帝王院高等学校
腹黒王子、思案に暮れる
犬と平凡がミルフィーユをサクサクしている頃、その姿はベルサイユ宮殿ではなく、そこから徒歩5分のサクラダファミリアに在った。


「はぁ…。然し改めて眺めても、サクラダファミリアに瓜双子座ですねぇ、我が帝王院の学舎は…」
「閣下、式典まで些かお時間があります。食後のお茶は如何ですか?」
「ふむ、そうですねぇ…」
「スペイン産の茶葉がありますが、如何でしょう」
「ふむ。スパニッシュ、我が帝王院校舎のモチーフであるサクラダファミリアの輝く国…。闘牛、フラメンコ。情熱の薔薇が誰より似合う私、アモーレ!」


眼鏡はスポットライトの下でフラメンコした。


「流石です白百合閣下!薔薇の花弁を浮かべたスパニッシュティーは如何でしょう!」
「頂きましょう」

光輝く一人掛けのアンティークチェアーに腰掛けている眼鏡美人が背後の生徒を一瞥し、軽く頷く。
この部屋の主人が腰掛ける事を許された玉座に腰掛けた彼は、無意識に撫でた腹に気付き、極上の微笑を滲ませた。
見た目だけならば楊貴妃すら凌ぐ雅びな風格を漂わせる彼は、その端麗な柳眉を僅かばかり潜ませた様だ。

「余りお腹が空いていないので、フレンチトースト五枚とロイヤルミルクティーを。花弁は要りません、花より団子」
「仰せのままに」
「お痛わしや白百合閣下…」

敬愛する男の控え目とはとても言えない台詞に涙する者があり、場は一時お通夜ムードに染まる。



「やはり、ご公務中のあれが原因に違いない、…お痛わしや」


口々に囁き合うは数十分前の悲劇。


「然し何があったのだろう…」
「ああ、我らが癒しの女神…」
「俺は心配の余り今日閣下に捧げる詩が浮かばない………百個しか」
「僕見ました!眼鏡とおデコが白百合様に言い寄って、振られた腹癒せに暴行したんです!」
「「「何だって?!」」」

俊が居たら確実に萌え悶えたであろうチワワな美少年が一歩進み出て、涙ながらに訴える言葉で皆が驚愕に震える。
佑壱には到底真似出来ない愛玩子犬が訴える様は、酷く愛らしい。

「白百合様の純潔は辛うじて守られましたけどっ、屈辱でお顔をお歪めになられた白百合様が余りに美し過ぎて何が何やら全く覚えてません…!」
「「「何だってーっ?!」」」
「そ、それで君っ、閣下の鬼畜顔を記録したのか?!」
「その時我らが癒しの女神は何と言われたんだい?!」
「ああっ、俺の気高き華よ!」
「写メなら撮りました!因みに最後のお言葉は『貴様…!



 眼鏡キャラが被ってますよ』でした!」
「「「おおおおお!!!」」」

異様に盛り上がる一同を余所に、新たな来訪者が現われた。


「……………何事だ」
「おや」

長身の姿に、盛り上がっていた生徒らに益々歓喜が満ちる。
興奮最高潮だ。

「お帰りなさい、陛下」
「………」
「ああ、うっかり」

『この部屋の主人が腰掛ける事を許された』椅子から優雅に立ち上がった二葉が、無駄のない仕草で眼鏡を押し上げる。
今の今まで己が腰掛けていた椅子の背凭れに手を置き、まるで執事の様に腰を折った。

「私には構わずどうぞお掛け下さい。只今お茶をご用意致します、神帝陛下」
「………」
「うふふ、なぁんてね。…今日はまた、随分機嫌が宜しいみたいですねぇ」

促されるまま会長席に腰掛けた長身を窺い、二葉は薄く笑む。
周囲は二人を遠巻きに見つめ、ほぅっと感嘆の息を漏らした。何と麗しい光景だろう。


片や帝王院が誇る美の女神(♂)。
片や帝王院が誇る完全なる神。
二人が並ぶ様はまるで絵画の様な雰囲気があった。

「「「「美しい…」」」」

それに感嘆の息を吐くのは白百合親衛隊の皆様だ。
全く動じていない勇者と言えば、勤勉に執行部業務を熟している一部の役員だけである。

「ご苦労様でございます、神帝陛下。お時間宜しいでしょうか」
「神帝陛下、始業式典の演目を再度ご確認下さい」
「理事長より伝言を預かっておりますが、如何なさいますか会長?」
「一般校舎の地下が老朽化している件で、改築工事の企画書を作成しました。帝王院会長のご承認を願います」
「…」

矢継ぎ早に報告を受ける男の、余りに整い過ぎている顔を暫し眺めながら、外した眼鏡を磨く彼の思考は過去に巻き戻っているらしい。
無言で何処かを見つめている彼に皆の視線が注がれる。

「あのぅ。閣下、お茶が入りましたっ」
「…ああ。有難うございま、」
「一同」

芳しい薫りを発てるカップを二葉が受け取ったその時、有無を言わせない静かな声が落ちた。

「速やかに退室せよ」

壁一面の窓を背負った、頂点に立つ男が無機質な瞳で見据えてくる。

誰一人言葉を発する事無く退室し、残るは二人。

「さて、と。私も失礼した方が宜しいでしょうか、会長?」
「聞いた」
「何をでしょう」
「高坂」
「…やっぱりあの口軽尻軽馬鹿男、」
「身長がまた、伸びたそうだ。1cm」

恐らく自分が外部生に一撃を許した事だろうと、既に校内中で噂になっているであろう事実を言われていると思っていた二葉が口を閉ざす。

耳に入っていない筈がないのだが。

「また、離されたな。叶」
「高坂君が今以上馬鹿になろうと大きくなろうと、私は全く構いません。
 それより、姓で呼ばれる方が余程勘に障るんですがねぇ?」

いつも絶えない二葉の微笑が鳴りを潜め、蜂蜜色の瞳を眇めた眉目秀麗が俄かに唇を吊り上げた。

「………腹は無事か」
「人が悪いにも程がありますよ、陛下。ご存じなら最初から仰いなさい」
「お前が易々やられるとは、…面映ゆい」
「…油断しただけです。次はありませんとも、ええ」
「下らん暇潰しをするからだ」

静かな声音に、磨いたばかりの眼鏡を掛けた瞳が瞬いた。

「暇潰しとは、人聞きが悪い」
「ならば言い替えよう。八つ当りの間違いか」
「この不感症陛下、ではなく無愛想陛下。この私がいつ八つ当りなんて美しくない事をしましたか」
「1年Sクラス山田太陽、だろう?」

いつ如何なる時も表情を変えない人形の様な男の、声が。
二葉から表情を奪った。


「再会の挨拶にしては随分物騒な話だと思わないか、叶風紀長」

声音が明らかに笑っている。

「愛でる対象なら、下らん苛めをしない方が良かろう」
「あはははは、愉快なジョークですねぇ。私があんなデコっぱち可愛がってどうするんですか、お馬鹿さんめ」
「蹴られた相手を連れていない所を見ると、適任ではなかったか。
  それとも、『負けた』事実をただ認めたくないだけか。…どちらが適切だ?」

短い沈黙が落ちる。

「どちらも不適切です」
「…ほう」
「私が呼び止めたと言うのに、無視して頂きましたからねぇ、あのオタクっ子」
「益々、面映ゆいな」

冷めたミルクティーを一口だけ啜り、フレンチトーストを横目に窓の外へ目を注ぐ。


「陛下、覚えてらっしゃいますか」
「俺の記憶に残るものならば」
「私が唯一、負けた相手を」
「ああ」
「少し、調べたい事が出来ました」

部屋の一画に、大きな額縁が飾られてある。それだけがこの瀟洒な部屋に不似合いだ。

「然程手間は懸からないと思いますが、会計業務の半分を補佐に任せ、『別件』から暫く離れさせて頂きます」
「構わん」
「それでは、後程また」

始業式の準備に行くのであろう二葉を見送って、残された男は珍しくくつくつと肩を揺らした。



「…あれが二度も敗北を許すとはな」

見上げた先の銀を。
この腕に捕まえる、錯覚。額縁などではなく、この腕に。

「二人目、ならば。めでたい話だ。人は常に敗北を知って進化する」

捕らえてしまえば飽きるだろうか、それとも、







「飛んで火に入るか、…否か。」


刻が近付く音を聞いた、気がする。

←いやん(*)(#)ばかん→
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