アンジェリークNOVEL
絡まる指(チャリロザ)
「どうしたんですの?」
伏せられていた長い睫毛が上にあがり、紫がかったブルーの宝石がチャーリーを見つめていた。
午後になり人が少なくなって来たのを見計らい、チャーリーは庭園の露店に休憩中の札を付けて来た。がんばって午前中には品物を多く捌いたし、紅茶の一杯くらいをカフェで飲んでもバチは当たらないだろう、と、うきうき足を運んだ。
そこに一人でアフタヌーンティーと洒落こんでいる女王補佐官を見つけ、今日はいい日や! とチャーリーはスキップせんばかりになった。
一目見た時から彼は美しい女王補佐官が気になっていた。けれど週に一度庭園に来るだけの自分では、彼女に会える事は本当に稀で。それがこうして偶然カフェで出会えた幸運に、午後何にも商品が売れなくても構わへん、とまで胸で呟いたチャーリーだった。
「ここ、座ってもええですか?」
相席を申し出たチャーリーに、ロザリアは一度は断った。他にたくさん席が空いていますのに、と。
「ええ〜! そんなイケズな! 半日がんばって勤勉に仕事した真面目な男に、美人とお茶出来るっつーご褒美くらい、あってもエエやないですか」
そう食い下がると、ロザリアは眉を寄せて困ったように笑い、それでも相席に同意してくれた。
休日の女王補佐官は、結い上げた髪をベールに隠してはいなかった。豊かな青い巻き毛を一度トップで纏め、背へ流す長い後ろ髪を筒のようにロールに巻いている。服もタイトなものではなく膝下へ柔らかく落ちる広がったスカートで、落ち着いた雰囲気のいつもよりも今日の彼女は若々しく見えた。
陛下も17歳とのことだから、目の前の女王補佐官も17歳なのだろう。なんや、女王候補のふたりと、なんら変わりのないお年なんやな。
紅茶のカップの持ち手に、白い指が絡み付いている。優雅な仕草で口へとカップが運ばれるのを、チャーリーは呆けた顔で見つめていたらしかった。
白くて、ほそい、指やなあ。
もしその指が、俺の指に触れて、そして、カップの持ち手のように俺の指に──。
ダメや! 想像しただけで鼻血が出そうや。
そこまで考えて気がついた。どうやら自分は指の綺麗な女性に弱いらしいと。そういえば、初恋の家庭教師だった女性は母より上の年齢だったが、白くて長い細い指をしていた事を覚えている。ダメですよ、と、軽く手を叩かれたのに、それが何故かすごくうれしかった事を思い出した。
俺の指に、あなたの指が絡まる事を想像してました。
チャーリーはぶるぶると頭を振った。どうしたのかと聞かれても、いくらチャーリーでもそんな事は口に出来ない。
「ああ〜その、今度仕入れる品物、指輪でもどーかなーと思てましたんや。ロザリア様は、どんな指輪がええ思いますか?」
まあ。微笑んでロザリアはチャーリーを見た。
「そうですわね。あまり大きな宝石のついた高価なものより、ファッション性の高いもののほうがよろしいのではないかしら」
ふむふむ。チャーリーはメモ帳を出して、真剣な顔でロザリアの言葉を書き付けた。
「でも、なぜ急に指輪をと思いましたの?」
チャーリーはここや! と意気込み、けれど落ち着いた口調をと努めた。
「ロザリア様のカップを持つ指が、綺麗やったから」
体を少し乗り出してじっと見つめると、心なしかロザリアの頬が薄くピンクに染まった。
「まあ。からかわないでいただける?」
おお! これは、好感触?
これはひょっとして、少しでも脈アリ? いやいや、相手はいくら可憐な少女に見えても女王補佐官様やで。
ぐるぐるとチャーリーの頭を葛藤が巡る。チャーリーは紫紺の瞳を見つめてごくっと息をのんだ。
ものは試しや。ダメで元々、当たって砕けてみっか?
「本当や。ロザリア様の白い指が細くて綺麗で、見惚れてましたんや。な、な、俺と、一度でエエから、手ー繋いでくれまへんか?」
ロザリアはびっくりして目を瞬くと、その手を口に当ててコロコロと笑った。あは、あはは! チャーリーもロザリアに合わせて笑い声を上げた。
ピタリとロザリアが笑いを治めてチャーリーを横目で見た。
「繋ぎませんわ」
砕けた。
end
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