帝王院高等学校
著しい既視感、即ちデジャブ
何処かで見た、なんてまるで芸能人を前にした田舎者みたいな事は言わない。
薄いシャープな眼鏡が酷く似合う知的美人、俊の黒縁眼鏡3号とは大違いだと言う事は言わずもがなである。

「一年Sクラス山田太陽君、ですね」

俊に絞め殺される寸前だった太陽が目に見えて青冷め、小さく花の名を呟いた様な気がした。

「タ、タイヨー君、何だねあの超美人王子系なイケメンは?!お約束的に副会長だったりして!」
「いや、この人は…」
「と、他一名。」

にっこり、という擬音が正にぴったりな光輝く微笑攻撃を受けた俊はその眩さに飛び上がり、硬直している太陽の背後に隠れる。
体格の差を綺麗さっぱり無視して隠れているつもりなのだから、ただの阿呆だろう。

「ほ、他一名って!ぼ、僕ですか?!」
「ええ。残念ながら私は副会長ではなく中央委員会風紀長の叶二葉です、初めまして」
「ははは初めましてッ、カノー先輩!風紀委員のカノー先輩!」
「君が外部入学生の遠野俊君、で宜しいでしょうか?」

美人が俊の名を口にした事により俊は勿論、太陽の表情が益々強張った。
それまで俊達を見つめる視線など皆無に等しかったが、今はまるで動物園の珍獣扱いだ。見渡す限り人の群れ、群れ。

何故こんなに見られているのだろう、と、平凡故に些か怯んでいる俊は、全く動じない…寧ろ全く微動だにしない太陽に軽く尊敬の眼差しを注ぐ。
同じ平凡でもこれがヘタレと主人公の違いだろうか。いや、チキンと主人公かも知れない。

俊は鶏肉をこよなく愛していた。

「何で僕の名前を…?」
「私は全校生徒の氏名及び素行を凡そ把握しています。まぁ、職業柄、ね…」
「へ、へぇ、凄いですねー」

少し美人に慣れてきた俊が然し少しずつ太陽の背中から顔を覗かせ、改めて二葉の全貌を見つめ直せば、やはりと言うか何と言うか、

(何処かで見た事がある、よ〜な?いや、もしかしたら芸能人だったりして…)

有り得る。
こんな如何にも育ちが良さそうな何処ぞの貴族に、面識がある訳が無い。
よくよく窺えば、美人の左側の瞳がサファイアだった。死んだ爺さんから貰ったらしい婆ちゃんが大切にしていた指輪に、慎ましく輝いていた蒼い石と同じ、神秘的な色。

「あのー、カノー先輩」
「ふふふ、その愉快な呼び方も吝かではありませんが、私の事は出来れば名前で呼んで頂けますか?」

余り名字が好きではないので、そう囁く薄い唇に太陽が肩を震わせ、周囲が俄かにざわめいた。

「ふーちゃん先輩って、ハーフさんだったりします?」
「…」
「あ、それよりポジション的にどっちですか?
  僕的には『溺愛独占欲攻め』か『健気美人受け』をお願いします!…って感じなんですけど」

他人にあだ名を付けるのは俊の数少ない特技と言える。今まで友人らしい友人が皆無に等しかった為、発揮される場所がなかっただけだ。
また、他人を受け攻めに分類するのも近頃では無意識下と言えるのものだった。中3の晩夏にBLと出会い、早半年。

確実に腐れ街道まっしぐら。

「最近は不良受けも流行ってますがタイヨーみたいな平凡受けの方が好物です。おかわりもします。是非ともうちのタイヨー君に清き一票を宜しくお願いします、ふーちゃん先輩」


選挙演説か。


「ふーちゃん…」
「あのー?」
「く、」
「く?」
「くくく…、あははははは!」

俊の質問には答えず笑う男に、微かだったざわめきが悲鳴を帯びたものへ変化する。
息を呑む太陽の気配、突き刺さる様な不特定多数の視線。

…可笑しい、美人が笑い掛ける相手は太陽の筈だ。イコール親衛隊的なアレコレから睨まれるのも勿論、太陽の筈なのだ。
自分はデジカメ片手に一本十円のうめぇ棒を貪りながら生暖かく見守る役目…な筈だ、メイビー。

「ははは、あははははは」
「…」
「…」

太陽が何か言いたげに見つめてくる。以心伝心準備は万端だが、知り合ったばかりの太陽からテレパシーが送信される様子はない。
もしかしたら自分に受信能力が無いだけかも知れないが、此処はとにかく一度出直した方が良いかも知れないと、俊は分厚い眼鏡の下から太陽にテレパシーを送ってみた。

『美人、爆笑姿も麗しい。免疫が足りない為、一時非難しますオーヴァ』
『ラジャー』

こくっと頷いた太陽に正しく伝わっているかどうかは激しく謎だが、とりあえず二人は『逃げる』と言う事で一致したらしい。
手と手を取り合い、まるでロミオとレミオロメン。



パチもんはどっちだ。



「待ちなさい」
「むぎゅ!」
「!」
「我が帝王院高等学校校舎内に於いて、不純同性交遊が如何に目障り…いや、重罪か、知らない訳ではないでしょう?
  ねぇ、山田太陽君。」
「ふぎゅ!くーびーがー締ーまーるーーー」
「…ちっ」
「今、舌打ちしませんでしたか山田太陽君?」
「さー?気の所為じゃないですか、生徒会計様?」
「くーびーがー伸ーびーるーーー」
「今は風紀委員執行中でしてねぇ、山田太陽君」
「そら、失礼しました叶風紀委員長様」
「くーびーがー取ーれーるーーー、………助かったにょ、ダーリン」

太陽が眼鏡美人の見た目からは想像出来ない程の怪力から救い出してくれた。

「それよりフルネーム呼びはやめて下さい、あんまり良い名前じゃないんで」
「タ、タイヨーきゅん?」
「おやおや、後ろの遠野君が怯えていますよ。可哀想に」
「ああ、誰かさんのお陰でね」

襟を捕まれ潰れた様な声を出した為、軽く咳き込む俊を男らしく背で庇いながら、艶然と微笑む男に笑い返して見せた平凡少年。

強気受け、いや男前受けと言う言葉が乱舞する。

「こんな所で貴方が新人に話し掛ければどうなるか判らない筈ないですよねー、三年Sクラスの『万年次席』サマ」
「君にしては随分反抗的ですねぇ、…ああ、成程。



  やっと見つけた『友人候補』ですからねぇ」

嫌に薄気味悪い笑い方だと思った。優しげな笑みも穏やかな声音もまるでそのままなのに、どうしてだろう。

何処かで聞いた様な、気がした。

「逃がしては堪らない」
「…っ」

何処かで見た事がある様な、

「もう、寂しいのは嫌なんでしょう?」





『もう、孤独は嫌でしょう?』





頭が白く弾けた、気がする。

今にも泣いてしまいそうな太陽の表情を見たから、とか。
不特定多数の視線に嫌気が差した、とか。

可愛い可愛い大型犬が、悔しげに歯噛みする記憶を揺り起こしたから、とか。



そう言う理由・じゃなくて、



『弱者を引き連れて猿の大名行列か?』
『くくく、…精々精進する事だな』
『地を這う虫には、お似合いですよ』

『もう、孤独は嫌でしょう?』

『…ねぇ、』





『野良犬クン』




ああ、懐かしい声。
いつも甘いお菓子の匂いがする大型犬が、悔しげに歯噛みする姿。
あの時、確か自分の右手は相手の左頬を殴り付けたのだ。





「な、」
「っ、遠野…?!」

ああ、

「…間違えた。」

自分の右膝が布越しに柔らかい肉の感触を認める。
どうやら腐っても美人の顔は殴れないらしい自分のしょうもないヘタレさに腹が立った。成程、フェミニストは父に似たのかも知れない。

「本当はそのお綺麗な面に一発ブチカマすつもりだったんですけど、すみません」
「貴様…」

蹴られた事を認識したらしい男が表情を変え、恐らく反撃してきた。
気付いた太陽が平凡な外見からは想像も出来ないくらい果敢に庇おうと身を乗り出して来たが、



「…そうだ、僕達これから入寮手続きがあるので」

169cmの太陽を肩に担いだオタクが、それまでの快活さを全て滅した声音で囁けば、ただただ周囲の非難する雑音だけが場を支配する。
非常事態に気付いていないのは外野だけだ。

「此処で失礼します、『有能』な二葉先生」

レンズに阻まれたサファイアが見開かれ、何か言いたげに開かれた唇が何を零したかになど、





「………入学早々、嫌な奴に会ったなァ」

最早、何の興味もない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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