擦れ違い
確かに初めてあいつを見たとき、俺は完全に目を奪われていた。
さらさらと靡く黒い髪、それに映える白い肌。大きい瞳と東洋人にしては高い鼻、形の整った唇。手足は細くて、握ったら折れるんじゃないかなんて思ったな。
あいつが現れてから、俺の心はもやもやしていた。ただあいつが美人で、変な時期の転入生というだけじゃないんだ。
俺は、あいつを知っている。俺はあいつに会ったことがある、そんな気がしたんだ。
いや、気がしただけじゃない。俺の記憶にある一人の少女、それとあいつが重なる。
俺の、初恋の女の子。
「シリウスー?」
ジェームズがバタンと勢い良く部屋のドアを開ける。するとベッドの上に座り、ぶつぶつ言いながら頭を抱えるシリウスがいて、ジェームズは一瞬たじろいだ。
「シ、シリウス?」
「……ジェームズ」
顔を上げたシリウスは、なんとも情けない顔でジェームズを見上げた。ハァ、と深いため息を吐くシリウスに、ジェームズはクスクス笑う。
「一体全体どうしちゃったんだい?」
「……俺が聞きたいくらいだ」
シリウスは更に盛大なため息を吐き、ごろんとベッドに横たわった。
「どうせなまえのことなんだろ?」
「わかってるなら聞くなよ……」
「なんだかなまえの様子もおかしかったからね。一体君、何しちゃったのさ?」
ベッド脇に小さな椅子を引き摺って置くと、ジェームズはそれに腰掛ける。にこにこと何かを期待するように、それでいて少し楽しむように笑うジェームズを一瞥したシリウスは、眉根を寄せてくるりと寝返りを打った。
ジェームズに背を向けたシリウスは、ぽつりと呟く。
「キス、した」
「なんだって!?」
大声で叫んだジェームズの口を慌てて抑えると、「僕だってまだリリーに……」などとぶつぶつ言って口を尖らせた。
「それで、君はなまえにキスしたことを後悔しているわけだ」
「……あぁ」
「それは勢いだっただけで好意があってしたわけじゃないから?」
「ち、違う!!」
がばっと起き上がって体を反転させ、慌ててジェームズに講義をすると、ジェームズは満面の笑みを浮かべていた。
「気持ちに気づけただけで進歩だよ。と、いうよりも気づくのが遅すぎさ」
ジェームズの言葉に、一時目をぱちくりさせたシリウスはうっすらと笑みを見せる。
「一体シリウスはどうしたのかしらね?」
羊皮紙の束と分厚い魔法史の教科書を両手に抱えたなまえとリリーは図書室へ向かっていた。
リリーは手荷物のせいで見えなくなっている前方を確認するために、何度か立ち止まりながら歩いている。
『……えぇ』
一方なまえはリリーの話も上の空で、とぼとぼと足元が覚束ない。
ガツッ。
『きゃっ!!』
何かに躓いて、バサッと手荷物をばらまいてしまった。リリーは自分の荷物を隅に置いてなまえに駆け寄る。
「なまえ!!大丈夫!?」
『…っつ!!だ、大丈夫よリリー』
「あら大変!!膝を擦りむいてるわ!!」
リリーの視線を辿ると、なまえの膝から血が流れ出ていた。
なまえは「平気、こんなの掠り傷だわ」と言って立ち上がるが、ズキンと痛んだ膝に再度座り込んだ。
「ほら、言わんこっちゃない……医務室へ行きましょう?」
なまえはリリーの腕に掴まりながら医務室へ向かう。途中、なまえがリリーに謝罪をするとリリーは「いいのよ」と言って笑った。
「今日はあなたまで変よ、なまえ」
『そ、そんなことないわ』
医務室で手当てをした帰りに、リリーは首を傾げてそう言った。マダム・ポンフリーによって大袈裟に巻かれた包帯を見つめていたなまえは、リリーの言葉にドキッと心臓が鳴る。
「何かあったの?」
なまえの顔を覗き込んで言うリリー。もちろんなまえには心当たりがある。しかしそれを言うには些か躊躇いがあった。
『……なんでもないの』
不自然に逸らした視線にリリーなら気づいただろうが、それ以降リリーは何も言わなかった。
なまえは今朝のシリウスを思い出して眉間に皺をつくる。
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