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アンジェリークNOVEL
微笑みあう(エルリモ)
「それ、伊達眼鏡なの?」
 聖なる存在に尋ねられ、エルンストは耳を疑った。

 女王陛下というのは、宇宙の為に祈るかた。人としての生き方を捨て、全てを宇宙を導く事に注がれる尊いかた。
 そのかたが、自分に目を留め、自分のかなり個人的でしかも些細な事柄へ興味を示されるなど。
 そんなことは有り得ない。

 だが、金の髪を揺らせた少女は、エメラルドの瞳を煌かせて、確かにエルンストを見下ろしている。
 それとも目の前の少女は女王陛下ではなく、宮殿付きの女官だったのだろうか。女王を象徴する白を基調にし、神鳥のモチーフを胸に飾ったドレスを着ていても。


 聖地へ赴く事が決まり、誰もが彼の年齢で聖地で主任とは栄転だと称えた。
 エルンストの胸中は複雑だった。首都の王立研究院で、静かに宇宙についての研究をする事こそ彼は望んでいた。人を纏める責任ある立場に立つ事も、研究だけに時間を割くのには通じない。
 けれど反面、わくわくもしていた。一般の人間からは遠い存在の守護聖、そして女王陛下のサクリアが、宇宙が生まれ発展していくのにどんな影響を及ぼしているのか。誰もまだ掴んでいない秘密を、もしかして自分が手に入れる事が出来るやもしれない。

 聖地へ着いて真っ先に彼は、前任の王立研究院の主任と女王陛下の下へ挨拶に向かった。謁見の間に通されて跪くと、すぐに女王補佐官が女王陛下のお成りを告げた。衣擦れの音が聞こえ、目の前に人の立った気配がすると、エルンストの目に白とピンクのドレスの裾が目に入った。
 思わず顔を上げたエルンストを見下ろし、金の髪の少女はにっこり笑った。年のころは16、7。柔らかでピンクの頬を持った可愛らしい少女が女王陛下などと、聞かされていても俄かには信じられない。
 顔にベールも掛けず微笑む姿には、威厳があるとはあまり言えない。けれどもエルンストにさえ彼女が放つ暖かで不思議な波動が感じられる。

 このおかたが聖なる女王陛下……。
 ぼんやりと、もしかすると僅かに口を開けたままエルンストは彼女を見つめた。すると彼女がエルンストに聞いたのだ。
”それ、伊達眼鏡なの?”


「わたしの眼鏡が、宇宙に何か重大な関係性があるのでしょうか?」
 戸惑って返答した言葉に、隣にいる前任者が「おい、不遜なことを」と小さな声でエルンストを嗜めた。けれど女王陛下は楽しそうに声を上げて笑った。
「宇宙にはないわよ。けど、わたしは興味があるの。ねえ、伊達なの?」
 エルンストは女王陛下の笑顔に目を奪われた。

 彼がずっとその身を置いていたのは年嵩の研究者達の間。ひとり、天才と誉れの高い少女が主星の王立研究院にいる。けれどその彼女も研究者である。
 研究者でない普通の少女が何を考えているのかなど、エルンストには宇宙の生成と同様に謎。まして普通ではない至高の存在が考える事など。
 エルンストは中指で眼鏡を押し上げた。
「いえ。わたしは近視ですので。この眼鏡には度が入っています」
 掠めた指が、自分の頬が熱い事をエルンストに気付かせた。
「まあ、そうなの。じゃあそれを外したら、わたしの顔も見えないのかしら」
 大きな目を瞬いて女王陛下は頬へ手を当てた。そんな仕草も可憐だと思っているのに気付いてエルンストはますます戸惑った。

   間違いだ。これは何かの間違い。
 聖なる女王陛下の髪が頬が、全てが柔らそうでそれへ指で触れてみたいと思うなど。
 金の睫毛に縁取られた瞳のグリーンを、もっと間近で見たいと思うなど。

「真っ赤ね」
 くすくす笑う声が聞こえ、女王陛下がエルンストの前から玉座へと戻っていくのに気付いた。陛下、と女王補佐官が嗜めるのに、女王陛下は肩を竦めて笑った。
 玉座で凛と背を伸ばした彼女の、それまでの声とは違う声が同じ柔らかそうな唇から発せられる。
「エルンスト。聖地へようこそ。王立研究院の主任の任をあなたに任せます。わたし以下守護聖のため、ひいては宇宙の全ての民のため、あなたの尽力に期待します」
 その姿はエルンストが想像していた通りの女王陛下のもの。その背には輝くばかりの白い翼が見える。
「はい!」
 エルンストは言葉を返して頭を垂れた。
 その胸は、彼女の下で好きな仕事に打ち込める誇りで溢れていた。


「では、王立研究院から、この謎の意思とも言うべき球体について、見解を発表してもらいましょう」
 女王補佐官に促され、エルンストは前へ進み出た。
 エルンストが振り向いて玉座へと視線を送ると、そこから安心させるように緑の瞳が輝いて彼女がにっこり微笑んだ。彼も少しばかり頬を染め、彼女へと微笑み返した。
 そして居並ぶ守護聖たちへ向き直ると、エルンストは3Dディスプレイに向かいポインターを向けた。

「球体の意思の数値、これは現在のところサクリアの望みを示していると言ってよく、王立研究院では……」

end



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あきゅろす。
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