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魔法×海賊15
彼と目があった瞬間、空気が変わるのを肌で感じた。息を飲み、ただ瞠目する事しかできなかった。
私がこの船にやってきてたった1日。その間、ハグリットの様な大きな体の持ち主に多く出会った。きっとこの世界の人間のサイズは私たちの世界の人間のそれとは規模が異なっているのだろうとは察していた。
しかし、こんなに大きな人間と出会ったのは初めてだった。
体躯の大きさも、その存在感の大きさも。
彼の腕には何本もの点滴が刺さっていて、彼は病気をしているのだろうということが伺える。しかし、そんなことは関係なかった。私はどんな手を使っても、たとえ魔法を使っても、彼には敵わないのだと瞬時に悟った。彼への畏怖が私の心を支配した。
そう、これは畏怖だった。ヴォルデモートに感じていたのが本能的な『恐怖』だとすれば、この感情は理性から生まれる『畏怖』。この相手を決して敵に回してはいけないと、経験と理性が警鐘を鳴らしていた。
「見ねえ顔だな」
低い声が静かに響く。私が反応できずに固まっていると、口髭の大男は私の顔を覗き込んだ。
「その服……うちのナースのだな。って事は、おめえが噂の『魔女』だな?」
私には、彼の問いにただぎこちなく頷くことしかできない。彼の存在感に圧倒された私の体からは汗が吹き出し、私の心が、動くことを拒絶していた。膝は震え、息は苦しく、今にも崩れ落ちそうだった。
「こんな所に何の用だ?」
大男の目が鋭く光る。私は震えながらもその目を見返した。ここで逃げてはいけないとそう思った。少しの間相手の目を見つめ、そしてゆっくりと目を瞑って頭を下げる。
「突然の訪問、ごめんなさい。敵襲だと聞いて、怖くて逃げている内に迷ってしまったの」
誰かに問いただされた時のために用意していた言い訳を何とか口にする。再び顔を上げ彼の目を見れば、彼もまた何も言わず私の目を見続けた。
その目は私の嘘も本心も見透かしているようで、背中に嫌な汗が伝った。
長く感じた沈黙が終わり、大男はかがんでいた体を持ち上げる。
「怖くて逃げだした、ってえ割には、随分着物座った嬢ちゃんみてぇだな。気に入った」
大男はグララララと、何とも特徴的な笑い声を上げた。その瞬間、辺りを支配していた重苦しい空気が消えたのが分かった。ひゅっ、と喉の奥で詰まっていた空気が抜ける。
「グララララ。こんな所で立ち話もなんだ、入ってきな。ここはこの船のどこよりも一番安全な場所だ」
そう言って彼は扉を大きく開き、私を招くようにその体をどけた。入室を許された私は少しの間ポカンと彼を見上げ、そして息を吸い込んで足を前に出す。
失礼のない程度にぐるりと辺りを見渡してみると、真っ先に目に入ったのは恐ろしく巨大な鉈と樽のような大きさの大量の酒瓶、そしてキングサイズよりも大きなベッドだった。壁際の本棚の上には古びた海賊帽が乗っている。どうやら、ここは彼の自室らしい。しかし、私のビーズバッグは見当たらなかった。
大男は私を部屋の中へと招き入れると、扉を閉めて大きなベッドに腰掛ける。それでも立っている私が見上げるほどの大きさの彼に、私はひとまずお辞儀をした。
「自己紹介が遅れてごめんなさい。私はハーマイオニー・グレンジャー。異世界から来た魔女よ。失礼だけれど、あなたはどなた?」
「礼儀のできた嬢ちゃんだな。俺はエドワード・ニューゲート。世間じゃ『白ひげ』と呼ばれている」
何度目かの大砲の音と共に船が大きく揺れた。私は近くの壁に手をついて衝撃をやり過ごす。白ひげと名乗った彼は揺れる船に、愉快気にグララララと笑うと近くの酒瓶に手を伸ばす。
「あいつら派手にやってるなぁ」
白ひげはそう言うと酒瓶を一気に煽った。その余裕そうなその態度と表情は、戦闘中とはとても思えなかった。
「仲間が心配じゃないの?」
つい、口が開いていた。一度こぼれた言葉は止まらない。
「今、この船は戦っている最中なんでしょう? あなたはとても強いように見えるのだけど、彼らに手を貸さなくてもいいの?」
ここでお酒を飲んでいて大丈夫なの?そう聞けば、白ひげは大きく口を開けて、文字通り私の言葉を笑い飛ばした。
「俺がわざわざ出なきゃならねえ程、この船もアイツらも軟じゃねえ」
そう言う彼の顔には嘘も虚勢もない、絶対の自信と信頼が伺える。先程別れたイゾウもそうだった。まるで、沈むという考えそのものがないみたいだ。それほどまでに、この船は戦果を重ねた船なのだろう。
「よっぽど強いのね、この船に乗っている人達は」
「そう言う嬢ちゃんも只者じゃあねぇな」
空になった酒瓶を床に置き、新しい酒瓶を開ける。
「逃げてたら迷った……ってえのは嘘なんだろ?」
白ひげは酒瓶越しに私を見据える。その空気は先ほどの様に威圧的ではない。しかし私は突かれた図星に再び固まった。
「小娘の嘘を見抜けねえほど、この目は濁っちゃいねえよ」
本当は奪われた荷物でも探してたんだろう?と言って、再び彼はグララララ笑う。
嘘を見抜かれていたことにもだが、自分の安直な行動に後悔した。昨晩、下手な行動をせずにまず信頼を勝ち得ようと決めたばかりだというのに、つい目先の欲求にとらわれて後先考えない行動をしてしまった。
勇気と無謀は違うのだと、知っていたはずなのに。行動には綿密な計画とその成功率を考えるのがいつもの私のはずなのに。私は自分が思っていた以上に焦っていたらしい。
ゆっくりと、前へ体を乗り出した白ひげの手が私の頭上へと伸びてくる。
頭から血が引いていくのが分かった。まさかこのまま捕まって殺されてしまうのか、と一番最悪な結末が頭をよぎる。しかし、体は動かない。分かりきっている。彼が私を殺そうとしているならば、それには勝てない。
しかし思っていた衝撃は私を襲わなかった。大きな指は私を掴むことなどせず、頭を軽く置かれただけだった。
「この俺の『覇王色の覇気』をその身に浴びながら、気絶もせずに嘘まで吐くとはなぁ。グララララ、おもしれえ。嬢ちゃん、なかなか見どころあるじゃねえか」
「おめえのことを決めるのはマルコだ……が、俺はお前さんの事を歓迎するぜ、ハーマイオニー」
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