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アンジェリークNOVEL
散歩(ティムレイ)
「何かワタシに用でもあるんですか?」
 前を行く金色の髪の女王候補が急にくるりと振り向いて彼に言った。彼はびっくりして一度ごくっと息を飲み、首を横に振った。
「僕も、あなたの行く方向へ用事があるんです。王立研究院へ」
 レイチェルは大きな菫色の瞳をぱちぱちと瞬いてすぐに謝った。
「あれっ。すみません。なんだかさっきからずっと後ろにいらしたような気がして。学芸館から宮殿に寄って、それで今、この道」
 ティムカはあはっと笑って頷いた。
「ええ、僕も学芸館から宮殿に寄って王立研究院へ。あなたとは気が合うようですね」
 ティムカが柔らかく微笑むと、レイチェルは元気に提案した。
「同じ場所へ向かうのなら、並んでいっしょに歩きませんか?」
 ティムカが頷き彼女の横まで歩を進めると、レイチェルもそれに合わせていっしょに歩き出した。


 レイチェルを初めて見た時から親近感が沸いた。故郷の惑星の肌の色。ティムカは自分の肌と近い色の女王候補の肌に、親しみと安心感を持った。
 けれどその肌は、国の女性たちが願ってもなかなか手に入らない滑らかさを持っていた。彼はまだ幼いけれど、母を取り巻く宮中の女官たちが遠い異国から香りのいい香油を取り寄せ、肌の滑らかさに一喜一憂する姿を見知っていた。
 目の前の女王候補だという少女は、格別そんなふうに肌を維持するために必死になっているようには見受けられない。それとも、彼女もティムカの知る女官たちのように努力しているのだろうか。
 意識してみると、隣から甘いようないい匂いがする。

「レイチェルは、どんな香油をお使いですか?」
 ティムカが尋ねると、彼女は目を大きく見開き、きょとんとした顔を彼に返した。
「コーユ? ああ、香油、ですか。そんなもの、使ってませんヨ」
 え、でも。ティムカの言いたいことに気付いたようで、レイチェルは長い髪に指を入れて梳いて揺らした。
「オリヴィエ様からいただいたシャンプーなんです。ワタシの好きな、フルーティな香り。ティムカ様もこの香り、お好きですか?」
 陽光を反射して艶やかに光を返すたんぽぽ色の髪。ティムカは眩しくて目を瞬いてそれを見た。彼女の言う通り、甘く爽やかなフルーツの香りがティムカへ届く。
「ええ。いい香りですね。瑞々しいあなたに、とてもお似合いです」
 みずみずし……レイチェルは彼の言葉を繰り返し、あはは! と声を上げて笑った。
「ティムカ様って、なんだか中身はすごく大人に思えちゃいます。香油とか言うし。本当はワタシより年上なんですか?」
 いえ、僕は……。
 ティムカは首を振り言葉を探す。

 先程からあなたの後ろを歩きながら、鮮やかな金の髪が揺れるのを見ていました。宮殿から王立研究院へ。帰りも同じ道を歩けたらいいなと思いながら。
「あなたに話し掛けようかどうしようか迷っていた、全く大人なんかじゃない僕がいます」
 あはっとティムカは照れて笑った。
「でもあのまま、後ろでも同じ道を歩けたらそれでもいいって思ってもいました」
 レイチェルは、少し考え込むとふるっと首を振った。
「どうせ同じ道を歩くなら、ワタシは横に並んで歩きたいです。そしたらこんなふうにいろいろお話だって出来るし。香りの話とか」
 ええ。ティムカはくすっと笑って横へ歩くレイチェルを見る。
「こうして散歩のように歩くのもいいものですね。ええ、香りの話とか」

 意を得たりとレイチェルは頷いた。
「ん。そう! 二人で歩けば散歩になるんですヨ。そのほうがずっと楽しいでしょう?」
 そうか。もうこれは散歩なのだ。
 それでは。ティムカは考えながらレイチェルへ提案してみた。
「もしよければ、帰りもご一緒に。そして、庭園まで足を伸ばしてみませんか?」
 レイチェルはにっこり笑って頷いた。
「ワタシも。そうお誘いしようと思ってました」
 微笑み返したティムカを、レイチェルの甘い香りがふわっと包んだ。

end



レイチェルindex
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