帝王院高等学校
遠き誘いの黙示録
春の風が新緑の薫りを運んできた。
何処かで鳥が鳴いている。



ただただ、静寂ばかり。


「………」

瞼を閉じれば、ただそれだけで思い出すもの。揺り起こした記憶は未だ鮮やかに、じわりじわりと蝕んでいくのだろうか。

木々の狭間から洩れる陽光が瞼の薄い皮膚を透かし、視界は赤く明るく染まった。
こうして『やはり自分は人間だ』と、単純にして至極明快な答えに辿り着くのだ。それを他の誰が認めずとも、少なくとも己だけは。
人間で良かった・と、誰かに叫びたかったのかも知れない。



『お前も、独りぼっちか?』

また、泣いているのだろうか。
また、雨に打たれているのだろうか。
羨望と嫉妬と寂寥と僅かばかりの自尊心を秘めた瞳が忘れられない、などど言えば等しく全ての人間が笑い飛ばすだろう。

「よう、陛下」

そんなつまらない理由で自分を偽るつもりはなかった。そうだ、あの日から考えている事はただ一つ。



笑った顔を、視てみたい。



「陛下ー、おい、テメェコラ、陛下よォ」
「…」
「…狸寝入り、」
「起きてる」
「だったら、ご報告。」

薄く開いた視界一杯に太陽の様な男が映り込んだ。
天高く輝く灼熱のエナジー集合体、揶揄めいた笑みも野性味帯びた双眸も。
(羨ましいのだろうか、自分は)

「二葉の奴が風紀執行のついでに外部生を回収してくるとよ。
  …ま、回収するに価する人間だったら、の、話だけどな」
「…そうか」
「アンタの役目なんだろうが、アンタが降りてっちまえば馬鹿共が混乱する」
「…」
「雑用は俺等に任せておけや、アンタはそれが許される」

責めているのではなく至極当然の事実をただただ述べた唇を何とも無く見つめ、最近では然程変わらなくなった視線を合わすべく上体を起こし、軽く手招いた。

「あ?何、」
「………成長したものだな。」
「ぅわっ、その顔を近付けんじゃねェ!」

端から見ればまるで恋人同士の仲睦まじい光景だろう。
今にも口付けそうなほど近寄った人間離れした秀麗な顔に猫の様なしなやかさで後退した男は、狼や獅子を思わせるウルフカットの金糸を掻き上げ、狼狽を隠す咳払いを一つ。

「ンな事より、いい加減聞かせて貰おうか…?」


ああ、と。
まるで父親の様な感慨が過った。

「アンタのお陰で俺様の人生プランも狂っちまったんだ」

昔から変わらない意志の強い瞳、勝者の余裕に満ちた怯まない唇。

敗北しようと、彼はいつも勝者のままなのだろう。自尊心に満ちた、光輝く生き物。
  (負けた癖に。)
    (二度、負けた癖に。)


そうか、消し去ってしまいたいのかも知れない。
  (屈するより他無い圧倒的な力で)
    (地に這わせ、負けを認めさせたら)
      (少しは満たされるのだろうか)



『何で、…テメーなんかが俺の前に』



あの日から恐らく自分は、ただの人間に成り果てたのだ。
  (あの誰をも圧倒する強者の瞳に)
    (あの今にも呑み込まれそうなオニキスに)





『どうせ、何からも恵まれた王様には判らない』



あの時、手を伸ばせば届いた筈だ。
あの時、手を伸ばせば逃がさなかった筈だ。
繰り返すのはいつも、後悔ばかり。

季節が変わろうと、自分が人間である事実がある限り、永遠に。



「なぁ、テメェは俺の宝物に何したんだ?」
『なァ、テメー倒せば天使は俺を迎えに来てくれるのか?』


  (雑音など、聞きたくない)
  (あの、全てを従わせる声だけ、もう一度)
  (もう一度聞けば、判る気がするのだ)




「答えろや、…我が皇帝陛下様よォ」

笑ってしまいたいのだろうか。



「跪け。」

ほら。
命じれば拒否出来ない癖に。ならば初めから、その研ぎ澄ました牙を向ける相手を間違えなければ良かったのだ。


光の獅子は、所詮闇の皇帝には適わない。
光の天使は、所詮神には適わない。




「話すべきは今ではない。…刻が満ちるまで、待て」
「………Yes, sir. I want to that you said.(陛下の仰せのままに)」

もう一度、あの誰をも平伏させる瞳を見たら。

判る気がするのだ。
  (地に這わせ、従わせたいのか)
    (地に這い、…従いたいのか。)

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!