†薔薇契約 〜engage〜† ◇8◇ …………… 男から地下室への行き方を教わりながら、イヴは深夜の屋敷の中を出来るだけ音を立てないようにしながら進んだ。 (階段も、そっと降りなくちゃ…) どうやら、問題の地下室へは調理場から向かうようだった。 (入口はどこだろう…?) 調理場内を小さなランプで辺りを照らしながら、入口らしき場所を探してみると、ある食器棚の下に“ズレたような跡”があった。 (もしかして…) そう思い、食器棚の端を押すと驚く程スムーズに棚は横へと移動した。そして、食器棚のあった場所には木製の扉が現れた。 (わ、すごい…。隠し扉ってこうなってるんだ…) イヴはまじまじと扉を見た。 “…早く扉の中へ進んで下さい…” 頭の中に呆れたような声が聞こえた。 (…言われなくたって、入ります…) 男が言った通りその扉の鍵は掛かっておらず、扉は静かに開いた。 扉の先は真っ暗で、ランプで足元を照らすと足元に石造りの階段が続いているのが見えた。 (この下に行けば良いのね…) ランプの明かりで一段一段確認しながら階段を降りていくと、先の方に何やら淡い光が見えてきた。どうやら、地下室に着いたようだった。 (!ここが…地下室…) その部屋は、ヒンヤリとした空気が流れる一面石造りの部屋だった。 部屋中央には木製の四角いテーブルが置かれ、その上には沢山の書類が散らばり、何かの液体が入ったビーカーや試験管が並んでいる。 テーブルの端には燭台が置かれ、蝋燭の炎は未だに燃えていた。 そして、入口から向かって右の壁際には大きな棚が2つ並んでおり、棚の硝子越しに得体の知れない物が入った瓶がズラリと並んでいるのが見える。 (…パパは此処で…) “…研究をしている…” (……。それは、何の研究なの…?) “…ふふ…。反対側を見て下さい…” 男の言葉に、イヴはゆっくりと後ろを振り向いた。 すると、入口から向かって左側の壁際に、黒い布がかけられた大きな長方形の物が横たわっているのが見えた。 (これは…?何だか大きい箱が布の下にありそうだけど…) イヴは、おもむろにその物体に近寄った。 “…布を退かして下さい…” その言葉に従って、イヴはおそるおそる布を捲った。 「…っ!」 布で隠されていたのは、透明な硝子ケースだった。 硝子ケースは金の縁取りが施されており、とても美しい。 それよりも、イヴの目を釘付けにしたのはそのケースの中に横たわる“人”だった。 横たわる人物は、全身を黒衣で包まれており、黒衣から覗く顔を見れば、黒い布で目隠しをされ、口には喋る事が出来ないように何かを噛ませられている。 そして、手足には拘束具が付けられ身動きがとれぬようにしてあり、何よりも衝撃的なのは胸に銀製の杭が打ち込まれていた事だった。 「…ひっ…。こ…これって…」 イヴは思わず声に出してしまった。 “…そう、貴女が今見ているのは僕…。あの男に捕まり、このような仕打ちを受けているのです…” 「そんな…、あの優しいパパが…」 “…貴女が今まで見てきたあの男の真の姿は恐ろしいものですよ?…ふふ…” 「…貴方は、生きているの?」 “…えぇ。この、胸に刺さっている銀の杭のせいで身動きが出来ないだけです。これだけは触る事が出来ませんから…” 「…そうなんだ…。なんて…可哀想…なの…」 イヴは悲惨な男の姿を見て胸が苦しくなった。 “…貴女も気を付けて…。あの男は、誕生日に貴女を見せ物にする気でいるらしい…” 「み、見せ物って…」 “…自らの手で育てた自慢の“ヴァンパイア”の姫君を人間共の前に公開するのです…” 『ヴァンパイア』 …初めて聞いたその言葉は、イヴの耳に大きく響いた気がした…。 [*前へ][次へ#] [戻る] |