帝王院高等学校
だって平凡だもの、喉に詰まる
それはまるで輝いている様に思えた、と。
山田太陽15歳は煌びやかな『それ』を前にゴクリと唾を飲み込んだ。

「手ぇ洗ったなら座れ」
「あ、はい。有難うございます」

果たして、帝王院学園男子高等部が誇る2学年首席にして外見に似合わずマメな男は、洗いたてのフェイスタオルを手渡しながら『それ』をテーブルに並べていく。

「はふん。お腹ペコペコにょ。お皿まで美味しそうに見えてきたにょ」
「やっぱそうなっちゃいますぅ?俺の目が悪くなったのかって心配したけどー」
「タイヨー、お目めが悪い?じ、じゃあ僕の眼鏡あげる!そしてあわよくば『訳あり変装主人公受け』をお願いしますァアっ!!!」

太陽の隣の席をちゃっかり陣取ったオタクが唾を撒き散らす。
逐一拭いて回る佑壱はマメ過ぎるらしい。

「ハァハァ、タイヨーには無限の可能性があると僕は初めから見抜いてましたともォオ!ハァハァ…」
「あ、俊。紅蓮の君が呆れながらお箸差し出してるよー」
「割り箸、うまく割れないにょ」

ぱちん、と割り箸を割った俊がやはりうまく割れなかったらしい箸を眺めて肩を落としているが、その向かいに座った不良が行儀良く手を合わせる姿に、太陽も慌てて真似る。

「ハァハァ」
「俊。」

デジカメで狙っていた眼鏡を笑顔と言う名の脅しで平凡が睨めば、早速皆で、


「「頂きます」」
「いただきま。」


「す」が足りないのは誰だ。


「お茶ってあんまりゴクゴク飲めないなり…」
「で、修行って一体何スか」
「ゴクゴク、萌の修行にょ、ぷはーんにょーん!お茶おかわりィ!」
「萌って何スか、総長」
「ふ。今頃BLに目覚めましたかイチきゅん。仕方ありませんね、今日の持ち合わせは少ないのですが…、」

まともなものが全く入っていない鞄から、デジカメ以外のものが飛び出した。



ドサドサと。



「「…」」
「王道ものから、フェチものまで。まずはBL漫画からどーぞ、小説はのめり込むからねィ」

何やらパッションピンクなオーラが滲み出ている書籍に、おにぎりを貪っていた太陽が咳き込む。

「貸し出し期間は3日、後日感想文を一冊につき原稿用紙二十枚以上したためて提出して下さい」
「この量で3日?!」
「総長、何スか。この間のタラコ便箋と言い、コレと言い」

俊の鬼畜な要求には全く突っ込まず、眉の無い眉間に皺を寄せながら首を傾げる男は太陽にお茶を勧めつつ、箸を置いた手で本を引き寄せた。

「イチなら今日中に読み切れるじゃろン」
「そりゃまぁ、楽勝っスけど。」
「同人便箋なら後で段ボール一箱程度なら分けたげるにょ。だから一生懸命感想文書いてね。そしてあわよくばBL作家になって下さいっ!」

嵯峨崎佑壱は文系に於いて天才だった。それが悲劇に向かっているなど誰が考えただろうか。

「びぃーえる?バイトリーダーみてぇなもんか…?」

佑壱の台詞で何とも無くサラダを見つめた太陽は、

「ベーコンとレタス…」
「そして今年の夏は初めてのコミケ参加!イチが執事でタイヨーがメイドで僕はカメラ小僧っ!!!
  覚悟は良いかイチっ、今年の夏は戦場だァ!」

腐れ発言に意味は判っていないながらも佑壱の瞳が輝いた。
まるでフリスビーを前にした犬の如く。

「何か良く判んねぇけど、夏にどっかのチーム潰すんだな総長!ABSOLUTELYに仕掛けんなら、兵隊集めます!」
「む。確かに人手はあった方がイイにょ。良し、カルマの暇人は夏のインテに乗り込むぞィ」
「総長命令なら全員参加に決まってる。畜生、やっぱアンタ最高だ!一瞬でも疑った俺が馬鹿だった…!」
「ふ。今年の夏は暑くなりそうにょ…」
「総長ぉおおお!!!!!」

熱い眼差しでオタクを見つめる不良先輩にも突っ込み所が多過ぎるのだが、普段の貴方は尊敬出来るのに残念でならないと太陽は目元を押さえた。
然し不良の癖に料理が上手い。良い嫁になりそうだが、間違ってもこんな大型犬を嫁に貰いたくはない。

「俊、何か色々突っ込みたいんだけど。とにかく今は、皿は食べられないって突っ込みで良いかなー」
「総長、おかわりなら自分で取って来いよ。働かざる者、」
「萌えるべからず!」

「す」のない頂きますから然程経過していない筈だが、既に皿を空っぽにしたらしいオタクが人様のキッチンに素早く消えた。

「あの」
「何だ」
「俊って」
「ブラックホール胃袋」
「あ、やっぱり…」
「出来るだけ見るな、胸焼けで食えなくなるからな」

道理で自分の手元ばかり凝視している筈だと、今日だけで雲の上の不良から身近な不良へ変化した男を見つめる。

赤毛に交じった白メッシュ。ふむ、紅白なんておめでたいではないか。それにしても良い男だ、うん。



眉毛が無い。


「…あるっつーの。テメェ、さっきから聞いてりゃ不良だの何だの、失礼な奴だな」
「は、えっ?何でバレてるんですかー?紅蓮の君ってもしかしてエスパー的な!」
「馬鹿か。全部口に出てんぞ、お前」
「あ、あははー…」

素でボケた太陽が晒されたおデコに手を当てつつ笑えば、ガチャンと凄まじい音。



と、背筋が凍る様な威圧感。


見れば向かいの美形がハンバーグの切り口を凝視しながら、何処と無く青冷めている。恐らく太陽も同様だろう。





「…何たる失態だ」



何処かで似た様な声を聞いた事がある、などとつまらない事を考えている場合じゃない。
ギギギと油が切れた機械人形の如く首を捻れば、ガチャンと言う音の発生源だと思わしき男の姿がある。
両手に山盛りのハンバーグとおにぎり、…ならば先程のガチャンは何だろう。



「…眼鏡かよ。」

埃一つないフローリングに砕けた黒縁3号(故)の無残な光景。チーン。
どうしたらそんな無残な事になるのか全く判らない。判らないが、だからこそ恐怖なのだ。

「まさか、目を離した隙に主人公お約束の『うっかり頭の中の台詞が口に出ちゃいました☆』シーンが繰り広げられているなんて…」
「し、俊、落ち着いて?大切な黒縁3号君が殉職してるよー?俊の睨…いやいや熱視線に耐えきれなかったんじゃないかなー」
「俺がうっかりミルフィーユをつまみ食いしなければ、…くそっ」
「…総長、俺は確かミルフィーユを棚の最奥に隠しといた筈スけど?」
「閉じ込められていたミルフィーユが俺を呼んでたんだ」

堂々と言い放った俊の所為で、佑壱の眉間に浮かぶ青筋。
がたりと立ち上がり、

「食事中にデザートをつまみ食いする奴があるか!俺はアンタをそんな非常識に育てた覚えはありません!」
「ちょ、ちょちょっ紅蓮の君?!アンタこそオカンですかー?やっぱりオカンですよねー?!」
「喧しいっ、この尻軽がァ!」

ビシッと指をオカン不良に突き付けたオタク…いや、極道不良の台詞でハンバーグを頬張っていた太陽が咳き込む。

「し、尻軽?ちょ、どう言う事?!」
「俺と言う萌の使者を捨て置き、駄犬の分際タイヨーのうっかり発言を独り占めするなど、言語道断…!」
「またそうやって意味不明な発言で逃げるつもりなら、甘ぇぞ。今日と言う今日は日が暮れるまで説教してやる…!」
「そうやって睨めば俺が言いなりになると思ったかッ、この鬼嫁め!」

もう、疲れた。

突っ込み所が多過ぎて疲れた。
いや、違う。ボケが多過ぎるのだ。太陽1人でこの濃い過ぎるボケ共を処理出来る筈が無い。

「もぐもぐ…」
「そもそもあんな手紙一枚で引退した気で居たのかアンタは!」
「ゆめゆめ忘れるなよイチ!所詮貴様は将来有望な俺様攻め止まりだと言う事をな!」
「あー…、このサラダのドレッシングうまい。手作りかな?」
「ンな睨んだって今日と言う今日は引き下がらないからな、総長!」
「そ、そんなに睨んだって俺は、俺は…!」

食べ終えた太陽が一人淋しくご馳走様を終え、緑茶を啜った時。


「あー…、このお茶おいしー」
「うわーんっ、お父さんは実家に帰らせて頂きますーーー!」
「ブッ」

しっかりハンバーグとおにぎりを抱えたまま泣きながら走り去っていった男の所為で、茶を吹き出してしまった。

「…汚ぇな、山田」
「す、すいません」

平凡だもの、こんな不良と二人きりなんて、




…ちょいとハードル高過ぎませんか?

←いやん(*)(#)ばかん→
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