Slave





追いかけるのは、果てなき夢。
押し寄せる時代の波は、世界に大きな変化をもたらす。
訪れる変革の激流に、花を片手に戦った王女。
彼女は、先王が体調を崩したことにより、約束よりも一年早く、十七の歳で即位した。
同時に騎士の任に就いたのは、まだ年若い、奴隷上がりの青年だった。
女王は騎士を盾として、生涯剣を取らないと誓った。
通常は剣を用いて執り行われる騎士の叙任も、一輪の花の下で行われた。
一人の若い騎士の元、再編された騎士団は、国を守る盾としての任を与えられた。
長年争い続けてきた隣国と、三年前に結んだ終戦協定。
互いに手を取り、平和な世界を実現していくことを宣誓した。

青年は、空を見上げて息を吐く。
あれから、十年が経った。
約束を果たす時が、訪れたのだ。
覚えていてくれるだろうか。
変わらない愛を、与えてくれるだろうか。



「ザックス、ここに居たんだ」

「クラウド」

「叙任式、もうすぐ始まるよ」



従者として仕えるクラウドは、一昨年まで奴隷身分だった。
七年前のプレジデントの急逝により、公爵位を継いだルーファウスが先陣を切った、奴隷身分の解放。
終戦による時代の激変に、いち早い対応を示したのだ。



「わかった、すぐ行く」



袖を通す、着慣れた軍服。
腰に穿いた剣を確認すると、ザックスは踵を返した。





















-Se philos-






















フェア侯爵家の正式な跡取りとして迎えられたザックスは、何不自由ない暮らしを与えられた。
エアリスの騎士となる約束も、人生の大半を奴隷として過ごしてきたことも、侯爵夫妻は全てを快く受け入れてくれた。
初めての面会ですぐに気に入られ、その場で申し入れられた養子縁組に、ザックスは無言で肯いた。
セフィロスと離れた初めての夜、ザックスは一人、広いベッドの上で涙を零した。
そして、誓った。
もう、決して泣いたりしない。
約束を果たす、その時まで。





















「でも、まさかあの『英雄』を、神羅が手放すなんて思わなかった」



盾を持ち、隣を歩くクラウドに、ザックスは小さく笑みを零す。
戦争が終わった、平和な世界。
戦時下では『英雄』と賞されるほどの武勇は、平和の中では人々の脅威となる。
数多くの命を屠ってきたその腕は、掴んだささやかな平和とは相容れないものなのだ。
だからこそ、『英雄』の保持はリスクになると判断したルーファウスとの交渉が成立したのだ。



「エアリスがセフィロスを受け入れてくれて、本当によかった」

「これで、女王陛下に二人の騎士が揃うんだな」

「俺が盾だから、あいつが花か?」

「花って…なんか、似合わないな」



軽口を叩きながら、歩く王宮の廊下。
再び築き上げてきた、王族の権威。
エアリスは、生涯夫を取らないと言った。
次の王は、女王の、国の子であるすべての国民から選ぶと宣言したのだ。
王族に必要なものは、血よりも濃く、強い誇り。
貴族からの強い反発は、今でも続いている。



「いいんじゃないか?剣なんかより、花束を持ってる方がよっぽど平和だ」



笑いながら、軍服の胸に挿された花を指で撫ぜる。
エアリスが叙任式で使う花は、騎士それぞれにエアリスが手ずから選ぶものだ。
八年前、ザックスが与えられたのは、小さな空色の花。
ベイビー・ブルー・アイズ。
無垢な空色の瞳にぴったりだと、彼女は笑ってそう言った。



「ザックス、なんか嬉しそうだな」

「そう見えるか?」

「うん、すごく」

「…嬉しいさ。ずっと、この日を夢見てきた」



再び見えた日、必ず囁くと誓った。
『Se philos』。
彼の名と、同じ音を持つ故郷の言葉。
あなたのことを、愛していると。
その想いは、どれだけ時を経ても変わることはないのだと。
『セフィロス』。
呼んだとき、笑顔を見せてくれるだろうか。
その顔に、寂しさがなければいい。
高鳴る鼓動に胸を押さえれば、隣を歩くクラウドに首を傾げられ。
何でもないと、誤魔化すように笑みを浮かべた。





















近衛騎士隊への所属をするべく、ザックスは養子となったその日から、神羅が配属したアンジールによって手解きを受けることになった。
権威の衰えた王族との繋がりは、濃い血縁者となれば没落の時に足を引かれることとなる。
だが、あまりに薄ければ、再興の時に不利となるのは必至だ。
ウータイとの休戦協定もあり、一時的な平和を得た神羅は、ザックスとアンジールを利用し、次代の女王への繋がりを得たのだ。
一年間の、教養と武芸の教育。
寝る間も惜しまず、朝も夜もザックスはそれらを必死に身に付けた。
女王エルミナが体調を崩したことにより、エアリスが予定よりも早く即位することに決定したのは、それから一年が経った頃の春だった。
即位の際、彼女の誓った言葉は、国民の心に大きく響いた。

剣を取り争う時代は、もう終わるのだ。
奴隷も貴族も、母を、父を持つ人間に変わりない。
愛し合うものが引き裂かれることなど、二度と起こらない世界を創りたいのだ。
人間が在る限り、争いは絶えない。
けれど、命を、自由を奪う行為は、絶やすことができる。
皆が手を取り合わねば、平和など決して手に入らない。
それを実現していくのは、国民であるのだ。
王は、国民を支配するものではない。
民と共に歩み、民のために盾となるもの。
どうか、力を貸してほしい。

長い戦争に疲弊した国民。
隣の町に、村に敵兵が紛れ込んだと聞けば、その一帯が焼き払われ、捕らえられた民が奴隷とされた凄惨な歴史。
断ち切るべき時に、来ているのだと。
求められていた、新しい風。
彼女の即位が、新しい時代の初めの波だったのかもしれない。
翌日、ザックスは近衛騎士団の一員として、勲功爵の位を与えられた。
叙勲の式に、与えられた花と言葉。
空色の、ベイビー・ブルー・アイズ。
告げられた、花言葉。

私は、あなたを許す。
いつか、大切な人に伝えるといい。

泣かないと誓って、一年。
姿を見れば甘えたくなってしまうと、互いに手紙も交わさず、一度として見えることはなかった。
溢れそうになった涙を、唇を噛んで堪えて。
指先にそっと口付け、差し出された花を受け取った。





















「エアリス」



召し替えを終え、花瓶に活けられた花に触れるエアリスに声を掛ける。
儀礼用の白い細身のドレスは、彼女の持つ嫋やかな様子を一層際立たせていた。
活けられた花は、純白のスノーフレーク。
雪の結晶の名を持つ花は、記憶の中の透き通るような銀色の髪と重なる。



「もう準備、出来た?」

「あぁ。そっちは?」

「とっくに、ね」



くすくすと笑いながら、花を一束手に取り、エアリスは振り返る。
少し離れた場所で膝を着き、頭を下げていたクラウドに面を上げるようにと声を掛けた。



「それか?セフィロスの叙勲に使う花」

「うん。ぴったりでしょ」



ふわりと揺れる亜麻色の髪は、初めて出会った日と同じ。
彼女の優しさも、強さも。
あの日、少女に抱いた感情は、ひとつの愛だった。
激しく、狂おしい恋情ではない。
穏やかな、包み込み、守り抜きたいと誓う愛。



「あぁ、ぴったりだ」



笑みを零し、差し出された花を受け取る。
可憐で小さな、スノーフレーク。
込められた言葉に、思いを馳せた。





















ザックスの持つ剣の才は、騎士団の中でも高く評価されていた。
そして、純粋で一途な志。
すぐに騎士達とも打ち解け、更にその才を伸ばしていた。
騎士に叙任されて一年、エアリスの騎士として、女王の盾として、十八の歳を迎えたザックスは『剣』を授けられた。
刃を削ぎ、何をも切れぬようにと拵えた、『盾』のための剣を。
女王の盾となり、大人らしく見えるよう、髪型を変えた。
最初は見慣れないと笑っていたエアリスも、今では気に入っている様子だ。
『盾』がその役割を初めて果たしたのは、女王が即位して三年目の秋だった。

昨夏のブレジデント神羅の急逝により、十八歳で公爵位を継いだルーファウス神羅との対談。
少しずつ権威を回復しつつある王家は、女王の即位二年目の式典で、奴隷解放に先立ち、奴隷狩りの禁止を命じた。
貴族の私設騎士団によって行われていたその行為を禁じ、職を失った階級を持たない騎士は、王家が雇い入れた。
必要なときに、使いなさい。
母にそう言い残されていた、宝物庫の鍵。
彼女は、躊躇いなくその扉を開いた。
私設騎士団に属する者は、騎士とはいえ、階級を持つ勲功爵とは違い、普段は農耕で生計を立てる民だ。
彼等に新たに与えた仕事のひとつは、街路の整備だった。
土を簡単に均されただけの路地を整備し、水はけが良く、荷車を運びやすい整った石畳を敷いた。
彼女の様々な業績に、ルーファウスは考えた。
女王を支えることは、民の支持を掴むことに繋がる。
休戦中の隣国とは、終戦に向けた会談を進めているという。
いずれ、貴族が騎士を従える時代は終わる。
ならば、神羅が所有する優秀な騎士を適宜王家に献上すれば、王家からの信頼を得ることもでき、「平和な世界」には不要な騎士を手放すこともできる。
だが、今はまだ手放すには早い。
終戦が決定して、初めて騎士は無用の長物となるのだから。

二人の対談の内容は、ただひとつ。
奴隷の、段階的な解放。
ザックスやセフィロスのように故郷を奪われた奴隷は、帰るべき場所を持たない。
彼等を一時労働者として、あるいは労働なしに保護し、壊滅した故郷の復興を目指す。
ルーファウスにとって、エアリスの提案は理想論としか見えなかった。
しかし、たとえばこの女王と、実質的な覇者である神羅が手を組んだとすれば。
あるいは、壮大な夢想も実現できるかもしれない。
彼女に約束させた、神羅への税や鉱山、工場所有権の優先。
対価として、彼女の政策を経済的、人員的に援助する。

会談の最中、扉の外で警備に当たっていたのは、ザックスとアンジールだった。
セフィロスの近況について気になってはいたが、ザックスは敢えてそれを尋ねなかった。
アンジールもザックスの気持ちを汲んだのか、セフィロスについての話題には触れなかった。
アンジールは近々、ジェネシスが第二士団長を務める王属騎士団に買い上げられるらしい。
ジェネシスとルーファウスとの間で、話が進められているとのことだった。
その話を聞いていたとき、遽しい足音と、響いた銃声。
奴隷解放を良しとしない貴族が、刺客を送り込んだのだ。
数名が既に捕らえられていたが、一人の男が機関銃を手に走り込んできた。
奴隷時代に恐怖の対象だったそれは、今では「倒すことの出来る相手が持つもの」と認識されていた。
まだ技術が発達段階にある今、機関銃の殺傷能力は高くはない。
至近距離で連続して撃ち込まれなければ、死に至ることはないのだ。
そして、命中率もそれほど高いとは言えない。
銃口さえ見切れば、決して当たりはしない。
もう、無力に嘆くことしかできない奴隷ではないのだ。
刃を持たない剣を掴み、アンジールにひとつ目配せをする。
向けられた銃口に体を捻り、勢いよく脇腹を剣で薙いだ。
同時に引かれた引き金、頬を掠めた銃弾。
銃を手放し、肋骨を折られてなお、男は立ち上がった。
奴隷制度の撤廃は、貴族に多大な負担を強いることとなる。
貴族とて、己の利権を繋ぐために必死なのだ。
男を捕らえようと剣を納め、軍服のロープを外せば、素手で向かってくる。
その手を軽く受け流した時、光ったナイフ。
薄く皮膚を裂いたそれは、すぐに宙を舞った。
後ろ手に腕を縛り、捕らえた男は騎士達に連れて行かれた。
ザックスの頬に傷を残した、彼の初めての任務。
それは、『盾』の名を国中に広めることとなったのだ。








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