05-10 忍足くんは車を止めた道路へ続く階段に座ると、隣へと促す。 私はそこに少し間をあけて座わった。 「昼間のこと、本当やから」 優しい言葉で、でもとても情熱的で。 それが与える苦しさから逃げたくて、ずっと別れた寂しさのせいにしてた。 私は伝えたい言葉がある。 「ドイツのこと、ちゃんと言って欲しかった」 「…ごめん」 目の前が霞む。 まだ何も言っていない。 言ってないのに喉が熱くなって、声が出なくなって。 頭に浮かぶ言葉はどれも不正解で、不適切で。 「葵さん、泣かんといて」 「なによっ」 「勘違いするやん」 「…したらいい」 私の顔を覗き込んでいた忍足くんが息を飲んだのがわかる。 頬に彼の指が触れたのと、私が言葉を発したのはほぼ同時だった。 「好き、なの」 指が震えていた気がする。 それはとても冷たくて、私は小さく身じろぎした。 黙っている間、波音だけが響き、小さな呼吸の音は波音に飲み込まれていた。 だけど胸を打つ音だけはとても大きくて聞こえてしまいそうで、私は胸元をぎゅっと握った。 彼の表情は俯いていて読み取れない。 それがいっそう胸を掻き乱した。 「ホンマに?」 「え?」 忍足くんの声は絞り出すようで、聞きなおす。 胸元を握り締めていた腕を引き寄せられ、私は勢いよく彼の胸に頬が当たった。 「絶対情けない顔してるわ。やばい、どぉしよ」 「…忍足くん?」 「もう離さへんから」 再び目頭へ集まる熱を感じながら彼の背中を抱く。 すると腕により力が入り、息苦しさを感じる。 「く、苦しい」 「今は我慢しといて」 その声がまた胸を締め付ける。 私は応えるように彼の背中を強く抱き締めた。 ...end 20090217 [*前へ] [戻る] |