跫音





聞き慣れた革靴の音。
いつからか増えた、もう一人の靴音。
歩みを速めれば、肩を並べるように近付いて。
遠く近くの跫音が、今は何よりも。





















跫音






















「終わったー!」



デスクに向かい、大きく腕を伸ばすロッド。
調査だ何だと各地に派遣されている間に、積もりに積もった報告書の山。
仕事先から携帯を通じて出す報告書だけではなく、手書きの書類も必要なのがこの会社の融通の利かないところだ。
凝った肩を揉んでいれば、隣からわざとらしい欠伸が聞こえる。



「日が暮れるどころか、日付が回っちまったぞ、と」



売店で買ってきたコーヒーのパックから伸びるストローを噛み、レノは退屈そうに携帯をいじりながら言った。
今レノが持っているのは、プライベート用の携帯だ。
仕事は仕事、私事は私事で分けたいのだと、そう言っていた。



「…で、何で待ってんだ?」

「お前が、今日は奢るとか振ってきたんだろ、と」

「あぁ、そうだったような…」

「代わりに手伝ってやっただろうがよ、と」



空になったパックをダストボックスに投げ入れ、レノは天井を仰ぐ。
備え付けられた火災報知器のせいで、煙草を吹かすこともできない。



「そう怒るなって」

「こんな時間じゃ開いてる飲み屋もほとんどないぞ、と」

「明日じゃダメか?」

「明日は昼からジュノンに出張だぞ、と」



煙草の箱をいじりながら吸いたそうに出しては戻すレノを横目に、ロッドは額に手を当てる。
山積みになった書類を眺めて溜息を吐いていたロッドの目に、早々に仕事を片付けて次の任務の確認をしていたレノが映ったのはもう半日以上も前のこと。
終わったら何でも好きな物をご馳走するから、手伝ってくれ。
途方もない延々とした作業の手伝いを頼めば、にやにやと笑いながら、レノは二つ返事で了解を出した。
渡した半分の書類も、慣れた手捌きで片付けて。
レノが仕事を終えたのは、九時を回った頃だった。
それから四時間が過ぎ、現在に至る。



「悪かったって。今から六番街のティ」

「そこは今日定休だぞ、と」

「じゃ、弐番街のゴー」

「ラストオーダー時間回ってるぞ、と」



提案を次々に蹴落とされ、ロッドはぐっと声を詰まらせる。
気紛れな猫のような先輩兼恋人は、相変わらずライターをかちかちと動かしながら、火の点けられない煙草を咥えている。



「…どこかの誰かが、亀道楽の百瓶限定の酒を手に入れたとかって聞いた覚えがあったな、と」

「ぁ、あれはダメだ!あれは必死で休暇申請して…!」

「あぁ、腹が減った、喉も渇いた…優しいレノ様はロッド君のせいでこのまま死んじまうかもしれないぞ、と」



机に突っ伏し、いかにも哀れそうな声を上げ、レノは溜息を吐く。
高い酒はあまり買わないロッドが、珍しく並んでまで買いに行った酒。
自分へのご褒美だと、妙な名目を付けてはいたけれど。



「……わかった…家、行こう」



不服そうに言うロッドに、レノはにやりと口角を釣り上げる。
本当は、酒を買った理由も、食事に誘われた理由も知っている。
ただ、もっと欲しいものが、別にあるのだ。



「旨い飯作れよ、と」



言いながら立ち上がれば、ロッドは慌てて荷物を纏め始める。
パソコンと携帯、充電器具を鞄に詰め込めば、荷物の少ないレノは早々に入り口の壁に背を預けていて。



「電気消すぞ、と」

「あと二秒…」

「イチ、ニ、ハイ」



適当なカウントの後、常夜灯一つを残し、落とされた明かり。
暗がりの中でも鮮やかな赤が、手招きをする。
映えるその色に、導かれるまま。
引かれた腕と、重なる唇。
久々の抱擁に、そっと瞼を閉じた。





















ロッドの家の冷蔵庫には、面白いくらいに物が入っていなかった。
冷凍食品が数品と、賞味期限ぎりぎりのゼリーが三つ。
そして、任務先に持ち込む携帯食が四日分。



「…独居男性の悲惨な生活って、こないだ雑誌に載ってたぞ、と…」

「仕方ないだろ、今まで任務続きでほとんど帰ってなかったんだからさ」

「とりあえず、つまみの一つもないのかよ、と」

「冷凍のコロッケでよけりゃ、どうぞ」



渋々といった様子で、ロッドが運んできた、亀道楽の限定品の酒瓶。
休暇にこっそりと買いに行ったのを、たまたま任務でウータイに来ていたレノに見つかってから、三ヶ月。
酒と煙草とオンナと仕事が人生の華と豪語するレノに、狙われたのが運の尽き。
酒を抱えて煙草を吸いながら同じ職場に勤めるレノの『オンナ』のポジションに居るロッドは、要約すれば、カモだ。



「おいロッド、開けるぞ、と」

「勝手に開けんなよ!大体、その酒は――…」

「レノ様の誕生日プレゼントだろ、と」



腕を掴み、引き寄せられ。
間近で細められた、青い瞳。



「な、ん…」

「知ってるぞ、と。お前、俺がどこの酒が好きか、ルードに聞きまくってたんだろ、と」



くつくつと、喉を鳴らして笑うレノ。
引いた腕に力を込めれば、ぺたりとひとつ足音が耳に届く。
部屋に上がって早々に靴下を脱いでいたロッドの、裸足の音。
何となく間抜けなその音に、小さく笑みを零して。



「祝いたかったから、妙な口実つけて『晩飯奢る』とか言ったんだろ、と」

「…わかってたなら、晩飯の食える時間に終わるように手伝ってくれてもよかったんじゃないのか?」

「ロッド君は相変わらず鈍いぞ、と」



呟きながら、重ねられた唇。
差し込まれた舌にふるりと体を震わせ、ロッドは強くレノのシャツを掴む。
響く水音。
体を退けようとするロッドを抱き寄せれば、また、ぺたりとあの足音が聞こえる。



「ふ、っ…ん……」



耳まで赤くして、慣れない深いキスを必死に受け入れるロッド。
その様子がどこか可愛くて、背中に回した腕をそっと腰に這わせた。
ぺたり。
バランスが取れずに、また聞こえるその音。
唇を離すと同時に、脇のベッドに体を押しつけた。



「はぁ、っ…レノ!」

「口で言わなきゃわからねぇか?俺はな」



白いシャツを捲り上げ、ゆるゆると体を撫でながら、レノはぺろりと唇を舐める。
もどかしい快感。
捕食者の眼。
久々の情欲に、疼く体。



「お前を喰っちまいたいんだぞ、と」



言いながら、首筋に噛み付くような口付けを落とされる。
疲れた体は、それでも素直に快感を受け入れ始めて。
ねっとりと耳を舐める舌に、ロッドはきつくレノの背に腕を回した。



「おいロッド、腕」

「ぁ、きいて、っ」

「何……」

「レノ、―――…っ」



『すき、おめでとう。』
耳元で、囁かれた言葉。
会えなかった寂しさを、埋めるように。
一年に一度のこの日を、祝福する言葉。



「…今の、最高の殺し文句だぞ、と」



鼻先に唇を落とせば、擽ったそうに細められた瞳。
欲しかったプレゼントは、目の前に。
緩められた腕は、そっと首に回されて。
もう一度唇を重ね、ベッドに沈み込む。
いつも背中で聞いていた足音は、今は静かに息を潜めて。
次からは、並んで歩くのも悪くない。
思いながら、唇を離した。








  End...








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中途半端な書き方に定評のある涼です、すいません(´・ω・`)
花々さま、相互ありがとうございます!残念な仕上がりで本当にすいません…!orz
よく考えたらレノロドの甘いのって書いたことないことに今気付きました。ひどいサイトです…(
もうちょっとレノロド書こうかなと思いました…もっとこう、甘いやつとか、かわいらしいやつとか…!
花々さまを見習わせていただきたく思います…!
それでは、改めまして相互本当にありがとうございました!

2009.4.10




あきゅろす。
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