大丈夫ですか坊っちゃんっ!」

黒髪の少年の足が、アスファルトに転げた金髪を踏み締める。
異国人達は嘲笑を浮かべ、敗れた日本人達は黒服達に組み伏せられたまま、ただただ悲痛な声で少年の名を繰り返し叫んだ。

「お前は良いなぁ、見た目が外国人だとそんな語学力でも許される。日本は余所者に寛大で無慈悲な国だからな」
「ぅ、あっ」
「毎日サッカーだろうがバスケだろうがしたい事をして、毎日甘やかされてる。だから勘違いしてんだよなぁ、坊っちゃん?」
「ち、くしょう!離せっ、退け!」
「…何だって?」

金髪を踏み付けていた足が、喚き抵抗した子供の顔を容赦なく蹴り飛ばす。怒り狂った極道達が叫ぶのにも耳を貸さず、アスファルトを滑り跳ねて近くのゴミ箱に衝突した金髪の子供の元へ近付いていく。


「誰に命令してんだ、貴様。」


ぐったりとした金髪の子供は微動だにしない。はだけた浴衣から覗く肌に出来た擦り傷から血が滲み、見るだけで痛々しい姿だ。

「聞き苦しい喋りもウゼェ。なぁ、お前7歳なんだろ?だったら俺と同じじゃねぇか」
「…ぅ」
「これが同じ人間なんてな。はっ、俺より低俗な人間なんざ存在したのか。あーあ、コレよりはファーストのが出来が良い」

ゴミ箱に背を預けたまま力なくうなだれている少年の乱れた金髪を掴み、満面の笑みを浮かべた少年の左目が細まる。

「枢機卿は五歳で大学卒業しちまった。俺は今年一杯懸かる。全く、同じ人間だなんて考えらんねぇだろ」
「は、なせ」
「丁寧な言葉遣いってのはな、こうやんだよ」

微かな抵抗の言葉など聞く耳持たず、ぐいっと金糸を引き上げて。その苦しげで悔しそうな表情を覗き込みながら、


「初めまして、高坂日向君。私の日本名は叶二葉と申します」
「ぁ、ぐっ!」
「陛下の命で、貴方を補佐するべくわざわざこんな片田舎へ馳せ参じたんですよ?」
「痛っ、…ぉ、父さん!」
「おやおや、苛め過ぎてしまいましたか。泣かないで下さいね、私が咎められてしまいます」
「…セカンド」

優雅に優雅に微笑んだ子供は、傷だらけの少年を引き摺り上げたまま緩く背後へ向き直る。

「どうなさいましたか、枢機卿。車の中でお待ち下されば良かったのに」
「余り騒ぎを起こすな」
「ああ、そうでした。我々は家出中でしたね。弱りましたねぇ、ホームステイ先のホストファミリーを苛め過ぎてしまいました」

悪怯れず笑う少年を前に白一色の服で身を包んだ彼は、鍔の広い帽子の下で仮面を押さえた。
まるで日差しから逃れるかの様に、隣の黒服が差し出す日傘の下で。

「…気に入った様だな。そなたにしては、珍しく」
「アハハ、嫌いな人間を構うほど俺は酔狂じゃないですよ」
「つまらん外出に付き合う程度には、酔狂だと言える」
「興味があるんでしょ?陛下が本国へ戻らない理由に。こんな小さな島国で、爵位を捨てようとなさった理由に」

からりと笑った黒髪の少年が、涙を耐えて起き上がろうとする金髪の子供に手を貸す。と、ほぼ同時に日傘を持った黒服と、日本人を押さえ付けていた黒服が音もなく崩れ落ちた。

「暫し一人にせよ」

恐ろしいものを見た様に目を見開き青冷める金髪の子供を横目に、乱れた浴衣を着付けてやった少年が曖昧な笑みを滲ませ左胸に手を当てる。

「仰せのままに」
「グレアムの息が掛かった人間は全て黙らせるが良かろう。我が意に逆らい、そなたの手に負えぬ者は私が処分する」
「…全て枢機卿の御意に従います。反逆者は等しく冥府へ」

興味を失った様に背を向けた白へ優雅に頭を下げ、サファイアの左眼を閉じた彼は静かに囁いた。




「それ即ち、ルーク=ノアの威光を須く知らしめんが為に。」

(#)ばかん→
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あきゅろす。
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