帝王院高等学校
犬も走れば天敵に当たる
「くそっ、何処行きやがった!」
陸上選手顔負けなスピードで駆ける姿がある。人間の走行速度に規制があったなら、間違いなく彼は道路交通法違反だ。
その早さ、旋風の如く。
「あの野郎…っ、見付けたらただじゃおかねぇ…!」
「先輩先輩、それって悪役の台詞ですー」
「いつまでも俺が忠実な犬っコロのままだと思ったら大間違いだぜ、総長!」
「首元のチョーカーつーか、赤い首輪、外してから言って下さい」
アクセサリーに混じって、明らかに大型犬用の首輪が見える。
アルファベットで『カルマ』と書いてあるからには、誰が贈ったものか容易に知れると言うものだ。
「男はデカイ背を越えて成長するっ、下剋上上等だ!」
「先輩先輩、貴方の方が俊より大分デカイのは目の錯覚ですかねー」
「絶っ対ぇっ、ゴーヤと豚肉の甘酢炒め食わせてやる…!」
「いや、普通に美味しそうなんですけどねー」
佑壱の沖縄料理に思いを馳せている場合ではない。今は何はともあれ、暴走トラックと化した佑壱が他人を轢き殺す前に友人を見付けださねばならないのだ。
「『だから何度も言っただろう、俺は君を愛してる』」
「…あ?」
暴走トラックが僅かにスピードを落とす。
「『俺が信じられないなら、この言葉を信じて貰えなくて構わない。だって俺は、』」
「おい、何をぶつぶつさっきから、」
「『抱き締めたらこの愛が君の頑なな心に届くと。判って貰えると、そう気付いてしまったから…』」
「ややややや山田…?!」
「『言葉を否定しても、この想いまで否定しないでくれ…』」
「おっ、落ち着け!俺には総長と言う大飯食らいな主人がっ、」
真剣な表情の太陽がゆらりと佑壱へ目を向けた。大型犬は後退り、蒼白な顔で震えている。
「イチ先輩。」
「は、はいぃいいい?!」
「選んで下さい。
1、『僕も愛してるんだ…』
2、『揶揄わないでよ…貴方みたいな人が、僕なんかに』
3、『だったら僕の前に跪きなよ、ワンちゃん?』」
「ななな何だその寒い選択肢は!」
「だから、ゲームです」
太陽が手に構える小さな機械に漸く気付いた佑壱はうっかり滲んでしまった涙を拭いつつ、安堵の息を吐く。
「紛らわしい…」
「アレ?もしかして俺が本気で迫ったと勘違いしたとかー?アハハ」
「煩ぇ。テメェもあの馬鹿猫と同じ部類の人間なのかと思っちまったじゃねぇか…」
「もしかしなくても、光王子の事ですか?」
「言うな、耳が腐る。あんな大馬鹿野郎、一生不幸だったら良、」
佑壱が最後まで口にする前に、風が吹き抜けた。
暴走トラックと化した佑壱に怯え廊下の隅に避難していた生徒達が吹き飛ばされる光景。
「うわあああ!」
「いやーっ!」
「助けてくれぇ!」
「何でいきなり竜巻がーーー?!」
何だ、今のは。
「…」
「…」
「何だ、アレ」
「山田…、俺の帰巣本能が唸りを上げてる」
「いや、本気でアンタ犬ですか。IHのスイッチでも切り忘れましたー?」
「いや、今の台風に呼ばれてる気がするんだ」
「アハハ、奇遇ですねー。俺も今の台風つーか、…眼鏡に見覚えがあるんですよー」
二人は見つめ合い、同時に冷めた笑みを浮かべた。
追い掛けていた人間が見付かり脱力感が全身を支配する。
「あっちって、先輩の部屋方面ですよね」
「どうせ寂しくなって戻ってきたクチだろ。…ったく、手が懸かるご主人様だ」
首輪を撫でながら、いつの間にか尻尾結びになっている佑壱の長い赤毛を見つめた。
先程までサラサラストレートだった筈なのに。
「…骨付き肉の、ヘアゴム」
「流石総長、目にも止まらぬ早さで俺の髪を結い上げて行くなんて…。やっぱアンタはデケェ、何処までも俺の先を行くぜ」
「先輩って、確かホモ嫌いだったんじゃなかったですかねー?」
「ホモなんざ聞いただけで鳥肌が出る」
ほれ見ろ、佑壱が差し出してきた腕を見れば成程、チキン肌。
「似た者同士なのに、そう言う所は違うんですねー」
「誰と誰が似た者同士だと?」
「光王子と、痛!」
笑顔の犬が太陽を殴った。
「シネ。大切に守り抜いてきた糠漬けに黴が生えて落ち込みの余りシぬがイイ」
「糠漬けなんて漬けたコトないんですがー…」
「行くぞ山田、総長が膝を抱えて待ってたら可哀想だろーが」
「嬉しそうですねー。そりゃ、早く帰りたくもなるでしょーよ。帰巣本能が唸るでしょーよ」
「とか言うテメーも浮かれてんじゃねぇか山田」
「アハハー、実は早速ベストエンディングなっちゃいましたー!」
太陽が満面の笑みでゲーム機を突き付けた時。
佑壱が屈み込みそれを覗き込んで唇を痙き攣らせた時。
「おい」
「何だ山田、このボーイッシュな女とキラキラ男は」
「主人公(♂)と無関心副会長(♂)のベストエンディング、ウェディングバージョンです」
「…おい」
「タラコとタラコが教会の前で絡み合ってんぞ、何の罰ゲームだ」
「何かやってる内に、ベーコンレタスが判ってきたってゆーか」
「………」
「ンな薄気味悪ぃゲームやってんじゃねぇよ、タコ」
「イチ先輩こそ、部屋に戻ったら薄気味悪い漫画読む運命だって忘れてるでしょー」
「好い加減にしとけやゴルァ!」
「「あ」」
大型犬のバッシュが踏み付けていたらしい革靴が振り上げられる。
道理で佑壱の帰巣本能が唸りを上げる筈だ。幻覚だと思い込みたかった太陽は笑顔で壁際に張り付き、
「何ニャンニャン喚いてんだ、あ?年中盛りっ放しの馬鹿猫が」
「ちっ、ワンワン煩ぇ野良犬語なんざ聞こえねぇなぁ、ポチさんよぉ」
「…ブッ殺す。」
「やれるもんならヤってみやがれ、クソ不能が!」
赤い狼と金の獅子が、一触即発。
←いやん(*)(#)ばかん→
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