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03-03


「何も見なかったことにしてやるから早く行け」


黒羽の言葉に苦虫を噛みつぶしたように相手は走り去った。
その背中が階段を下りたのを確認すると、ゆっくりと腕の力を緩める。


「ごめん、ね」


黒羽が見下ろした顔は必死に泣くのを我慢していた。
泣いてしまえば何もかもがこぼれてしまいそうで怖くて。
だめだと思っているのに縋りついてしまいそうで。
一度覚えた心地いい感覚は人をだめにしてしまう。
そう思いながら悠は名残り惜しそうに腕に肩にかかっていた腕を払った。


「嫌な思いさせてごめんな」
「黒羽くんは何も悪くないから!」


半袖から延びる細い腕にはあの男が掴んだだろう跡が赤く残っていた。
それに触れると悠はぎこちない笑顔を見せる。
そんな顔をさせる原因を作ったあの男に嫉妬するのはおかしいことだとわかっている。
だけど。


「もうあんな目には合わせないから」
「え…?」


離れたはずの胸に再び抱き寄せられ、悠は離れようともがこうとしたが、強い力がそれを許さなかった。


「ずっと隣にいて欲しい」


悠は小さく頷いた。
本当は何か言いたかったけれど今までにないほど早く動く心臓のせいでとても息苦しくて、何も言葉にならなかった。

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