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名前さんは喜んでくれるだろうか。どんな顔をするだろうか。それを想像するだけで、思わず口元が綻んだ。
軽い足取りで彼女の元に戻ると、何やらそちらが騒がしい事に気が付いた。彼女の姿を見た瞬間、僕は走り出していた。
「彼女の手を離して下さい。」
男の手を掴み、彼女から手を離させると男と鋭い視線がぶつかった。
「何だぁ、貴様。」
それはこっちの台詞だ。
刀を取り出した男達を懲らしめてやりたかったけど、逃げる事を選んだ。
「名前さん、失礼します。」
彼女を引き寄せ横抱きにすると、急な事に驚いた名前さんが小さな悲鳴を上げた。思ったよりも彼女は軽くて僕も驚いたけど、今は気にしている場合でもなかった。
「逃げますよ。」
逃走を選んだのは彼女を危険な目に合わせたくなかったし、戦う姿なんて見せたくなかったからだ。
踵を返すと名前さんを抱えたまま走り出した。
勿論の如く男達も追い掛けて来たが、僕もこの辺りの土地は詳しかったし、逃げ切れる自信はあった。
半刻ほど逃げ回った後、辺りの様子を伺う為、木の影に身を潜めた。抱えていた名前さんを下ろすと、僕は漸く彼女の手が少し震えていた事に気が付いた。
「すみません、名前さん。一人にしてしまって……。」
彼女は否定の言葉を放つ代わりに首を振った。
でも一人にならなければあんな男どもに絡まれる事もなかっただろうし、嫌な思いをさせずにすんだ。彼女を一人にするべきではなかったんだ。
「……実は、これを買いに行ってたんです。」
懐からそれを取り出した。
「さっき名前さんに似合いそうな簪を見付けたんです。驚かそうと思ったんですけど……危険な目に合わせてしまって……すみません。」
「これを、私にですか……?」
桃色の花が付いた簪を彼女の髪に挿した。
「名前さんに貰って欲しいんです。」
「、有難うございます……!」
珍しく僕の目を真っ直ぐ見据えて来た彼女は、嬉しそうに微笑んだ。それは珍しいなんてものじゃなくて、僕は初めて彼女が笑ったのを見た事に気が付いた。それが僕も嬉しくて、もっと笑って欲しいって思ったんだ。僕が笑顔にしてあげたいって。
この思いに、高鳴る胸の鼓動の意味に僕が気付くのは、まだ少し先のお話。
20100705
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