帝王院高等学校
ベルサイユとミルフィーユと、時々オカン
「………おいおーい」
「痛いにょー痛いにょー」
「………白百合に引き続いて」
「鼻がちっちゃくなっちゃったァ。タイヨーきゅん、僕の鼻が見えますかァア!」
「………マジですかー」

覗き込んだ太陽は俊ではなく別方向を凝視し、何やら呟いている。
自棄にクリアな視界で見えた太陽の表情にうっかり萌えつつ、鼻を押さえていた手で目元を探った。



「ん?
  …眼鏡眼鏡、眼鏡がない、黒縁3号がないっ!」
「ああ、それなら足元に落ちてんぞ。…俺の」
「あったー!!!………ん?」

何処かで聞いた事がある声がした様な気がするだとか、何処かで見た派手なバッシュだとか、何処かで見た足の長さだとか。

まぁ、一瞬の内に過った疑問などその原因を視界に映してしまえば簡単に吹っ飛ぶものだ。


つまり後悔先に立たず。




うっかり眼鏡まで吹き飛ぶかと思った。


「ひ、ひぎゃーーーっ」
「…あ?何だ眼鏡野郎、人をジロジロ凝視しやがって」

燃える様な、灼熱色の髪。
流れる様な襟足は腰まで届く長さで、手足はそれ以上に長い。

無駄に目付きが悪いのと、皆無に近い細い眉とジャラジャラ煩わしいアクセサリーさえなければ、ただのイケメンなのに。



ああ、嫌になるくらい見覚えがあります。



「ふ、不良だァ」
「んだと?」
「ひっ!」

俊がうっかり口にした台詞に、今日何度目かの顔面蒼白を体現した太陽が悲鳴を噛み殺しながら一歩進み出る。
何でこんなオタクと友達になってしまったんだろう、などと己の過去を悔やむでもなく、今はただ友達を庇わなければならないと言う使命感に支配されている損な彼はA型だった。


俊がB型なので、正反対の二人と言えるだろう。


「す、すいません紅蓮の君!彼は外部生で悪気があっての事じゃないんですっ」
「外部?…ああ、コイツか」

176cmの俊より少し高い所から睨んでくる赤い瞳に、混乱がMAXにまで迫ってきた眼鏡はツルっと足を滑らせた。

「はふん!」
「ちょ?!」

目を丸くした太陽が慌てて伸ばした腕より早く、長い腕が腰に絡んだらしい。
とりあえず助けて貰っておいて何だが、あんまり近付かないで欲しいと舌打ちを殺す俊は、どうせなら太陽を抱き締めやがれと叫び出す間際だ。

「何だお前、ちったぁ落ち着けや」

然し、流石に自称チキンヘタレ。
不良もビビる壮絶な睨みを受けて怯み上がる。
目前の相手がつい先々月まで愛犬だったなんて、とても信じられない。

「は、はいいいぃ!す、すいません!すいません!あ〜あぁ、ミルフィーユの匂いがするぅ」

然し恐怖をさっぱり忘れ、くんくん不良の胸元を嗅ぎまくる俊はもしかしなくても餓えていた。
入学式の興奮で昨日の晩から何も食べていない。普通一般より大食いに分類される俊に、甘い甘い匂いは麻薬と同じである。

「ミルフィーユ…ミルフィーユ…、サクサク、あまあま」
「おい、お前…」
「ミルフィーユ、ベルサイユと似てる…。くんくん、む?」

太陽が今にも気絶しそうなくらい白く燃え尽き掛けている事になど全く気付かない眼鏡は、不良の制服を勝手に漁りまくり、無駄のない胸板を撫でまくり、内ポケットから遠慮無く掘り出した棒付きキャンディーを見つめ、

「飴ちゃんが閉じ込められてたにょ」
「…涎が滝になってんぞ」
「飴ちゃん、飴ちゃんが呼んでる気がします」
「腹減ってんのか、お前?」

分厚いレンズの下でだらだら涎を垂らしまくりながらコクリと頷いた俊の腰を片腕で支えつつ、空いた手で何処ぞからハンカチを取り出した男は、自分の外見とハンカチが如何に不似合いであるか全く気付かないらしい。

山田太陽が風化した。周囲が硬直した。

「それやるから、まず口を拭け」
「飴ちゃん、飴ちゃん食べてイイにょ?」
「ああ、どうせ入寮手続きの途中だろ?お前等二人共」
「寮長のトコに行かないといけないんです、僕。爽やか系なのかホスト遊び人系なのか確かめるまでは満足に飴ちゃんも食べれない…ご馳走様でした、おかわり!」
「東雲の部屋は後で行けば良い。どうせ教科書を配るだけだからな、…桃味は今ので最後だ」
「桃ちゃん…めそ」

太陽が覚えているのはこの直後からだ。ただでさえ混乱の極みにある彼に、自分がこれから三年間穏やかとは掛け離れた学園生活を送る事になると言う悪魔のお告げは届いていない。

「葡萄味は嫌いか」
「大好きです!」
「ほら、そっちのお前にもやるよ。イチゴ味で良いか?」

例えば、紅蓮の君と名高い一つ上の生徒が甘い甘いキャンディーを差し出してきた事だとか。

例えば、案外面倒見が良いらしい不良が落ちたままだったゲーム機を拾ってくれた事だとか。

例えば、県下1・2を争う不良グループ『カルマ』の副総長と名高い男だとか。

例えば、その男が『付いてこい』と言う悪魔の台詞を告げただとか。

「カリカリ…。んで、先輩は二年何組ですかァ」
「噛むな、舐めろ、味わえ。Sクラスだ。そう言うお前は?」
「タイヨーと同じ組です!何組かは覚えてません!」
「自信満々に言う事じゃねぇ事だけは確かだな」

考える事が余りに多過ぎて、

「おい、そう言えばそっちの平凡は何て言うんだ?」
「はっ!嵯峨崎先輩っ、やっぱりタイヨーに一目惚れしたんですねィ!彼は山田太陽君、通称『平凡受け』です!」

そう言えば、何故外部生の俊が紅蓮の君の名前を知っているのだろうとか。

「平凡受け?………一目惚れは無いとして、山田もハンバーグで良いか?」
「ハンバーグ…じゅるり」
「おい、また涎が出てんぞ遠野」

そう言えば、何故外部生である俊の名前を殆ど学校に来ない彼が知っているのだろうとか。

「昼飯用に下準備しといたから、すぐに焼いてやる。デミソースも作ってあるし…後は野菜か」
「野菜要らない、お肉好きー」
「野菜食わない奴には、握り飯は付けてやらねぇ」
「えー!」

何故、知り合ったばかりの二人にしては酷く仲睦まじい光景に思えるのだろうとか。
ああ、頭の中は疑問符ばかりだ。



一つ、恐らく自分しか気付いていない事がある。俊にとってそれが良いのか悪いのかは判らないが、

「具は福岡から取り寄せた明太子にするつもりなんだがなぁ…」
「野菜万歳、ドレッシング万歳!」

オタクの一歩後ろを歩く長身が周囲の生徒を逐一睨み付けているのは、何。
此処の所ずっと不機嫌だったと言うあの噂は、何。


「ああ、そこだ。1047号室が俺の部屋、俺のカードやるから開けてみな」
「きゃーっ、やってみたかったんだよなァ、こう言うの!」

他人のIDカードを手にきゃっきゃはしゃぐ俊に、大型犬が寄り添う幻覚が見える…気がする。


それよりも何よりも、



「お邪魔しまーーーす」
「ああ、ようこそ。








  ……………お父サン。」

壮絶な笑みを浮かべる赤い瞳は、…何?

←いやん(*)(#)ばかん→
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