帝王院高等学校
拝啓、父上。息子は元気です
ミルフィーユ。
どの角度から見ても完璧なミルフィーユを前に、広いデコをしょんぼりうなだれさせた彼はフォークを片手に沈黙を守っている。


「何、甘ぇの駄目か?」
「え、いや、あの、…頂きます」
「おう。因みにおかわりはない、…馬鹿親父が食い散らかしたからな」
「いえ、お構い無く…」

コーヒーを優雅に啜る男を恐々伺いつつ、ホットケーキさえ満足に焼けない実家の母を思い出す。

「然も美味しいし…」
「そら、どうも」

心の中で呟いた筈の賛辞に、目前の美形が僅かだけ笑んだ。
女だったらヤバかっただろう。迂闊にも心臓が跳ねてしまった。

「純粋な恐怖故のものだと信じたいー」
「なぁ」
「は、はいっ!ななな何でしょーかっ!また心の声が出張しちまいましたか?!」
「ンなビビんなや。何もしやしねぇよ、…まだな」
「まだ、って…アハハー」
「で。本当の所、お前はあの人の何だ?」

不良でも新聞を読むのか、などと見当違いな所で感動している場合ではない。
まるで夫の浮気相手に問い質す嫁の様な台詞を吐いた男を一瞥し、ミルフィーユにさくりとフォークを刺した。

「俺の自己満足じゃないなら、友達、です」
「…ダチ?」
「初めて出来たのとあんま変わらないから、俺の場合。どんな関係を友達って呼ぶのか判らないんです、けど…」

唐突に、ゲームがやりたくなった。
別にゲーム中毒が再発した訳でも俊が居なくなった途端寂しくなったからと言う訳でもない。

「貴方なら、もしかしたら判ると思います。『一年間宜しく』なんて、俺は言われた事がなくて」
「ああ、そうか。…思い出した」

佑壱が静かに呟く声に、笑う。
自嘲とも嘲笑とも取れる、曖昧な笑い方で。


「お前か、『初代外部生』」
「はい」

初等部五年の春、事業で成功した父親がこの町に念願のマイホームを建てた。
近隣で有名な子息学校に目を付けるのは至極当たり前の流れだったのかも知れないが、子供にとっては堪ったものではない。

「ただでさえ、それまで転校が多くて。友達なんか居なくて」

良家の子息ばかりが集まる名門に、少しばかり頭が良かっただけの『成金息子』などが馴染めるだろうか。
それでもまだ、その頃は良かった。


中等部にSクラス制度さえ、なければ。

「仲の良かった奴らは皆、手の平返した様に崇めてくるんです。Sクラスってだけで、…腹の中じゃ『何で高が成金風情が』って思ってる癖に」

それでも、度々会話する程度の仲間は出来た。太陽と同じ余り目立つタイプではない、降格圏内のクラスメイト。
学生生活が楽しかった、とは言えないながら、それだけが心の支えだと言えた一年間。


「進級すると、降格しようが継続在席しようが、…地獄ですね」

仲間は、簡単に『裏切る』。
『何で僕は落ちたのにお前なんかが』、首を絞められながら血走った瞳がそう吐き捨てるのを見た時、痛感したものだ。

「帝王院に居る限り、独りぼっちの方がマシ」

久し振りに他人とこんなに長く会話したな、と思い立った途端に喉が渇いた。
残り少ないグラスを煽って、息を吐く。

「貴方もそう考えたから、授業免除の権限だけが欲しくて中央委員会に在籍してるんでしょ?…紅蓮の君」
「気色悪ぃ。その呼び方やめろ」
「だって俺、先輩の名前今日初めて知ったんですもん。えっと、嵯峨崎先輩」
「イチで良い」

空いたグラスに甲斐甲斐しく茶を注いでくれる男の横顔を何気なく見やり、また、笑った。

「無理言わないで下さいよ、親衛隊を相手出来るほど俺は強くないんで」
「笑わせんな、お前に手ぇ出して生きてられる奴なんか居ねぇよ」
「ギャグですか、それ。本当に俺、喧嘩なんかしたコト、」
「『カルマの総長』の『親友』に手ぇ出して、…あの人が黙ってる訳ゃねー」

やっぱり、ゲームがやりたくなった。

「あの人を本気でキレさせりゃ、『神帝』なんざ目じゃねぇんだ」
「まさか」
「知ってんだろ、あの皇帝陛下が血眼で探させてる事くらい」

初めて出来たのかも知れない友達がくれた、ソフトを。
早くクリアしてベストエンディングでも何でも見せてあげたい。きっと喜ぶだろう。あの騒がしさで、何度訂正してもタイヨータイヨー連呼しながら。

「まぁ、易々と見付けさせやしねぇがな」
「…あの会長と一括りで呼ばれてるカルマの総長と同一人物には、見えなかったですけど」
「メールで慣れてた筈の俺でさえ、確かめるまでは半信半疑だったからな」
「つか、イチ先輩も生徒会の人間なんでしたよね」
「あ?」
「いや、俊が生徒会生徒会煩かったから」

眉間に皺を寄せた佑壱が短く舌打ちし、口元を手で隠す。

「俺は何も見ていません。まさかイチ先輩が副会長お得意の舌打ちなんてしませんよねー」
「…喧しい。可愛くねぇ奴だな、テメー」
「つか、今更ながらちょっとマズイ気がしてきたんですけどー」
「あ?」
「実はさっき、…お父さんが膝蹴りしたんです」
「親父?誰を?」

この後の佑壱を何と言い表わしたら適切なのか判らないが、今はミルフィーユにご馳走様をしている場合ではない事だけは確かだ。

無残に割れ散った黒縁眼鏡は跡形もなく片付けられている。俊が裸眼で外を歩き回っていても、万一別の眼鏡を携帯していても、

「ははは、嫌な予感しかしないやないか〜い」
「おい、山田?」
「大変残念なお知らせがあります、お母さん。実はうちのお父さんったら、手を出してしまったんです」

ただの外部生ならまだ良い。
それがカルマの、よりによって神帝が直々に探させている総長で、




「叶二葉風紀委員長に!!!」
「…ンだとぉっっっ?!」

あの白百合を蹴り飛ばしたオタク眼鏡だとしたら、どちらにしてもマズイ気がしてきた。

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あきゅろす。
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