帝王院高等学校
忠犬を怒らせると狼になる様です
彼の名前は嵯峨崎佑壱。
アメリカンに言えばユウイチ=サガサキ、別名『紅蓮の君』。

182cm、切れ長の瞳にクリムゾンレッドのカラーコンタクト。
灼熱の炎の様な髪は前だけアシメで、後ろ髪だけがニョキニョキ長かった。
一言で、男前。全世界のモテない雄にとっては終生憎むべき敵であり憧れて止まない造形美は、皆無に近い眉とどうしようもない愛想の無さで3割減だ。


然し、やはり腐っても男前は男前。
4月4日生まれと言う『幸せ』な日に産み落ち、毎年春休みで忘れられがちだと言う17歳、独身。
中学時代は数々の美少女やら美女やらを泣かせまくってきた彼は、数年前から違う名が新たに付け加えられた。


『カルマ』の『ケルベロス
右手で太陽を砕き左手で月を掴み両足で大地を平伏させる、らしい。
そんなまことしやかな噂には、まだまだ続きがある。

曰く、ケルベロスは『シーザートランスファー』にのみ従う、忠実な犬。
曰く、ケルベロスは銀の覇者にのみ従う、忠実な犬。


その区域には二人の神が在る。
片や、圧倒的な威圧感を以て全てを従わせる銀の覇者。
片や、圧倒的な存在感を以て全てを従わせる銀の神皇帝。

ケルベロスは地に住まい、闇色の瞳に忠誠を誓うのだ。死の間際に在ろうと、永遠に…。










と言う前置きはさておき。



遠野俊15歳は硬直していた。理由はただ一つ、金縛りにあったからだ。


いや、違う。
抱き締められているからだ。背後から。



「よう、…改めて『初めまして』?」

耳に掛かる他人の吐息と、囁く様な低い低い俊の鼻より低い声音が正に恐怖。
夏に出る黒々照り輝く悪魔の使者である害虫ゴ…、『ラストサムライ』より恐怖だ。誰か殺虫剤と言う名の刀をたもれ。

「な、ななななな」

哀れ、帝王院が誇る(未確認)平凡少年山田太陽は本日最大の驚愕に襲われていた。
帝王院学園が誇る御三家に続き評される2学年の首席生徒にして、中央委員会生徒書記である華々しい肩書きを持つ男の腕がオタク眼鏡の腹に巻き付き、巻き付かれたオタクと言えば眼鏡で良くは判らないものの、硬直している様に見て取れた。

「修行に言った筈の貴方が何でンな所に居るんでしょーかねぇ…」
「な、何のお話でしょうか嵯峨崎先輩ィ?!」
「へぇ、惚けるつもりか?」
「ぼっ、僕には何のお話やら皆目見当がっ」
「…往生際が悪い」

腹に巻き付いていた腕が素早く動く。昭和初期を思わせる近年逆にレアな黒縁眼鏡が奪われ、何はともかく山田太陽の呼吸が停止した。

何と言う事もない、極々在り来たりな日本男児だ。黒髪黒目、帝王院が誇る紅蓮の君を前にしては特に評価し難い平凡少年。
然し、問題はそこではなかった。

「これでまだ言い逃れるつもりか、総長?」
「…ちっ」
「舌打ちは行儀悪ぃぞ」
「…判ったから、離してくれるか」

言いたい事が多過ぎて、何が何だか全く判らない。
例えば、酷く印象的な眼差しを持つ男の顔が『見慣れたもの』だとか。
例えば、突如変化した口調が。
例えば、まるで『征服者』の様に響いただとか。



とにかく、


「ST…」

呟いた台詞で黒い双眸が太陽へ注がれた。

「イチ」
「はい?」
「放せ。」

まるでスローモーション。
黒曜石の様な瞳は太陽を見つめたまま、己より上背がある男を易々背負い投げる。

「あ、っぶね!」

受け身を取った佑壱の悲鳴染みた声を聞きながら、眼鏡を奪い取った男が再びそれを装着し、



いきなり土下座するのを見た。

「すみませんすみません!睨んだつもりはなかったんですにょ!生まれ付きこんな人相なんです!うぇーん」
「………はぁ?」

何だか全く判らないが、激しく号泣しているオタクを余所にこの部屋の主はあっさり靴を脱ぎキッチンと思われる方面へ消えていく。

「ぇ、ちょ、俺にどうしろと…?」
「ひっく、昔からそうなんだ。か、可愛いなって思った野良猫には逃げられ、ひっく、怖い不良は殴り掛かってくるし、ぐす」
「そ、そうなんだ」
「ずずっ、親とご飯食べに行ったら、ひっく、僕の方が父親と間違われて…うぇ」

ずびずび鼻を啜る俊が余りに哀れ過ぎて…と言うより、キッチンから顔を覗かせた不良が『いつまでンな所で遊んでんだ』と無責任な事をのたまうから、気苦労が絶えないA型として泣き濡れるオタクに肩を貸し背を撫でてやりながら制服の肩口で鼻を噛む音が盛大に響こうが怯まず、

「お邪魔します…」
「ああ、コーヒーで良いか」
「水で構いませ、」
「ぐす、コカコーラZERO2杯、めそ」

広いソファにも関わらず自分よりデカいオタクに引っ付かれながら炭酸よりお茶の方が良かったな、などと思いつつ訂正しない彼はもしかしたら唯一の常識人かも知れない。


「あー…っと、で、…何から話せば良いのか判んないけど…」
「ぐす」
「つまり、俊は『カルマ』のヘッドで間違いないのか?」
「もぅ、違うにょ」
「違わねぇっつの。ほら、コーラ」
「あ、有難うございます」

グラスを受け取る為に少しだけ離れた俊に短く息を吐き、ジト目で佑壱を睨んでいる様に見える分厚い眼鏡を見つめた。

「睨んでも無駄だ。何年アンタの犬やってっと思ってんスか、そーちょー」
「…何で判ったんですかァ、テメー様め」
「いや、何でって…勘つーか、匂い…?」

本気で犬ではなかろうか、と、うっかり俊でさえ怪しんだ爆弾発言投下で、リビングは静寂に包まれる。

「そもそも、俺はアンタの実年齢知ってたんだぜ」
「…はァ?ぇ、どゆコト?」
「そーゆーコト。俺が3年前の今日、アンタに初めて会った時、」
「いきなり殴り掛かってきた時の間違いなり」
「…コホン。とにかく、アンタは学ランだった」
「だから高校生だと思って殴り掛かってきたんじゃないにょ?」
「確かに、初めはそうだったんだけどな…」

俊がきょとりと首を傾げた。
苦手な炭酸をちびちび舐めていた太陽も、同じくきょとりと首を傾げる。




オタクがデジカメで平凡をスッパ抜いた。


「フラッシュ眩しっ」
「はふん。僕が童貞じゃなかったらオカズにしたかも知れないにょ…」

危険な呟きは聞こえなかった事にしよう。

「嵯峨崎先輩、後で赤外線から送信してあげますね」
「…一応聞くけど、何を」
「タイヨーのベストショットですとも!」
「要りません。」
「またまたァ、照れちゃって!オカズにしても大丈夫ですょ!僕は怒ったりしませんから!」
「そーちょー…」
「ちょっと俊、流石に俺が怒りますけどー?」
「大変申し訳ありませんでした。」

ジャンピング土下座でフローリングに眼鏡を擦り付けているオタクに上から目線で頷いた太陽を、赤い瞳がマジマジ眺めた。


「おい」


と、同時に手が伸びてくる。
それまでの捨て犬っぷりが嘘の様な眼光で睨まれ、地を這う低い低い声で凄まれたら堪らない。

「ひっ」
「山田、テメーどうやって総長に取り入ったんだ…?はん、餌付けかよ?
  …まさか脅してんじゃ、」
「退け。」

フローリングにオタク眼鏡を擦り付けた所為でズレにズレ、太陽は勿論佑壱でさえ無意識に背を正してしまうほど威圧感に満ちた瞳が、太陽の胸倉を掴む手を叩き落とす。


「…この駄犬めが」

腕を組み、鋭利な眼差しで言うには、

「掴むなら胸倉じゃなく顎にしろ。キスを迫るなら笑顔が必要不可欠だ」

罪の無い太陽でさえ泣くかと思ったほどだ。その視線を直で浴びた佑壱など青冷めて今にも掻き消えそうだった。

「俺様攻め枠は今の所、生徒会長しか考えられない。とにかく、今はまだ俺様攻め以外で攻めていけ」
「…そーちょー、俺に何を求めてんスか?」
「修行中の身である俺に求める権利など皆無だ。今はただ、学ぶのみだと俺は考えている」
「つか、修行って何スか…」
「…もしかして俊、眼鏡外すと性格変わる?」
「違う、元々総長はこう言う話し方だ。メールだけああなるんだ、…昔から」
「メールだけって…」
「暫く会話の仕方っつー本を読んでた覚えがあるけどな…」

俊に蹴り飛ばされ、部屋の主にも関わらず床の上に座っている佑壱が至極真面目にのたまうのを聞きながら、眼鏡を外した俊が無表情甚だしい冷たい表情で見つめてくるのに僅かばかり息を呑む。


「タイヨー、怒った…?」

然し、酷く印象的な瞳の下から紡がれた声音は酷く頼りなく、

「も、もし駄目なら僕一人だけの宝物にしますっ」

話の内容が一切理解出来ない。

「サイトにアップしたりしないしっ、オタク仲間にもちょっとしか見せないしっ、プリントアウトして持ち歩くのも週4回で我慢するからァ!!!」
「わ、判ったから、その顔でその言葉遣いはやめてねー」
「…済まない」

しゅん、とソファの上で正座した俊が目に見えて落ち込み、横方向からとんでもなく痛々しい視線が注がれてくる。
カルマのケルベロスと名高い極悪不良の威嚇だ。間違いない、俊が居なくなった途端、八つ裂きにされてしまうだろう。

正しく今、生死の境に立たされているらしい。

「写真なら、二人で写った方が良いと思います、なんてーアハハー…」

半泣きで口にした台詞で睨む様な黒い瞳が輝いた、気がする。

「じゃあ今から皆で記念撮影しよう!記念撮影っ、えっと、タイヨーとイチが真ん中で、俺は隅っこのほ〜で!」
「え」
「総長、飯出来た。写真は後でな、真ん中は総長で良いだろ。入学記念だ、入学記念」

疲れた様に言った紅蓮の君を見て、同情を禁じえない。

「む。ま、いっか。嵯峨崎先輩、コーラおかわりィ」
「食事中はお茶だ。気味悪いからその呼び方やめてくれ」
「ケチ」
「ケチで結構。食後のミルフィーユは無しだな」
「…ケチ犬」

ぷーっと頬を膨らます俊に素早く眼鏡を掛けさせた佑壱にはとりあえず拍手と、この言葉を贈ろう。



「おら二人共、早く手ぇ洗ってこい」
「はーい」


オカンか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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