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アンジェリークNOVEL
おそろいの…(ヴィクレイ)
「何をしてるんだ、そんな所で」
 太い声が後ろから掛けられ、レイチェルは飛び上がらんばかりに驚いた。
「ヴィクトール様! 何でもないんです!」
 学芸館の裏にある小さな庭を向こうに、木立のこちら側からレイチェルはそちらの様子を伺っていたようだ。レイチェルは裏庭を気にしながら、ヴィクトールの手を取って学芸館の正面へひっぱってゆこうとする。ヴィクトールは困った顔でレイチェルを見下ろして口を開いた。
「おい。俺は裏へこれを持って行きたいんだがな」
 言われてレイチェルは、ヴィクトールが腕に抱えているものにやっと気が付いた。
「どうしたんですか、それ。その、壊れた本棚みたいなものは」
 レイチェルの遠慮のない物言いにヴィクトールは苦笑を返す。
「その通り、壊れた本棚だが? ちょっと壊れてしまってな。直そうとしたんだがうまくいかなかった。たった今廃棄処分になるところだ。だから俺を裏の焼却炉へ行かせてくれ」

 だ、だめです! レイチェルは慌てて首を振り彼の願いを否定する。ヴィクトールは彼女の様子に首を捻り、裏庭のほうへ目を向けた。
「どうしたんだ、レイチェル。裏庭に何があるんだ。お前、おかしいぞ」
 えーと、その。レイチェルが混乱した表情で何か言おうとしたその時、二人の耳へ笑い声が届いた。裏庭のほうから聞こえたそれは、どうやら彼の同僚とレイチェルのライバルの少女のもののようだった。
 あー……。肩を落としたレイチェルの横から背を屈め、ヴィクトールは裏庭の様子を窺った。聞こえた声の通り、セイランとアンジェリークが裏庭のベンチに仲良く腰掛けている後ろ姿が目に入る。
「邪魔をしたら悪いだろうな。さすがに俺もわざわざあの横を通って焼却炉へ行く気はないぞ。レイチェル、何も慌てなくてもすぐに教えてくれればよかったんだ」
 ヴィクトールが彼女を見下ろし苦笑すると、レイチェルは彼を見上げて大きな目を瞬いた。


「ヴィクトール様は、アンジェリークのこと気に入っていらしたみたいだから」
 執務室へ取って返したヴィクトールへ、金の髪の女王候補が後を付いて来る。レイチェルの慌てぶりに合点がいき、ははは、と彼は笑った。
「ああ、気に入っているとも。アンジェリークはああ見えて芯は強いぞ。あのセイランと何だかんだと周囲をヤキモキさせながらも、渡り合っている程だからな」
 ヴィクトールは執務机に壊れた卓上用の本棚を置くと、レイチェルを振り向いて付け加えた。
「それからな、それと同じくらいお前のことも気に入っているんだぞ」
 レイチェルは菫色の瞳を丸くしてヴィクトールを見返す。
「気が強い割に心配性なところもあるんだな、お前は。それに俺のことを気遣ってくれたんだな。まあ、肝心な所は抜けているようだがな」
 ヴィクトールの言葉にレイチェルはむっとして腰に手を当てて彼を睨んだ。
「ヴィクトール様がショックを受けて、学芸館の壁を叩き壊したり、セイラン様の描かれてる絵を叩き割ったりしないかと思ったんです!」
 なんだそりゃ、俺をどんな暴れ者だと思ってるんだ。
 呆れてヴィクトールが横目で彼女を見ると、レイチェルは執務机の上の壊れた本棚を示す。
「ほらあ。それだって、壊れたじゃなくて、壊した、のが正しいんじゃないんですか?」
 それにはヴィクトールも苦笑して返した。
「それを言うな。ちょっと本を入れたままウエイトトレーニングしてただけなんだが、本が崩れて本棚ごと落としたんだから、確かに壊した、のほうが正しいな」
 それを聞くと、やっぱり! と楽しそうにレイチェルは笑った。そして、ちょっと見せてください、と彼女は執務机に近付く。うん? ヴィクトールは机の前からどいて、レイチェルに卓上用の本棚を見せた。

「ほう。上手いもんだな」
 ヴィクトールは感心した声を上げる。意外にもレイチェルは手際よく壊れた本棚に補修を施した。ヴィクトールが試したように釘を使うのではなく、接木を接着剤で止めていた。
「誰かさんみたいな壊し屋さんとは違うんですよーだ。こうすればまだ使えるんだから、焼却炉行きにするのは早いですヨ」
 分かった分かった。苦笑して宥めるような声を出したヴィクトールに、レイチェルは更に追い討ちを掛ける。
「ただし! もう本棚でトレーニングなんてやめてくださいよね。せっかく直したんだから」
 そしてくるりと背を向け、彼女は付け加えた。
「今度商人さんのところで、ダンベル買ってヴィクトール様にプレゼントしたげますから」

 後ろから窺えるレイチェルの頬が赤い気がして、ヴィクトールは顎に手を当てて首を捻る。
「それは、お前も俺のことが結構気に入ってるって結論でいいのか?」
 ぱっと振り向いたレイチェルの頬はやはり赤かった。何か言い掛け、彼女はふいと再び横を向く。
「かも。でもきっとそれはヴィクトール様からの気持ちと同じくらいですからね」
 ワタシのほうが多いなんて、そんなのゼッタイないから。
 悔しそうな呟きにヴィクトールは思わず目を細めた。
「そうか、だったら俺とお揃いだな」

end



レイチェルindex
NOVEL INDEXTOP




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