アンジェリークNOVEL 私より長い指・大きな手(ヴィクコレ) 黄色のリボンが栗色の髪の上で揺れる。 いつもちょっと俯き加減に歩く彼女の顎、今日は上を仰いでいる。それどころか、視線は頭上へ、口元には小さな笑みまで浮かんでいた。 その右手が掴んでいるのは細い紐。そしてその先に繋がるのは、黄色の風船。 「上ばかり向いて歩いてると、転びかねんぞ」 アンジェリークは掛けられた声に振り向き、大きなブルーグリーンの瞳を瞬いた。笑いを含む声に少し頬を染め、アンジェリークはぺこりとお辞儀をした。 「こんにちは」 ああ、とそれを受け、ヴィクトールは笑った。 「お前は随分それが気に入っているんだな。今も、ずっと笑いながら歩いていたな」 アンジェリークは彼の横を歩きながら、頬を更に赤くして風船を見上げた。 「わたし、ニヤニヤ……してましたか?」 ヴィクトールは苦笑して足を止めた。 「そこまでは言っとらん。楽しそうに歩いている。そう、思っただけだ」 アンジェリークも足を止め、庭園のほうを振り返った。 「商人さんが、くださったんです。庭園にいる子供たちに配っていたんですけど、わたしが見ていたら、サービスやで、って」 ヴィクトールは風船を見上げてから、アンジェリークのリボンへ視線を移した。 「そういえば、同じ色だな」 アンジェリークはくすぐったそうに笑った。 「はい」 アンジェリークはヴィクトールと並んで歩き出した。 「小さな頃、欲しいってねだったことがあるんです。でも」 そこでアンジェリークは肩を竦めて笑った。 「すぐに転んで、風船は空へ……」 アンジェリークが言葉を切って空を仰ぐと、ヴィクトールもそれに倣い空を見上げた。 「どんどん上って行って小さくなる風船を、ずっと見ていました」 小さな少女であったアンジェリークが、泣きそうな顔で風船を目で追う姿が頭に浮かび、ヴィクトールは小さく笑った。 「そうか」 分かれ道へ辿り着き、二人は足を止めた。右へ行くと学芸館、左に行くと女王候補たちの寮。ヴィクトールは左を手で示した。 「送って行こう」 アンジェリークはふるふると頭を振った。 「え、いいです。ひとりで帰れま……」 言いながら手も振ったアンジェリークの手から、風船の細い紐がするりと逃げ出した。 「あっ」 慌てて掴みなおそうとした手が空を切り、アンジェリークはますます慌てて風船を目で追った。すると大きな手が高い位置へ伸ばされ、しっかりと紐を捕まえた。 ハハハ! 楽しげな笑い声が響き、紐を掴んだ手がアンジェリークの手元へ下りてくる。 「今した話と同じ事になるところだったな」 長い指がアンジェリークの手を包み、細い紐を彼女の手へ巻き付けた。その大きな手には傷痕がいくつも残っていたが、アンジェリークへそっと優しく触れた。アンジェリークはその手をじっと見つめた。 彼女には届かない所まで、簡単に伸びる大きな手。彼女では持てないほどのたくさんの事を、きっと持って来た指。 もっと知りたい。 「しっかり持っていろ」 アンジェリークは俯いてヴィクトールの手へ視線を落としたまま頷いた。 「はい。ありがとうございました」 小さな手だな。そんな呟きがアンジェリークの耳へと届き、彼女が目を上げると、ヴィクトールの手が今度は彼女の頭を包んだ。 「また風船が逃げたら大変だ。送って行こう」 アンジェリークはぽんと頭を軽く叩いた手を目で追い、微笑んだ。 「はい。お願いします」 end < 前 次 > |